ソードアートオンライン《仮面の行商人》   作:Gissele

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28 そうだ、お家へ帰ろう。

「ほら、さっさと歩きなさいよ」

 

「はいはい、わかってますよ」

 

俺とリズは、第11層の《タフト》に来ていた。レンガと石で造られた街は、それなりの賑わいがあった。下層のプレイヤーの状況はあまり把握していなかったため、こうして活気があることがどこか嬉しく思えてくる。

しかし、素直に喜べない自分もいる。確かに、この街で俺が得たものは大きい。それは家族の温もりだったり、愛することの幸福だったり。俺が現実世界で失ってきたものが、ここにあった。俺は幸せだった。確かにそれは事実だ。しかし、この街にあるのはそれだけではない。この街で俺は…………自分の愛する人を

 

「ぼーっとするな!」

 

考え事をしている俺の背中を、リズがバシッと叩いてきた。いつもなら「いってーなこの野郎!」と文句を言うところだが、ネガティブな感情に引き込まれそうになった俺を連れ戻してくれたこともあるので感謝はしておこう。だからといって道中に五発ほど殴ってきたことは絶対に許しはしない。

 

「というか、俺の事情も考えてくれよ」

 

「もちろん考えたわよ。でも、これ以外に解決策がある?」

 

「それは、そうだけど」

 

もちろん、リズの言いたいことは理解しているし、それは事実だ。だからこそ、こうしてリズを案内しているし。それでもやはり、納得するのは容易ではない。あの場所に行くということは、俺にとっては断頭台に向かうようなものだから。

 

まあ、我が儘を言っている場合じゃないし、いい加減腹を括ろう。それが俺の辿る運命だ。

 

そう何度も言い聞かせながら、一歩、また一歩、進むことを拒否する足を無理矢理前に進める。そうやって、目的地を目指して進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに来た理由は2つ。

 

一つはフェイカーの修復のため。ヒースクリフとの戦いで半壊したフェイカーを修理してもらおうとリズに頼んだが、どういうことか無理だと言われた。本人曰わく「そもそも、この仮面の直し方が分からない」らしい。これはどういうことかと悩んだが、マスターメイサーである彼女でさえ分からないのなら俺が知ることも不可能だろう。だから、タフトにあるナタリア武具店の店主であり、Myosotisとフェイカーを作製したナタリアさんを訪ねることにしたのだ。もし直せないとしても、何かしらの情報は得られるだろう。その点についてはなるようになるさ。

 

そしてもう一つの理由。というかリズの勝手な要望なんだけど……里帰り、らしい。俺はナタリアさんと別れた日から、一度もナタリアさんに会ってないし、連絡もとってない。その事を知ったリズが、「せっかくだし、顔でも見せなきゃダメじゃない」となぜか怒り、そして半強制的に俺を連れてきたのだ。もちろんその意図は理解できるし、リズの言い分も正しい。しかし、俺は素直に首を縦に振れなかった。どうしても、足が進まなかったのだ。しかしSTRを蔑ろにしたツケがここに来ようとは思いもしなかった。リズに無理矢理引っ張られてここまで連れてこられたのだ。流石に街中を引っ張られながら進むのはマズいので、今はちゃんと歩いてはいるが。

 

というか、別に俺はナタリアさんに会いたくないわけではない。むしろ会いたいとも思っていた。俺を受け入れ、優しさで包んでくれた彼女は、もう第二の母と言っても過言ではないだろう。そんな彼女に会いたくないだなんて思わない。では、どうしてここまで拒むのか。それは至極単純なことだ。

 

 

 

 

 

 

怖い。

 

彼女に拒絶されるのが、堪らなく怖い。ナタリアさんを想うこの感情が否定されるのが、本当に怖い。でも、それは仕方ないことだ。何しろ、俺は彼女の夫を殺し、そして娘を殺した人間だ。ナタリアさんの夫である朝比奈恭一は、ナタリアさんやニーナにDVをしていたらしくそのことに関してはそこまで恨んではなさそうだが、ニーナのことに関しては別だ。考えてもみろ、自分の娘を殺した奴が、のこのこ自分の目の前に現れるんだぞ?普通なら殺したいほど憎いはずだ。事実、俺は朝比奈恭一を殺したし。家族を殺された経験があるからこそ、その痛みも憎しみも容易に想像できてしまう。だからこそ、怖い。襲われることでも殺されることでもなく、拒絶されることがとにかく怖い。その恐怖が、鎖の如く俺の足を縛り付ける。一歩踏み出そうにも、足が前に進んでくれない。それが、俺がナタリア武具店に行くことを躊躇った理由だ。

