迷い人   作:どうも、人間失格です

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水氷と彼 前編

 

 

 

 「ハナダシティ側に仕掛けた水ポケモン達の奇襲作戦は見事成功し、重傷者二名、軽傷者五名、合わせて七名が怪我を負いました。死傷者はいません」

 

 「そうかい。では予定通りプランAに移行し、作戦を続け給え」

 

 「了解いたしました」

 

 

 

 カオルは報告に来た部下にそう伝え、シルフカンパニー社の仮の執務室から下がらせる。

 窓の外から見えるハナダシティ方面のゲートの先に水ポケモン達が起こした大雨による厚い雨雲を見ながら、カオルは呟いた。

 

 

 

 「さて、向こうはどう出るかな?まあ、予想はつくけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマブキシティへの道を復旧させる為にたてられた対策本部のある一室に集まった人達は一様に顔を強張らせ、沈黙している。

 死傷者はいなかったとはいえ、水ポケモンが攻撃してくるとは予想していなかっただけにこの先の救助をどうするかで悩んでいた。

 水ポケモン達は明らかにポケモン知識の深いトレーナーの育成を受け、バトルの実戦経験を積んだポケモンで、トレーナーの指示がなくとも自分で判断して、ポケモンバトルに勝ってしまう程の実力がある。この時点でヤマブキシティが悪意のある何者かに占拠されているという事はわかったが、ゲート前にいる水ポケモン達は並のトレーナーでは相手にならない。

 そうすると、対抗できるトレーナーは限られる。

 

 

 

 「カスミさん、マチスさんやエリカさんに任せた方がいいと思いますが」

 

 「何言ってるのよ。ポケモンバトルは相性だけが全てでは無いの」

 

 

 

 オレンジ色の髪を後ろで二つ括りにした十代後半の少女、カスミはそう言って意見してきた救急隊員の全指揮をとる隊長にそう返した。

 救急隊員の隊長は困った顔をしてサングラスをかけ迷彩服を着たクチバジムのジムリーダー、マチスと黒髪ボブで和服を着用するタマムシジムのジムリーダー、エリカに助けを求める様に視線を向ける。

 マチスは救急隊員の隊長の視線に手を上げ首を横に振り、エリカは苦笑して首を振る事によりその視線に答える。

 マチスやエリカ自身、自分達に任せてほしい気持ちもあったが、カスミの水ポケモンの使い手として、悪事に水ポケモンを使われる事に対する怒りが痛い程分かった為、手を引く事にした。

 救助隊の隊長は二人の様子に諦め、警察の指揮を執る警察官と誰をカスミと共に行ってもらうか、話し合う。

 水ポケモンはおおよそ三十匹程いたとの報告があった為、カスミとカスミのジムトレーナー二人、警察官六人、救助隊四人の十三人でゲート前の水ポケモン達を討伐する事に決定した。

 カスミの事を信頼してはいるが、エリカは心配そうな顔でカスミに話しかける。

 

 

 

 「カスミさん、気を付けてくださいね」

 

 「大丈夫よ、エリカ。一番強い子達を連れてくから、何にも問題ないわ。任せておきなさい」

 

 

 

 カスミはレインコートを着て選抜されたトレーナーと共に土砂降りの雨の中、ハナダシティからヤマブキシティへと向かう道を歩き出す。

 誰かはわからないが、自分の大好きな水ポケモン達を悪事に使われ、カスミは怒りを抑えきれぬままに、速足でゲート前を占拠する水ポケモン達へ向かう。

 カスミの腰にある六つのモンスターボールは主人であるカスミの怒りに反応し、ガタガタッと揺れていたので、カスミはそっとモンスターボールに触れて、ポケモン達を落ち着かせる。怒りに任せてバトルしては冷静さにかけて思わぬところで足をすくわれる。

 それを理解してるからこそカスミは怒りを収める為に深呼吸し、自分の両頬を叩く。

 

 足元に注意しながら順調にゲートへと歩いていた時だった。

 カスミ達の横の草むらから水鉄砲が飛んできた。

 

 

 

 「スターミー!ハイドロポンプ」

 

 

 

