ハナダジムのジムリーダー、カスミが水ポケモン達を戦闘不能にする数日前、レインコートのフードでずれた自分のトレードマークである赤いモンスターボールの帽子をかぶり直しながらレッドは大雨を降らせる厚い雨雲に覆われた空を見て、溜め息をつく。
シオンタウンからヤマブキシティへの道は依然塞がれたままで、復興作業が今も続いている。その為、グリーンと共にシオンタウンのフジ老人の家にお世話になりながらポケモン保護施設の手伝いをしていた。
もちろん合間を縫ってグリーンや同じくシオンタウンに滞在しているトレーナーとポケモンバトルをしていたが、今までの旅で此処まで長い間一つの町にとどまる事がなかった為、落ち着かないという事もあり、旅を早く続けたいという思いが日に日に強くなる。
更に、思わぬところでチャンピオンであるワタルと出会い、その強さを間近に感じてしまった為に、レッドの中でチャンピオンという肩書き抜きでワタルとポケモンバトルがしたいと思ってしまったのだ。
ポケモンリーグ開催までまだまだ時間はあるが、レッドは今年出場したいので、早めにジムバッチを集め、ポケモンの調整をし、コンディションを整えたい。
他のジムを先に回るという手もあるのでレッドはグリーンに内緒で今日ヤマブキシティのヤマブキジムではなく、セキチクシティのセキチクジムに挑戦する為、荷物を整えてセキチクシティ方面へと足を進める事にした。
レッドがシオンタウンから出ようとした瞬間、突然草むらからポケモンが飛び出してきた。
レッドは町にほど近い草むらから野生ポケモンが出てくる事に不審に思った。何故なら野生のポケモンは意外と人間に警戒心が強い為、町に近い草むらには住みつかない上に寄り付かないのだ。
肩にいた小型ポケモン用のレインコートを着たピカチュウが地面に降りて、赤い頬から電気を迸りながら戦闘態勢に入る。
草むらから出てきたのは尻尾の先が手になっているサルの様な容姿をしたポケモン、エイパムであった。右手に傘替わりなのか大きな蓮の葉を持ち、Rという文字が入った黒のスカーフを首に巻いており、明らかに誰かのポケモンである為、レッドはピカチュウに戻るように言ったが、ピカチュウはエイパムに威嚇するのをやめない。
レッドは内心で困惑しながらもピカチュウとエイパムを交互に見て、気づいた。
エイパムの首に巻かれたスカーフの“Rという文字”と“黒”はある人物を連想させたのだ。
「お前、もしかしてロケット団のポケモンか?」
レッドの質問にエイパムは気づいてもらえたのが嬉しいのか花が咲いたような笑顔で頷いた。そして、レッドに近づこうとするが、ピカチュウが近づいてこないように牽制した為、近づくのをやめて少し歩いてからこちらを見て、尻尾の手を器用に動かし、手招きをする。
レッドはその様子にこちらに敵意が無い事を理解し、レッド達についてきてほしいのだと気づく。
だが、エイパムが歩いた方向はヤマブキシティ方面であり、レッドが行こうと思っているセキチクシティ方面の道ではない。
「エイパム、ヤマブキシティの道は塞がってるから行く事は出来ないんだよ」
そういうレッドの言葉にエイパムは首を振り、さらに歩いてこちらを見る。
レッドは“ついて来ればわかる”と言わんばかりのエイパムに警戒しながらもピカチュウに声をかけ、ついていく事にした。
ピカチュウは不満そうな顔と鳴き声でレッドに訴えかけるが、レッドは苦笑しながらピカチュウを撫でて、エイパムについていく。
レッドは確かにロケット団の使いであろうエイパムについていく事に危機感はあるが、何故だか大丈夫だという妙な自信があった。レッドに何を言っても駄目だと理解したのかピカチュウはため息をつき、やれやれとでもいう様なしぐさをした後、レッドと共に警戒しながらエイパムについていく。
しばらくヤマブキシティ方面の道を歩いていたが、エイパムは草むらの方へと歩いていくので、レッドは足を止めて草むらを探ると、ポケモンが踏み固めたような道があるのに気付いた。
エイパムはその道を通っていたらしく、レッドを呼ぶように鳴いている。
草むらをかき分けて入っていくと、エイパムが尻尾の手をある場所に指さす。
そこには、崖によりかかりながら大きな木に雨宿りして寝ている黒と白を基調にした、まん丸に太った朗らかな怪獣のような外見のポケモン、カビゴンがいた。
レッドはポケモン図鑑に登録しながらエイパムに話しかける。
「このカビゴンがどうかしたのか?」
レッドの言葉にエイパムは首を大きく振り、身振り手振りで何かを伝えながら尻尾の手でカビゴンを指さす。
レッドは再度カビゴンを見ると、カビゴンの後ろに少しだけであったが洞窟の入り口があるのが見えた。どうやらエイパムはカビゴンではなく、カビゴンが塞いでしまっている洞窟を指さしていたらしい。
だが、洞窟はカビゴンのせいで入れない。
ポケモンバトルでどかそうかとも考えたが、図鑑の説明通りならカビゴンは中々起きないだろう。