 

だがそんな事は言ってられない。フェイカーを直さなければ、Myosotisの反動を抑えられない。この先の攻略を考えるとMyosotisの使用は必須だ。だから、どうにかして修理する必要がある。例えこの命が消えることになろうとも、キリト達のために現実世界を取り戻す。そのためにもMyosotisとフェイカーは必要不可欠だ。そのためにも、自分の犯した罪を直視しなければならない。それだけが、鎖に縛られた足を動かす原動力となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………着いたぞ、ここだ」

 

「へぇー、ここが《ナタリア武具店》…………」

 

タフトの外れに建てられたレンガ造りの建物。その看板にはしっかりと《ナタリア武具店》の字が書かれている。

 

「それにしても、全く変わってないな」

 

俺がここを去った時から、その姿は全く変わっていなかった。レンガ造りの壁に短めの煙突、そして壁に張り付いたような蔦の緑色。その全てが、ここでの記憶を鮮明に蘇らせる。そして聞こえてくる金属が叩かれる音。その音で、ナタリアさんがいることを理解した。

 

「ほら、行くわよ」

 

「ちょい待ち、少し深呼吸を……」

 

「あぁもうじれったい、男ならシャキッとしなさい!」

 

「ちょ、引っ張るなこの野郎!」

 

躊躇う俺と、その姿に苛つくリズベット。そこからはあっという間に口論、そして取っ組み合いに。

 

「そもそも、用事があるのはホロウじゃない!あんたが行かないでどうするのよ!!」

 

「とは言っても一年くらい会ってないんだぞ!?お前こそ複雑な家庭事情を少しは理解しろ!!」

 

「昼のドラマみたいなこと言ってるんじゃなーい!!」

 

「全然上手くねーよバーカ!そんなんだからアスナにキリトを持ってかれるんだろ!!」

 

「っざけんじゃないわよこの仮面の行商人(笑)!!!」

 

「それはこっちの台詞だぼったくりの自称マスターメイス!!!」

 

「マスターメイサーよ間違えるな!!!」

 

「どっちでも変わらないだろーが!!!」

 

この通り、小学生レベルの暴言でギャーギャー騒ぎ出す始末。ヒートアップしてるとはいえ、俺達にとっては日常茶飯事の光景、いや通過儀礼と言ってもいいだろう。しかし、この時の俺達はすっかり忘れていたのだ。ここが「他人の家の前」だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっっっっるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!

こんな昼間から店の前で騒いでんじゃねーぞクソガキ共がっ!!!まずはお前らからハンマーでぶん殴ってやろうかこの………………」

 

予想通り、店の主がブチギレていた。大地が揺れていると勘違いしてしまうほどの声量で怒鳴りつけてきた彼女だが、俺と目があった瞬間その言葉は打ち切られた。

 

「………………ホロウ?」

 

「…………………………ウィッス」

 

目の前にいるのはナタリアさん。本名は朝比奈早苗で、ナタリア武具店の主であり、ニーナの母である、俺の恩人。その恩人が、どういうわけか目の前でプルプル震えてる。

 

「──────ソラッ!!」

 

「ちょ!?」

 

ナタリアさんがいきなり眼前に迫ってきたかと思うと、次の瞬間にはナタリアさんに抱きしめられていた。絞め殺すかのように強く、しかし包み込むように優しく、まるで我が子の帰りを待っていたかのように俺を抱きしめた。

 

「おかえり、ソラ………………!!」

 

震える声でそう言うと、ナタリアさんは腕に込める力を更に強める。ナタリアさんの顔は俺のちょうど左側にあるから見れないが、声の様子から泣いているのが分かる。そのせいか、口からとめどなく漏れる吐息が俺の耳にかかっていた。しかしそれは不快ではない。寧ろ、嬉しくも思う。彼女は俺のために涙を流してくれているのだから。

実際、彼女が俺を憎んでいるのか、それとも許しているのかは分からない。しかし、「おかえり」と言われたからには、ちゃんと返事をしなければならない。

 

「ただいま、ナタリアさん」

 

そう言って俺はナタリアさんを抱きしめ返す。ナタリアさんも、更に強く抱きしめる。リアルなら全身の骨が砕け散ってるんじゃないかと疑うほどの強さだったが、今はそれが嬉しい。ここにいていいよって、許されてるような気がするから。

 

 

 