 カスミは水鉄砲を横に飛んでよけながらスターミーをモンスターボールから出して、草むらに潜むポケモンにハイドロポンプを指示する。

 スターミーは軽やかに動きながらハイドロポンプの大量の水を草むらへと勢いよく繰り出す。

 草むらにいたコダックはハイドロポンプの水圧に吹き飛ばされ、木に当たる。

 レベル差が激しすぎたのか、コダックはそのまま目を回し、戦闘不能となっていた。

 カスミ以外の人達もポケモンを出し、あたりを警戒する。

 

 ガササッと草むらが大きく揺れた場所に警察官の一人が大きな赤い花のつぼみを持つ、紺色のボディを持つポケモン、クサイハナにエナジーボールを指示する。

 クサイハナのエナジーボールは緑色の発光をしながら草むらへと直撃したが、草むらにいたポケモンはよけたのかポケモンに当たった様子はない。

 クサイハナが自身の主人に指示をもらう為、見上げた直後であった。

 クサイハナの足元が突如、凍り始める。

 他のポケモン達やトレーナーの足元も同じように凍り始めた。

 カスミは長靴が氷始めた時、体の芯から凍り付くこの技に覚えがあった。

 

 

 

 絶対零度だ。

 

 

 

 カスミは慌ててスターミーに指示を出す。

 

 

 

 「スターミー!目覚めるパワー!」

 

 

 

 スターミーはカスミの指示に従い、目覚めるパワーを繰り出す。スターミーの目覚めるパワーは炎タイプなので、赤い光を発しながら、カスミや他の人達の足元にぶつける事によって絶対零度の脅威から逃れる。

 スターミー自身も自分の体を蝕む氷に目覚めるパワーをぶつけて難を逃れるが、他のポケモン達に向けようと構えた時には他のポケモン達は凍りついていた。

 

 他の人達は唇を噛み締めながら、ポケモンを入れ替える。

 カスミはスターミーと共にあたりを警戒しながら、報告にあったジュゴンの絶対零度なのではと思い始めていた。

 他の地方のポケモンがいたら話は別だが、見たのはカントー地方とジョウト地方の水ポケモンであったと聞いていた為、その線は薄く、必然的にジュゴンの可能性が出てきた。

 こちらの様子を窺っているのか出てくる気配がない。

 

 

 

 だったら、無理にでも引きずり出してやろうじゃない。

 

 

 

 カスミはそう心の中で決意し、味方にポケモンを引っ込めるように言いながらスターミーに指示を飛ばす。

 

 

 

 「スターミー、地面の雨水に十万ボルト」

 

 

 

 スターミーは近くの水たまりに十万ボルトを流すと、地表に流れる雨水に黄色く発光した電気が蛇行して走る。

 カスミ達トレーナーにも電気が来るが、ゴムの長靴が防いでくれる為、電撃は通らない上にトレーナー達のポケモン達も一時に引っ込めてもらった為、ダメージは無い。

 

 広く拡散してしまった為、威力は落ちてしまうだろうが、水タイプに電気は効果抜群。

 四方八方から水ポケモン達の悲鳴に近い鳴き声が聞こえ、慌てたように草むらや木の陰から出てくるところを逃さず、手分けして戦闘不能にする為、引っ込めていたポケモンを繰り出し、攻撃する。

 水ポケモン達はパニックを起こしているのか、統制が取れていないので、体力を削るのは容易だった。

 

 が、そのまま楽には終わらしてはくれなかった。

 アクアジェット特有の大量の水を纏いながらジュゴンが、水ポケモン達を守るようにトレーナー達のポケモン達の前を横切る。

 その威力にトレーナー達も慌ててよけて難を逃れたが、何匹か手持ちのポケモンがアクアジェットに当たり、勢いよく飛んで行った。

 アクアジェットの水の中から出てきたジュゴンは水ポケモン達に叱る様な鳴き声を発した。

 その声を聴いた水ポケモン達はパニックから目が覚めたのか、トレーナー達のポケモンに草木を上手く使いながら攻撃を始める。

 

 カスミはその様子を見て、このジュゴンが水ポケモン達のリーダーとなって指示をしているのだと気づく。

 ジュゴンが戦闘不能になれば、水ポケモン達は再び統制が取れなくなり、全員戦闘不能にする事が出来る可能性が高い。リーダーが戦闘不能になれば混乱してしまうのはどんなポケモンの群れでもおこる事だからである。

 カスミはジュゴンを戦闘不能にするべく、スターミーに指示を飛ばす。

 

