さて、困った。
何かが聞こえると思って木の裏を見てみたら、本当に20近くの女が蹲っていた。腰を浮かせた体育座りのような体勢で、顔を膝に押し付けるようにしている。よく見ると、小さめなキャリーバッグを抱えているようにも見える。表情は見えないものの、絶望しきった声が聞こえてきたので、ある程度状況は把握できる。向こうからも俺は見えていないようで、こちらに見向きもしない。まあ好都合だけど。
「寒いよぉ…………お腹空いたよぉ…………お金もないよぉ…………おがあざぁぁぁぁん………………」
そしてこの言葉である。内容から事態の深刻さが滲み出ていて、少ない言葉の羅列だけで、その絶望が直に感じられるような感覚に陥ってしまう。ざっくりまとめると「家ない飯ない金ない助けてマミー」といったところか。その深刻さに、興味本位で覗いた自分がどれだけ愚かだったかを思い知らされる。
「死にたくない……嫌だ……無理……ボスラッシュ、もう疲れたよ…………」
「余裕あるじゃねーか、しかもちょっと違うし」とつい思ってしまうが、追い詰められて現実逃避しているのかもしれない。となれば、彼女が置かれている状況は相当なものになる。何の理由もなく、こんな場所でゾンビみたいな声出してるなんて想像できないし想像したくもない。彼女が絶望的な状況にあるとみて間違いないだろう。
「関わりたくねえ…………」
こんな状況になるなんて思っていなかった俺は、口から零れ落ちそうになった言葉をなんとか飲み込んだ。目の前の彼女の深刻さを考えると、関わった場合に厄介なことになる可能性がとてつもなく高いというかほぼ巻き込まれるだろう。一度捕まったらゲームオーバー、長ったらしいノベルゲーの末のバッドエンドが待っているだろう。うん、悪い予感しかしない。
それこそ、簡単な問題なら助けたかもしれない。家の鍵落としたとか、道案内みたいなものだったら喜んで力を貸そうと思う。しかし、彼女の問題は家と金と飯とマミーなわけで、とてつもなくヘビーだ。言い換えると「養ってほしい」とも言える彼女の願いは、興味本位で木の裏を覗き込んだ俺にはちと重すぎる。第一、知らない女を家に住ませることにも抵抗を感じるし。
だから、面倒なことになる前に離れようと思った。ゆっくりと、彼女に気づかれないように車輪を後ろに回す。本当にゆっくりと、アリよりも遅いスピードで、かつ無音で、少しづつ距離を離していく。彼女がこちらに気づいていないこともあり、割と順調に距離をとることができている。
こうして彼女を置いていくことに、罪悪感など微塵もなかった。普通の人間なら、置いていくことへの後ろめたさがあったかもしれない。救いの手を差し伸べるまでいかずとも、何かしらの対応をしていたかもしれない。それが良心というものなのだろう。
だが、その良心は俺の中にはない。考えてもみろ、殺人鬼に良心なんぞあるわけがないだろう。どこまでも自分の欲に従順で、どこまでも自分勝手なエゴの塊である俺にそんなものを求めてはいけない。俺は、あいつらとは違う。
だから、こうして後ろを振り返っても、何も感じないはずなのに。
「……………………」
何か、鎖のようなもので引っ張られてるように進めない。意識は離れようとしているのに、体が命令を実行しない。何も感じないはずなのに。後ろめたさは何なんだ。自分のことが、こんなに分からなくなるなんて、今までにどれだけあっただろうか。
『…………ありがとう、ございます』
きっと、あの時にはこうなっていたのだろう。雪の降るあの日に、その心は植え付けられた。あの教会での出来事が、始まりだった。
『すいません、あの子たちのために』
頭の中で声が反響する。あの日かけられた言葉が、何度も何度も打ち付けられる。あの日与えられたものが、今もこうして心に残っている。心の中で、叫んでいる。それが、こうして俺を引き留めているのか。
『私にできるのは、これしかありませんから』
今思えば、それは憧れだったのかもしれない。傷つけることしかできなかった俺には、救うために手を差し伸べてきた彼女の存在が眩しく映っていた。彼女のようになりたい、だなんて身勝手な想いが、俺と彼女との関係の始まりだった。
だから、これは彼女のせいだ。今考えていることは、今までの俺なら全く考えなかったはず。いや、考えるわけがない。悪の塊である俺が、見知らぬ誰かを助けるために手を差し伸べるだなんて。だから、これは彼女のせいだ。
きっと、彼女のおかげだ。
そんで、彼女のようになりたかったんだ。
くるりと半回転。振り返るように車椅子を操作し、今も蹲っている女に目を向ける。彼女は今も呪いのような言葉を吐きながら、今の状況に絶望している。そんな彼女の頭の中には、俺と言う存在すら認識されていないだろう。誰も助けてくれない、だなんて思ってるのだろうか。
ゆっくりと力を込め、車輪を押し出す。砂と車輪が擦れ合う音が、少し耳障りに感じる。しばらくその音は続き、静寂が支配する頃には、俺は再び彼女の前にいた。彼女の表情がちらりと見えたが、永久凍土のように冷え切っていた。どうしたらこうなるんだと考えながら、膝の上にのっけたビニール袋に手を突っ込んだ。
その中からスチール缶を一つ取り出す。温かいコーヒーが入っているそれは、冬の外気に触れていたせいで若干温度が下がってしまっている。それでも、冷え切った体を温めるには十分だろう。
「…………あの」
「ああもう終わりだこのまま死ぬか地下で強制労働させられる人生なんだああああああどうしようどうしよう」
試しに声を掛けてみるが、相変わらず高速で何かを詠唱しており、こちらには見向きもしない。
