迷い人   作:どうも、人間失格です

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嵐の前の静けさと彼

 

 

 

 シルフカンパニー社にある会議室にカオルの派閥に所属するロケット団部隊長五人が集まっていた。

 老若男女様々な年齢の部隊長達だが、その実力は折り紙付きだ。

 

 彼らは上司であるカオルにこれからヤマブキシティの異変に気付き、来るであろう警察等の対応を話し合う為、どことなくピリピリと緊張していた。

 幹部補佐を外されたランスはすでにシルフカンパニー社を立ち、ここにはいない。

 新たに幹部補佐となったラムダは集まった部隊長の様子に心の中でため息をつく。

 彼らが緊張しているのは何もそれだけではないとわかっているからだ。

 

 

 

 「あの、ラムダさん。カオル様の様子はどうですか」

 

 

 

 部隊長の中で一番若く、新参者である男がラムダに遠慮気味にそう聞いてきた。

 そう、彼らが緊張しているのはカオルが原因である。

 

 ランスを幹部補佐から外して以来、不機嫌である事が多く、何時もは気にしないであろう部下の些細なミスにまでナイフのような冷たい言葉が飛ぶのだ。

 今の処言葉だけなのだが、長年部下として付き従ってきたラムダも今までこのような事が無かっただけに他の部下と共にカオルの人間臭い様子に驚いていた。

 他の部下達はランスをそれ程信頼しているのであれば、首領に推薦し、異動させる事をしなければよかったのだと言っていたが、ラムダはランスが原因では無いと思っている。

 カオルはランスに対してもう無関心であったし、カオルの感情をここまで揺るがすのはラムダの知る限りロケット団首領であるサカキしかいない。

 二人の間に何があったかは知らないが、ラムダは踏み込む事はせずに他の部下もその事を伝えず、心の中にその考えをしまった。

 

 

 

 「そんなにビクビクしても仕方ねえだろ。普通にしときゃ、あの人はとって食いはしねえ」

 

 「で、ですが、」

 

 

 

 言いよどむ男を見ながらラムダはもう少し部下に優しくしてくれ、と心の中でカオルに言う。

 十代前半程の年齢でありながら幹部に上り詰める程の手腕とロケット団の中でも一二を争う程の暴虐性を秘めているだけでも畏怖の対象だと言うのに部下に優しくない事もあり、カオルは今でも組織に馴染めていない部分がある。少し見方を変えてよく見れば、案外いい人なのだが、カオルに関する良くない噂もあり色眼鏡で見られてしまう事が多い。

 本心も何も言わず、人を使うだけ使ってコミュニケーションも取ろうとしない故に勘違いされたり、遠巻きにされる年下の上司の意外な弱点にラムダは頭を抱える。そして同時にランスはよく今までカオルと部下の間を取り持ってきたとも思った。

 ラムダ自身、受けた以上最後までやり遂げるが、正直言うとこの数日でくじけそうだった。

 

 

 

 会議室の扉の向こうの廊下からコツコツッと靴音がして、誰かがこちらに来ていた。

 ラムダに言いよどんでいた男は顔を強張らせ、席に着いた瞬間、会議室の扉が開いた。

 

 何時もの様に黒い服を着こなしているカオルは無言で会議室に入る。

 ラムダと部隊長五人は席から立ちあがり、カオルが上座に座った後、席に着く。

 カオルは不機嫌な様子はなく、何時も通りに戻っている様で、手元の資料を手に取りながら、ラムダに視線を飛ばす。

 ラムダは内心で安堵しながら会議を始める為、口を開く。

 

 

 

 「それでは、これよりヤマブキシティ撤退作戦の会議を行う」

 

 

 

 全員引き締まった表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察が異変に気付いたのは、ヤマブキシティへの行く道が断たれて一週間程過ぎた時だった。

