人生何が起こるかわからないとよく言われるが、未だに自分に起こった事が信じられないと彼は思った。
深い深い夜の闇が世界を包み、満月が優しく照らす中、黒い服を着た彼は人類の科学の結晶である懐中電灯を持ちながら山道を迷わず進んでいく。
彼にとってこの山は任務のために何度も訪れた場所であるため、地形はある程度網羅している。よほどの事がない限りは迷わない。
何より、彼の“横にいる子”が彼が万が一、迷ったとしても元の道へと誘導してくれるであろう事は彼も理解していた。
さすがにそのような事態になったら彼も恥ずかしいが、そもそもそういう失態を彼は早々に引き起こさない。面倒な事であれば故意に引き起こしそうではあるが。
だが、今回はDランクに相当しそうな低レベルな任務であるが、彼にとってある意味興味のある任務である為、目的の場所まで故意で迷う事はせずに進む。
ふと彼は今まで自分におきた事、今まで自分がした事を振り返り、失笑する。
彼の“横にいる子”はそんな彼を心配するような切ない声を上げるが、彼はあえて無視した。
彼にとって“横にいる子”はあくまでビジネスパートナーであり、心配される筋合いはないからだ。
彼が歩んできた道は決して人様に誇れるようなことではない。
むしろ、侮辱され、嫌われるような事ばかりだ。世間一般的に犯罪と呼ばれることも平気でやってきた。
それでも彼がそれらを行ったのは“この世界で”生きるためなのだ。
故に彼は誰にも非難されたくないし、非難するならば立場を変わってくれと叫びたかった。
彼の立場に立てば誰だってそうしなければ生きていけなかったとわかるからだ。
「カオル様」
現実に引き戻されたのは畏怖で震えた声だった。
彼、カオルは少しウンザリした表情で声がした方向へと顔を向ける。
そこにいたのはRと書かれた黒の特徴的な服を着た男であった。
この任務で先行していた者達の内の一人であるのだろう。
カオルは緊張しているのか、怯えているのか少し震えている男に任務の調子を聞く。
「……状況はどうだい」
「は、はい。月の石に関しては問題なく。ですが……」
言いよどむ男に彼はピンと来た。
カオルが興味があることが起きたらしいと。
口角が上がりそうになるのを耐えながら、続きを促すと男はカオルの顔色を窺いながら恐る恐る話し始めた。
曰く、新米トレーナーらしき男の子が邪魔をしているらしい。
仲間も何人かポケモンバトルで撃退されているらしく、数人を残してまだ倒されない者達で排除している途中なのだとか。
無理だね。
カオルは排除している者達を盛大に罵せった。
何故ならこの場合は新米トレーナーを相手にするよりも尾行し、カオルの到着を待つ事が得策であるからである。ポケモンや個人の情報を入手するとさらにいい。
大方、カオルが来る事に焦り、自分達で対応できた事を意気揚々と報告するつもりだったのだろう。
くだらないと思いつつも、カオルは新米トレーナーのもとへ連れていくように命じた。
男はこちらです、と少し速足で案内する。
その様子にさらに先行した者達の評価を下げ、カオルは“横にいる子”に話しかける。
「万が一、バトルになったら、君に任せるから好きに暴れ給え」
“横にいる子”ブラッキーはお任せてください、とでもいうように力強く鳴いた。