ソードアートオンライン《仮面の行商人》   作:Gissele

52 / 52
めっさ遅れた。つらい。


06 trepidation

 何というか、あっけなかった。

 

 結果だけ先に言ってしまうと、俺の勝ちだった。結果だけみると満足できるものだが、その過程に満足を見いだせるかと言われたら、それは否だった。どうせなら、もっと楽しみたかったものだ。

 

 戦いが始まった瞬間、石畳を蹴り、ゲイルとの距離を一気に詰めた。ゲイルは驚いた様子だったから、所詮その程度だったのだろう。この時点から、戦闘ではなく単純作業になっていたのだろう。そりゃあ、つまらないわけだ。

 

 接近した後懐に潜りこみ、一気に攻撃を仕掛けた。鉄の鎧に身を包むゲイルではあったが、鎧の関節部分などは脆く、刺突攻撃で簡単に体力を削れた。本人からすれば鉄壁であったろうが、俺からすれば恰好の獲物。しかもあれだけ小回りがきかないんじゃあ「どうぞ殺してください」と言っているようなものだ。馬鹿じゃねえの。

 

 というか、これまんまジョニーの鎧徹しアーマービアーズじゃねえか。確かに重装備の相手には使えるし、思いの外簡単だし実用的だな。でも簡単ってことは、あの時アピってたジョニーって何なんだろ。まあ、単に自慢したいだけなのかもしれない。そう考えると、アイツって意外とガキだな。

 

 結局何が言いたいかというと、ゲイルが見掛け倒しの期待外れだったせいで不完全燃焼のまま燻っているってこと。久しぶりの殺し合いだというのに、快楽を見出せなかったことを非常に残念に思っていた。

 

「ま、やっぱこんなもんか」

 

 HPを全損させたゲイルがいた場所には、淡く燃えるリメインライトが残っていた。この炎はプレイヤーが倒れてから1分間残るもので、この炎自体にもプレイヤーの意識が残るのだと後にケイが教えてくれた。この時の俺は何も知らなかったけど、後々考えると「こんなもんか」って滅茶苦茶に煽ってたことになる。悪いとは思うけど反省はしていない。別にしてやる必要も感じない。

 

「スゴイスゴイ!あんな簡単に倒しちゃうなんてサ!」

 

 声の方向に視線を向けると、アリシャさんがいい笑顔で手を叩いていた。見世物として楽しめたことと、もしかしたらゲイルが勝たなかったことへの安堵も混じっているのかもしれない。しかし、それを加味してもいい笑顔をしていた。この人もそれなりにねじ曲がってるのかもしれない。

 

「いえ、別に」

 

「だってサ、始めたばっかりの初心者が初戦で勝つなんて普通はないヨ!もっと自慢してもいいんじゃないカナ?」

 

「まあ、あんな雑魚に勝ったところで自慢にはなりませんよ」

 

「おっ、それは天然カナ?それとも煽りカナ?」

 

 別に、とだけ返事をする。目の前のアリシャさんはひどく笑っていた。腹の内が読めない感覚はそのままに、どこかいたずらっ子のように嗜虐的な目をしていた。それはゲイルに対しての憂さ晴らしが叶ったからなのか、それとも新しい玩具を見つけたからか。そんなことは俺には分からないし、分かる必要もなかった。

 

 しかし、強いて言うのなら後者の可能性が高いだろう。現に、アリシャさんの視線はゲイルのリメインライトへと向けられている。それをゲイルが見ているかは定かではないものの、彼にとって屈辱的であることは確かだ。

 

 まあ、正直そんなことはどうでもよかった。俺がゲイルに勝ち、ゲイルがケットシー領を追い出される。その結果だけがそこにあり、アリシャさんは少し上機嫌。それだけのこと。それだけなはずだった。

 

「……あー」

 

 勝負の結果よりも、アリシャさんの態度よりも、ゲイルの行く末よりも、今はただ、ケイがこちらに向けてくる眼差しの方が重要だった。それはあの日の、ナタリアさんに会いに行ったときのリズと全く同じ。

 

「ホロウ、さん……」

 