雲が空を覆う天気の中、二人は快晴の笑みで笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いたナタリアさんは、俺達を家の中に招き入れた。

 

「へぇ─…………」

 

「本当に、何も変わってないな」

 

ナタリア武具店は、俺のいた時から何も変わっていなかった。一階は店のフロアになっていて、奥には武器を作製するスペースがある。後は簡単なテーブルに居住スペースへと繋がる階段、キッチンなどが備わっている。相変わらずの様子に、何故かは分からないが安心した。俗に言う「実家のような安心感」といったところか。

 

「じゃあ適当に座っておいて。ソラ、お茶出すから手伝って」

 

「一応、俺も客なんですけど」

 

「実家で家の手伝いをしないなんて、お母さんそんな子生んだ覚えないわ!」

 

「俺も生んでもらった覚えないです」

 

こんなジョークを交えながら、お茶を出す手伝いをしていた。一度習慣にしたものはなかなか消えないもので、何の不自由もなく作業ができた。テーブルで待っているリズを見ると、どこかソワソワした様子でキョロキョロしていた。他人の工房が珍しいのか、他人の家で落ち着かないのか。…………おい、目があった瞬間何故目を逸らす。

 

「はい、お茶」

 

「あ、ありがと」

 

リズの隣に座り、お茶を口に含む。……うまい。

 

「改めていらっしゃい、可愛いお嬢さん」

 

ナタリアさんも、俺達の正面に座る。

 

「い、いえ、突然お邪魔してごめんなさい。あたしはリズベットです」

 

「……………ねえリズちゃん、一つ聞いていいかな?」

 

ナタリアさんはテーブルに片肘をついて、リズに質問する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リズちゃんは、ソラの彼女?」

 

「ぶっ!?」

 

突然の爆弾に、リズがお茶を吹き出す。ナタリアさんはゲショゲショ笑ってる。俺はなんとなく予想できてたのでノーダメージ。というか別に被ダメの要素ないし。

 

「ちょっとナタリアさん!?」

 

「もしくはセフ」

 

「言わせねーよ!?」

 

間一髪のところで間に合った。いや間に合ってないな手遅れです。ナタリアさんの暴走は今に始まったわけではないが、だからと言って馴れたわけではない。本当に、親子揃って変人なのは大変だ。

 

「とりあえず冗談はこの辺にしてー」

 

「今のは冗談で済まないだろ」

 

リズもなんだか昇天したような顔してるし。

 

「…………仮面が割れたけど、直し方が分からないってところかな?」

 

「まあ、そんなとこです」

 

本題に入ると、ナタリアさんは真剣な目でこちらを見つめる。その顔は、紛れもなく熟練の職人のそれだ。

 

「直せることには直せる。アイテムを集めてもらう必要はあるけどね」

 

「ちなみに、そのアイテムは?」

 

「レグルス鉱石と亡者の骸。両方ともこの階層で手に入るし、入手も簡単だよ」

 

「よかったじゃない、あまり手間がかからなくて」

 

「確かに、そうだな」

 

これならそう時間をかけずに済むだろう。とりあえず一安心だ。

 

「そうだ、リズちゃん」

 

「な、何ですか?」

 

俺が準備する傍らで、ナタリアさんがリズとゴニョゴニョ何か話している。これがあれか、俗に言うガールズトーク(仮)ってやつか。何だか聞いたことのある単語だが、気にしたらきっと負けだ。そんなことを考えていると、リズが話を終えてこっちに来た。

 

「ソラ、リズちゃんを連れて行きなさい」

 

「別に一人でも大丈夫ですよ。それに鍛冶屋同士で話とかいいんですか?」

 

「そこは大丈夫よ、後で滅茶苦茶するから。それよりMyosotisを使わないか心配だし監視してもらわないと」

 

そこは大丈夫だと言おうとしたが、言えなかった。ヒースクリフとの戦いでその約束を破った俺が何と言おうと、その言葉に説得力はない。よって、俺に拒否権など与えられるはずもなく。

 

「ほら、さっさと行くわよー!」

 

「はいはい…………」

 

リズの姿が一瞬あいつに重なって見えてしまったのは気のせいだろう。今は目の前の課題に集中しなければ。そして俺達はフィールドへと走り出した。ナタリアさんはそんな俺達を静かに見守ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は、何事もなく進んだ。アイテムを見つけるのにそこまで時間はかからず、敵のレベルも攻略組レベルの俺には何てことない。残りの素材もあと一つ。何の危険も、何のミスもなく、仕事を終えようとしていた。

