迷い人   作:どうも、人間失格です

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ヤドランは知っている

 

 

 

 カタカタというキーボードを打つ音や紙をめくる音が聞こえてくる事に少し不満に思いながらヤドランは目の前の黒い服を着た少年、カオルの背中に一部の隙間も無く密着する。

 普段であれば嫌がるそぶりを見せるカオルだが何も言わずに仕事を続けている。視界の隅に映る執務机に無造作に置かれているボールホルダーについている縮小されたモンスターボールが震えていてヤドランは自分だけの特権に優越感を覚えるが、あまり自慢げに見ているとカオルの他の手持ち達に乱闘ポケモンバトル訓練の際に袋叩きにされかねないので(特にブラッキーとマリルリ。その後に面白がってゲンガーが乱入し、鬱陶しく思った六匹目が全員戦闘不能にするのが何時ものパターン)視界に映らないように反対方向に向いた。

 

 わざわざヤドランが背中に引っ付きやすいように背もたれのある椅子ではなく、長方形の椅子を縦に使って座らせくれる事にカオルの不器用な優しさが垣間見えてヤドランは嬉しくなった。

 黒いビロード生地の椅子に座りながら密着した背中から聞こえてくるカオルの心音とさざ波の様に静かに満ち引きする感情にヤドランは胸の奥に渦巻くどす黒い感情が少しづつ収まっていくのを感じ、カオルの心音と感情の波を感じる事に集中する。

 裏切者の男とそのポケモンの死の間際に受け取ってしまった負の感情は大分和らぎ、頭痛や吐き気等の不調がなくなったとはいえ、未だに感情が不安定でポケモンバトル処かカオルとカオルのポケモン以外の人やポケモンに会うと何時ものとぼけ顔が保てず、いきなり泣き出したり怯えてしまうので現在カオルの執務室は立ち入り禁止になっている。

 

 最も、ヤドランを甘やかしている姿を他者に見られたくないというカオルの事情も含まれているだろうが。

 

 リモートですら取り乱すので電話やメールで部下に指示を出したり、長時間離れると不安定な感情のままにサイコキネシスで破壊活動を起こすので決済した書類はカオルが執務室から出て部下に手渡しし、短時間で戻るようにしている。

 これが、感情が安定する1週間、下手したら半月以上続くのだから他のロケット団員ならばこんなに手のかかるポケモンは捨てるだろう。

 

 ヤドランはカオルが自分を捨てないのは能力だけではない事を知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤドランとカオルが出会ったのはまだヤドランがヤドンであった時だった。

 とある地下洞窟で生まれたヤドンは仲間の中でも特に小さく、仲間内の他のヤドン達にイジメられる程弱かった。

 イジメに疲弊していたヤドンは感覚を研ぎ澄ませ、他のヤドン達のわずかに感じる感情の変化を読み取り、イジメを回避するようになった。

 最初は上手くいかなかったが、何度も繰り返していくうちに上手く読み取れる様になり、イジメられそうな時は隠れたり、ヤドランやヤドキングの目の届く場所にとどまりやり過ごす事で次第にイジメはなくなったが、他のヤドン達は感情を発散する事が出来なくなり、時折ヤドランやヤドキングの目を盗んで縄張りから出て他の縄張りを荒らすようになった。

 ヤドンは他のヤドン達の感情を読み取り縄張りを荒らしている事に気づいたが、ヤドランやヤドキングに密告すれば、またイジメが再開されかねないので口を閉じた。

 

 段々縄張りの外にいる時間が長くなり、暫くすればヤドランやヤドキングも気づくだろうと思った為である。

 この時、もし再開されるかもしれないイジメを恐れずにヤドランやヤドキングに報告していれば恐らくヤドンはカオルの手持ちにならず、故郷である地下洞窟で一生を終える事になっていただろう。

 そんな生涯最大の選択肢の1つであったとは思いもしなかったヤドンはお気に入りの寝床で寝入ってしまった。

 

 

 

 

 

 それから数日後、何時もの様に他のヤドン数匹が縄張りの外に出ている事にため息を吐いたヤドンは気分転換に地下水に入って泳いでいた。

 地上へと繋がる穴から降り注ぐ光は水の中から見ると地下の暗闇との対比で幻想的な光景に見えるのでヤドンのお気に入りだった。赤い鱗に長い髭が特徴的な最弱といわれるポケモン、コイキングや額に角を持ち、白のドレスのような尾びれに赤い色が映えるポケモン、トサキント等他の水ポケモンと共にゆったりと泳いだヤドランは水中から顔を出した時、突然誰かの感情を察知した。