 当初は野生のポケモンの大雨のせいで復旧作業が遅れ、全員焦りがあり分からなかったが、よく考えてみるとおかしな点が幾つもある。

 まず、ヤマブキシティ側からの避難が一人もいない事だ。

 空からの避難はこの大雨のせいでできないが、ヤマブキシティにはテレポートを使う事が出来るエスパータイプの使い手であるジムリーダー、ナツメがいる上に、ナツメの影響なのかエスパーポケモンを手持ちに加えるトレーナーが多い。

 故にテレポートを使って孤立しているヤマブキシティから脱出する事が出来るはずだ。

 だというのにテレポートを使って避難してきているという様子も報告も上がってきていない。

 その場にいた警察官がテレポートを持ったポケモンがいたので試しにヤマブキシティに行く為、テレポートを試みたが、ヤマブキシティに行く事が出来ないようであった。

 その次に野生ポケモンの起こしたと思われていた大雨は一週間以上過ぎても収まる気配がなく、一定の場所にこれほど長く野生のポケモンがとどまる事など前例が無いので、故意にトレーナーがポケモンに指示をして復旧の邪魔をいるのではないかと考えられるようになった。

 誰もがヤマブキシティに何かあったのではと思いはじめ、ヤマブキシティの状況が分からず、困惑する。

 最終的にハナダジム、タマムシジム、クチバジムのジムリーダーが復旧作業に参加した事により、ポケモンリーグに伝達し、ポケモンリーグからも人が派遣された。

 

 大雨の中、ハナダ方面からの道が一番復旧作業が進み、一か月程で通れるまでになった。

 その道から救急隊や警察等が部隊を組み、ヤマブキシティの入り口であるゲートまで来たのだが、ゲートは固く閉ざされており、入ることができない。

 

 

 

 「どうする?びくともしないぞ」

 

 「……仕方がない、ゲートを破壊しよう。人命救助の為だ」

 

 

 

 対策本部に連絡しながら現場にいた男はその判断を本部に伝え、許可が下りたところで、肩から伸びる房状の体毛と、胴体にある輪のような模様が特徴的な大きな熊のような姿をしたポケモン、リングマをモンスターボールから出し、ゲートを破壊する為、インファイトを指示する。

 リングマは雄たけびの様な鳴き声を上げながら、ゲートにインファイトを仕掛けようとした時だった。

 突然、大量の水が横から飛んできた。

 

 リングマはその水圧と衝撃に耐え切れず、吹っ飛び、木に叩き付けられる。

 そして、飛んできた水の中から体はスマートで小さな角を持つ白いポケモン、ジュゴンが現れた。

 先程の技は恐らくアクアジェットであったのだろう。

 そこにいる全員がそのジュゴンの登場に驚き、困惑する。

 

 ここはジュゴンが生息する場所ではない上に、ジュゴンが攻撃してくる理由が彼らにはわからなかった為である。

 そんな困惑をよそにジュゴンは彼らにアクアジェットを仕掛け、部隊を分断した。

 リングマの主人である男はリングマにジュゴンに向かってインファイトを指示し、ポケモンバトルをする事にした。

 理由はわからないが、こちらに敵意を抱かれている以上、戦闘不能にするしかない。

 リングマがジュゴンに肉弾しようと近づいた時だった。

 ジュゴンとは別方向から複数の水鉄砲がリングマに飛んできたのだ。

 ジュゴンに狙いを定めていたリングマは一二発は何とかよける事が出来たが、他の水鉄砲はもろに食らい、少しふらついている様子だった。

 男が周りをよく見ると、紺色と白の渦巻きの腹を持つポケモン、ニョロモとその進化形であるニョロゾ、黄色いボディと惚けた顔で首を横に傾けるポケモン、コダック等複数の水ポケモンがこちらに敵意を向けながら草むらから出てくる。

 どうやら男達はこの水ポケモン達に囲まれてしまったらしい。

 数の不利を感じた男は全員にポケモンを出しながら、撤退するように指示する。

 その指示が出た瞬間から水ポケモン達は一斉に男達に襲い掛かった。

 

 

 

 透明な水しぶきの中、誰かの赤い血が飛んだ。

 

 

 


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