ソードアートオンライン《仮面の行商人》   作:Gissele

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37.5 ヒイラギソラ

「お前のことが大嫌いだよ、ソラ」

 

 彼女の放った言葉が、頭から離れない。頭の中でずっと響いていて、消えそうにもない。それだけ、この言葉は俺にとって絶望的なものだった。

 

 ずっと俺はニーナを愛していた。もちろん、それは嫌いだと言われても変わらないし、何があっても変わらない。強制ではなく、心から想ってるからこそ、こんな状況でも彼女を好きなのだと思う。

 

 それでもまあ、あの言葉は衝撃的だった。確かに愛し合っていたと思っていたのに、ニーナは俺を拒絶した。その瞬間、今まで自分が生きて償おうとしたこと全てが泡になって、弾けて、消えてしまったように思った。

 

 そしてこの光渦巻く回廊の内側で、彼女の待つあの場所に戻ろうとしている。リズ達を拒絶してまで、そうした。「そうすることに何の意味があるのか」「逃げてしまえば楽になれる」「わざわざ死ににいくこともない」と耳元で誰かが囁く。それでも、変わらないし、変えるつもりもない。そうしては、いけない。

 

 だから、考えた。彼女の言葉の意味を、彼女の思想を、彼女が伝えようとしたことを、考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、考えるだけ無駄なのだけど。

 

 第一、回廊結晶を使用してから目的地に辿り着くまで、それほど時間はない。そんな中で考え事?こんな短時間で?それで出した結論が本物と言えるのか?もしそうだと言うのなら、お前の頭はかに味噌以下だということだ。知能の代わりに旨味が詰まってるあれ。

 

 それに、考える必要なんてない。初めから答えは持ち合わせている。彼女の言葉の意味、理由だなんて考えなくても元々知っているのだ。自分の中に答えはあって、今まで見ていなかっただけ。それだけなのだ。

 

 

 そんな目を逸らし続けてきたモノを、彼女は俺に提示してきただけだ。特別なものは何もない。なのに考えるだとかそんなことほざいて逃げるだなんて、それこそ彼女を裏切るような行為だ。…………いや、こういうところであいつを使うから、こんなこと言われるのだろう。

 

 ま、面倒な前振りはこの辺にして、とっとと用事を済ませてしまおう。大丈夫、初めから答えはあった。そしてそれを知ってた。それに向き合うだけの話だ。他愛もないことだ。

 

 

 それでは、俺が目を逸らして見ようともしなかった俺の内側を、彼女が嫌った人間の真実を話すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソラという人間は、言ってしまえばただのクズだ。

出来損ないで、半端で、中途半端な存在。その代名詞と言えるのが柊空という人間だ。

 

 皆の前で仮面を外されたあの時、俺はさも自分が被害者であり、可哀想な人間であるかを必死に語っていた。確かにあの時話した内容に偽りなんてないし、俺の中にある想いは何一つ違わない。それだけは確かだ。

 

 

 でも、話した通りの綺麗な人間じゃない。

 

 愛していた家族を殺され、自らの両脚を奪われ、消えない炎の跡を残したあの男を殺した。感情的に言っているおかげで「復讐する権利がある」だとか「お前自身は悪くない」って感じでキリト達に伝わったみたいだが、完全に間違っている。

 

 

 殺意を殺人にしたら、それは罪なんだ。

 

 殺意は殺意のままであるから悲劇的で、それでいて正当なものになる。それこそ、恨みや怒りを否定する者はいないだろう?その感情が偽りのものだということもありえるけど、そういった感情は人間が持つ権利であり自由である。「その感情を抱くこと」自体は、誰だろうと否定することはできない。それだけ尊重されるべきものだ。

 

 しかし、それはあくまで「己の内側に閉じこめている」ものに限る。

 

 殺意を表に出し、殺人という結果を生み出してしまえば、それは罪になる。殺意から逃げようとしたことが罪になるんだ。

 

 例えば、そうだな。

 

 法というのは「人々を守ってくれる便利なシステム」なんかじゃなく、「それを全員が守ることで人々が守られるルール」なんだ。だから「法に守られない」と言っても、それはしょうがないこと。元々、法律はそういうものではないから。

 

 だが、そんな中でも法は犯される。もちろんその場合は罰せられるのだが、奪われたものは返ってこないし、殺された人は生き返らない。そういうこともあるからこそ人は理不尽さを覚え、怒り、憎しみ、嘆く。例え加害者が罰せられても、被害者の傷は癒えない。だからこそ、そのような人々の感情を無碍にしてはいけない。尊重すべきなのだ。それは、持つべくして持った負の感情だから。

 

 だからこそ、自らが法に触れた瞬間、それは失われる。

 

 その意志は正しい。その理由も正しい。だからこそ、自らが憎んだその存在になってはならない。なのに人はなろうとする。被害者から加害者へとなり、人を傷つける。そんな権利は誰も持っていないというのに、そうなってしまうこともある。

 

 

 それが、俺だった。

 

 家族を殺された怒りを免罪符に、犯人を殺した。殺意にするべき憎しみを、殺人にしてしまった。嗚呼、なんと恐ろしいことだろうか。なんと罪深きことなのだろうか。自らが憎んでいた存在に、自分から堕落してしまったのだ。人殺しという、穢れた存在に。

 

 しかも、俺はその事実を法によってねじ曲げ、自らの罪をもみ消した。憎しみから生まれた殺人を身を守るためだと偽った。そうすることで罪を犯しながら許され、受ける罰から逃げたのだ。そうやってのうのうと息を吸っているやつが俺なんだ。卑劣で愚かで救いようのない存在。それが俺なんだ。

 