 人殺しを目の当たりにした、恐怖に染められた瞳が礼を射抜く。その瞳は俺を咎め、同じ過ちを繰り返した後悔とあの日と同じ罪悪感を抱かせたのであった。

 

 

*

 

 

 しばらくして、俺はケイと別れた。元々ケイはケットシーではないし、初心者への教育を目的に合流したため、その役割をアリシャさんが買って出た今、ケイがここに留まる理由はなくなった。それで、さっぱりと別れられたらよかったんだけど。

 

「ケイちゃん、もっとゆっくりしていったらいいのにネ」

 

「……用事でも思い出したんじゃないですかね」

 

 あの戦いの後、ケイは慌てた様子でプーカ領へと飛んで行った。不意に俺と目が合った瞬間、ありもしない用事をでっちあげ、俺から目を逸らして、逃げるように飛び立った。ほんの少し覗けた、恐怖に震える小動物みたいな顔に、後悔と自己嫌悪が止まらなくなる。あの時から、俺は何も変わっていないと、実感させられた。

 

 きっと、ゲイルとの戦いが原因だろう。俺としては確かに戦闘だったのだが、目つきとか表情とか、そういった要素が彼女に恐怖と不安感を与えてしまったのだと今になって思う。こんなことになるなら、仮面を横にずらさない方がよかったのかもしれないが、いずれ分かってしまうだろうし、結局避けては通れなかったのだろう。そうやって納得するしかない。

 

 出会ったあの日に、自分がしてきたことは全て話した。現実と仮想空間で人を殺してきたことも、その中に含まれている。だからこそ「知らなかった」だなんて理由が入り込む余地がなく、彼女が単純に俺を恐れたことが証明される。不意の告白などではなく、理解した上での恐怖なのだから、前者よりもよっぽどたちが悪い。

 

「ふーん、ならいいんだケド」

 

 アリシャさんは、当然俺の経歴を知らない。だからこそ、ケイの反応の正体に気づかない。いや、今はその方がいいだろう。アリシャさんにその事実が知られたら、現実でもALOの中でも孤立しかねない。

 

「それで、何の用ですアリシャさん。ゲイルとの賭けも終わったし、もう俺と関係ないでしょうに」

 

 ゲイルは俺に敗れた後、無事アリシャさんに追放された。アリシャさんが追放を決定し、当然ゲイルは抗議したが、彼女は聞く耳を持たなかった。当然だろう。ゲイルが勝ったら領主に、負けたらレネゲイドに。そう約束したのだから、言い訳の余地もなかっただろうに。

 

 そうして、無事アリシャさんとゲイルの賭けは終わったのだが。

 

「関係あるヨ?だって、ホロウ君の賭けが終わってないジャン」

 

 俺とゲイルの「敗者が勝者に従う」という賭けは、まだ終わっていなかった。勝者である俺が敗者のゲイルに言うことを聞かせる、隷属させる手筈だったのだが、報酬を受け取る前にアリシャさんが追放してしまったために無かったことにされてしまっていた。彼女が言っていることも、そういうことだろう。

 

「あれですか。別にどうでもいいですけど」

 

「いいや、追放したせいで約束が果たされなかったのなら、こっちの責任だからサ」

 

 どうやら彼女なりに負い目を感じているらしく、やや落ち込んだように視線を下げる。まあ、代理を頼んだ手前、多少の責任は感じているようだ。

 

「と言っても、これは俺とゲイルの問題ですから。別にアリシャさんに何かを要求するつもりはないです」

 

「いいや、要求してもらうヨ。約束を破るのは、領主として、プレイヤー個人として許せないからネ」

 

「……さいですか」

 

 いや、それもただのロールプレイなのかもしれない。他人の意図を知ろうとしても、遊びでしかない仮想空間では意味をなさないのだろう。付けている仮面が見えないから厄介極まりない。

 

「ほら、何でも言ってみてヨ。叶えられるかどうかは分からないけどサ」

 

 それでも、彼女はこちらの要望を多少なりとも汲んでくれるらしい。立場に縛られているのか、快楽のためかは定かではないが、こちらの利益をみすみす逃す理由はない。ならば、遠慮する必要もないだろう。

