「久しぶりだね、ずっと会いたかったよ」
過去を懐かしむ青色の声は、目の前の女から発せられた。ヒースクリフによって生み出されたアバターである彼女は、自然な素振りでこちらに微笑む。それはそれは自然に。どこまでも、異常なほどに。
「どうして、お前が」
「どうしたんだよ、死人を見るような顔して」
先程の哀愁を漂わせる声とは打って変わって、今度は男のような口調で笑ってみせる。「死人」という言葉は冗談で言ったものだと思われるが、それを冗談とは思えなかった。今目の前にいる彼女は、それこそ死人であるはずの存在だからだ。
「でもまあ、忘れてないようで嬉しいよ。ちょっと泣きそうになっちゃうな」
彼女はわざとらしく、目元を拭う。しかしその目からは涙なんて出ていない。隠された目元を見ることは出来なかったが、その下にある口元は狂気に歪んでいるような気がした。実際は何もおかしなところがないので、ただの勘違いだと推測される。
「どうしてだよ」
「そんなのどうだっていいだろ?今ここに、あたしとお前がいるんたから」
違う。そうじゃない。
今目の前に広がっている光景は、確かに俺の望んでいた光景だ。あの日からずっと、心のどこかで願ってた願望。だからこそ、叶うべきではない願いなんだ。
だから、俺は喜ばない。笑みも見せない。仮面の中にある表情すらそうしてやる。それでも、心の声は隠せない。
「どうしてお前がいるんだよ、ニーナ」
「驚かせてしまったようだね」
ヒースクリフはニーナの隣に歩み寄ると、右手をニーナの方の上に置く。その手を払いのけるのでも受け入れるのでもなく、ニーナはただただこちらを見続けている。目の前の俺以外、何も眼中にないようなそんな目で。
「報酬って、これのことかよ」
「これとは失礼じゃないか。君は愛する人のことをそんな風に言うのかい?」
ヒースクリフは笑みを見せる。しかし、それがこちらの動揺を見て楽しんでいると考えると、どうも腹が立つ。実際、俺の声は震えてるし、体も痙攣するようだ。実際はそうではないかもしれないが、そう感じてしまっているのは確かだ。
「ホロウ、まさかその人って…………」
そんな俺に、キリトが何とも言えない表情で問いかける。そうか、皆はニーナを見たことがないんだっけ。そりゃあ「誰だお前」ってなるな。
「俺に関係する女ってことで、察してくれ」
「彼女が、ニーナ…………」
キリトは視線をニーナに向けた。キリトだけじゃない、周りで麻痺ってるプレイヤーの視線は全て、ニーナに集められていた。そりゃあ、皆から見れば「この女、いきなり召喚された!?」みたいになってるから混乱するだろう。もしかしたらこいつに殺されるかも、とか思っているかもしれない。
俺が視線をニーナに向けると、彼女はこちらに向かって微笑んでくる。透き通ったブラウンの瞳がこちらを見て離さない。そんな目に、俺の意識も吸い込まれそうになっていく。それほど、彼女は確かにニーナだった。
吸い込まれるような黒の髪は腰の辺りまで伸び、ニーナが動く度にゆらゆらと艶めかしく揺れる。顔立ちは美しく、見慣れていてもそう思える。自分の愛した人ってのもあるけど、実際綺麗だった。声も、プロポーションも、紛れもなくニーナだ。それは事実なのだろう。
しかし、彼女は俺が殺した。間違いなくこの手で刃を刺した。それは間違いようのない、確定した真実。だというのに、ニーナは当然のようにいる。どうして。
「そんなに彼女が生きているのが不思議かね?」
頭がこんがらがっているところに、ヒースクリフが尋ねる。処理が追いつかない俺を、そうやって弄んでいるのか。うん、間違いなくこいつは殺す。リアルでも肉をバラしてやる。
「当たり前だろ、俺が殺したんだから」
「そう、君は彼女を殺した。では、どうして彼女は今ここにいる?」
