あたしの人生は、とても悲惨で惨めなものだった。
あたしの父親はとても嫉妬深い人だった。同僚の功績を妬み、自分の無能さに苛立ち、自分以外の存在の破滅を何より望んでいた。そんな気持ち悪い男だった。
その男のやりきれない感情は自分自身の中から溢れて、あたしや母さんにまでその汚れた感情が纏わりついた。彼の欲求を満たすために暴力を受け、誰に対してのものか分からない怒りの言葉を永遠に聞かされ、挙げ句の果てには首を絞められたり刃物で切りつけられたりして、何度も死にかけた。しかし憎いことに彼は医者だ。そんな傷を隠すことなど容易いもので、周囲の人間からは何の疑問も持たれなかった。母さんもあたしと同じく暴力を受けていたけど、それだけじゃ満足出来ないのか、性的な欲求の捌け口に使っていたみたいだ。自分の父親がどうしてこうなのかと、いつも母さんと二人で嘆いたものだ。それでも、家計を支えているのは父なので、この家からは逃げられなかった。
そしてある日、父が人を殺した。
殺したのは同僚とその家族。本人と奥さん、娘さんの三人が包丁で刺され、家ごと焼かれた。とても残酷で残忍な殺しを、あの人がしたんだ。まあ、あいつならそれくらいやってもおかしくないけど。
でも、その息子さんは奇跡的に助かったらしく、その目撃情報から父の存在が露呈し、逮捕された。動機は嫉妬。他人の功績を妬み、自分の非を他人になすりつけて自分を正当化してきた彼の本性が、人を殺したんだ。
その時、あたしは安堵した。もちろん被害者と生き残った息子さんには申し訳なく思う。でも、ようやくあの地獄から解放される。そう思うと、不謹慎ながらも安心してしまった。いけないことだけど、許してもらいたい。
でも、地獄の後に待っていたのは、また地獄だった。
マスコミの容赦のない取材、無知な人間による的外れな批判、そして何も理解していないクズ共は、容赦なくあたしと母さんを傷つける。
学校や職場で居場所を失い、いじめに遭い、酷いときには家に汚物や危険物を投げつけられた時もあった。社会的にも肉体的にも精神的にも、あたしたちの傷を容赦なく広げ続けられた。
そのどこかで、あたしは壊れたんだ。
敵しかいない外を恐れ、家の中に閉じこもり、泣いて喚いて怒鳴って叫んで、現実から逃げようとした。それでも苦しみは消えない。だから逃げ場所を探したり、依存できる何かを探したりした。でも何もなかった。苦痛から逃れるために自殺や自傷行為を試みたこともあったけど、母さんが止めたせいでできなかった。その度に母さんが泣いて謝るんだ。「ごめんなさい」って。でも、それっておかしいことなんじゃないかな。だって、あたしたちは何も悪いことをしてないんだから。
なのに、世界はあたしたちを許さなかった。だから、あたしは壊れた。
それからしばらくして、父が殺されたことを知った。でも、何も感じなかった。だって、彼がいてもいなくても、あたしにとってこの世界は地獄なのだから。
それから時が過ぎ、あたしはとあるゲームに出会った。
それが、《ソードアート・オンライン》。
VR空間で繰り広げられる世界を知り、あたしは歓喜した。この世界なら、あたしを責める人もいない。偽名を使えば個人は特定されないし、アバターだっていくらでも変えられる。責められず、あたしを許容してくれる世界の魅力は、あたしの心を掴んで離さなかった。
なんとかナーヴギアとソフトを手に入れた。それも2つ。もちろん母さんも巻き込むからね。だって、こんな魅力的な世界に行けるのに、あたし一人ではいけない。母さんだって同じく苦しんできたのだ。そのことを説明すると、呆れた顔で、でも涙を流しながら「ありがとう」と言ってくれた。なんだか、嬉しくなった。
そして、あたしと母さんは、このデスゲームに囚われた。
でも、何も感じなかった。むしろ喜ばしいくらいだ。あんな世界から逃げられたらんだ、もう狂ったように喜んだよ。むしろ、この世界こそあたしの在るべき世界なんだと一人で思いこんだりもした。今になっては痛い話だけど、まあ若気の至りってことで。
そこであたしは、ようやく大切なものを見つけることができた。
それがお前だよ、ソラ。
初めて出会ったのはどこかの森。殺人プレイヤーに襲われそうになったところを助けられたのが、あたしとソラの出会い。この瞬間は、今でも鮮明に記憶している。
でも、当時はいろんな感情が渦巻いていた。助かった安堵、助けてくれたことへの感謝、PKをさせてしまったことの後悔。そして、初めて自分を助けてくれた人への依存、そして自分を満たすために彼を縛り付けようとした自分の欲望。本当にごめんね、ソラ。でも、許してほしい。だって、ようやく見つけたのかもしれないって思ったんだから。
そうして、あたしは彼を無理やり連れて帰り、一緒に住むとか言っちゃってた。もう舞い上がってしまって自分でも「何でこんなことしたんたろう」って思った。もちろんソラは嫌そうだったけど、なんだかんだで受け入れてくれた。迷惑しかかけてないなーってちゃんと思ってるよ、今はね。
