ソードアートオンライン《仮面の行商人》   作:Gissele

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36 御伽話の幕引きを

「うざってえんだよド畜生がっ!ドブにでも沈んでろっ!」

 

「フゥーッ!!」

 

 剣を振り回すニーナは、簡単に理解できるほどに苛立っていた。剣を何度も躱される度に怒りは増していき、一撃一撃からは精密さが消えていた。それほどに彼女は苛立っていた。

 そして、その元凶である黒猫もまた、怒りに声を震わせていた。ひらりと剣を躱し、隙をついて雷撃を放つ姿は、体の黒さも相まって忍者のようだった。その戦いぶりは冷静沈着。しかし、その内側では憤怒の炎を燃やしていることだろう。自らの主を、目の前の女は奪ったのだから。

 

「とっとと死んで主と一緒に逝っちまいな!!」

 

「シャーッ!!」

 

 一人と一匹は幾度となくぶつかり合い、火花を散らす。ニーナの剣戟とシーナの雷撃が重なり合う度に雷の弾けるような音が壁にぶつかり、辺りを音の波が埋め尽くす。その音がとても不快で、思わず耳を塞いでしまう。しかし、未だに麻痺状態のプレイヤーたちはそれすらできず、音の暴力が容赦なく襲い掛かる。

 

 それでもニーナとシーナは止まらない。その手で殺した想い人(ホロウ)のため、目の前の女に殺された主(ホロウ)のため、ただ目の前の敵の命を刈り取ろうとしている。その様子を、俺たちはただ傍観することしかできずにいた。

 

 醜悪な愛が勝つか、組み込まれた絆が勝つか。その答えを、俺は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホロウが、殺された。

 

 その瞬間、俺の頭は真っ白になった。何も考えられず、それこそ思考を構成している何かが抜け落ちたかのような虚無感に襲われ、目の前が暗転した。実際にそんな現象も状態異常も起きてはいないが、そう感じてしまうほどに衝撃が強すぎた。

 

 

 いつも仮面をつけていたせいで表情は分からなかったけど、コロコロと気分が変わる猫のようなやつだった。時には全力で人をおちょくり、時には他人の不幸に涙を流し、時には自らを殺してでも仲間を守ろうとする。それこそ、自分の思う最適な仮面を付け替えていたようにも思えた。仮面の行商人は、顔も心も仮面で覆い隠していた。そう思えてきた。

 

 しかし、彼は俺たちの前で仮面を脱いだ。自分が拒絶されるかもしれないというのに、俺たちに過去と罪を明かした。そして傷つけまいと姿を消し、それでも絶望的な状況に陥ると駆けつけてくれた。今つけている仮面が彼の本心ではないとしても、その優しさや強さは紛れもなく彼なのだ。それだけは、きっと本物だろう。

 

 だからこそ、ホロウの周りには人が集まるのだろう。ユイの情報を求めてサーシャさんを訪ねた時も、彼は子どもたちに受け入れられていた。ユイもまた、彼に好意を抱いていた。そんなホロウに、俺たちも信頼を寄せていた。なんというか、本当にいいやつだったよ。

 

 

 そんなホロウが、殺された。

 

 彼の愛する女性であるニーナの手で殺された。彼女は何の躊躇いもなく、いとも簡単に巨大な剣を振り切った。その一撃で吹き飛ばされるホロウを見ても表情は変わらず、出てきた言葉も「あ、死んだ?」だけだ。

 

 そんな彼女が、俺は憎かった。

 

 ホロウは自分の犯した罪を、自らが殺したニーナへの償いのためにここまで戦ってきた。決して己を許すことなく、生きることで贖罪とする。死へ逃れることを許さず、己の罪を嘆きながら地獄を生きてきた。全ては愛するニーナのため。愛する人のためだ。

 

 それを、ニーナは踏みにじった。彼がどれどけ苦しんだのかも知らず、その全てを偽物だと言った。彼の本心を、罪悪感に蝕まれる苦痛を、彼女を愛する純粋な想いでさえ、否定した。

 そんな彼女を、俺は許せない。仲間を殺し、その全てを否定した彼女を絶対に許さない。必ずこの敵を打ち倒す。それが俺にできる、唯一の償いだと信じて。

 

 

 

 

 そんな俺の気持ちを代弁するかのように、主を失った黒猫がニーナへと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてニーナとシーナの決戦は始まり、互角の戦いを繰り広げていた。

 

 しかし。

 

「オラァッ!!」

 

「…………………!!」

 