 そしてそれはSAOの中でも変わらなかった。オレンジプレイヤーなら殺してもペナルティーが無いことを利用し、自らの欲求を満たすために殺し続けてきた。それは人殺しを許せないからでも、誰かを守るためでもない、本当に自分のために行った行為だ。それを都合よく解釈し、その解釈を押しつけ、それを理由に許されようとするだなんて言語道断。許される行為ではないのだ。

 

 罪を犯し、その罪から逃げ、自らは許されようとしている卑劣な人間が、柊空という存在なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、俺はニーナを殺した。

 

「あたしを殺して」

 

 彼女がそう言ったのは確かだ。逃れられない死を目の前にして、「人殺しに殺されるより、愛する人に殺された方が幸福だ」という望みが、彼女を凶行に走らせた。それがニーナの中から出てきた願いだというのは俺も彼女も十分に理解している。

 

 この話を聞けば「状況が状況だから仕方ない」だとか「望みを叶えただけ」と曲解してしまうことが多い。事実、キリト達に話した時だって、肯定こそされていないものの否定はされていない。もしかすると「お前のせいじゃない」とでも思っているのだろうか。彼らの心の中は見えないのが残念だけど。

 

 

 

 

 

 

 それを、彼女は嫌った。

 

 殺してと言われたから殺す。例えそれが本人の望みであっても、例えそれが唯一の救いだったとしても、それを理由に罪から逃れることは許されない。

 

 もちろん、殺すということがどういうことかを俺達は理解している。家族を殺され、そして殺した俺と、家族が殺したニーナ。俺達以上にこの世界で殺すという概念に触れた人間はいないだろう。そうでなくても、俺とニーナが殺人と向き合ってきたことは事実である。だからニーナは知っていた。そして俺も知っていたが、ずっと目を逸らしてきた。仮想空間に逃げたって、ゲームの画面を見続けたって、それは消えはしないのに。

 

 それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺した」ことからは逃げられないこと。

 

「殺した」ことだけが、繋がりだということ。

 

「殺した」ことこそが、二人のの絆だということ。

 

「殺された」ことしか、彼女にとって確かな愛がないということ。

 

「殺された」ことが、彼女がこの世界に生きた証だということ。

 

「殺した」ことの忘却は、その存在を否定すること。

 

「殺した」ことから逃げることは、彼女を否定すること。

 

 

 

 利用したんだ。自分のために、ニーナを都合よく使った。たった一言で、説明がつく。

 

 

 

 俺がしてきたことはニーナを愛するためじゃなくて、ニーナから逃げるためのもの。ニーナへの償いのためではなく、自分の身を守るため。愛からではなく、欲や恐れのそれ。

 

 ニーナを思い続けているつもりになって、何も見ようとせずに目を閉じた。加害者のくせに被害者ぶって、ニーナを盾に自らの行動を正当化してきた。感情と行動が正反対…………いや、同じだ。ニーナのためじゃなく自分のためにしてきた行動と感情は、完全に一致している。それこそが自分の内側にあるものだということをずっと見ずにいた。

 

 

 だからこそ、彼女は俺を嫌いなのだろう。矛盾に満ちていて、それを知りながら目を背けてきた俺が、心底憎くてしょうがない。そして、それは全て俺が原因で、自業自得。

 

 

 ────そういう、ことなんだよね。本当に。

 

 

 認めたくはなかった。見たくなかった。だから臭いものに蓋をして、見たくないから目を塞いで。好きだって言いながら、それはニーナへ向けられたものではなくて。

 

 

 ────救いようがないな。俺。

 

 

 そんな醜悪で傲慢で偽善的で怠惰で無能な自分をどうにか隠したかった。綺麗に見られたかった。避けられたくなかった。だから周りを見ず、自分を見ず、ニーナすら見なかった。自らの意思で。自らの望みで。

 

 

 ─────だから、きっとこれも。

 

 

 俺が今からしようとしていることも、きっと自己満足でしかなく、利己的で自分勝手なことだろう。そうだと、ちゃんと分かってる。

 

 

 ────だとしても、だからこそ。

 

 

 目を逸らさず、逃げず、受け止めた。少なくとも今はそうだ。自分がどうしなければいけないのか、自分がどうしたいのかってことじゃなくて。自分が、そうしようって決めたことを、ようやく見つけられた。

 

 

 ────だからさ、ニーナ。

 

 

 その見つけたものを、ニーナへぶつけよう。今あるありのままの自分を証明しよう。偽りの『ホロウ』ではない、ヒイラギソラとあう人間の全てを使って、彼女の言葉への返答としよう。この矛盾に、決着をつけよう。誰かのためという言葉にもう逃げない。自分自身のために、この物語を終わらせる。

 

 

 ────だからさ、ニーナ。

 

 

 君に贈ろう。ようやく見つけられた、本当の想いってやつを。俺の奥で蠢いてる、俺が隠してきたものの全てを。

 

 それにやっと分かった。『お前をどうしたいのか』、『お前とどうなりたい』のか。だから、それも全部持って行くね。

 

 俺はもう逃げない。引き返さない。今ある全てでお前と対峙する。だから、どうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げるなよ、新菜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 回廊の光の先に、彼女が見える。

 

 そこは天国か、あるいは地獄か。あるいはそのどちらでもないか。

 

 どちらでもいい。そこに彼女がいるのら、それで。

 

 左手には、置き去りにしてしまった黒猫へ贈る一輪の花。

 

 右手には、そこで待っている愛する人へ贈る花の剣。

 

 そして、罪人は断頭台へ駆け上がる。

 

 

 

 さあ、始めよう。最後の戦いを。

 

 そして終わらせよう。愛憎で歪んだ二人の物語を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勿忘草が、花を咲かせた。命の色をした、最期のMyosotisが。




 自分で書いててアレですが、ホロウ/ソラは一体何を考えてるんでしょうね。
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