「ちょっと、話を聞いて」
「もうおしまいだおわりだゲームオーバーだどうしようせめていこつは森の中にうめとかないとドブになんかすてたくないよぉ……」
「……話を聞けっつってんだろクソアマ」
「どうか、どうか死の直前だけでもストーブであったまりたいですぅもう寒くて末端神経死にそ……………………えっ?」
何度声を掛けても反応しなかったのに、クソアマっつったらこちらに反応してきた。彼女からすれば、いつの間にか知らない人が車椅子に座っているという不気味なシチュエーションになっているから反応が遅れるのは普通だろうし、実際そうなっていた。凍りついた空気がようやく溶けたのか、彼女が口を開く。
「だぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇがぁぁぁぁぁ……………………」
「……はい?」
地を這うような低音は。
「クソアマだあああこのボケナスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
天を貫く程の怒号へ。
「いや、ちょっ、待って」
「誰が待つかこのひょっとこ野郎が!てめえ初対面の奴にクソアマって調子乗ってんじゃねーぞこのすっとこどっこい!つかなんだ、お前いつからそこにいた?さては絶望しているあたしを見て『ヒャッハー、今日も人の不幸で飯がうまいぜ!』とか言って帰ってから白米をうまそうに食う算段だったのかふざけるなこの外道が!つか白米って言ったら腹減ってるの思い出しちゃったじゃねーか責任とってカツ丼食わせろやこの鬼畜外道仮面のひょっとこ野郎!!!」
先程までの陰鬱な雰囲気はどこに行ってしまったのだろうか。テンションは180度回転し、一気に爆発。溜まっていたであろう怒りや不満が溢れ出し、止まらない言葉が俺に盛大なとばっちりを食らわせる。自爆と妄想で塗れた言葉が、容赦なく俺の脳に叩き付けられる。
「…………あ」
見ず知らずの男に罵声を浴びせたことに気がつき、みるみるうちに彼女はしぼんでいく。溜まっていたものを吐き出したら、途端に冷静になってしまったのか。
「……すんませんが、今日のところはお引き取ってくだせえ……。ああ、死ぬ前に丼カツ食いたかったでごわす…………」
散々喚き散らした後、先程のテンションで若干おかしい言葉を吐きながら、膝を抱えてしゃがみこんでいる。自分の行いを冷静に振り返り、そして見事に自爆したようで、今でも念仏を唱えるかのようにブツブツとなんか言っている彼女を見ると、本当になんで声をかけたのだろうと若干後悔してしまう。マジでなんなんだこの状況訳が分からないよ。
でもまあ、こんなところで挫けていては、本当にさっきまでのが無駄になってしまう。決意が折れてしまう前に、手にある温もりが冷めきってしまう前に、行動に移す。蹲る彼女に近づき、その手にあるものを頬に触れさせた。
「…………え?」
音もない襲撃に彼女は驚くが、頬に触れていたものを手にすると更に驚いた表情をした。ここまで目を見開いて驚くか、とは思ったが、彼女の置かれている環境を考えたら普通のことだった。温くなってないかと心配したが、冷え切っていた彼女には、時間が経った缶コーヒーでも十分な希望となっただろう。
「えっと、色々ぐだぐだになったけど」
まんまるに開かれた目に覗かれながら、仕切り直しの言葉を吐く。本当にぐだぐだだったけど、彼女だってそうだったかもしれない。そう考えると、少し気が楽になった。
「缶コーヒー。ブラックだけど、いる?」
できるだけ穏やかな口調で言ったつもりだが、彼女から反応は帰ってこなかった。ずっと目を見開いて、瞬きもせずにこちらを覗いている。彼女が情緒不安定なのは何となく察しているが、こんな反応されたらなんか悪いことしたみたいな感じになってしまう。
「……あのー、いらないんだったら捨ててもらっても」
この膠着状態をどうにかしようと切り出した途端。
「あなたは神かっ!!」
「うぉえ!?」
先程まで固まっていた彼女が突如飛びかかり、俺の手を両手でがっちり掴んだ。大きく開いていた目はこれ以上ないほど輝いており、心なしか目から涙が流れているようにも見える。施しを受けて歓喜する貧民じゃないんだから、と考えたが構図としては同じだった。
「こんなクッソ寒い外で凍えているあたしにあったかいコーヒーを差し出すチョイス!坊さんじゃねーんだからとツッコみたくなる程ブツブツ言ってた不気味なあたしに話しかける鋼のメンタル!ああその他諸々も含めてあなたは神か!ええ、普段は甘党だけど今回はブラックでも美味しくいただきますとも!!」
「え、おま、ちょ」
「というかさっきはいきなり当たり散らしてすいませんでしたっ!これが絶望的な状況でしてね奥様!多分聞いてたでしょうけど、聞いたまんまなんスよ!いやーマジでこのまま凍死しちゃうかと思ってた時に現れた貴方様!これは新たな宗教の誕生なのでは…………」
「うっへめんどくせえ」
握った手をブンブン振り回し、涙と涎を撒き散らしながら感謝と謝罪と意味不明な言葉をぶっ込んでくる彼女に、俺は圧倒されるしかなかった。めんどい。正直、さっき以上に声を掛けたことを後悔している。もう彼女についていける自信がない。心は折れて捻じれてちょん切れた。帰りてえ。
でも、これでようやく一歩踏み出せたようにも思う。ずっと傷つけてきた俺が、柊空が誰かのために手を差し伸べたことは快挙であり、現実世界での最初の一歩なのだ。彼女が見たら、きっと苦笑いを浮かべるんだろうけど。でもまあ、これでも頑張ったんだよ?