 

 

ただ一つ、リズの様子がおかしいことを除けば。

 

 

リズの様子が何となくおかしいのだ。いや、正確には異常はない。ただ、「リズらしくない」ような感じがした。それこそ、気まずい雰囲気の中で必死に話題を探す感じというか、嫁と姑に挟まれた旦那とか。そういったイメージに近い。必要以上に話題を探し、よく喋ると思いきやぼーっとしたりと、上の空というか何というか、とにかくおかしい。いつものリズなら「バッカじゃないの!?」と言い返すような話でも、「そ、そうね」とどこかぎこちない。それに目も合わせようとしないし。何かあったのかと、心配になってしまう。

 

「リズ、大丈夫か?疲れたなら休むけど」

 

「だ、大丈夫よ。それよりあと一個でしょ?早く集めましょうよ」

 

「そうだな、早いとこ集めて帰ろう」

 

リズの表情を改めて見ると、どこか火照ってるような印象を受けた。風邪か?いや、SAOの中で風邪だなんて聞いたことがない。寒冷地に寒さを感じるのとはわけが違う。念のため、確認しておこう。

 

「リズ、ちょっと来て」

 

「えっ?」

 

一瞬疑問に思ったようだが、とりあえずこっちに来てくれた。そして俺は熱の有無を確認するべく、リズの額に自分の額をくっつけた。

 

「っ!?」

 

うん、熱はないようだ。とりあえず一安心だが、それでも疲れが溜まっていたりするのかもしれない。無理はさせられないからリズだけでも返さなければ

 

「ちょ、ちょっと何やってるのよ!!」

 

すると、リズが突然騒ぎ出した。腕をじたばたさせて俺を遠ざけた。とりあえず距離を置くと、ゼーゼーと息を荒げて顔を真っ赤にしたリズの姿が。

 

「何って、熱がないか調べて」

 

「大丈夫だから、熱なんてないから!ピンピンしてるから!!ほ、ほら、最後の一つ集めないと!!あたし、探してくるねっ!!」

 

「ちょ、リズ!?」

 

静止しようとするも、最早俺のことなど眼中に無いようで。森の奥の方へと猛ダッシュしていった。そんな状況を理解できないまま突っ立ってる俺。…………なんだこの構図。

とりあえず、リズを捜さなければ。今のあいつは明らかにおかしい。テンションやら行動やら、その全てが普段のあいつからかけ離れている。しかもこのエリアは森で、見晴らしが悪い。何かが隠れていても、気がつかないだろう。

 

 

…………いや、待て。これって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃああああああああああああああああっ!!!」

 

「っ!!」

 

反射的に悲鳴が聞こえた方向へと振り向く。そこからは木々に遮られて何も見えない。しかし、その先で何が起こっているのかは見えた。どうして見えていなかったのだろう。この状況で、どうしてその可能性を見逃してしまったのだろう。自分自身に腹が立つ。

 

「くそっ!!」

 

後悔などしている場合ではない。直ぐに悲鳴の方向へと走り出す。右足で蹴り出し、左足でまた蹴り出す。単純な作業を高速で、かつ正確に繰り返す。その作業は俺に異常なまでのスピードを与えた。システムで構築されたこの世界に現実世界の常識なんぞ当てはまるわけがなく、光速までとは言わないが高速での移動を可能とした。

 

「……………!!」

 

どれくらい走ったかは分からないが、開けた場所へと辿り着いた。そしてその場に見えたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怯えた顔のリズベットと、ナイフを持った3人の男。

 

 

 

男たちは全員、オレンジに染まっていた。

 

 

 

そして、そのうちの一人がナイフを振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リズベットォォォォォォォォォォォォオオ!!」

 

どうしてリズの名前を叫んだのかは分からないが、俺は剣を取り出し、何の躊躇いもなく投擲する。投擲された剣は青白いエフェクトを纏いナイフを振り上げた男の胸へと吸い込まれる。その一撃はその男のHPをいとも簡単に削りきり、その男はポリゴンの破片となり散った。

 

「ホロ…………ウ………………?」

 

声の聞こえる方を向くと、リズが弱々しい声でこちらを見ていた。顔は引きつっていて、歯がぶつかる音がガチガチ聞こえてきた。腰が抜けたのか、その場に力なく座り込み、凍土にいるようにガタガタ震えていた。瞳には、大粒の涙。

 

 

 

────よくも、リズを。

 

 

 

残った二人を視認する。男たちの姿をはっきりと視認し、ナイフを握り直す。

 

「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」

 

「やめろ、こっちに来るなっ!!」

 

男たちは俺の顔を見るなり驚き、恐れ、後ずさりした。そりゃあそうだ。目の前で仲間が殺されたんだ、そのくらいの反応はするだろう。至って普通の反応ご苦労様。

でもさ、お前ら何言ってるの?何恐がってるんだよ?何怯えてるんだよ?………それっておかしくないか?