 

 

 「スターミー、ジュゴンから行くわよ!十万ボルト!」

 

 

 

 スターミーはカスミの指示通りジュゴンに狙いを絞り、複数の十万ボルトを繰り出す。

 ジュゴンは冷静に大半を身代わりでよけた後、目をつむり何かに祈るようにしながら、雨水でぬれた地面を利用し滑るように移動してかわす。

 その手慣れた様子にカスミは簡単に戦闘不能にならないであろう事が予想でき、苦い思いをしながらもスターミーにもう一度十万ボルトを指示する。

 スターミーは十万ボルトを再び繰り出そうと電気を纏うが、形になる前に飛散してしまった。

 その隙を逃さず、ジュゴンはアクアジェットでスターミーに突撃し、ゼロ距離からの絶対零度を繰り出す。

 カスミは目覚めるパワーを指示したが、空中で思う様にあてる事が出来ず、空中でスターミーは氷漬けになってしまった。

 

 スターミーをモンスターボールに戻しながら、カスミは心の中でごめんねと謝る。

 そして、何故十万ボルトを繰り出すことができなかったのか考えるが、ジュゴンは考える時間を与えるつもりはないらしい。すぐさまカスミにアクアジェットを当てようと向かってくる。

 カスミはアクアジェットをよけて、次のポケモンをモンスターボールから出す。

 

 

 

 「頼むわよ、ラプラス」

 

 

 

 甲羅がついた首長竜のような体格を持つ可愛らしいポケモン、ラプラスはカスミの声に答える様に鳴きながら、ジュゴンに向かって波乗りを繰り出した。

 迫り来る波乗りにジュゴンはアクアジェットで引き裂き、そのままラプラスにむかっていく。

 

 

 

 「今よ、絶対零度!」

 

 

 

 ラプラスは体の芯まで凍ってしまいそうな吐息をジュゴンのアクアジェットに向ける。

 アクアジェットの大量の水が凍っていき、中にいるジュゴンにまで侵食していくが、ジュゴンもそう簡単にやられる程甘くはないらしい。

 すぐさま方向転換し、近くにあった岩に勢いよくぶつかった。

 その衝撃により凍りかけていたアクアジェットは粉々に砕かれ、ジュゴンは中から脱出することが出来た。

 だが、多少ダメージを負ったらしく、少しふらつくが、目をつむり祈っているようなしぐさをする。

 

 カスミはまだバトルする余裕のありそうなジュゴンに内心で驚いたが気を取り直してバトルを続ける。

 

 

 

 「ラプラス、波乗りからサイコキネシスでジュゴンを囲んで」

 

 

 

 カスミの指示通りに波乗りで出た大量の水をサイコキネシスで操り、ジュゴンを囲むようにする。

 ジュゴンもよけようとするが、サイコキネシスで操る水が行く手を阻み、閉じ込められた。

 波乗りは容赦なくジュゴンに襲い掛かるが、ジュゴンはアクアジェットで再び波乗りを切り裂いて脱出し、ラプラスに向かっていく。

 

 カスミは先程絶対零度で不覚を取られた戦法をまたとってきた事に疑問を抱きながらも、再び絶対零度をラプラスに指示する。

 ラプラスはジュゴンがよけられない程近づいたタイミングで絶対零度を放とうとして、絶対零度の吐息が出せない事に困惑した表情でカスミを見た。

 ジュゴンもラプラスの隙だらけな瞬間を逃さず、アクアジェットをラプラスに叩き込んだ。

 

 ラプラスは木に叩き付けられたが、首を振り起き上がった。

 カスミは絶対零度が外れたのではなく、出せない様子を見せるラプラスを見て、スターミーの十万ボルトが繰り出せずに飛散した時と似たような状況である事に気が付いた。

 同じ戦法をとったジュゴンが初めからラプラスが絶対零度を出せない事を分かっていたかの様子であった事でカスミはようやくポケモンの技である可能性に気づき、スターミーの十万ボルトやラプラスの絶対零度の後にジュゴンが祈るようなしぐさをしていたのを思い出し、ジュゴンでも覚える事が可能なある補助技が脳裏によぎった。

 

 

 

 「まさか、金縛り?」

 

 

 