俺とヒースクリフの話を聞き、周囲のプレイヤーは声を失う。そりゃあそうだろう。自分が愛した人を自分で殺すだなんて正気の沙汰とは思えない。事情を知っているプレイヤーはキリト達しかいないので、この反応はある程度予測できた。
そして、お構いなしにヒースクリフは続ける。
「ニーナ君が生きているのは、ナーヴギアが脳を破壊していないからだ」
「…………理由を教えろ」
「Myosotisは、本来手にされるはずのない代物だ。なのに、それを君は手にした。ニーナ君を殺すことによってね。その瞬間を、直接ではないが私も見たよ。まあ、マップの上でのことだけどね」
「先程ジョーカーだと言ったように、Myosotisは私を殺すための諸刃の剣だ。その力が私を殺せることを、君は私とのデュエルで証明した。それほどの力を手にしたプレイヤーとは、いずれ交わることになるとは思っていたよ。それが君だったわけだ」
「そして何より、君達は愛したからこそ殺されることを望み、その望みを叶えるため殺した。それほど強大な力を、純粋で歪んだ心で手に入れた君達に、私は何かの可能性を感じたんだ」
「だから彼女の脳を破壊させずに、ここまで保存してきた。こうして再び巡り会うことを、どこかで予感していたかもしれない。そしてそれは現実になった。実に素晴らしいじゃあないか」
ヒースクリフは淡々と、それでいて楽しげに語る。まるで、自分で作った絵本を母親に見せて喜ぶ子供みたいに。ゲームを作ると、そういう感情になるのかと少し疑問に思ったが、考えるのをやめた。今は、目の前にいるニーナのこと以外、考えられない。
「ホロウッ!!」
何を思ったのか、ニーナはこちらに駆け寄り、抱きついてきた。いきなりで驚いたが、しっかりと受け止める。
「ずっと、会いたかった……………!!」
ニーナは顔を俺の胸元に押し付けてくる。そのせいで表情は見えないが、声が震えていることから泣いているのだろうと予測できた。
「あたし、もう二度と会えないって思ってたから……!今こうしていられるのが嘘みたいで…………!!」
俺は左手で彼女を抱き寄せ、右手で頭を撫でた。絹のように綺麗な髪。普段の活発な性格からは想像できないくらいに華奢な体。俺の背中にまわされている腕も細く、今にも折れてしまいそうだった。
全部、あの時と同じだ。俺とニーナが互いの全てを知り、泣き崩れるニーナを抱きしめたあの時と、何一つ変わらない。吐息も、震えも、涙も、その全てが紛れもなく彼女のものだった。
「本当に、ニーナ…………だよな」
「ホロウこそ本物だよね……?これは夢なんかじゃないよね…………?」
そう、俺も夢なんじゃないかと思っていた。自分がこの手で殺したニーナに、再び触れられる日が来る日を、俺は何度夢見たか。後悔と絶望の日々の繰り返しの中で、俺を前に突き動かしてくれた彼女が目の前に現れるのをどれだけ待ち望んだか。それだけ望んだから、今この瞬間が夢なんじゃないかって思ってしまうんだ。
「夢なんかじゃないんだよ」
そう口にしたのはヒースクリフだった。そして静かに続ける。
「ホロウ君、君はよく耐えた。人を殺した罪悪感、愛する人を失った喪失感、歪んだ感情を誰とも共有できない孤独感、そして何より自分で愛する人を殺した後悔。負の感情の嵐に飲み込まれながら、君はよく頑張った」
そう語りかけるヒースクリフの声はどこか優しく、子供に語りかける親のような声だった。
「そして、君はMyosotisを手に入れた。自らを蝕むその力で、君は多くの人を守り、導いた。自分を犠牲にしてまで何かを守ろうとするその姿を見て、私は確信したよ。私は、君のような人間をもとめてんいたんだ」
そう言って、ヒースクリフはこちらに歩み寄る。一歩、また一歩と、ゆっくり歩を進める。五歩ほどこちらに歩み寄ると、そこで止まった。ふと、視線が合う。俺の瞳に映ったヒースクリフは、今まで見たことがない程に優しげな、それでいて悲痛な表情をしていた。
