アヴェンジ・アンド・リベンジ 作:ジェームズ・ニンジャ・ボンド
セイジは訝しんだ。
社会の屑が行き交うストリートの中にあってもその男の姿は一際異様だったからだ。菊花紋の刻まれた鉢金、丸刈りに鷹めいて鋭い目付き、彫りの深い顔立ち、旭日めいたカラーリングの江戸時代風鎧具足、腰の左右にマウントされた深紅の不思議な光沢を放つトンファー。
まるで電子戦争よりも更に以前の大戦の時代から一人タイムスリップしてきたような違和感、アトモスフィアを纏っている。
ヤクザか、傭兵か、その両方か。さもなければ...ニンジャ!
実際、この男を見掛けてからセイジのスレイヤー嗅覚はかなりの反応を示していた。あの日家族を奪い、セイジ自身を瀕死の重傷に追い込んだ忌まわしいニンジャの屑。その臭いがプンプンするのだ。しかし、ここまで接近しなければニンジャソウル痕跡に気付く事が出来ないニンジャとは余程のサンシタか、手練れかのどちらかである。なお、現在のネオサイタマにおいては赤黒の復讐者のせいでそのどちらかしか存在しない事を無知なセイジは知らないのであった。
「マグ...いや、タマゴだ」
「アイ、アイ、タマゴ」
「腹が減っている。四つ頼む」
「アイ、アイ、四つ」
最初からタマゴを四つ。異様な外見の通り異様な注文だが、店主は奥ゆかしく何も訊ねない。ましてや二つで十分ですよ、などと言うはずもなかった。
「タマゴドーゾ」
「うむ」
無人スシバー...ではなく老人達が好むような古き良きスシ店舗である。そう、ここはヤカタバンナ・ストリート。オレンジ色の暖かい明かりが灯る飲み屋街だ。
セイジが見咎めた怪しげな男はここ、ワザ・スシで食事を摂っていた。この男、朝晩二食のうち一食は必ずワザ・スシで食べる。
ちょうど昨日、地元の顔役、ヤカタ・フネ・ヤクザクランから引き受けたテクノギャング排除依頼を終えた男の懐は温かかった。
実際のところ男は手練れのニンジャであり、現代に蘇った二次大戦中のニンジャ兵士である。男は転戦に次ぐ転戦、かなりの戦果をあげたものの日本は敗戦し、男には冷凍睡眠処置が施された。男はタマゴ・スシを咀嚼しながら、かつての事を思い出していた。
御聖断が下った日を、あの宣言の受諾によって栄光ある陸軍の解体が確定した日を。そして男の任務である天壌無窮の国体の守護、そして一人でも多くの国民を守るという任務が失敗に終わった日を。
暮軍港に新型爆弾投下さるの報が帝国首脳部を震撼させていた。その日の御前会議には、砕汎島、伊黄島を転戦し、無念の帰投を果たした男も出席していた。といっても男は発言するわけではない。陸軍を代表して発言するのは陸軍大臣であり、かしこきところの直率という扱いになっている男は、ただ、大元帥たる御方の傍に控えていた。
「これ以上臣民を塗炭の苦しみにまみれさせるのは私の本意ではない。忠勇なる軍隊が武装解除され、戦争犯罪人として裁かれるのは忍びない事だが、今は忍び難きを忍ばねばならぬ時と思う。私は涙をのんで-----」
「大和大尉にもだいぶん骨を折ってもらったな」
「いえ、私が骨折する程度で一人でも多くの命が護れるならば!」
「あ、そう」
「では、これにて御別れにございます」
男はカスミガセキ皇居を辞去した後、セキバハラ地下秘密研究施設にて冷凍睡眠に就いた。そして、再び栄光ある帝国陸軍が再建される日に備えていたはずだった。
はずだったのだ。目覚めれば埃が異常に積もった床、かつての装備と冷凍睡眠ポッド以外、部屋には何も残されていなかったためカーキ色のニンジャ装束を生成し鎧具足を身に纏って着の身着のままキョート・ネオサイタマ間を結ぶ鉄道の屋根にへばりついてネオサイタマまでやって来たのだった。