「こんな形になっちゃったけど」
空を仰ぎ、想いを馳せる。
「俺、あなたみたいになれるかな」
その光景を見て、憧れた。
「ねえ、サーシャさん」
沢山の笑顔に溢れた、彼女の笑顔に。
*
「えーと、つまり『アル中の父親の暴力に耐えられず逃げたはいいものの金が足りずくたばってた』ってことか」
「いやー、そうなんですよ!金欠で死にかけるって逆にすごくないっスか?」
「うん、割と深刻な状況で笑ってられるとかお前ヤバいわ」
「いやーそれほどでも」
「褒めてねえよ」
椎名恵梨と名乗った彼女の豹変ぶりには驚き呆れた。頭を掻きながらワッハッハと豪快に笑う姿は新喜劇でも見ているようだが、話を聞いていたら予想以上に笑えなくてこっちが反応に困っている。しゃがんでいて、同じ目線にいるからより悲壮感が伝わってくるし。話を聞こうとして後悔するのは今日何回目だろうか。
まあ、あんな悲惨な状況なら笑うしかないか。それほどに彼女が置かれている状況というものは悲惨で残酷なもののようだ。そう考えると、今こうして寒さに震えながらちびちびコーヒーを啜っているこの状況は、ある意味幸せなのかもしれない。彼女が俺に語った過去は、そう思わせてしまうほどのものだった。
彼女は、俗に言う「アダルトチルドレン」というやつだろう。
彼女は、ごく普通の過程に生まれ落ちた。真面目で仕事ができる父親とオムレツが得意な母親の愛情を独占し、幸せな時間を送っていたという。「後のことを考えるとバカじゃねえのって感じですけどね」と彼女は言っていたが。
彼女が5歳の時、父親がリストラされたことが全ての発端だった。真面目さがこういう場面で裏目に出たようで、当初の落ち込みようはとてつもないものだったらしい。まあ、5歳の娘と妻を食わせていかなきゃいけない立場なら、思い詰めるのも無理はない。だが、この件で彼の心に大きな穴が開いたのは確かだ。
その穴を埋めるため、酒に縋ったのがいけなかった。来る日も来る日も酒を飲み続ける彼が底なし沼に肩までどっぷり漬かる羽目になるのは容易に想像できる。体に染み渡るアルコールは彼の体と心を、更には家庭まで壊していった。
壊れていく父を母は当然止めようとしたのだが、思いやりの返事は拳だった。彼の中にある怒りは止まることを知らず、罵声と暴力となって溢れ出した。母を容赦なく傷つける魔の手は、恵梨に及ぼうとしていた。が、母の尽力によりそれは回避できた。
それから、家庭は父親を中心に回り始めた。働き手がいなくなった椎名家に父の酒代と金が消費される中、母が労働に出ることで家計は持ちこたえていた。となると家に残された恵梨は父親と二人きり。いつ爆発するか分からない爆弾と隣り合わせの日々は、彼女の心を容易く捻じ曲げた。行動の全ては、傷つきたくないためのものになる。
父親の言うことには絶対に逆らわない。母の代わりに家の仕事や父親の相手をし、機嫌を損ねないよう表情を作り、これ以上過程が壊れないようにする。日々消耗していく母親を支え、家族としての形をなんとか維持する。自らを犠牲にした彼女の努力によって家庭は崩壊せずに済んだが、彼女の心は既に壊されていた。
家族の協調のために自分を捻じ曲げたが故に自分を見失い、父親という危険に晒され続けたが故に被虐的な思考を持ち、家族のために時間を浪費したが故に彼女自身の発達は後回しにせざるを得なかった。学校での授業に集中できるはずもなく、友達と遊ぶ時間など割けず、結果として学生としての本分を全うできなかった。高校を卒業してからどうなったかは、容易に想像できる。
こうして疲弊しきっていた彼女に追い打ちをかけるように、母親が家を出ていった。と言っても離婚ではない。収入を得るために働き、家では父親の影に怯え、娘に今の状況を強いていることへ罪悪感を感じていた母も、壊れてしまったということだ。身体の疲労こそ回復するものの、摩耗した精神は簡単には修復できない。一度今の環境から切り離して治療するため、実家に帰ったというのが事実だ。
そうなると、父と二人きりになった恵梨の負担は一気に増加する。自分自身をすり減らしながら、彼女はなんとか持ちこたえてきたが、やはり限界は来る。当時の自分は廃人のようだったと、恵梨は語っていたが、全く笑えない話だった。
そしてある日の父親の一言が、そのきっかけとなった。
「邪魔だ、出ていけ」
実の娘にそんな言葉を吐くなど言語道断。父とは思えない発言に、彼女は憤るものだと普通は考えるだろう。だが、彼女には耐えられなかった。これ以上、この悪夢が続くことが。
「…………喜んで」
だから、それを選んだのだろう。この地獄から抜け出すことだけに特化した選択を、当てもなく彷徨った果てに野垂れ死ぬことになってもいいからと、選んだ。それが英断だったか愚行だったかは今でも分からないと彼女は言う。