「だから、私は君に報酬を与える。今まで君が成してきたことに対する、正当な評価だ。だから受け取ってほしい。そして、彼女と未来を見続けてほしい」
ヒースクリフの言葉に、言葉を失った。
今まで、俺の行為を肯定した者は誰もいなかった。現実世界で、復讐のために人を殺した。この世界でも、レッドプレイヤー限定とはいえ人を殺し続けてきた。そして、ニーナをこの手で殺した。そんな異常者を、皆は忌み嫌った。キリト達はこの事実を受け止めてはくれたが、誰も殺人に関しては肯定していなかった。
そういう意味では、茅場が初めてなのかもしれない。俺の行為を受け止め、そして肯定した人間は。当事者ではないこいつが、俺を評価し、肯定した。どうしてこいつなのだろうと思いながらも、どこかで安堵している自分がいる。許されたような気がしてしまったから。
「ねえ、ホロウ」
胸元で、ニーナが囁く。いつもと違う、甘くか弱い声で。普段とのギャップが、より一層彼女の印象を強める。
「これからも、ずっと一緒にいてくれる…………?」
「どうしてそんなこと聞くんだよ」
「だって、あたしがホロウを苦しめてきたんだよ!?自分の都合を押しつけて、ワガママを押し通して、自分の願いを叶えたせいで、ホロウはそんなに苦しんでた!なのに、あたしは…………」
気持ちを上手くコントロールできていないのか、突然声を荒げていた。今まで溜め込んでいたものが溢れ出す瞬間というのだろうか。ニーナは、きっとそういう感情なのだろう。
自分を愛し、自分が愛した人。その人に「自分を殺せ」と突きつける気持ち。その瞬間の感情や苦痛は、反対側の俺には分からない。おそらく、一生理解できないだろう。彼女の中にある闇は、もしかしたら俺のものよりもっと酷いのかもしれない。
「ニーナ」
「許してほしいだなんて言わない。君が望むならもう二度と関わらない。だから…………」
再び彼女は泣いてしまった。彼女は彼女で、自責の念に囚われていたのかもしれない。苦しんでいたのは自分だけじゃないと思うと、一人で勝手に苦しんでいた自分が情けなくなる。
それでも、できることだってあるはずだ。
「大丈夫だ、ニーナ」
「あっ……………」
彼女の耳元で、そっと囁く。これくらいしかできないけど、俺にしかできないことだってある。
「そうやって想い続けてくれたんだろ?俺としては嬉しい限りだぜ」
「でも、あたしは」
「デモもパレードもフェスティバルもあるかよバーカ。お前を殺したのに、お前は俺を責めてないだろ?それなのに自分が責められないことはおかしいってか?おかしいのは頭と行動だけにしとけバーカ」
「バカバカうるさいっての、このバカ!」
ニーナはポカポカと叩いてくるが、全く力が入っていない。手加減しているのか全力なのかは分からないけど、今はどうでもよかった。ニーナの表情も戻ってきたし、今はそれでいい。
「そう、それでいい。お前が俺に何をしようと、何も変わらない。お前のことが好きだって事実には何の関係もない。そんな簡単に壊れるだなんて、お前も思ってないだろ?」
「それは、そうだけど」
「お互いに好き。それでいいじゃねーか。シンプルイズザベスト。それ以上もそれ以下もない。俺はそれで構わないさ。もし、お前が嫌だって言うなら話は別だけど」
ニーナは押し黙り、再び胸に顔を押しつけてきた。先程のように震えてはない。泣いている訳ではないようだ。もしかして、照れ隠しなのか?と少し疑ってみる。そうだったならこれ以上のことはないのだけれど。
「嫌なわけ、ないじゃん」
「そっかそっか。愛してるぜーニーナちゃん」
「…………バカ」