そこで大和大尉は、いや神兵一号キャプテン・ヤマトは、自分が死に損ない、日本国という枠組みすら崩れてしまっている事を知った。現代の日本はキョート共和国とネオサイタマで完全に東西に分断されているのだと。
再び祖国に身を捧げるつもりだった。ただ、今は何をして良いかわからない。当面の拠点として安宿を長期間借り、ヤカタバンナ・ストリートの傭兵バウンサーとして金を稼ぎながら現代に適応する事に決めた。
何より期待以上のスシを供してくれたワザ・スシから離れるつもりがなかった。ドンブリ・ポン社のチェーンでネギトロ丼を食したキャプテン・ヤマトはあまりのケミカル的不味さに頭を抱えたものだ。必要とあらば木の根をかじってでも戦うキャプテン・ヤマトだが、金を出してまで劇物を食べる気にはならなかった。
それにワザ・スシの店主は非常に奥ゆかしく、古き良き日本の道徳、気風を感じさせるのが良かった。やかましいドンブリ・ポンだの、寂しい無人スシバーだの、スパイスのキツいメキシコ料理店だのにはまるで足が向かなかった。
店を出るとスモトリ崩れに絡まれている青年がいた。よく鍛えられた体つきをしていて、今にも爆発寸前といった様子だ。
「ドッソイオラー!タフガイ気取りかコラー?」
絡まれている青年は冷ややかにスモトリ崩れをちらと見やり、鼻で笑った。
「ナマッコラー!ドッソイオラー!」
アブナイ!卑劣武器ナックルダスターを装備したスモトリ崩れが拳を振り上げる。青年はなおも冷ややかにスモトリを見詰めている。
「Banzai!!」「グワーッ!」
どう見ても罪の無い青年が殴られるのを見過ごす事は出来なかった。気付いた時にはスモトリ崩れの腕を捻り上げ、膝裏に蹴りをいれて制圧していた。軍隊めいたシステマティックなカラテである。
「ちょっと止さないか」
「ナンオラー!タフガイ気取りかコラ...グワーッ!ヤメロー!」
スモトリ崩れが抵抗する度に、さらに腕を強く捻り上げ、膝をついたスモトリのふくらはぎを踏みつける。
「グワーッ!オミソレ・シマシタ!許して下さい!」
キャプテン・ヤマトが手を放すと、スモトリ崩れはチャンコ薬物でドープした醜い身体を揺らしながらほうほうの体で去っていった。
「大丈夫だったかね?」
「ハイ、オカゲサマデ」
言葉とは裏腹に青年の目付きは鋭く、キャプテン・ヤマトを見る目は親の仇を見るかのようだった。真実この青年にとってニンジャは家族の仇なのだ。青年は常に怒っていた。
「鮮やかな手並みだった。まるでニンジャのカラテですね」
棘のある口調だ。キャプテン・ヤマトは不思議に思った。目覚めてよりこの方、無関心や悪意に晒される事は有れど、このようにストレートな憎しみを向けられる事は無かった。ネオサイタマの市民は皆俯き加減で、テレビの空きチャンネルめいた色合いの空の下、足早にキャプテン・ヤマトの前を横を通り過ぎていった。キャプテン・ヤマトはこの青年に興味を覚えた。
「小官としては君に言いたいことが三点ある」
ほろ酔い加減のサラリマンが行き交い、景気付けのイッキ・チャントがそこかしこの店から聞こえてくる。キャプテンは指を三本立てて見せた。
「第一に、君のその言い方だと直にニンジャのカラテを見た事が有るようだということ。幾ら何でも石をぶつければニンジャに当たる程、世の中がニンジャで溢れているという事はあるまい?」
「それは...」
「第二に、小官は正真正銘、栄えある帝国陸軍のニンジャ兵士一号である。まるで、ではなくニンジャそのものだ」
「第三に、君は仮にも助けてもらった相手に殺意を向けているわけだがおかしいとは思わないか?どうだ?」
セイジは言葉に窮していた。
(アイサツを決め、この場でイクサを始めるべきか...?ニンジャを見れば無慈悲に殺すのがニンジャスレイヤーのはず...)