 

 しかし、いざ望みを叶えられると言われても、案外パッと思いつかないものだ。いきなりそんなこと言われても、始めたばかりで情報量も少ない中で何を願えばいいのだろうか。それに、その望みはアリシャさんが叶えられる範囲のものに限定される。そうなると、選択肢は限定されている。

 

「それじゃあ」

 

 そもそも、これは俺とゲイルの賭け。アリシャさんが叶えてくれるとはいえ、本来隷属すべきである「ゲイルにできる要望」にしなければ筋が通らない。ゲイルとアリシャさんの双方が叶えられる望み、そして今の自分に何が必要なのか…………何がしたいのか。結局、おのれの欲望に忠実になるしかなかった。

 

「いきなりこんなお願いをするのもなんですが」

 

 結局、自分の本質は何も変わっていなかった。何をしたいのかを考えて、真っ先に頭に浮かんだ選択肢が「殺したい」なのだから。仲間との関わりで変われた部分は当然ある。しかしそれ以上に、戦いで命を刈り取る喜びが自分を支配していた。

 

「ゲイルの立場を、俺がいただいてもいいですか?」

 

 SAOの世界と違い、この世界では殺意が薄れている。全てがゲームで、架空の物語で、何も失うモノのないALOでは、あの時のような殺し合いなんて期待できないだろう。命にしがみつき、欲望を曝け出し、感情を剥き出しにして殺し合ったあの日々なんて、もう遠くの存在でしかないだろうけど。

 

「ふーん、君は権力に固執するようなタイプには見えなかったケド」

 

 失望したような視線を向けてくるアリシャさん。権力や立場を重視する薄汚れたプレイヤーだと思っているのだろうか。残念だが、こっちは泥沼に肩までどっぷり浸かっているんだ。勘違いされても困る。

 

「いやいや、別に領土の統治とかそういうのには興味ないんです」

 

 自然と、言葉を発する口が歪んでいく。口角が上へ上昇して、綺麗な三日月を形作る。月が昇るのではなく、憑き物と沈んでいく方が例えとして合っている。

 

「作戦とか、指揮とか、そういう面倒なのは他人に任せますんで」

 

 いや、月なのかもしれない。人を狩る狼としては、月に例えた方が絵になっている。それは、ただ血肉を貪るため。生き血を啜り、乾ききった喉を潤すため。

 

「……俺はただ、強いやつを殺せればいい。あなたの近くにいれば、いずれそうなるでしょう?」

 

 きっと、今の表情は輝いているのだろう。眼球を爛々と光らせ、吊り上がった口から涎を撒き散らし、子供のように純粋な、しかし薄汚れた笑顔を曝している。自分を自分足らしめる殺人衝動を、抑えきれなかった。

 

「…………アハ」

 

 螺子を無くした機械を見て、怪しげにアリシャさんは笑う。その笑顔の裏にあるものは恐怖か、それとも期待か。最終的には俺の要求を受け入れてくれたのだが、最後まで笑顔の意味を知ることはなかった。

 

 

*

 

 

「はぁぁ…………」

 

 青い空が真上に広がる。爽やかな風が頬を撫で、空を翔るあたしが切り裂いている感覚だった。晴れやかな世界を飛ぶ現状とは裏腹に、自分の感情は暗く沈んでいくのが実感できる。憎らしいまでに明るい空が、より強く感じさせているのかもしれない。

 

「なんで、こうしちゃったんだろ」

 

 体は上昇し、心は下降していく。肉体と精神の分離を感じながら、あたしはさっき起きたばかりの光景を思い出していた。

 

「……本当、だったんだ。柊さんが、人を殺したってこと」

 

 正直、冗談半分だと思っていた。その事実を告白された時は、嘘だと思ってなかったし、ホロウさんの真剣な目がそれを許さなかった。あたし自身もそれを疑わず、信じた。

 

 だけど、どうしても実感が湧かなかった。それはそうだろう。目の前にいる男性が、それも自分に手を差し伸べてくれた人が人殺しだなんて、思わないし思えない。そうだとしたら、普通手の平じゃなくてナイフの切っ先を差し出してくるだろうし。

