迷い人   作:どうも、人間失格です

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水氷と彼 後編

 

 彼女は暗く寒い洞窟の中で産まれた。

 親が所属する同じ種族の群れの中で助けられながら不自由なく過ごしていたが、ある日Rと書かれた黒い服を着た人間の男達に捕まり、群れごと住んでいたところから連れ出された。

 初めて見る外の世界に怯えながら親と群れの大人に守れていたが、ポケモンを使った実験によって次第に一匹づついなくなり、十匹程しかいなくなった頃には群れの誰もが生きる事を諦め、励まし合う事もなくなった。

 その頃になると彼女も実験に使われ、体も心もボロボロになり、早く死んで楽になりたいと思う様になっていた。

 

 だが、そんな日々は唐突に終わりを告げる事になる。

 

 何時の様に実験に使われる為に連れ出された日の事だった。

 実験台に乗せられ、研究員が片手に注射器を持ちながら実験が始まろうとした時、突然、黒服の少年が実験室に現れたのだ。

 彼女は黒服の少年が研究員と何か話しているのを見ていたが、自分には関係のない話だと思い、逃げる事もせずじっと話が終わるのを待っていると、黒服の少年が彼女に近づき、いきなり白と赤のモンスターボールを当てられた。

 彼女は驚いてボール越しに黒服の少年を見上げたが、黒服の少年は気にした様子もなく、点滅がなくなり捕獲完了を確認した後、彼女が入ったモンスターボールを手に持ち、実験室から出て行った。

 黒服の少年に向いていた顔を研究員に向けると、研究員は苦々しい顔をしながら黒服の少年を見ていた。

 

 黒服の少年がどれ位歩いたかはわからないが、ある一室に少年は入り、柔らかいクッションのあるベッドの上にモンスターボールから彼女を出し、怪我の治療をし始める。

 彼女は今まで感じた事の無い柔らかいクシッョンやベッドの感触に戸惑いながらも、黒服の少年を見上げるが、少年は黙々と治療をしており、彼女の事など気にしていなかった。

 やがて、治療を終えた少年はブランケットを彼女にかけて、その部屋から出て行った。

 

 彼女はどうしたら良いか分からず、その場にとどまり、少年を待つ事にした。

 少年は意外にも早く帰ってきた。

 その手にはポケモンフーズがあり、彼女はそれを見た瞬間、お腹が鳴ってしまった。住んでいた洞窟から連れ出されてからまともに何かを食べた事がなかった為である。

 彼女はお腹が鳴った事に恥ずかしくなったが、少年にだされたポケモンフーズを空腹に耐えられず、食べ始めた。

 今までまともに食べれなかった彼女に気を使ったのか、少し水でふやかされたポケモンフーズは今まで食べた事が無い程の美味しさで彼女は涙を流しながら食べた。

 

 彼女が食べ終えたのを確認した少年は初めてその時に彼女に声をかけた。

 

 

 

 「君は才能があるから引き取った。これからの訓練に耐えなければ、あの場所に戻す。それが嫌なら頑張り給え」

 

 

 

 彼女は実験の事を思い出し、背筋が凍ったが、そう言いながら頭を優しく撫でる少年を見て、安心するのを感じた。

 

 この日からこの少年が彼女、パウワウの世界の全てとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カスミは中々倒れないジュゴンに苛立ちよりも心配になってきた。

 ジュゴンの体はもうボロボロで、気力だけでポケモンバトルを続けているようなものだ。だというのに隙あらば手痛い反撃をしてくるので、一瞬たりとも気が抜けない。

 カスミはこのジュゴンに指示するトレーナーがいればまず間違いなく心が躍る様なポケモンバトルが出来るという確信があった。だからこそ、今このジュゴン一匹だけに出会い、バトルしているのが残念でならない。

 

 カスミは頭を振り、余計な考えを追い出した。

 今はいかにこのジュゴンを倒すかを考えなくてはならない。

 カスミは容赦せず、ジュゴンに止めを刺す為、サニーゴに指示をする。

 

 

 