 ニーナの拳がシーナの胴体にめり込み、勢いよくぶっ飛ばした。STRに特化したニーナから放たれる一撃は、まさに一撃必殺。猫一匹の命なんて簡単に吹き飛ばしてしまうだろう。

 

「シーナちゃん…………!」

 

 アスナが名前を呼ぶも、壁に打ちつけられたシーナからは何も聞こえてこない。返事もなく、呻き声も出さず、ただ沈黙していた。

 

「ふぃー、やっとくたばりやがるか」

 

 軽く背伸びをしながらニーナはシーナへと歩み寄る。そして大剣の切っ先をシーナへ突きつける。

 

「嘘…………やめて……………」

 

 アスナの願いはニーナには響かず。

 

 

「さよなら。ご主人様のところでお幸せに」

 

 その切っ先はシーナの命を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリン、と音がして、シーナの体がポリゴンの欠片となる。風に吹かれて散る花のように脆く、儚い。どこか、そんな印象を持ってしまった。そして、そこにはアメジストのような結晶があった。おそらく、ピナの時のような心アイテムだろう。その鈍い輝きが、シーナが殺されたものでなければどれだけよかったことか。

 

 俺たちの仲間が、また殺されてしまった。人懐っこく、戦いの日々で俺たちを癒してくれたシーナ。タイタンズハンドとの戦いではシリカを、ラフコフ戦では俺やアスナ、クラインを始めとする討伐隊を守ってくれた頼りになる仲間。そして何より、ホロウの側に居続けて、誰よりも彼を見てきたシーナ。たとえテイムモンスターだとしても、プレイヤーと同じくらい大事な仲間だ。

 

 だからこそ、ここまで苦しいんだ。これほどに辛く、痛いんだ。そうでなければ、この目から流れ出る涙の理由を説明できない。それはきっと、彼らが俺にとって大事な存在だったことの証明だ。そう、信じている。

 

 そして、その痛みは怒りへと変わり、憎しみに昇華されていく。憎しみの矛先は、彼らの命を奪ったニーナへと向けられる。

 

「ニーナ……………」

 

「およ、誰かな?もしかしてソラの知り合い?」

 

「彼はホロウ君の友人だよ。キリト君というんだ」

 

「そうなんだ、よろしくね、キリト!」

 

 ヒースクリフの説明を受け、俺に笑いかけてくるニーナ。この状況を知らなければ、ただの友好的な笑みと捉えられるだろう。しかし、今の俺にはそれが侮辱にしか思えなかった。

 それは怒りのせいか。もしくは悲しみのせいか。低く、威圧的な声が、自分の喉から出ていた。

 

「お前、ホロウとシーナをどうして殺した………?」

 

「んーとね、あの猫は単に邪魔だから殺したんだけどー」

 

 唇に指を当て、きょとんと首を傾げる姿は無邪気な子供のようだ。しかし、今はそれすら憎い。単に邪魔だというだけでシーナを殺したという理由も、また憎悪を膨れ上がらせた。

 

 そして。

 

「それで、どうしてホロウを殺したかって?それは……まあ……………

 

 

 

 

 

 

 

……………………なんとなく?」

 

 この言葉で、俺の怒りをを留めていた何かが崩れ去った。

 

 

「ニィィィィィィィィィィナァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 エリシュデータとダークリパルサーを構えてニーナへと駆け出し

 

「それはいけないよ、キリト君」

 

 ヒースクリフの声が聞こえたのと俺が倒れたのはほぼ同時だった。倒れたというより、体がいきなり硬直したといった方が正確かもしれない。つまり、ヒースクリフがその権限により俺を麻痺状態にしたということだ。

 

「君に、彼女を斬る権利はない」

 

「黙、れっ!この女は、俺たちの仲間を……………!!」

 

「確かにそうだね、それは認めよう。しかし、ニーナ君との殺し合いはホロウ君への報酬だったはずだが?」

 

 ヒースクリフが俺に与えた報酬は「ゲームクリアを賭けたヒースクリフとの勝負」だ。そして、「ニーナ」はホロウへの報酬。だからこそ、先程までは俺とホロウが強制的な麻痺から逃れられていた。

 そもそも、これはホロウとニーナの問題だ。血塗られた運命を共にし、愛と命を交わした二人の問題。当事者でない俺がそこに踏み込むのは間違っているし、そんな権利は俺にはない。

 

 それでも。

 

「だとしても、仲間を殺されて黙っていられると思うかっ!!」

 