だってそうだろ。たった今リズを殺そうとしていたくせに。人を殺そうとしていたくせに。…………俺の大事な人を殺そうとしていたくせに。

 

「……………………おい」

 

喉の奥からは、自分のものとは思えないような声が出た。例えるなら獣のそれ。いや、獣というより悪魔とか、おぞましい物体のものと言うべきか。今の俺は、そう見えているのかもしれないな。

男二人を視認すると、もう抵抗する様子は見られなかった。武器を捨て、逃げようとしていた。そのうち一人は「助けてくれぇぇぇ…………」と泣きながら懇願している。予想通りの、当然の反応だ。

 

「…………違うんだよ、お前ら」

 

そう、違う。違うんだよ。まず前提からして間違ってる。何が間違ってるのかって?そんなこと分かり切ってるんだよ。

人を殺すなら、自分も死ぬ覚悟くらいしろ。襲撃に失敗して殺されることも、遺族に恨まれて殺されることも、殺人をすると決めた瞬間から受け入れろ。そんな覚悟もないやつに、人を殺す資格なんてない。…………もっとも、人を殺すことに資格だなんて言うこと自体が間違ってるけど。

 

いずれ、俺も裁きを受ける時が来るだろう。それだけの罪を犯した俺に、こんなことを言う資格など無いかもしれない。でも、それでも。俺が許されなかったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、大切な人は傷つけさせない」

 

そして俺は、二つの命を葬り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が消えるのを確認し、すぐにリズの様子を確かめようとした。あいつらが何がしたのは明らかだし、そうなら早く対処しなければならない。あの時と同じ思いは、もう二度としたくないから。そうして、リズの方を向くと

 

 

 

 

 

 

恐怖に染まった瞳で、俺を見ていた。

 

 

そして俺は、ここで重大なミスに気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リズの目の前で、人を殺してしまった。

 

「……………っ」

 

しまった、と思った時点でもう取り返しはつかなくなっていた。予想通り、リズは俺を見るなりビクッと怯え、目を大きく見開き、後ずさる。それだけで、俺に対して抱いている感情は把握できた。それは、嫌悪と恐怖、拒絶の感情。

 

「リズ…………」

 

「ひっ!!」

 

腰を抜かしたリズに手を差し伸べると、その手に凶器が握られているかのように後ずさる。当然だろう、今目の前にいるのは、ただの人殺しなのだから。

 

しかし、どうしてこんな簡単なことを考えなかったのだろう。リズは俺やニーナとは違い、PKを恐れ否定する普通の人間なのだ。そんなリズの目の前でこんなことをしたら、結果なんて目に見えているはずなのに。怒りに身を任せ、軽率な行動をした自分が、憎くて仕方がない。…………リズには、本当に悪いことをしてしまった。

 

「リズ、ごめん」

 

俺は差し出した手を引っ込める。そもそも、俺に誰かに触れる権利なんて初めから無かったのだ。人を殺め続けた俺なんかに、人の温もりを感じることなど、許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………やだ」

 

「っ!?」

 

伸ばした手を引こうとしたその時、指先に何か温かいものが触れた。恐る恐る見ると、それはリズの手だった。恐る恐る手を伸ばしているように見えたが、その手にはしっかりと力が込められていた。拒絶されたと思っていたばかりに、

 

「リズ…………?」

 

「違う……違うの…………」

 

弱々しく震えた声で、リズはそう言った。違うって、何が違うんだよ。俺が人殺しで、お前は俺に恐怖している。そうじゃなければおかしい。なのに、どうして。

 

「ホロウは……何も悪くないよ…………。悪いのは、あたしだから……………………」

 

「リズ…………?」

 

「ごめん……ごめんね…………」

 

そう言うリズの目からは、涙が溢れ出してきた。その涙の意味も、その言葉の真意も、今の俺には分からない。それでも、やるべきことは分かってる。あの時と変わらない。だからこそ、行動に移すまでそれほど時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────大丈夫だ、リズ。

 

そう言って、リズを抱きしめた。

 