それからはすっごく甘えた。人の温もりを感じるのは久しぶりで、その感触はもう麻薬のような中毒性を持っていた。そうしてあたしはどんどんソラに依存し、溺れていった。
そして、あたしを助けてくれたホロウが、《柊空》であることを知った。
それを知ったとき、あたしはただ「ごめんなさい」と言うことしかできなかった。あたしが悪いのに、何もできなかった。あたしの父親が、あなたの家族を殺した。あなたの幸せを奪った。あたしが、全て悪いんだ。なのに、あたしはソラに依存した。苦しんで絶望しているソラを、更に苦しめてしまった。あたしのせいで人殺しまでさせて、家族を殺した奴の娘に縋られて。そんな自分勝手な理由で自分が泣いちゃって。最低な人間だって、これほど実感したことはないよ。何回目になるかは分からないけど。本当に、ごめんね。
そんなあたしを、ソラは優しく抱きしめてくれた。
赤子を宥めるように、震える子猫を安心させるように
、そっと優しく、でも逃さないように強く。そうやって抱きしめてくれるソラに、あたしは何も言えず、何もできなかった。なんで。どうして。今でも理由は分からない。でも、こう言ってくれたおかげで、少しだけわかった気がするんだ。
「ずっと、お前の側にいたいんだ」って。
今思えば、すっごく恥ずかしい。でも、すごく幸せだった。ずっと自分が望んでいたことを、ソラがしてくれたんだから。だから、今度はあたしが愛して、ソラに幸せになってほしい。そう心から望んだ。そのために、そのためだけに、この命を使おうと心に誓ったんだ。
なのに、ごめんね、ソラ。あんなことさせちゃって。
「あたしを殺して」だなんて、正気の沙汰じゃないよね。いくら何でも、自分の愛する人を殺すだなんて拒絶しないほうがおかしいよ。正直、憎まれて恨まれて捨てられることまでは覚悟してた。自分のワガママでソラを苦しめるんだもの、嫌われた方がいいって思ってた。
でも、ソラはあたしを殺してくれた。
涙に顔を濡らしながら、仮面の下の焼けただれた顔を歪めながら、最後まであたしを助けようと望みながら、「絶対に忘れない」って約束して、あたしの胸に剣を突き刺してくれた。最期の最後まで迷惑をかけてしまったことは本当に申し訳なく思ってるよ。でも、それ以上に嬉しかった。きっとソラも苦しかったはずだよ。そんなのすぐに分かる。でも、それでもあたしを殺してくれた。最期の望みを叶えてくれた。それだけ、あたしを愛してくれてるってことだよね。改めまして、ありがとね、ソラ。
…………こうやって今までのことを振り返ってみたけど、やっぱりあたしの気持ちは変わらないかな。
好きだよ、ソラ。
初めて愛した人。初めて愛してくれた人。その時間はとても短くて、それでも濃密な時間だった。別れも突然で、キスもエッチもできなかったけど。愛してるよ、ソラ。
好きだよ、ソラ。
ソラの目が好きだ。唇が好きだ。耳が好きだ。半分焼けただれた顔が好きだ。サラサラした白い髪が好きだ。首筋が好きだ。厚い胸板が好きだ。優しく包んでくれる腕が好きだ。綺麗な指先が好きだ。大きくて安心する背中が好きだ。キュッとした腰が好きだ。長い脚が好きだ。もうそれがソラなら全部好きだ。
笑った顔も泣いた顔も睨みつける顔も怖い顔も狂った顔も驚いた顔も照れた顔も寝顔もソラが見せてくれる全ての表情が好きだ。
優しさも厳しさもかっこよさも強さも弱さも脆さも冷たさも暖かさも何もかも、ソラのものじゃなきゃ嫌だ。それがソラのものだから好きなんだ。
好きだよ、ソラ。
好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきですきでスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデスキデ────好きなんだ。
ああ、もう。本当に好きでしょうがない。ソラが好きでたまらない。ここまで人を好きになるだなんて思いもしなかった。本当に、好き。
なのに、どうしてこうなっちゃったんだろうね。わからないよ。でも、しょうがないよね。そう、しかたがないんだ。ソラのせいなんだからね。
ソラがあたしを愛してしまったから。あたしに愛させてしまったから。あたしを受け入れてしまったから。あたしを否定してくれなかったから。あたしを望んでしまったから。あたしを、殺してしまったから。
だから、あたしは。今、こうやって。
ソラを、殺さなきゃいけなくなっちゃったじゃないか。
次回、最終回。
嘘です。
それでも、物語も最期に近いということは事実です。ラストに向けてより一層努力します。
今回もありがとうございました。よろしければ、感想で私のメンタルをズタボロにしていただけだら幸いです。
それでは、また。