「すみません、こんな付き合わせてしまって」
「イイヨイイヨ!変わった人たちで楽しいしネ!」
「あたしまで変人扱いに……というか領主サマなんでぇ……」
大通りから少し外れた商店街で、俺とケイはアリシャ・ルーと名乗る女性に案内をされていた。ゲームを始める際に必要最低限の装備を整え、消耗品を調達し、各アイテムの相場を調べ、シーナのおやつを買う。行程としては長く、時間に置き換えても長い買い物となったが、それでも彼女は嫌な顔ひとつせず、楽しそうにしているのであった。
「ケイちゃんも、もっと楽しみなヨ!しょんぼりしてないでサ」
「いえ、ただ胃が痛むだけで……」
反してケイの表情には影が差していた。俯き、背を曲げ、ため息をつく。それをアリシャさんが笑い、ケイがさらに暗くなる。アリシャさんとは対になる反応で、互いに映えていた。
ケイがここまでストレスを感じているのは、アリシャさんの「領主」という立場のせいだ。領主というのは、文字通りその種族を指導する立場のプレイヤーで、月に一度行われる投票で決定される。そうして支持を集めた領主には、税率やその使い道の決定権が与えられる。種族同士で争うALOでは、このような仕組みで種族を統治している。
その領主という役割を長期に渡って担っているのが、このアリシャ・ルーである。だからこそ、ケイは恐れたのだろう。実力と権力を併せ持ったプレイヤーと、他種族の領土で買い物だなんて、気が気じゃなかったのだろう。しかもアリシャさんは非常に読めない人であるため、それが彼女の胃痛を助長していた。
「ともあれ、ありがとうございました。色々案内していただいて」
胃痛に悩むケイを他所に、俺はアイテム欄を眺める。一覧には今日購入した装備やアイテムがズラリと並ぶ。これだけの量のアイテムを買うとなると初心者の所持金では無理があるが、SAOでのコルがALOでのユルドに変換されていたこともあり、問題なく変えた。アリシャさんから「そんな大金どうしたノ?」と聞かれた時は、事情を説明するのも面倒だったため「ケイが用意してくれた」とごまかしておいた。
俺は今、そうして手に入れた装備を纏い、街を闊歩しているわけだ。深い緑のカーゴパンツに、黒のインナーとコンパクトな胸当て、藍色のコートと、性能を重視したせいでよく分からない見た目となっていた。橙を基調とした服がメインのケットシーでは、変な目で見られた。まあ、仮面の代替品として狐のお面を入手できたため、個人的には大満足である。
他にはよさげな短剣と片手直剣を一本ずつと、安めの槍をいくらか。あとは回復アイテムとシーナのおやつを買った程度で、思ったよりも買わずに済んだ。SAOで使っていた《ナイトリッパ―》と比べると勝手は違うものの、まあ実戦で使えるレベルではある。片手直剣はMyosotisの変わりで、槍は投擲用。これとシーナの援護があれば、魔法を使わずとも戦えるとは思っている。
「装備を見る限り、短剣メインの遊撃役かナ?比較的に軽装で盾もないシ」
「そっすね。避ければ盾も必要ないですし」
「あと、槍って何に使うんです?それもあんなに」
「投げる」
「……それ魔法でよくないッスかね」
「詠唱が必要ないだろ」
「ええ……」
呆れるケイを見ながら、横でアリシャさんが腹を押えている。きっと俺らみたいな珍獣を見てゲショゲショ笑ってるのだろう。いや、声を出していないあたり気持ち悪いと思われてる可能性も。
「ところで、アリシャさんはどうしてここまでしてくれたんです?」
「何でって、面白そうだったからカナ?」
「ああ、いえ。動機の話じゃなくて。領主って聞くと忙しいと思うんですけど、時間とかって大丈夫だったんです?」
「大丈夫だヨ、厄介ごとは無視してるカラ」
「領主さまがそれでいいんですか!?」
アリシャさんって、意外と予想通りの人だなあと思いつつ、ケイのリアクション芸を無表情で見ていた。
「その厄介ごととは、例えばどんな?」
「えーっとネ、例えば……」