そんな会話を交わし、互いに抱きしめあう。互いを許し、互いを想い、互いに誓うように。優しく、強く、決して離すことのないように、どこかに消えてしまわないように。それだけで満たされていく。それ以上は何も要らない。何も望まない。今は、これさえあれば幸福なのだから。
「喜んでくれたようで何よりだ」
その言葉で、ヒースクリフの方へと視線を向ける。
ヒースクリフは「やれやれ」と言いたそうな顔をしてこちらを見てきた。リア充爆発しろってか?むしろお前を爆殺してやろうか。
キリト、アスナ、クライン、エギルといった事情を知っている面子は、何とも言えない顔をしていた。不安と安堵の混じった表情に、俺もリアクションに困った。こういうのが一番やりづらい。
他のプレイヤーたちは、状況を飲み込めないまま頭の上に「?」をつけている状況だった。まあ、いきなり女が出てきて、何ちちくりあってんだコノヤローって感じだろう。ハハハ、ザマァ。非リアは凝縮でもしてろ。
「これが、君に対しての報酬だ。満足してくれたかな?」
「…………ノーコメント」
「でも、君たちが再開できてよかったよ。私自身、そうなることを願っていたのだからね」
ヒースクリフはそう言うと、背を向けた。自分の役目はここまでってか?ラスボスみたいにかっこつけやがって。あ、こいつラスボスだったわ。ワロタ。
「ねえ、ホロウ」
ニーナがフードの裾を引っ張り、呼んでくる。すると、真剣な眼差しで向き合ってきた。あの時、「自分を殺してほしい」と願った時の表情で。
「ホロウの本当の気持ちを、教えて。」
「…………ああ」
しっかりと答えよう。彼女の想いに答えるために。ここではっきりさせて、ちゃんと向き合えるように。そんなことを思いながら、俺はニーナへ言葉を紡ぐ。
あ、でもその前に────
「─────誰だお前」
ニーナを、刺した。
「…………えっ?」
胸にナイフを刺されたこいつは、自分になにが起こっているのかを理解できていないようだ。まるで時が止まったかのように、その場で固まっている。愛の言葉を囁かれることを待っていたこいつには、予想すらできなかった出来なかったはずだ。
「どうし、て」
「いちいち口を開くな、吐き気がする」
こいつの言葉が気に入らないので、さらにナイフを押し込んだ。何の抵抗もなくナイフは飲み込まれ、その不快感から悲鳴が上がる。その叫び声は、回転する金属の刃がコンクリートとぶつかっているように甲高く、そして不快なものだった。
「あああぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!?」
「いちいち喚くな。心配しなくてもやめないから」
「がっ!ぁああああっ!!」
突き刺したナイフを捻ると、壊れた玩具のような声が出る。別の箇所に突き刺すと、また違った悲鳴が聞こえてきた。
「や、やめっ……………………」
「いや、誰が喋っていいって言った?言ってないよな?はいドーン」
「ぐぇっ………………」
うるさいので鳩尾に一発入れといた。すると嘔吐するような声を発して黙った。静かになったところで再び攻撃を再開する。
まずは胸に突き刺す。先程の場所から少しズレた場所に刺した。次は右肩に刺し、抉るようにして振り抜いた。更に首に一閃。現実なら横一直線に傷が広がり、血が噴き出すかとイメージしたが、仮初めの体ではそれもない。まあ、鋭い痛みを感じたようだが。
そこからは何も考えなかった。ただ同じ動作を繰り返すだけの簡単なお仕事。機械のそれと同じように、こいつを傷つけていく。
刺す、抉る、切る、殴る、蹴る、刺す、切る、刺す、殴る、刺す、蹴る、刺す、刺す、刺す、切る、抉る、刺す、抉る、切る、殴る、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す。刺す。
何度も殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺
「ホロウっ!!!」
後ろの方で、叫び声が聞こえた。その声を発したのはキリトだった。
「どうした?」
「どうしたって、今何をしているのか分かってるのか!?」
キリトの表情から、こちらに対して怒りを露わにしていることが読み取れる。アスナ達も、同じ表情だ。狂気をを忌み嫌い、拒絶する顔。もう見慣れた表情から何を考えているのかを推測するのは予想以上に簡単なことだった。
「ニーナはお前の、一番大切な人だろ!それなのに、どうしてこんなことをっ!!」
確かに、俺の行動は異常に思えるだろう。ようやく再会した想い人を、こうも簡単に殺そうとするだなんて──と思ってるはずだ。まあ、こいつらからすればそれもしょうがないとは思う。
しかし、どうしてと言われても、俺にはこう言うしかない。
「こいつは、ニーナじゃねえよ」
「…………えっ?」
あっさりとカミングアウトしたせいか、キリトは素っ頓狂な声を上げる。そんな馬鹿な、と言いたげな顔して。予想とは全く違う解答を、認識できていないようだ。
「それよりも、だ」
「………………っ」
俺はニーナの方へと視線を映す。そこには、先程と何も変わらない姿が映る。しかし、認識は違う。今の俺は、彼女を全く別のものとして見ているのだ。それを察したのか、こいつも震えている。いや、あくまで「ニーナという自分」を演じ続けているのだろうか。
「ホロウ……どうしてっ………」
「どうしてって、何が?」
「どうしてこんなことするのっ!?さっきも言ってくれたよね、愛してるって!ずっと一緒にいてくれるって!!」
彼女の目は、明らかに俺を糾弾するものだ。互いに愛を確かめ合い、これから共に生きていくことを誓ったはずの俺に殺されそうになり、それに怒っている…………いや、どうなんだろう。正直何とも言い難い。これを、感情と呼んでもいいのだろうか。
「確かにそう言ったよ。ニーナにね」
とりあえず、返事だけは返しておく。何の興味も向けず、何の期待も抱かず、何の意味もなく告げた言葉は酷く乾いていた。その言葉が火種となり、彼女の中の爆薬に着火した。
「何でっ!?あたしはニーナだよ!?そのくらいあんたなら分かるでしょっ!?なのにどうしてこんなことするのよ!!ずっと会いたくて、ずっと触れたくて、愛されたくてしょうがなかった!!そんなあなたにやっと会えた!!ホロウも愛してるって言ってくれた!!なのにっ!どうしてっ!!どうしてこんなことを………………!!」
涙を垂れ流しながら、スピーカーは醜い音を吐き散らす。この結果をさも当然のように受け入れてる俺を、強く憎んでいるようだ。二つの眼球が俺を視界から逃さない。剥き出しになっている歯は、怒りのあまりガチガチぶつかり合っている。その姿は、もう獣と言っていいくらいのものだ。
「どうしてって、さっき言ったろ」
あくまで冷淡に、何の感情も込めずに言い放つ。彼女の真実を暴いて、この場にいる全員にぶちまけるために。
「お前は、ニーナじゃねえよ」
その言葉に、この女だけではなくこの場の全員が絶句していた。その場に流れる静寂が、彼らの印象をより強くしていくに違いない。まあ、モブ共は元から何言ってるか分からないみたいだけど、キリト達はモロに影響を受けていた。一方ヒースクリフは、何を思ったのか軽く吹き出す。その意図が読めてしまうのが少し気に障る。
そして、思考を放棄したような顔してるこのアバターに向かい、問いかける。
「俺の名は?」
「へっ?」
何を今更、とでも言いたそうな顔をしている。しかし、これこそが、お前が偽物である証明になる。
「誰って、ホロウに決まって」
「もういいや死ね」
眼球にナイフを突き刺すと、活きのいい叫び声が出た。苦痛に歪む表情は……もう飽きたので見るのをやめる。
「もう一度聞く。俺の名は?」
「だから、ホロ」
「ちげーよ死ね」