そうして出てきたはいいものの、少ない資金しか与えられなかった彼女が生きるには外の世界は厳しく、何とかここまで持ちこたえたものの、この公園でくたばっていたところを俺に発見されたことで、現在に至る。
ここまでが、恵梨が話した彼女の過去だ。
「いやー、マジで悲惨でウケるんスけどwww」
「いや笑え……まあ笑うしかないか」
こんな悲惨な話をここまで明るく笑顔で話されると、一周まわって不気味に思えてくる。笑うしかない状況とはいえ、よくこんなテンションでいられるなと逆に感心させられる。こうして自分を何とか保って…………いや、寒さで頭がラリっただけか。
「……ほんと、我ながら酷い話ですよ」
エネルギーを消費しつくしたのか、あるいは感傷的になったのか、恵梨は静かに語りだす。
「こんなに酷い人生になるなんて、ちっちゃい頃のあたしが知ったらどんな顔するんでしょうね」
「今みたいに、絶望しきった顔すると思うけど」
「…………否定できないなあ」
彼女は笑みを浮かべるが、微笑みというよりは嘲笑に近い。濁った目に浮かぶ涙が、瞳を更にぼやけさせる。曖昧で不確かな印象が、今の彼女にピッタリだった。
「なんで、こうなっちゃったのかな」
目元からは涙が、口からは言葉が溢れ出し始めた。
「……お前をこんなにした親父が、憎いか?」
「憎くなんてないですよ。あたしたちのために頑張って、ああなっちゃったんですから」
「母親は?結果的に、お前を置いていったわけだけど」
「あそこまで追い詰めたのは、父とあたしです。あたしをずっと守ってくれたんですから、お休みくらいないとダメですよ」
「……あの家族に生まれて、不幸だったか?」
「不幸で、不幸じゃありませんでした。辛いこともあったし、もうバラバラになっちゃいましたけど。それでも、あたしにはあの場所しかありませんから」
「…………そうか」
「…………はい」
そこから続いた沈黙は、冷え切った空気をより冷たく、重くさせる。乾いた空気が喉に刺さり、外気が体温を奪っていく中でも、沈黙がもたらす苦痛ははっきりと感じていた。
「…………これから、どうするんだ」
そう発するまで、時間が凍り付いたみたいだった。この一言で氷が溶けたように彼女と俺の時間は再開した。そこから頬を掻き、目線を下げたところでようやく恵梨は口を開いた。
「……どうなるんでしょうかね」
なんと曖昧な、と思わせる回答だったが、彼女にはこれしか選択肢がないのだろうとすぐに考えた。
「死ぬつもりじゃないだろうな」
「そんなことはしませんよ。死にたくないですし」
そう言うと、彼女は立ち上がった。それにつれて視線が上を向くが、気がつくと日も沈み、ちらほらと星が見え始めていた。
「待て、結局お前はどうするつもりなんだ」
「……分からないですね。何もないですから、時間の問題かな……なんて」
「何もないって、じゃあそのキャリーバッグは何なんだ」
「ああ、これですか」
そしてファスナーの開く低い音がゆっくりと聞こえた。音が止まると、彼女は小ぶりのキャリーバッグを開き、俺にその中身を見せた。
「これは……」
「アミュスフィアです。平たく言ってしまえばゲームですよ」
取り出されたものは華奢なゴーグルのようで、ナーヴギアの感覚が染みついている俺からすれば、そんなんで大丈夫か?と心配になってしまうような印象を受けた。アミュスフィアと呼ばれるそれは、簡単に説明すると「危険性を取り払ったナーヴギア」と言うのが相応しい、ナーヴキアの後継機だ。電磁パルスの出力を抑え、レンチンできなくしたらしい。SAO事件の影響だろうと考えるのが普通だが、それでもVRの歴史が続いていることにはちょっと驚いている。
「なんでゲームを?それより優先するものとかあったろ」
ゲームを持ち歩こうがどうしようが彼女の勝手だが、こんな状況で持ち出しているのはさすがにおかしい。家出するなら、金とか衣類とか、必要なものをチョイスするはず。換金するにしても、もう少し高価なものだってあるだろう。そもそも、飢えて死にそうなのにゲームを手放さないのはどうかしている。何が、そこまで彼女を執着させるのか。
「まあ、それはそう……というか。あたしにとっては一番大事なものだから……ですかね」
彼女の表情に影が差した。
「お母さんが、買ってくれたんです」
そこで納得がいった。こんな無機物でも、彼女にとっては形見のようなものなのだろう。
「余裕もあんまりないはずなのに、買ってくれたんです。きっと、あたしのことを心配してくれてたんじゃないかって」
母親が選んだものだとは思っていなかったが、「心配」と聞いて一つ確信した。彼女に、アミュスフィアが何をもたらしたのかを。
「……逃げ道か」