腕を組み、唸り声に似た音を鳴らしながら、考え事をするアリシャさん。思ったより深刻な内容なのか、それとも言えないような内容なのか。隣のアリシャさんにならい腕組なんてしていると。
「ここにいたのかアリシャ!どこをほっつき歩いていたんだ!」
「……こういうのトカ」
首を傾げるアリシャさんに物凄い剣幕で言い寄る大男は、全身を重厚な鎧で覆っていた。身軽さを殺した恰好に、男のくせして金髪ロング。角ばった顔に苛立ちを押し出し、濁った眼球からは敵意すら感じる。その敵意は、明らかにアリシャさんに向けられている。
「アリシャさん、こいつは?」
「ゲイル。ケットシーの参謀だヨ」
参謀の割には感情的で力任せなように感じる。事実、彼は高圧的な態度でアリシャさんを糾弾していた。
「今の今まで何をしていたんだ!私の意見をろくに聞かず、挙句の果てにはこうして逃げ回っていたのか!」
「キミが自分の意見以外認めようとしないからデショ?それも怒鳴り散らして他の意見を否定してサ」
「貴様が煮え切らないのがいけないんだ!こうして足踏みをしている間にも、他の種族は攻略のために動いているのだぞ!」
「だーかーらー、ケットシーとしての方針はもう決めてるんだってば!君が頑なに意見を押し通そうとするのがいけないんデショ!」
攻略の方針で揉めているらしいが、互いにヒートアップしているため内容がはっきりと伝わらない。というか、プーカのケイがいるのにこんな話をさせておいていいのだろうか。
「えーと、ちょっと」
「何者だ貴様は!」
うげえ、と若干本音を漏らしながらも表面上は取り繕えた。できるだけ相手を刺激しないように情報を聞き出す。
「自分はホロウというものです。今日始めたばかりで、アリシャさんに街を案内してもらってました」
「アリシャ貴様!こんなビギナーのために会議の時間を削ぐなど!」
「会議とは、一体どんな?」
「この軟弱者は、よりにもよって『他種族との協力』を提案してきたのだ!そんな話がまかり通ると思っているのか!」
こいつ本当に参謀かよ、と疑うぐらいに馬鹿だった。見た目からして脳筋の過激派とか?うわあ質の悪いこと。
「世界樹に最初に辿り着けなければ意味がないのだぞ!何故そんな簡単な事実が理解できない!」
彼の言い分は理解できる。ALOの最終目標としては「世界樹の上にある空中都市に最初に到達し、《妖精王オベイロン》に謁見する」ことが掲げられている。謁見した種族は皆《アルフ》という行為種族に生まれ変わり、現在課せられている「対空限界」から解放され自由に空を飛ぶことができる。これこそがALOの根幹であり、種族同士で争う理由でもある。
だからこそ、ゲイルの主張も理解はできる。攻略のために協力しても、アルフになれるのは一つの種族だけ。そんな協力関係なんて、破綻する未来しか見えない。そう考えると、彼の意見もまともに思えてきた。
「でも、世界樹はケットシーだけじゃ攻略できないヨ。何度も攻略が失敗したことぐらい、キミは理解できてるはずダヨ」
そして、アリシャさんの主張ももっともだ。ケイに聞いた話だと、世界樹内部のガーディアン軍団がかなりの強さと数で、そいつらが世界樹攻略を難しくさせているらしい。まあ、今までどの種族も攻略できてないってことは、かなりの強さなのだろう。だからこそ、彼女は他種族との協力を決めたはずだ。
「うえぇ……これ大丈夫なんスかね……」
「大丈夫じゃねえな。お前下手したら殺されっぞ」
「ふぁい!?」
こんな重要な話を聞いてしまった上に、ゲイルはかなり他種族を嫌っているようだ。彼の怒りの矛先がいつケイに向くかなんて、分かったもんじゃない。それに、人が集まってしまったら、互いにとってマイナスだろう。
「はあ、しょうがない」
面倒なことに首を突っ込みたくはないが、これ以上放っておくのも気が引ける。人が集まれば余計に面倒だし、そうなる前にどうにかしよう。そう意気込んではみたものの、こうしてヒートアップしているゲイルに話を聞いてもらうのは難しいだろうし、そもそも何を話せばいいのかも分からんし。どうしよ。
「あのー」
「もう、わかったヨ」
俺が入り込もうとした瞬間、アリシャさんの口から諦めの言葉が出た。