 

 半信半疑に留まっていたこの問いも、彼との穏やかな日々が次第に薄れさせていった。幸せとも言っていい日常が、晴らされていない疑問を箱の中に押し込めてしまった。

 

「知っていたはずなのに、理解していたはずなのに」

 

 だからあの光景は、あたしの心臓に深々と突き刺さったのだろう。ホロウさんとゲイルの戦いは、目を逸らしてきた彼の側面を眼前に叩きつけ、あたしに致命傷を負わせた。

 

 彼の戦い方自体は、素晴らしいものだった。SAO時代のステータスと経験を活用し、ゲイルを打倒する工程は洗練されており、このゲームの中でも上位に位置するものだろうと確信できる腕前だった。

 

ただ、その行為の到達点を知った瞬間、全てが嫌悪すべき対象に思えてきた。

 

 自分が戦ってきた相手は、総じて戦いを手段として捉えていた。ある者は世界樹への到達のため、またある者は己の力の誇示のため。そしてある者は金や物のためと、戦いを手段としてその先の目的を目指していた。だから、刃を交えることに恐怖はなかったし、相手を意識する必要もなかった。

 

 でも、彼は違う。手段としての戦闘を、目的としての殺戮にしていたから。戦いの先には何もなく、己の手で殺す過程をこそ目的に、理由にしていた。だから彼は、その獲物に向けて殺意をみせる。「お前を殺す」と、声にならない何かで訴えかけてくる。明らかな敵意・殺意を向けるプレイヤーなど、彼以外に何人といないだろう。

 

「やっぱり、怖い」

 

 自分に向けられたものではないにしても、あそこまで明確な殺意を向けられて、無事でいられるわけがなかった。背筋に悪寒が駆け巡り、脳が腫れ上がったようにいうことをきかない。獣に睨まれた草食動物の気持ちを、理解できたのかもしれない。

 

 そして、その恐怖は彼自身によるものだった。戦いの終わったホロウさんはいつも通りで、怯えるあたしを見て心配する素振りまで見せていた。あれも本心なのだろうけど、その様子はあたしの鮮烈なイメージで上書きされた。獰猛な瞳が重なり、「人殺し」としての彼が最も強くなった。

 

「これから、今までの関係を続けていけるのかな」

 

 優しい笑顔も、弄られて困った顔も、どこか寂しそうな姿も、あの人殺しが塗り替えてしまわないかと不安に陥る。これから、あの場所で今まで通りの日常を送れるのだろうか。自分の中にある恐怖は、消えてくれるのだろうか。意識する度に不安は強くなり、意識をそらそうとしても余計に意識してしまう。どう足掻こうが、負の循環からは逃れられなかった。

 

「…………柊さん」

 

 恐怖の影に、罪悪感がちらつく。殺意でぼやけてはいたけど、あたしに手を差し伸べてくれた柊さんは確かにそこにいた。その気持ちに偽りはないだろう。そうでない人間が、あんな悲痛と後悔に濡れた表情を見せることなどあり得ないのだから。

 

 だからこそ、罪悪感に苛まれる。気にかけてくれた優しさを、申し訳なさと思いやりを、あたしは無駄にしてしまったのだから。例え恐怖が身体を支配していても、逃げるべきではなかった。罪悪感で、互いの心を蝕まれるというのに、あたしは逃げてしまった。

 

「…………ごめんなさい」

 

 純粋な殺人鬼になら、罪悪感など湧かないだろう。罪悪感を感じるのは、ホロウさんの想いやりが本物で、確かなものだから。だからこそ締め付けられるように心が痛いんだと思う。だからこそ、こんなにも自分自身に苛立ちを覚えるのだと思う。

 

「…………ごめんなさい、柊さん」

 

 自分の日常が失われないかと憂う保身の心が、罪悪感に勝っている。同類を失うのではないか、そもそも彼は自分とは異質の存在なのではないか。傷つけてしまった柊さんの心配よりも、自分の心配が優先されている。そんな醜い椎名恵梨が、あたしは大嫌いだ。




近いうちに出したい願望
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。