「……はい。これがあれば、目を逸らせますから」
アミュスフィアが彼女にもたらしたのは、束の間の安寧だった。仮想空間の中に入れば、一時的にだが現実から目を逸らし、都合の良い世界の中で過ごせる。そうやって、彼女にとっての逃げ道を母親は作りたかったのだろう。
しかし、これほどうまい話があるだろうか。悲惨な人生を歩み、家族が離れ、そして同じ方法で痛みや苦しみから逃れようとした。単なる偶然にしては出来すぎている。まあ、ただの偶然だけど。
「もちろん好きなんですけどね。…………やっぱり幻滅しますか?」
「いや、同類がいるとは思わなくてさ」
そう言うと、少しばかり笑みを浮かべて「そうなんだ」と彼女が返した。自分に近い存在に安心感でも覚えたのだろうか。もし、そうだとしたら。
「なあ、一ついいか」
「えっと、どうしました?」
きっと、この時の俺は血迷っていたのだろう。頭も正常に働かず、その結果こうしてしまったのだろう。だから、あんなことを言ってしまったのだと思う。
「えっとさ。何というか、その」
「……?」
こんなにも偶然が重なったら、そりゃ勘違いだってする。ナタリアさんとニーナの墓参りをして、黒猫に会って、声を掛けた相手が自分と同類で、しかも「シーナ」だなんて。こんな偶然あるはずがないのに、ここまでされたら「もしかしたら」って思ってしまうじゃないか。
「もし、お前が望むならなんだけど」
そうして、偶然の積み重なりと教会での日々がこの愚行へと俺を導いたわけだが、今でも「なんであんなことしたんだろ」と思う時がある。それは俺が言い出したで、それを後悔しているわけではないけど、どうしても考えてしまう。
「俺のところに、来ないか?」
でも、この時の恵梨の顔は、今思い出しても傑作だった。
*
俺が提案したのは、ギブアンドテイクの関係だ。
まず、俺は恵梨に「身の回りの世話」を要求した。俺の脚はあの事件で失われ、今は車椅子を利用して生活しているわけだけど、そうなると日常生活を送ることが大変難しくなる。今まではヘルパーさんに頼んでいたわけだが、それも24時間というわけにはいかない。急に用事ができた時に時間がかかってしまったり、痒い所に手が届かないことが多々ある。それに今は冬だ。もし雪が積もってしまったら、車輪が埋まって遭難に似たような状態になってしまうことがある。だからこそ、24時間で対応できる人間が俺には必要だ。彼女が同居すれば、有事の際にはすぐに対応してもらえるだろうし、そうなれば俺としてもありがたい。そういった理由で、彼女には住み込みでの介助を要求した。
その見返りとして、俺は恵梨の生活を保障する。住居から食料、衣類に生活用品、また自由に使える金を毎月支給することを内容に組み込んだ。これらすべてが欠落している彼女にとって、これ以上おいしい話はないだろう。更に、彼女が自分で生活を営めるようになるまで、という条件もつけた。つまり、自分の力で生きていけるようになったらいつでも出て行っていいことにしたわけだ。利用するだけ利用して、都合がついたらいつでも辞められる。こういった条件を彼女に提示した。
急に考えたせいでごちゃごちゃしているが、こういった契約を彼女に持ち掛けたわけだけど、恵梨のリアクションは予想外だった。
「……は?宿と3食と生活費とお小遣い支給?そんで仕事はヒイラギ……さんの介助?」
「そ。基本は肉体労働になるけど」
「あたしの……カラダ!?」
「誤解されるような表現やめーや」
援助交際じゃないんだから。それに、そういうのは俺には必要ないし。
「知ってます。いやまあ、あたしにとっては都合が良すぎてマジパネェんスけど」
意外と、彼女は乗り気のようだ。見知らぬ男と同じ屋根の下で共同生活だなんて、彼女の年代の女子には考えられないだろうし、それこそ体の関係と捉えられてもおかしくはない。そんな不確かでリスクが大きい契約に対し、彼女が前向きな姿勢を見せていることに、俺は驚かされた。
「不満とかはないのか?」
「いやあたしに必要なものばかりで大変おいしゅうございますよ?あ、交通費は支給されますか?」
「そこは要相談だな、必要なら出すけど。それと、場所が○×県になるけど大丈夫か?」
「じみーに遠いッスねー。でもまあ許容範囲ですね」
「そうか、じゃあ」
「でも、その前に」
ふと、彼女がこちらを覗き込む。なんて虚ろな瞳なんだろうと、思わず見とれてしまった。
そんなことを思っていると、彼女はこう言った。
「どうして、あたしにここまでしてくれるんですか?」
それは、もっともな疑問だった。
「この話が二人の利益のための契約、ってのは分かるんです。でも、どうしてあたしなんですか?もっと優秀で、もっと身なりが良くて、もっと相応しい人や方法、選択肢があなたにはあったはずです」