「以上の三点を踏まえた上で訊きたいのだが、この時代ニンジャは一般に知られているものなのか? そして君のような純朴そうな青年が私を、いや、ニンジャを憎むのは何故だ?」
「...場所を変えよう。ここは人通りが多い」
「いいとも」
セイジが先導する先は、ヤカタバンナ・ストリート付近の廃団地である。ネオサイタマにはこういった廃墟はままあるものだ。存外素直についてくるキャプテン・ヤマトにセイジは拍子抜けした。これは容易い相手やも知れぬ。
「場所ならここらで良いだろう。さぁ、君の話を聞かせてくれ」
セイジは後ろからの声に振り向き、キャプテン・ヤマトと正対した。ここはかつて団地の中央広場だった場所だ。
「ニンジャが一般的に知られているかと言っていたな」
「あぁ」
「答えは否だ。ニンジャの屑どもは裏社会を牛耳り、時に表に出てくるに過ぎない。辛うじて、今はまだ...」
「成る程。では...」
セイジの身体を生成されたニンジャ装束が包み、全身から超自然的な火炎が噴き出す!
「僕がニンジャを憎むのは!貴様らニンジャの屑どもが僕の父と姉を奪い!この暗黒過剰競争社会を必死に生き抜く市民を虐げるからだ!ニンジャの屑は死ね!僕が殺す!僕はニンジャスレイヤーだ!イヤーッ!」
何というシツレイだろうか!一方的なアイサツ、そして相手の返答を待たぬ攻撃。思わず顔をしかめたくなるようなシツレイの極みである。
「イヤーッ!ドーモ、キャプテン・ヤマトです。君のおおよその事情は分かった。返答に感謝する」
キャプテン・ヤマトはセイジの放ったカトン・ボールに一切怯むことなく、トンファーを抜くと高速回転させ消滅させた。全身から桜色の燐光が立ち上る。エンハンスメント・ジツである。
「ヌゥーッ...やはり手練れか!」
「そういう君はニュービーめいているな。かつて戦った米国の人間松明めいた超人兵士はもっと恐ろしい使い手だった」
「ぬかせェ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」
セイジが高速反復横飛びめいた動きでステップを刻み、カトン弾丸を放つ。セイジはソウルの性質上、スリケンを生成して放とうとするとカトンの弾丸が発射されるのだ。
しかし、キャプテン・ヤマトは動じず。高速回転するトンファーはサークルガードの軌跡を描く。
「今度はこちらから行くぞ!青年!」
「ニンジャ殺すべし!」
畳五枚分の間合いは、キャプテン・ヤマトのスリ・アシによって瞬く間に詰められた。しめやかに、そして圧倒的に速く。このスリ・アシによって虚を突かれた米兵は数多く、何れもトンファーの錆と化した。砕汎島での活躍によって、彼はかのクルトボ・モジムラになぞらえられデス・フロム・フロントと恐れられた。
「イヤーッ!」「グワワワワーッ!」
高速回転する左右のトンファーがセイジを何度も何度も打ちのめす!
カラテ力量に劣るセイジでは、この超近接戦闘に対応する事が出来ない!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
左手のトンファーがセイジの腹部を強打する!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
右手のトンファーがセイジの腹部を強打する!
セイジは朦朧とする意識の中、キャプテン・ヤマトと名乗った男の興味深げな視線に気付いた。このイクサの最中にそれだけの余裕が有るのだ。事ここに及んで初めて、セイジは彼我のカラテ力量差に気付いた。
「チキショーッ!なめる...「イヤーッ!」グワーッ!」
嘗めるなと言いかけたセイジの腹部を左手のトンファーが打つ!
(僕は...僕は死ぬのか?何も出来ず、何も成せずに?嫌だ!死にたくない!死にたくない!)
ダメージが限界に達したセイジの意識は犬死にへの恐怖に包まれながら、闇に呑まれた。