「え…………ホロウ……………?」

 

リズは何をされたのか分かっていないようで、その目からは戸惑いが見られる。そんなのはお構いなしで、俺は更に強く抱きしめる。これしか知らないけど、茜にも、ニーナにも、誰かが泣いていた時は、ずっとこうしてきたから。

 

「…………ぁ………………」

 

何かを言おうとしているのか、言葉にならない何かがリズの口から漏れる。それが何を意味しているかは分からないけど、リズが手を伸ばし、抱きしめ返してきた。それを許容とみなし、リズの頭を撫でる。意外と、綺麗な髪だと感じた。

 

「うぁ、あっ…………………」

 

リズが俺の胸に顔を押しつけて、子供のように泣きじゃくる。顔を見せたくなかったのだろう。それも、これだけ近いし泣いているのは普通にバレてるけど。

 

「ほら、泣きたいだけ泣いとけ。キリトを盗られた分もいっそのこと泣いとけ」

 

「何言ってるのよ、バカァ…………………ッ!!」

 

いつも通り悪態をつき、顔を強く押し付ける。どれだけ涙が流れているかを更に実感してしまう。一体何に対しての涙かは分からないけど、それでもリズの泣いている姿なんて見たくない。その想いが、腕に込める力を更に強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

何時の間にか、雨が降り出していた。彼女の涙を隠すような、俺の罪を洗い流すような雨の中、二人は強く抱きしめ合った。揺らぐ何かを、確かなものだと思いたいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リズが泣き止むと、ちょうど雨も泣き止んでいた。ナタリアさんの家に戻ろうと立ち上がる。しかし、いつまで経ってもリズが立ち上がる様子はない。

 

「…………ごめん、腰抜けた」

 

リズが引きつった笑いを浮かべながらそう言った。どうやら先程の件で腰を抜かしたらしい。

 

「全く…………」

 

「あはははは…………………」

 

しょうがないか。俺はリズに背を向き、腰を落とす。要するにあれだ、俗に言うおんぶ。そしてリズに乗るように促す。

 

「ほれ、さっさと乗れよ」

 

「で、でも………………」

 

「腰抜かしといて何言ってるんだバーカ」

 

「な、なによ!別に乗るくらいどうってことないわよ!!」

 

腑に落ちないが、何とかリズを背中に乗せることに成功した。体が背中に触れる感触と共に、リズの体温や柔らかさ、甘い匂いのような何かが感じられた。なんというか、こんなこと言うなんて俺はおっさんか変態か?だなんて思いながら歩き出すと、

 

「くー………………」

 

「…………完全に寝てらっしゃる」

 

お姫様は夢の世界に旅立ってしまったようだ。夢の中ではシンデレラか、もしくは鍛治でもやってるのか。彼女の夢の中は誰も知ることが出来ない禁断の花園のようだ。………………………それにしても。

 

「…………案外、小さいな」

 

彼女の存在が、とても儚いものだと感じた。普段から俺に悪態をつき、明るく気丈に振る舞っている姿からは想像出来ないほど、弱々しく見える。でも、それが普通なんだよな。

 

彼女はなんというか、背伸びをしているのだと思う。自分の弱い部分を隠し、皆を不安にさせまいといつも戦っていたのだと、今更ながら考えた。彼女だって年相応の女の子なのに、こんなデスゲームに囚われ、挙げ句の果てには殺されそうになって。そんな中でも他人のことばかり気にして。

 

「本当、どうしてこいつなんだろうな」

 

いつだってそうだ。根っからの善人が不幸な目にあって、あいつらみたいな性根の腐った悪人が世に蔓延る。そこは、この世界でも現実世界でも変わらないようで。改めて世界の不条理というやつを見せつけられたようだ。それでも。

 

「どこまでも、抗ってやるよ」

 

こちらもタダでやられる気はない。徹底的に戦ってやる。仲間のためにも、愛する人のためにも、今背中で眠ってるこいつのためにも。

 

 

「運命だろうが世界だろうが、ぶっ殺してやるよ」

 

肩に乗ったシーナも尻尾をブンブン振り回して賛同した。というかお前どこ行ってたんだよこんな大事な時に。…………後でお仕置きdeath♪

 

「んぅ………………」

 