虚ろな目が、次第に刺すような視線を向けてきた。敵意があるわけではなく、適切な距離を見定めようとしているように見えた。半信半疑のようなものなのだろうか。でも、彼女に危機を回避する術が身についていることに、なぜか安心してしまった。
「それなのに、あたしを選んだ。そうすることで、あなたにどんなメリットがあるんですか?あなたは、あたしをどうしたいんですか?」
彼女が疑いを持つのは当然だ。知らない奴に話しかけられ、うまい話を持ち出されて、何か裏があるんじゃないかと疑うのは当たり前のことだ。ましてやこんな車椅子に乗ったひょっとこのお面つけてる野郎に話しかけられたら、信用できなくなるのが普通だ。
「……どうしたい、か」
だから、普通に、隠さずに話すのが一番だと思った。
「お前をどうしたいというよりは、自分を変えたい、変わりたいと思った」
「変わりたい?」
「そうだ。でもまあ、ちゃんと説明するには最初から話すしかないか」
「最初、って」
でも、そうするには時間がかかるだろうし。
「長くなるだろうし、どっかで飯でも食いながらにしようか」
続きは、カツ丼を食いながらにしよう。
*
「よぐがんうぁりまひたえひいらひはんっ!!」
「ぶふぇあ!?」
壊れた掃除機のような音に驚き、啜っていた蕎麦が口から噴き出る。蕎麦はお椀で受け止めたため、大惨事には至らなかった。
「ふぉればけづらいぼひあばばっぶぇびぼば!!よぐがんうぁりまびばえびいらびばん!!」
「悪い、何言ってるのかさっぱりだわ。でもフビライハンて言おうとしてるのは伝わってくるから」
あれから俺たちは近くの蕎麦屋に入り、そこで食事をしながら俺のことについて話をすることにした。彼女が口にしていたカツ丼がある、という基準で店を選んだところ恵梨からは高評価をもらった。彼女は待望のカツ丼を、俺はかしわそばを食いながら、俺の話をすることにした。
彼女に声をかけ、あんな話を持ち掛けた理由を説明するには、最初から説明するのが一番いいと思い、今までのことを大体話すことにした。家族との死別とその復讐、SAOの中での出会いと別れについて話し、動機としてサーシャさんとの出会いと自分との共通点を挙げた。共通点というのは、まあ「悲惨な過去」と「現在一人」と「ゲーム」といった程度だが、それに偶然が重なることで動機として成立した。サーシャさんについてはさっき散々言ったからスルーで。
こうして彼女に事情を説明したのだが、話し終えると急に泣き出し、何か言ってきた。カツ丼を口いっぱい頬張りながら喋ったせいで、何言ってるのかはさっぱりだけど。そうして今に至るわけだけど。
「ほら、飲み込んでから話せ」
「んぐ……んっ」
彼女は手元にあった水で、口の中のものを強引に流し込んだ。もう少し味わって食えよと思ったけど、餓死寸前ならそりゃがっつくかと一人納得していた。
「柊さんも人のこと言えないくらい悲惨じゃないっすか!!辛い中でほんっとうに頑張りましたね!!あとさっきのはフビライハンじゃなくて柊さんて」
「それはどうでもいいわ」
「塩対応たまんないッスねぇ……」
「とりあえず、これで納得したか?」
「……そうですね、動機は分かりました」
恵梨は一度箸を置き、袖で涙を拭った。ある程度腹が満たされたことで落ち着いたようで、一言一言しっかりと口にするようにしていた。
「柊さん、そんな辛いなかで頑張りましたね」
「頑張った……ってことにしとくか」
「……あたし、そんなに頑張れる自信ないですよ」
ポツリと、弱音が漏れた。
「ずっと怯えて、何もしてこなかったんですよ。逃げて、隠れて、母に縋って。それができなくなって飛び出してきたんです」
表情に、影が差す。
「だから、頑張れないですよ。柊さんが出した条件は確かに魅力的だしあたしにとっては救いです。でも、こんな何もできない出来損ないを近くに置いても、何の意味もないですよ」
「…………」
似ているようで、全く違う道を辿ってきたことを、ここで思い知らされた。俺にはあって、彼女には無かったもの。きっとそれが足りなかったから、彼女はここまで苦しんできたんだと思う。そう、漠然と考えていた。
「意味、ねえ」
漠然な考えが、少しずつはっきりとしたものになってきた。
「意味があるとするなら、お前を俺の近くに置くことだろうな」
「……は?」
拍子抜けした彼女の顔は、何度見ても面白い。
「いやいや、それ手段……じゃないけど目的じゃないですよ!もっと性的な」
「真面目な話してんだから下ネタ言うな」
どうして俺の周りの女は性にアグレッシブなんだと呆れるも、話を戻す。
「一つ聞くけど、お前の家の問題を誰かに言ったことはあるか?」
「いや、それこそ柊さんが初めてですけど」