 「サニーゴ、ねっとう」

 

 

 

 サニーゴは容赦なく、ジュゴンにねっとうをかける様に繰り出すが、ジュゴンはアクアジェットでねっとうから体を守り、そのままサニーゴに突撃してくる。

 勿論、それでやられる程甘くはない。

 

 

 

 「パワージェム」

 

 

 

 カスミの指示でサニーゴは背中のサンゴの様な棘を光らせながらジュゴンに向け、発射する。

 幾つかの棘はアクアジェットを突き破り、大量の水の中にいるジュゴンに容赦なく突き刺さった。

 ジュゴンは棘の痛みにより蛇行しながら地面に激突し、アクアジェットの大量の水があたりに飛んだ。

 悲鳴の様な鳴き声さえ上げず、ジュゴンは焦点の合わない目と荒い息をしながら立ち上がろうともがく。

 

 カスミはその様子に慌てた。

 明らかに戦闘不能状態のジュゴンにこれ以上のポケモンバトルは一歩間違えれば死んでしまう可能性がある。

 

 

 

 「ジュゴン!もうバトルの決着はついているわ。もうやめて」

 

 

 

 カスミの言葉にジュゴンは否定するように威嚇する。

 それはまるで、そんな事は無い。私はまだ戦えると叫んでいるような気がした。

 そこまでして挑んでくるジュゴンに何かを感じたカスミは今まで思っていた事が自然と言葉として出た。

 

 

 

 「ジュゴン、貴女はそんなにこれを命令したトレーナーが好きなのね」

 

 

 

 カスミのその言葉にジュゴンの目が揺れる。

 その目はどこか悲しみを帯びている様に見え、カスミも胸が締め付けられる思いがした。

 最初はヤマブキシティを占拠した者達は人を割く程人数がいない為、水ポケモン達だけをゲートを守る為に配置したのだと思っていたが、この水ポケモン達はただ()()()()()()()()()にされているのではないかとカスミは思い始めた。

 だが、このジュゴンはそう思っていない。いや、気づいていて見て見ぬふりをしているのだ。

 大好きなトレーナーに自分の活躍を見せて、褒めて貰えると信じて。

 捨てられるはずがないと思い込んで、目をそらしているだけなのだ。

 

 嫌な役だが、カスミはジュゴンの目を覚まさせなくてはならない。

 苦い気持ちになりながらも顔に出さずに優しく話しかける。

 

 

 

 「貴女のトレーナーがどういう人なのか私は知らない。けれど、その人は本当に貴女を大切にしてくれているの?貴女を見てくれているの?」

 

 

 

 カスミの言葉で目にたまってきた涙を懸命に耐えながら、カスミの言葉を聞きたくないとでもいう様に胸ひれで耳を塞ぐ様なしぐさをする。

 だが、カスミはジュゴンの為にも言葉を続けた。

 

 

 

 「ジュゴン、貴女はそのトレーナーに捨てられたんじゃないの?」

 

 

 

 カスミがそういった瞬間、ジュゴンは胸ひれをおろしてぼろぼろと涙を流しながらも、アクアジェットを仕掛ける。

 カスミはサニーゴが攻撃しようとするのを止め、横に飛んでよける。

 ジュゴンはもう方向転換する力もないのかそのまま直進し木にぶつかり、ぐったりとした様子で地面に倒れていた。

 カスミは慌てて近づき、ジュゴンを見ると、気絶しただけの様で安堵した。

 

 他の水ポケモン達を戦闘不能にしたトレーナー達と合流しながら、カスミは後味の悪い幕引きに顔が曇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へえ、思ったよりジュゴンは粘ったね」

 

 

 

 カオルは少し意外そうな顔をしながらゲート前を制圧された事を報告してきたラムダにそう言った。

 そのカオルの言葉でラムダは昔、カオルが育てていたポケモンの中にジュゴンがいた事を思い出す。

 技構成は多少違っているが、強さを考えると恐らくカオルの育てていたジュゴンであるのだろう。だからこそどれ位で戦闘不能になるかを予想していた。

 だが、カオルが予想していたよりも長かったらしい。

 