こうして歩き出す俺と、背中のリズと猫一匹。二人と一匹の出発を後押しするように、雲の間から光が差し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナタリア武具店に帰ると、寝たままのリズをソファーに寝かせ、ナタリアさんに経緯を報告。内容を包み隠さずぶっちゃけたせいもあって、ナタリアさんの反応は何ともいえないものだった。それでも昔も大概だったので、「おk把握」と返事を貰った。…………ナタリアさんのキャラが崩壊しつつあるが、話を進めよう。というかシーナがナタリアさんに抱かれてた。今までお前どこ行ってたし。

とりあえず素材をナタリアさんに渡したが、一つ取り忘れていたのでそれは後日に回収することにした。仮面は一度ナタリアさんに預けておいた。リズは寝ているが、起きたらどういう反応をするか分からないので、アフターケアはナタリアさんにお願いする。俺?いや目の前で人殺した奴がいたらまたぶり返しちゃうでしょヤダー。ということで俺は二階の元俺の部屋で待機という名の謹慎処分になり、リズはニーナの部屋にブチ込まれるようだ。家主の決定には逆らえず、部屋に戻ることにした。

 

「…………はぁ」

 

ベッドの上に寝転がると、肺の中の空気を全て吐き出すように溜め息をついた。なんというか、自分の情けなさに毎度ながら呆れてしまう。疲労よりも、遥かに自分への嫌悪感が勝利してしまっているのだ。

 

 

リズが襲われたあの場面は、ニーナを殺したあの時とほとんど同じで、今回のは予兆みたいなものが確実に見えた。見えたはずなのだ。なのに俺はそれに気づけず、見逃してしまった。その結果、リズを危険な目に遭わせてしまった。本当に自分の無能さに怒りを通して哀れみすら感じる。

 

「なんで、俺じゃないんだよ」

 

いつもそうだ、傷つくのは俺じゃなくて周りの人達だ。父さん、母さん、茜、ニーナ、そして今回のリズ。全部原因は俺にあるのに、傷ついたのはいつも関係のない人達。そこに腹が立つし、自分自身にも腹が立つ。

 

 

やっぱり、間違えてしまったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柊空もホロウも、皆死んでしまえばいいのに」

 

 

そう呟き、寝返りを打つ。体を丸めた姿は、赤子を連想させるものだった。

 

死ねばいいのに。惨い死に方で、誰にも知られず、絶望しながら死ねばいい。心の底から、自分に対してそう思える。

でも、死んではいけない。俺は生きて裁きを受け、償いをしなければならない。死ぬだなんてそんなのただの逃げだ。生きて、苦しんで、死にたいくらいに苦しんで、それでも生きていかなければならない。そうでなければ、ニーナを想う資格なんてないだろう。それに、皆をこの世界から解放するんだ。そのために、こんな所で死んでなんかいられない。

 

全てが終わったら、俺は自分を…………

 

 

 

 

 

「何寝ぼけたこと言ってるのよ、バカ」

 

突然、背後から声が聞こえた。その声に驚き、起き上がって声の方を向こうとするが、何かが体を押さえつけていて動けない。でも、誰なのかはすぐに分かった。それは先程まで俺の背中で眠っていた、あいつのことだ。

 

「…………リズ」

 

「何が『死ねばいいのに』よ、性根が腐りすぎてもう手が着けられないわね」

 

いつも通りの悪口を展開するリズ。となると、俺を押さえつけているのはリズだろう。いや、押さえつけているというより背中にくっついてるという表現が正しいだろう。ってこれ、まさか。

 

「…………どったの、夜這い?」

 

「は、はぁっ!?何言ってるのよ変態!!」

 

「いや、男の部屋に入ってベッドにinして背後から抱きつくとか夜這い以外何があるんだよ」

 

「さっきのがまだアレだから、あんたの背中を借りに来ただけよ!!勘違いするなバカ!!」

 

どうやら、先程の出来事がかなりキテるらしい。口調から見ても回復しつつあるが、やはりまだ本調子とはいかないのだろう。俺にとっては日常茶飯事だが、それは俺がおかしいからに違いない。まあ、背中を貸すくらいなら別に構わないし、好きにさせてやろう。

 

「それなら好きなだけ使えよ、どうせ無料だし」

 

「……………………どーも」

 

ふてくされたような声で返事をするが、リズは更に体を密着させてきた。リズをおんぶした時よりも、体温とか吐息とか、そういうのを感じてしまう。泣いていないこと以外は、先程とほぼ同じ光景だった。後ろ見れないけどね。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

部屋を沈黙が支配する。リズが俺の背中にくっつき、俺はリズに背を向けたまま。その体勢を維持することは容易だが、正直恥ずかしい。うん。

 