予想通りの展開すぎて逆に気持ち悪い。
「馬鹿かお前。自分たちだけじゃ抱えきれない問題を、自分たちだけで抱えようとするから手がつけられなくなるんだよ」
「は?」
「だーかーらー、こうなる前に保健所とか医療機関とかに相談しとけよってこと」
その瞬間、彼女の目が大きく開かれた。瞳は驚愕一色で、今までその存在を忘れていたことに驚いているようだった。「その手があったか」と言わんばかりに手を叩いた後、頭を抱えた俯いた。
「マジでっかー…………。選択肢にすら無かったッス…………」
「状況が状況だから、しょうがないとは思うけどさ」
さっき彼女に問われた「意味」とやらを答えるなら、きっとこういうことだろう。
「俺だって、他人からの助けがなかったら今頃死んでるだろうし。まあ、運もあるけどな。俺が拒否してもしつこく手を差し伸べてくるような奴らだったからってのもある。そいつらのおかげで、俺はこうして蕎麦を啜れてるわけ」
その助けがなかったら、とっくの昔に死んでるか、正真正銘の廃人になっていただろうし。
「でも、それがお前にはなかった。周りから手を差し伸べてくれる存在がいないと、その問題を自分たちだけでどうにかしなきゃいけない。でも自分たちだけじゃどうにもならなくて、状況が悪化する。そんな悪循環の中にお前はいたんだ」
俯く彼女の頭を撫でる。拒絶されると思っていたが、意外にも受け入れられた。
「だから、手を差し伸べたいと思った。俺がそうやって救われたように、そうしてくれた人たちみたいに、誰かの力になれたらって思った」
撫でている手が震える。いや、彼女自身が震えているようだ。表情こそ見えないものの、どんな顔をしているかは想像がつく。
「俺がお前を助けようと思った理由はそんなもんで、お前を側に置く意味はその程度のものだ。どうだ、これで満足か?」
頭から手を退けると同時に、彼女が顔を上げる。予想通りの、くしゃくしゃになった顔がそこにはあった。
「……柊さん」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でこちらを見つめてきた。そして何かを言おうとしているか、口元をしきりに動かしている。言葉が出ないのだろうかと思い「焦らなくてもいい」と伝えると、彼女は首を横に振った。
「もし、許されるなら」
腹を括ったのだろう。相変わらず酷い絵面ではあるが、その眼からは決意のような何かが感じられた。すぅ、と軽く息を吸うと、重い重い口を開いた。
――――――あたしを助けてください。
そしてようやく、彼女は助けを求めることができた。
「その言葉を待ってた」
そしてようやく、俺は手を差し伸べることができた。
「助けるだなんて大袈裟だとは思うけど、今いる状況よりマシにはなると思う。ほんの少しだけど」
「あたしからしたら、天と地ほどかけ離れてますけどね」
「というか、お前はいいのかよ。状況が状況とはいえ、見知らぬ男と同居とか」
「何か企んでるなら、そんなこと言いませんよ。柊さんはいい人ですし、もしものことがあってもあたしの方が優位ですからねー。柊さん車椅子だし」
「相変わらず逞しいな」
念のための確認を済ませた時には、丼の中身はなくなっていた。
「ま、すぐにとはいかないけどな」
彼女を連れていくことになった以上、御両親に話をしないわけにはいかない。事情を説明して了解を得てからでないと、何も始められない。それこそ、御両親からしたら「いきなり出てきた馬の骨が娘を掻っ攫った」と感じるだろうし、実際そうだ。断られるだろうなあと、今更ながら思えてきた。「恋人と同棲する」って言い訳を彼女は考えているみたいだけど。
それに、父親も放っておけない。あのままだと更に状況は悪化するだろうし、どうにかして医療機関に繋げなければならない。兄弟とか近しい人がいるなら、まあなんとかなるかもしれない。実際やってみなければ分からないけど、何もしないよりはマシだろう。
それに、引っ越しは一週間後だし。それまでは今住んでるアパートで寝泊まりしてもらうとしよう。そんなこんなで嫌でも時間はかかるので、今すぐというわけにはいかないけど。
「まあ、ひとまずは」
「そうですね、とりあえず」
そう言って、俺は手を伸ばした。それを見た彼女は身を乗り出して、その手を掴んできた。あれだけ冷気にあてられていたというのに、彼女の手は温かかった。
まあこれは、軽い儀式のようなもの。今一度互いに確かめ合うため、お決まりの言葉を交わす。
「よろしく、恵梨」
「よろしくお願いしますね、柊さん」
こうして、俺たちの奇妙な関係は始まったのだ。
「というか、いきなり名前呼びッスか?」
こいつを椎名と呼ぶのは、俺のプライドが許さなかった。
*
様々な問題を解決していき、その果てに今の日常があるわけだけど。