 

 

 「で、どうします?ボスが進めている作戦が成功すれば最終的に回収はできますが」

 

 「しなくていいよ、思ったより粘ったとはいえ私には必要のないポケモンだ。それに、誰がいじったかは知らないけれど、あんな技構成ではあのジュゴンの強みが生かされない」

 

 「アクアジェットが入っていましたね」

 

 「そうだよ。確かにジュゴンは先制技が豊富だけれど、あのジュゴンの型は身代わりからのアンコールと金縛りで相手の技を封じて動揺しているところを命中が不安定な一撃必殺である絶対零度を当てる戦術、いわゆる不意打ち戦法だよ。ボスに六匹以外のポケモンも育てろと言われて色んなポケモンを育てたけど、あの子程対トレーナー戦で使いにくいポケモンはいないね」

 

 

 

 育てた本人が言うのであればそうなのだろうと、ラムダは思いながら、対トレーナーでなけばそれなりに戦えるのだとカオルの発言から察した。

 確かに今回の報告のように他のポケモンを囮に使い、草陰から絶対零度を一発でも入れれば、ポケモンとトレーナー両方を始末する事が出来る。つまり、このジュゴンは場の制圧向きとして育てられたので、ポケモンバトルには向いてはいないのだ。

 だが、あのジュゴンはカオルの手持ちポケモン達に嫉妬の視線を向ける程カオルにかなり懐いていた。おそらくはカオルの手持ちとしていたかったのだ。

 関係のないラムダが気づいた程なので、カオルもその視線に気づいていたはずだ。だが、場の制圧向きとしてジュゴンを育てたという事は遠回しにいらないと告げている事を示している。

 ジュゴンはその事に気づかなかったのか、気づきたくなかったのか。

 どちらにしろ、回収しないのであればカントー地方のポケモンリーグに保護され、新たなトレーナーに出会う事になるだろう。

 それをジュゴンが受けいれるかどうかは定かではないが。

 

 

 

 「カオル様、シオンタウン方面に抜け道がありますが」

 

 「それは作戦に組み込んでいる客人の為に用意してるから塞がなくてもいいよ」

 

 

 

 さらりとカオルが言った言葉にラムダは聞いてねぇぞ、と思いつつもカオルの言う通り下っ端達に指示をせずに放置する事にした。

 カオルが誰にも言わずに事を進めるのは何時もの事であるし、一々気にしてはきりが無い。

 カオルはラムダの様子を気にせず、話を続ける。

 

 

 

 「で、あちらの作戦は予定通りに進んでる?」

 

 「はい。予定よりも早く進んでいます」

 

 

 

 そう、と素っ気なく返事をして黙り込んだカオルはレッドが何時ここに乗り込んで来るか考える。

 ただ単にカオルは確証の無い自身の勘がレッドが来る事を告げているだけなので、そもそも来るかどうかもわからない。

 案内役は付けてはいるが、カオルが来て欲しい時に来るかどうかはわからない。

 もちろん、来なかった場合も考えてはいるが。

 カオルはラムダを下がらせ、手持ちポケモン達を確認しながら、呟く。

 

 

 

 「私的には来て欲しいんだから来給え。主人公君」

 

 

 

 確認していた手持ちのポケモン達がカオルの言葉に応える様に動いた。

 

 

 




最初、うっかり本作主人公カオルにパウワウを抱っこさせる場面を書いてしまい、百十センチもある体長と九十キロもある体重は持てるわけないだろ、と確認の為に読み返した時に気づきました。
アニメであった主人公サトシが頭にヨーギラス(七十二キロ)を乗っけていたのを思い出して、それよりも酷い間違いに爆笑しつつ、モンスターボールに入れる場面に修正しました。
いやあ、アニメのヨーギラスより酷い間違いを起こすとは……。気づいたからよかったものの、恥ずかしいです。

※感想で複数の方からサトシはマサラ人だから。という言葉を頂きました。ありがとうございます。とても納得しました。

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