リズとて年頃の女の子なのだ。背中に触れる柔らかい感触だったり、彼女の吐息だったり、そういうのを間近で感じるのは普通に恥ずかしいし、一歩間違えば犯罪だ。なのであまり好ましくないんだけど、この温もりを感じていたい自分もいる。なんというか、男としてこれはどうなのだろうか。もちろん好きなのはニーナだけどさ。

 

「……意外と、背中大きいのね」

 

「…………まあ、な」

 

たまにこんな会話とも言えない短いやり取りをし、そして静寂。滅茶苦茶気まずいし、色々とマズい。でも、もう少しだけ、この温もりに甘えていたい。今だけは、許してほしい。…………大丈夫だよニーナ浮気じゃないデスヨー。と変な言い訳をしながら、だらだら時は流れていった。

 

 

 

 

 

 

────こいつは、こいつらは、絶対に守る。

 

そう誓って、俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開くと、何時の間にか朝になっていた。そこからはとにかく色々あった。

 

まず、リズがくっついてきたことがナタリアさんにバレて、散々イジられた。「酷い!私とニーナのことは遊びだったのね!?」とか「どうせなら混ぜろよー3Pでよくね?」とか「リズちゃん、ソラをよろしくね」とかもう楽しみまくっていてヤバかったです。リズも完全にパンクしてたし。ニーナといいナタリアさんといい、この家族は変人しかいないのかと絶望した。

 

そしてフェイカーの素材だが、何時の間にか全部揃っていた。というか、森の中でリズが見つけていたらしい。おそらく俺から離れたあの時だろう。そのおかげでフェイカーをすぐに修理することができ、当初の目的は達成できた。とりあえず一安心である。

 

こうして無事目的を達成した俺達は、ナタリアさんの作った朝食を食べた後、リンダースへと戻ることにした。

 

「色々と、お世話になりました!」

 

「こちらこそありがとねーリズちゃん。今度遊びに行くから首洗って待っててねー!」

 

「いやナニするつもりだよアンタは」

 

「えっと、薄い本的なアレ?」

 

「ナタリアさんっ!?」

 

…………とまあ最後まで賑やかに、俺達はナタリアさんと別れた。きっとあの人のことだ、これからも積極的に、そしてしつこく俺達と関わってくるだろう。そんなことを考えながら帰り道を歩いていた。

 

ナタリア武具店を出発して少し経ち、開けた道に出た頃、リズが話しかけてきた。

 

「ねえ…………………《ソラ》」

 

「…………えっ?」

 

いきなりリズが、俺をソラと呼んできた。突然本名で呼ばれたことにかなり焦り、思わずビクッとしてしまった。そりゃあそうだろう。ナタリアさんならともかく、リズにそう呼ばれるだなんて思ってもみなかったし。俺のそんな様子を見て、リズがクスッと笑った。

 

「別に、何でもないわよ?ほら、さっさと行きましょ!!」

 

リズはそう言うなりいきなり走り出した。直前に見せた表情はいつも通りの、どこまでも明るい笑顔だった。ようやく、いつものリズベットに戻ったように思う。

 

「…………無くしたく、ないな」

 

 

それが、素直な気持ちだった。この笑顔を、彼女の心も、これから守っていかなきゃって強く思った。俺を助けてくれた彼女を、今度は俺が助けなければいけない。もちろん、キリト達もまた然り。大事な仲間を、俺が守っていかなければいけない。

例え選択肢を間違えたとしても、自分を殺すことになっても、絶対にあいつらは守り通してみせる。俺には、守ることなんて出来ないけど。それでも、もう二度と、大事なものは手放したくないから。

 

だが今は、彼女を追わなければ。また昨日のようなことが起きる可能性も否定できないし、迷子になるかもしれないし。相変わらず、リズはリズだなと考えると自然に笑えてくる。それもやはり、リズだからなのだろう。本当に、あいつには沢山支えられたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ありがとな、リズ」

 

俺もリズの後を追い、走り出した。爽やかな風が、背中を押してくれているような気がした。




かなり遅い更新にも関わらず、今回も閲覧していただきありがとうございました。感謝しかありません。

次回は、今回の話のリズ視点です。今回に入りきらなかった情報やリズの心の内を書いていきます。「は?ここどういう意味だよ説明はよ」と思ってらっしゃる方もいるとは思いますが、次回をお待ちいただければ、と思います。

改めて、今回もありがとうございました。近づく最期をしっかりと書いていきますのでどうぞよろしくお願いします。




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