「そう、君の主張はもっともだ。そう思うことは自然で、当然のこと。それこそ正論と言ってもいいだろう」

 

「なら、どうしてっ!!」

 

「どうしてかって?そんなの決まっている。

 

 

 

 

彼らの関係が、初めから歪んでいたからだ」

 

 その表情からは、何かを諦めたような、そんな様子が伝わってきた。

 

「『好きだから殺す』『好きだから殺される』という感情で結ばれた彼らが正常とは言えないだろう。しかも今度は『嫌いだから殺す』ときた。これほど歪んでる愛を、私にどうしろというのだ」

 

 きっと、ヒースクリフは耐えられなかったのだろう。ニーナから感じられる狂った感情は、己を殺したホロウの存在によって更に歪められてしまった。そんな感情は、いくらヒースクリフでも耐え難い苦痛となっているはずだ。

 

「彼女と話した後、私は失敗したと思ったよ。これほどの狂気を取り扱う力なんて私にはない。システムで制御できるのなら、どれほど楽なのだろうね」

 

 自嘲を含んだ笑みを浮かべるヒースクリフに、俺は何も言えなかった。狂気から目を逸らそうと、必死になっている姿が、鏡に映った自分を見させられているような気がして。

 

 彼は少なからず、この世界を支配する優越感を感じていたはずだ。今だって、その手でここにいるプレイヤーを麻痺させて自分はそれを見下ろしている。この状況が、自分の優位性を生みだし、彼の欲求を密かに満たしているに違いない。俺も同類だったから、少しは理解できる。

 

 それを、ニーナは壊した。システムで制御できない感情という異物が、彼を蝕んだ。そこで彼の優越感は砕け散り、茅場晶彦という人間にまでその影響は及んだ。彼女の恐ろしさを、間接的にだけど俺たちも理解した。理解せざるをえなかった。

 

「…………しかし、彼女は期待通りの人材だったよ。私がステータスを調整したとはいえ、Myosotisを使うホロウ君を圧倒し、その手で確かに倒した。そこは、評価するべきだ」

 

 ヒースクリフから贈られた拍手を、ニーナは笑顔で受け止めた。今にも吹き出しそうな顔をしていた。

 

 

 確かに、ニーナはホロウに対しての死神だった。彼女の言葉に踊らされ、彼女の剣に圧倒され、彼女の心に膝を屈したホロウ。彼は、自らが殺したヒトに殺された。その様子を見せつけられてしまっては、認めるしかない。

 

 つまり、彼にとって最大の脅威となった徒花の死神が消えた今、ヒースクリフはこの世界の絶対的な王になったのだ。

 

「これで、私の脅威となる存在が一つ消えた。キリト君を甘く見ているわけではないが、私の世界を脅かす存在はもういない…………」

 

 安堵したように彼は笑った。心底安心していることが、その表情から伺える。

 

「仮面の行商人は、ホロウは死んだ!私の世界を脅かすものは、もう何もないのだ……………!!」

 

 両手を広げ、彼は言い放つ。自分の勝利を知らしめるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフッ、ハハハッ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 静寂を破るように、ニーナの笑い声が辺りに響き渡る。抱腹絶倒という言葉がぴったり当てはまるような笑いだった。倒れてもいないし、腹を抱えてもいない。それでも、天を仰いで腹の底から笑い声を発するニーナには、その言葉がお似合いだった。

 

 しかし、その笑いの意図を、俺たちも、そしてヒースクリフも理解できずにいた。

 

「どうしたんだよ、ニーナ………………」

 

「どうしたって、こんな可笑しいことあるかよキリト!こんなの笑いが……ハハハハッ……!!」

 

 平然を装ったヒースクリフが、ニーナに笑顔で問いかける。

 

「ニーナ君、どうしたんだい?それほどに彼の死が可笑しかったのかな?」

 

「可笑しい?確かにその通りだ」

 

 ぬらり、と彼女は笑い、ヒースクリフをその目に捉えた。

 

「お前がとんでもないミスを犯してるんだからなぁ、ヒースクリフ!」

 

 彼女のみが知る何かを含ませた言葉が、ヒースクリフに叩きつけられる。当のヒースクリフは何を言われているのか理解できないようだった。

 

「間違いなんて無い。確かに君はホロウ君を殺した。それはこの場にいる全てのプレイヤーが見ていたはずだ……」

 

「そう、そこは正しい。あたしはホロウをこの手で殺した。間違いなくね」

 

「……理解できないな。君の言っていることは矛盾している。殺したことを認めたのに、彼の死を否定するかのような…………」

 