「やっと自分の非を認めたか。もっと早くに気づくべきだったがな」
「いや、賛成も納得もしてない。少しだけ妥協してあげようと思っただけダヨ」
割と簡単に折れるんだな、と思っていたが、少し違うようだ。
「どういうことだ」
「ここは公平に勝負で決めようよ。勝った方が相手に従うってことでいいでしょ?」
アリシャさんが提案したのは1対1のデュエル。意見の異なる二人が戦い、敗者が勝者に従う。公平に決め、かつゲイルに納得させるにはいいんじゃないかとは思う。
「君が勝ったら、あたしが持ってるケットシーに関する決定権を譲るヨ。でも、負けたら追放するカラ」
「なん……だと……」
余程自身があるのか、アリシャさんは大胆な決断をした。それは、自分が負けた場合にケットシーを譲り渡すと言っても過言ではない内容。システムの都合上、領主としての地位をそのまま渡すことは不可能だろうし、ゲイルの指示に従うといったところではあるけど、そこまでするとは思ってなかった。
また、ゲイルが負けた場合の追放は、彼自身にとって苦しいものとなるだろう。領土から追放されたプレイヤーは《レネゲイド》と呼ばれ、目的意識に欠けるなどと蔑視されることが多い。ケットシーへの帰属意識の高いゲイルにとって、追放はそれ以上の苦痛となることだろう。
「うわあ、これが修羅場ってやつですか」
「夫がDVしそうだけどな」
「夫って言わないデ!」とアリシャさんの否定が聞こえる。彼女からしても、あんな輩は論外だろう。それを聞いたゲイルにあるのは侮辱への怒りだろうか。
「いいだろう。逃げるなよアリシャ」
震えた声と共に、ゲイルが剣を引き抜く。片手直剣の銀が鈍く光り、アリシャさんを刺さんと照らす。彼はアリシャさんの提案を受け入れたようで、既に彼女へと獰猛な殺意を向けていた。確かに、その姿は獣だった。
「おお、ヤる気みたいだネ」
「早く剣を抜け。観衆に見せつけられないのは残念だが、ここで貴様から全てを奪ってやる」
少し卑猥に聞こえたが、互いの意思は決まったようだ。ここで殺しあい、相手を屈服させる。二人に与えられた選択肢は、それこそ生きるか死ぬか。野性的で単純明快。そういう風潮でもあるのかなぁ、と考えていた。
さて、どちらが勝つか予想してみようか。ゲイルの装備は、身軽さを売りにしているケットシーには珍しい重装備だ。鉄の鎧を身にまとい、剣を手にする様は、血盟騎士団のモブ団員を彷彿とさせた。重量を気にしてか盾を装備していないが、なかなかに硬そうではある。
そしてアリシャさんはというと、何故か何も装備していない。武器を構えるわけでもなく、先程と同じ姿で立っている。そこに闘争心も敵意も殺意もなく、決闘に挑む戦士ではなく捕虜とか人質を思わせる佇まい。今の状況にミスマッチして、どこか不気味だ。
「どうしたアリシャ、剣を抜け。まさか、今更怖気づいたのではないだろうな?」
「え?いやいや、違う違う。アタシは戦わないヨ」
その言葉の真意を、3人は飲み込めなかった。
「どういうことだ!自分から言っておきながら逃げるのか!」
「違う違う、ちゃんと戦うヨ。ただし、戦うのはアタシじゃないけどネ」
混乱するゲイルを他所に、ケイと俺はアリシャさんの意図を理解していた。
「……代理、ですか」
「そう、アタシ自身が戦うなんて一言も言ってないからネ。もちろん、勝負からは逃げないから安心シテ」
彼女の意図は理解できたが、代理というのはすぐに用意できるものなのだろうか。ゲイルはそこそこやるみたいだし、となるとアリシャさんは腕利きのプレイヤーと繋がりがあるのだろうか。まあ、当てはあるのだろう。そうでなければ、代理だなんて言う必要もない。
「それジャ」
テクテクと、可愛らしい効果音が鳴りそうな歩き方で、アリシャさんがこちらに向かって歩いてくる。その顔は、いじめっ子のそれだった。戸惑うケイの隣で、大体悟ってしまった俺は、アリシャさんの誘いを断っておくべきだったと後悔した。
「オネーサン、ちょーっと困ってるんダ」