「で、思い返してたら変なテンションになったと」
「しょうがないじゃないですか、あんな刺激的な体験したんですから」
「まあ、極限状態で食うカツ丼は確かに刺激的だ」
「マジでうまかったですゴチっした!でも、最初のコーヒーの方が染みたんですよねー」
調理を終えた恵梨とコーヒーを飲みながら、1ヵ月前の出会いを思い出していた。彼女のコーヒーにミルクと砂糖が入っているのは、あの日とは違うけど。
「……あの時」
マグカップを両手で包み込んで、彼女は微笑んだ
「柊さんがくれたコーヒー、めちゃくちゃ苦かったです」
「それ今言う?」
俺のリアクションを見て「ごめんなさい」と笑う恵梨の顔は、とても眩しかった。
「でも、あの時のが一番美味しかったですよ?」
「そりゃどーも」
実際に言われてみると、死ぬほど恥ずかしくなってくる。むず痒くもあり、温かくもある。こんな感覚を知っていたら、俺はあんな過ちを犯す必要すらなかったとまで思う。
「こうやって思い返せるのも、柊さんのおかげです。感謝してもしきれませんよ」
「別にする必要ないだろ、互いの利害が一致したってだけだろうし」
「それでもですよ。助けられたことには変わりないです」
まあ、そういうことにしておこう。これ以上は恥ずかしくて耐えられない。
「改めて言わせてください。あたしを助けてくれて、本当にありがとうございます」
あの時とは違う、柔らかな笑顔で。まっすぐな言葉を並び立ててくる。あの日のような影は見当たらず、穏やかな時が流れていく。こうしてみると、助けられたのがどちらか分からなくなってくる。いや、助けられたのは俺のほうだ。
「こちらこそありがとう。お前が助けられてくれたから、俺も救われた」
今感じたありのままを伝えると、クスッと笑われた。
「何笑ってるんだよ」
「いや、どっちなんだよって思っちゃいました」
そうして、時は過ぎていく。今もあの日のことを思い返しては「これでよかったのか」と考えるときはある。考えて、悩んで、後悔して。そうして今まで過ごしてきたけど。それでもあの日の行いは、少なくとも間違いじゃなかった。今の彼女を見ると、そう思えてきた。
*
「そうだ、思い出した!」
コーヒーカップが空になる頃、何かを思い出したように彼女が二階へと駆け上がっていく。おそらく自分の部屋に行っているのだろう。バタバタという音が、二階から一階まで聞こえてくる。もう少し落ち着けないものか。
「柊さん柊さん!」
台風の如く勢いでバカみたいな騒音と共に戻ってきた恵梨は、なんとも言えない二ヤけ顔をしていた。
「何だそのニヤけ顔。バカっぽくてウケるんですけど」
「ふっふっふー、そんなことを言ってられるのも今のうちですよ~?」
えらく自信に満ちてるなと思っていると、恵梨が愉快な顔をしながら話を始めた。
「さっきも言ったと思うんですけど、今日ってあたしと柊さんが出会ってちょうど1ヵ月なんですよ」
「それはさっき聞いたな。それで?」
「こんな記念すべき日なんですから、あたしなりに感謝の気持ちを形にしようと思いましてー」
すると、綺麗に包装された何かを渡される。ラッピングに加えてリボンと、誰かに贈るためのようだ。
「ひょっとして、プレゼント的な何か?」
「的な、じゃなくて本当のプレゼントですよ!ほら、さっさと開ける!」
プレゼントを貰った喜びを感じる時間すら彼女には惜しいようで、さっさと開けろと迫られる。急かされながらも包みを開けると、中身の正体が姿を現す。
「これって」
「そう!これこそ一番の贈り物だと思ったのですよ!」
手の平サイズのパッケージは目新しいものの、自分の手に馴染んだものだった。そこには深い森とそこから見える満月が描かれていて、剣を持ちながら飛翔している少年少女の姿が映えていた。シチュエーションからして、少しあからさまではあるが。
「それではそれでは、柊さん!」
「ようこそ、
今手に持っているパッケージは、《ALfheim Online》と呼ばれる世界への切符。右上の《AmuSphere》の文字を見た瞬間に確信した。
こうして、仮面の行商人の歯車は再び動き出した。その先にあるものは破滅か、それとも救済か。その答えは、果たして。
大変ながらくお待たせしました。待ってないかもしれないですけど。遅くなってしまい申し訳ありません。
それと、次回03話を投稿する前に、クリスマス回を書こうかと思ってます。SAO時代の話で、それこそFleeting restというか今回の話にもほんのり関わってくるお話を考えています。クリスマスまでに書き終わる自信がないですが、やれるだけやってみようと思います。
今回も見てくださりありがとうございました。次回も、どうかよろしくお願いします。