 彼女は「間違いを犯した」と言ったが、おそらくヒースクリフが口にした「ホロウの死」のことだろう。それ以外は考えにくい。

 

 しかし、ホロウの死は紛れもない事実だ。彼が光の欠片となって消えたあの瞬間は、この場にいる全員の脳裏に焼き付いている。どう足掻いても認めるしかない事実だ。彼女は、それを否定するというのか。

 

「というか、お前の言う『彼』って誰のことだ?」

 

 彼女の言葉の意図が分からず、ただ黙っていることしかできない。

 

「確かに、ホロウはあたしが殺したよ。この手で間違いなく。跡形もなく消え去っただろうよ。」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、彼女は語る。ゆっくり歩きながら語る姿は、真犯人を追い詰める探偵のそれによく似ていた。

 

「ヒースクリフの策は効果的だった。初めて会った時に言われた『ホロウへの脅威』として、あたしという存在は見事に当てはまった。そして、お前の望む結果を得られたというわけだ」

 

 不意に、彼女の足が止まる。やや下から覗き込むようにこちらを見て、楽しげに言葉を続けた。

 

「でもさ、それだけじゃ足りないんだ。罪悪感で満たされた心を抉っても、さっきみたいに斬り伏せたとしても、足りないんだ。そもそも、そんなものはあいつには通用しないんだよ」

 

 笑いながらも、しっかりとヒースクリフを捉えた瞳。艶やかで、それでいて鮮やかなブラウンの瞳で覗き込まれ、ヒースクリフは身じろぎ一つ起こさない。体中を石にされたように。

 

「思い出してみろ、ヒースクリフ。お前は何故あいつを恐れた?特別な能力と言ってもお前が創ったものだというのに、どうして恐怖するんだ?

 

 答えは簡単だ。あいつはシステムに従順なんだ。システムを上回る力だったり、システムを越える奇跡だったり、そんな空想じみた力じゃない。この世界のシステムで、システムに則り、システムに逆らわず、システムを利用して、システムを殺す。そんなあいつにお前は恐怖を抱いた。デュエルの時、システムのオーバーアシストを打ち破られた瞬間にね。

 

 あたしをホロウに対する脅威だと言うのなら、あいつはこの世界に存在する全てに対しての死神だということだ。それを一番知っているのはお前なはずだぜ、ヒースクリフ?」

 

 両手を広げ、天を仰ぐ。サーカスに登場するピエロのように、観客を盛り上げようとしているように思えた。彼女の楽しそうな嬉しそうな表情が、その印象を一層強めた。

 

「なあ、ヒースクリフ。本当にあいつを殺したければ、素直に脳を焼き切ってしまえばよかったんだよ。まあ、それはお前の主義に反するだろうけどさ

 

 でも、それがダメだったんだ。ホロウを殺したとしても、あいつを止められる奴はどこにもいやしないんだからさぁ!!」

 

 口調は少しずつ早くなり、声の音量も大きくなる。彼女自身のボルテージが上昇していく。そのボルテージがMAXになった瞬間、声を張り上げて、プレイヤー達に向かって思い切り台詞を吐き出した。

 

 

 

 しかし、それが彼女自身の願いを口にしていると、

どこかで思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「お前ら、目を見開いて耳穴かっぽじってよーく見ておけ!!これから始まる最終決戦を!愛憎入り乱れる物語の結末を!!呪われた二人の人生の最期を!!!決して交われなかった、二重螺旋の交わるその瞬間をっ!!!!」

 

 突如、青い光の渦が出現した。その光を、俺たちは知っている。あの広場とここを繋ぐ、結晶によるものだと。

 

 

 

 

 

 

「さあ、来るぞ!地獄のような過去も、歪められた感情も、歩くはずだった未来も、仲間への依存も、偏愛への執着も全て捨てて!」

 

 突如、光の渦が紅く染まる。あまりにも紅く、あまりにも残酷な。体に流れる血潮のような色が空間を支配していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソラが、()()()()()()()()()()の全てを殺して、あたしを殺しに来るぞ!!!」

 

 

 そして、物語は終幕(クライマックス)へ。




新年、あけましておめでとうございます。昨年は本当にお世話になりました。

前回から一か月ほど空いてしまったことは申し訳ないです。胃腸炎になるわインフルなるわ電車が止まるわ色々あったのです。多忙というのもありますが。

本年は、皆さんへの恩返しができるように努力していきます。

次回になれば、ニーナの言葉がわかると思います。
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