その言葉のくせして、アリシャさんの表情は愉快犯そのもの。目を細め、口元を吊り上げ、とても楽しそうに。
「アタシの代わりに、キミが戦ってくれないかナ?」
その矛先を、俺に向けてくるのだ。
*
「本当に大丈夫なんですか?」
「さーねェ。でもでも、彼はやる気みたいだヨ?」
「なんで、ホロウさんを」
「なんかサー、無性に彼の戦う姿を見たくなった……とかだとおかしい?」
「いや、今更どうでもいいですけど」
アリシャさんの声なんて、あたしには聞こえていなかった。いや聞こえていたけど、意味が頭に入ってこない。アリシャさんには申し訳なかったけど、それどころじゃなかった。
「まさか、あんな提案を本気で……」
アリシャさんに代理を頼まれたホロウさんは、結果としてその要求をのんだ。アリシャさんにお世話になった礼がそうさせたのかは分からないけど、了承した彼は思いのほか軽い口ぶりだった。
それだけなら、まだいい。彼が戦おうがどうしようが、彼の勝手だし。それだけならまだしも、彼はとんでもない条件をこの戦いに追加した。
「おい、貴様」
「なんだよゲイリーのおっさん」
「ゲイルだ!さっきの話は、本当だろうな!」
視線の先で、ゲイルとホロウさんが言葉を交わしている。デュエル開始までは1分程の余裕があるため、こうして会話ができる。しかし、ゲイルは焦っているような、それか恐れているような声でホロウさんを問い詰めていた。それは、ホロウさんが追加したあるルールについてだろう。
「本当って、何が?」
「お前が言ったんだろうが!『負けた方は勝った奴に従う』だなんてルールを追加したのはお前自身だろう!」
絶対服従。ホロウさんが提案したのは、「負けたら勝った方に従わなければならない」というルールの追加だ。どういう意図でこんな条件を追加したかなんてあたしには想像できないけど、ゲイルは了承したし、アリシャさんも二人が受け入れてたこともあり認めた。ホロウさんの提案は、誰一人反対することなく可決された。
でも、あたしは不安で仕方がない。ホロウさんが負けてしまうことはそりゃあ怖い。いくらホロウさんがSAO生還者だとして、そのデータがALOに引き継がれていたとしても、彼が勝つ保証なんてどこにもない。それに、ゲイルの装備も貴重なものだと一目で分かるくらい、装備の優劣が明らかだし、そんな状況で勝てだなんて無理がある。装備も魔法を含む情報アドバンテージも、かなり大きなものだから。
「そりゃあ、本当だよ。約束は破らないさ」
それはお前もだからな、と言わんばかりにゲイルを見つめるホロウさん。脅しにもとれる言葉と口調にゲイルも動揺を隠せない。対してホロウさんは、運動前の準備運動のようにストレッチをしている。表情は仮面に隠されていて、どんな様子かは視認できない。
なんで、分からないんだろ。ホロウさんのこと、柊さんのことが、どうして分からなくなってしまったんだろう。今のホロウさんは何を考えているのか全く理解できない。さっきまで一緒に飛んでいた彼はどこにいるのだろうか。いや、間違いなく目の前にいる。
「このゲイルが貴様のようなビギナーに負ける訳がない!行くぞ!」
不安を払拭するように、ゲイルが声を張り上げる。剣を構え、ホロウさんを睨み付ける。対するホロウさんは、ただ突っ立っている。あくまで自然体に、力まず、ただ立っているだけ。それが、異質で奇怪で。
「く、は」
気味の悪い嗤い声と同時に、デュエル開始を告げるブザーが鳴った。しかしそれは、処刑執行の合図だった。
死神が、高らかに宣言する。
「イッツ・ショウ・タイム」
それから起きたことは、ひどく単純なものだった。
死神が、人間を屠った。
ホロウが、ゲイルを殺した。
ただ、それだけ。
GWなんて爆発してしまえ。
前回から間が空くのは相変わらずですが、すいません。思ったより余裕がないです。その上2つの話を並行して書くのもあって時間が足りないです。
あと、個人的な用事があるためしばらく話を書けそうにないです。終わり次第着手します。
今回も読んでくださりありがとうございました。次回もよろしくお願いします。