 今頃気づいたのか、とでもいう様に鼻で笑ったジュゴンを見てカスミは少し頭にきたが気づかなかった自分にも問題があるので、ラプラスに氷のつぶてを指示してジュゴンに対抗する。

 ジュゴンは雨水でぬれた地面を滑るように移動してかわし、よけきれないものは身代わりで防ぐ。

 まるで、こちらを挑発するように舌を出しながら移動するジュゴンにカスミは性格悪、と思いながらサイコキネシスを指示する。

 

 ラプラスはサイコキネシスで水の塊を複数つくり、ジュゴンに向けて投げつける。

 弾丸の様な速度で飛んでくる水の塊を見ながらジュゴンは恐れず、アクアジェットでラプラスの周りを囲むように回る。

 複数回回転すると、大量の水が巨大な水のリングの様になり、ラプラスの動きを封じる。

 

 カスミは女の勘でまずい状況になりつつあるのを感じ、波乗りを指示した。

 ラプラスは波乗りで水のリングを破壊し脱出する事が出来たが、大量の水のせいでジュゴンの姿を見失った。

 あたりを警戒しながら見渡すが、少し離れたところに水ポケモンとトレーナー達の手持ちのポケモンがバトルしている様子しか見えず、ジュゴンの姿は見当たらない。

 逃げたかとも思ったが、あの性格の悪いジュゴンの事だ、絶対こっちに仕掛けてくるとカスミが思っていた時に後ろから大量の水、アクアジェットが迫ってきた。

 

 距離的にジュゴンが迫り過ぎていて、よけきれないとカスミは思い衝撃を覚悟して身構えたが、ラプラスがサイコキネシスで無理矢理方向転換させたおかげで難を逃れる事が出来た。

 だが、そのままラプラスに激突し、悲鳴の様な鳴き声を上げ、ラプラスは数メートル地面を滑るように押し飛ばされ、ジュゴンにゼロ距離からの絶対零度を食らった。

 

 徐々に氷がラプラスの体を覆っていく中、ラプラスを無視してジュゴンは再びカスミにアクアジェットで迫る。ラプラスの技では絶対零度の侵食を止める事は出来ないと判断したカスミはせめて一撃だけでもジュゴンに入れる事にした。

 

 

 

 「ラプラス!サイコキネシスで叩き付けなさい」

 

 

 

 ラプラスは雄たけびに近い声を発しながら、最後の力を振り絞ってサイコキネシスでジュゴンを大きな岩に叩き付け、絶対零度により凍りついた。

 もう、倒したと思っていたラプラスからの攻撃にジュゴンは苦渋の声を上げ、受け身も取れずに地面に落ちる。

 ラプラスにお疲れさまと声をかけてカスミは次のポケモンを出した。

 ピンク色の枝サンゴの様な角を体につけ、短い手足を持つポケモン、サニーゴはジュゴンを睨み付ける。

 

 カスミはサニーゴを出したが、決着はついていると感じた。

 ジュゴンにはダメージが少なかったとはいえ、スターミーの十万ボルトやラプラスの波乗りとサイコキネシスが入っている。特にサイコキネシスは大ダメージを負ったはずだ。体力的にもう限界であるとカスミは考えていた。

 

 だが、ジュゴンはそう思ってはいなかったらしい。

 ふらついて今にも倒れそうになりながらも起き上がり、こちらを睨み付ける様子にカスミは疑問を抱いた。

 このジュゴンはよく育てられている上に、まるで負けられないと言う様に戦意を全く失わない。

 負けた時に受ける仕打ちに怯えている様子ではなく、ジムに挑戦してきた主人であるトレーナーの期待を裏切らないようにバトルするポケモンと同じ目をしている様に見え、カスミはこのジュゴンは誰かの期待に応えたいのだろうかと思い始めた。

 そうでなければここまで頑張るジュゴンの様子に説明がつかない。

 

 だが、カスミは目を閉じ、その考えを振り払う。

 

 

 

 「貴女が誰の期待に応えたいかわからないけど、倒させてもらうわ」

 

 

 

 そういってサニーゴにパワージェムを指示する。

 サニーゴはカスミの指示に従い、素早くジュゴンにパワージェムを繰り出す。

 ジュゴンはアクアジェットでサニーゴに対抗した。

 

 

 

 雨は少しずつ雨脚を緩めていたが、カスミの心はどことなく晴れなかった。

 

 

 


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