「あああぁぁぁっ!!」
次は喉に刺す。刺していくにつれて、こいつの耐久値が気になってきたが、まあ気にするのをやめた。
「俺の名は?俺の名は?俺の名は?俺の名は?俺の名は?俺の名は?俺の名は?名前は?名前は?名前は?名前は?名前は?名前は?名前は?名前は?名は名は名は名は名は名は名は名は名は名は名は名は名は名は名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前ェェェェェェェッ!!!」
答えられないアバターを刺していくうちに、枷が外れていくのを感じた。こいつを見る度に湧き上がる感情が溢れ出しそうになる。それを留めようとして、何とか留めておけた。しかし、その行為までも抑えることはできず、心に従うままに刺し、抉り、切り刻んだ。
「が……………ぁあ…………………」
思い切りナイフを突き刺すと、アバターはポリゴンの欠片となり、果てた。呆気ない最期にその実感を得られないことを少し残念に思いながら、ヒースクリフを見据える。ヒースクリフの表情からはその心境を読み取れなかったが、そこに笑みは無かった。
「答え合わせいいか、ヒースクリフ」
とりあえず聞いてみたら、ヒースクリフは一つ溜め息をつく。何かを諦めた感じの表情で俺の問いに答えた。
「…………正解だ。まさか本気でアレを壊すとは、想像以上だよ君は」
一応解説しておくが、ニーナの皮を被ったアバターはただの偽物。ヒースクリフがニーナを元に作り出したNPCだ。だから俺は壊した。生きてはないから殺すとは言わないけど。
「それにしても、一体何時から、気づいていたのかな?それと、どうして気がつけたのかな?」
「最初からだ。理由は……まあ色々あったよ。息づかいだったり、視線だったり、口調だったり。形こそニーナだったけど、中身はどこも似ていない。それこそ、ニーナの人形そのものだったよ。
気づいた理由は、それこそ単純な話だ。さっきの質問の通りだ」
そこまで口にして、一瞬静止する。背後に何かの存在を感じたからだ。後ろを振り向くと、ある意味俺が期待していた光景が広がっていた。その光景に目を奪われそうになったが、どうにか言葉を続けた。
「俺の名前を、一度も呼ばなかったから」
俺は、
「やっぱり、あたしのことちゃんと見てる。流石はあたしの彼氏だな、
「俺の名前を口にしたあたり、やっぱりお前は本物だ」
そこには、ニーナがいた。俺を《ソラ》と呼ぶ、本物のニーナが。
「さっきヒースクリフが言ったように、あたしは死を免れた。そして今こうしているわけだけど、まあ状況は見れば分かるよね?」
ああ、分かるとも。お前を見て、全て悟ったよ。
その髪、表情、瞳、唇、腕、脚、その全てが紛れもないニーナだ。さっきの偽物とは違う、本物の。
そんな彼女は、純白の衣装に身を包んでいた。どこかの亡霊が着るような、縫い目のないワンピースのような、それこそ貞子が着るような服。その服が煙のようなエフェクトに包まれており、それが揺れる様子は、どこかに羽ばたこうとする蝶のようだ。
しかし、彼女はもうプレイヤーではない。4本のHPゲージと、彼女の頭の上にある《Pluto》の文字がそれを表す。冥王の名を冠したNM(Named Monster)、プルート。それが、今のニーナだ。
そして、俺のやるべきことはただ一つ。
「ソラ、愛してるよ」
ニーナは骨でできた両手剣を手にする。
「俺の方が愛してるぜ、ニーナ」
俺はシーナを待機させ、ナイフを構える。
─────だから、殺す。
最期の戦いが、始まる。
今回もありがとうございました。
あと少しで、この物語も終わります。結末を書くまでは死なないように頑張ります。
もしよければ、感想、誹謗中傷、低評価をよろしくお願いします。
改めて、今回もありがとうございました。それでは失礼します。