レッドは困ったが、ピカチュウがレッドのカバンを指さしている様子に思い出した。
フジ老人からロケット団から助け出されたお礼にポケモンの笛をもらったのだ。
ポケモンの笛を奏でるとどんなポケモンも起きてしまうというフジ老人の言葉を信じ、すぐにポケモンバトルになっても対応できるようにモンスターボールから背中に大きな花の蕾を持つ緑色のポケモン、フシギソウを繰り出し、ポケモンの笛を奏でる。
目が覚めた様子のカビゴンは大きな欠伸をしたかと思うと、睡眠を妨害したレッドに襲い掛かってきた。レッドはすかさずフシギソウに指示を出す。
数十分後、カビゴンを手持ちに加えたレッドはヤマブキシティへの抜け道である洞窟をエイパムの案内で通る事になる。その後ろから心配してついて来ていた幼馴染と共に。
「オウ、さすがです。カスミサン」
「……ちょっと納得がいかない部分もあるけどね」
カスミ達が水ポケモン達を戦闘不能にした後、マチスやエリカ達が駆け付け、マチスが言った言葉にカスミは複雑そうな顔をしながらそう返した。
マチスはカスミの視線の先にいる戦闘不能になったジュゴンを見て、何かあった事を悟ったが追求せずに話を続ける。
「ゲートはまだ開けていないのデスネ」
「ええ、私達のポケモンも何匹か戦闘不能になっているし、また中からポケモンが出てくるとも限らないと思ってね」
「確かにそうですね。では、ここからはわたくし達もいきます」
カスミに黄色い棘がついているポケモンを回復するアイテム、元気の塊を渡しながらエリカは言った。
エリカから渡された元気の塊をスターミーとラプラスに使いながらカスミは再びジュゴンを見る。
ジュゴンは戦闘不能になった水ポケモン達と共に檻に入れられ、運ばれている最中であった。その様子を見ながら、後でポケモンリーグに引き取る申請を出してみようと決意し、マチスとエリカと共にゲートを見上げる。
ゲートは色々な災害や野生ポケモンの襲撃を想定して設計されているのでかなり頑丈であるが、壊せないわけではない。
が、壊さずに開ける方法もある。
「では、わたくしのIDで開けますね」
「ハイ、オネガイシマース」
カスミがサニーゴを出し、マチスが黄色いボディを持ち、特徴的な細長い尻尾と耳を持つピカチュウの進化形、ライチュウを出しているのをエリカは確認し、ゲートの端にあるパネルにシルバーのトレーナーカードをかざし、IDと指紋、網膜スキャンをパスしてゲートを操作する。
ジムリーダーは所属する地方ポケモンリーグにより、町のゲートに登録され、災害時や緊急時に操作する権限を持つ。
その為、町の緊急保護システムが発動しゲートが内部から閉じられていても操作できるのだが、事前または事後にポケモンリーグに正当な判断であった事を証明する為、報告する義務がある。
その報告とゲートを操作して起こった結果により正当ではなかったと判断された場合、ジムリーダーを辞めさせられる事もある。今回はヤマブキシティが占拠されている可能性とポケモンリーグ側から許可が出ている為、遠慮なく使う三人である。
ガコンッ、と重い音が響いた後にゲートはゆっくりと開いていく。
スターミーとライチュウはすかさず構えるが、何も出てくる気配はなく、ゲートが開ききる。
ゲートの中には人もポケモンもおらず、ヤマブキシティへの通路が続いているだけであった。
カスミは緊張を解き、少しホッとした表情をする。
「何もないみたいね」
そう言ってゲート内を見渡しながらゆっくりと入ったカスミとサニーゴの後に続き入ろうとしたマチスは元軍人として培われた勘が嫌な予感を告げていた。
念の為、ゲート内をくまなく見渡すと、ゲート内に設置された明かりに反射する様に光る細い糸がゲートの真ん中に足首程の高さであるのを見つけたと同時にカスミが気付かずに通ろうとしているので慌てて止める。
「カスミサン!止まってクダサイ!」
「え、」
マチスの制止の声も虚しく、カスミは細い糸に引っかかった。
その瞬間、オレンジ色の閃光が辺りを包み込んだ。
「あ、引っかかった」
窓からハナダシティ方面の様子を見ていたカオルは上がってきた煙りに気づき、そう言った。
部下に指示し、ゲート内にプラスチック爆弾であるC-4を仕掛け、糸に引っかかれば爆発する仕掛けにしておいたのだ。
引っかかれば儲けものという軽い気持ちであったが、爆発したと言う事は最低でもゲート内にいた人間は重傷か即死の可能性が高い。
引っかかった人間がジムリーダーである事を願いつつ、カオルは窓から離れ、耳にかけた小型のインカムで部下に間もなく乗り込んでくるであろうジムリーダー達に対する作戦の発動を知らせる言葉を口にする。
「こちら、黒。コラッタはオレンジに引っかかった。コラッタが再びヤマブキに入り次第、作戦プランAの“辻斬り”へ移行する。全員こころしてかかり給え」
そう言ってカオルは作戦の持ち場へと歩いて行った。