 その感情は複数のポケモンの様で焦りと恐怖で一杯の感情にヤドンは体を硬直させる。

 生まれてこの方感じた事のない感情の方角を探すと普段ヤドンの群れが寝床として使っている巣の方向であった為、ヤドンは群れに何かあったのだと気づいた。

 

 ヤドンは急いで群れの巣に戻る為、泳いだ。

 途中異変に気付いたポケモン達が各々の手段で逃げている流れを逆らう様に泳ぎ、群れの巣の近くまで泳ぐと大きな破壊音が聞こえてきた。

 ヤドンは岩陰からそっと群れの巣の様子を見ると目を見開き、呆然とした。

 

 

 

 ヤドンの群れの巣には5人の人間がヤドンの群れを襲い、赤と白の丸いボールの中に捕獲していたのだ。

 何故、人間が地下洞窟にいるのかヤドンは混乱した。

 ヤドンの群れがいる地下洞窟は確かに人間が入れる広さはあるものの、人間が入ってきた事等ヤドンが生まれてから一度もなかったし、人間を見た事のある群れの最高齢であるヤドキングも人間が入ってこないこの地下洞窟は楽園だ。とよく呟いていた程人間が来ない場所だった。

 

 

 

 「あのガキの言う通りだ、1匹だけ見逃して正解だった!」

 

 「嗚呼!ヤドンを追いかければ群れの巣まで教えてくれたんだからな」

 

 「ヤドンのしっぽが確保できるし、ヤドキングやヤドランは売る事が出来る!研究所の畑を荒らした報いだぜ!」

 

 

 

 人間達の会話が嘘偽りのない事実である事を読み取ったヤドンはヤドン達が人間の土地を荒らした事による報復だと気づき、ヤドキングとヤドラン達に報告しなかった事を激しく後悔した。

 同時にヤドンはこのまま群れを助けに行かず逃げるか、助けに行くかで迷った。

 

 自分よりも強いヤドランやヤドキング達がかなわないのならばヤドンでは太刀打ちできない事は分かっているが、生まれて一緒に過ごしてきた群れの仲間を見捨てられる程ヤドンは薄情な性格ではなかった。

 その迷いでその場にとどまってしまったヤドンは自分に向けられた悪意を察知し、とっさに横に飛んだ。

 

 横に飛んだ後、何かが砕ける大きな音がしたが、ヤドンは悪意がまだ向けられている事を理解していた為、確認することなく水の中に潜った。向けられていた悪意が薄れた事を確認し、ヤドンは先程までいた場所を確認すると岩が大きく崩れ去り、見慣れない赤いポケモンがいた。

 ヤドンは人間が連れてきたポケモンだと予測し、後ろ髪惹かれるがこのまま水中から逃げようと泳ごうとした瞬間、察知した悪意に身震いした。

 水面から勢いよく飛び込んできた水の塊はヤドンを直撃し、ヤドンはその衝撃で息を吐きだしてしまい息継ぎをする為、水面に浮上する。

 

 水面に出たヤドンを待ち構えていた赤色のポケモン、ハッサムは両手のハサミを振りかざし、ヤドンを水面から叩き出した。宙を舞うヤドンは念力で水面から叩き出された際に飛び散った水を操りハッサムの頭と顔全体に水を纏わせ、溺死させようとする。

 

 

 

 「マリルリ、アクアジェット」

 

 

 

 その言葉と同時に水面から水の塊が飛び出し、宙を舞うヤドンへと突っ込んだ。

 空中では避けられなかったヤドンは直撃し、地下洞窟の岩にぶつかり息を詰まらせる。

 ヤドンの集中力が乱れ、念力で作った水は崩れ去り、ハッサムは息を乱しながらも再び呼吸する事が出来た。

 ヤドンは痛みを感じながらも倒れた体を起こし、マリルリが褒めてと言わんばかりに周りを跳ねてアピールしている人間に視線を向け、体が硬直した。

 

 人間は先ほど見た5人よりも背丈が低く小柄であったが、ハッサムとマリルリの様子を見ると主人であるのは間違いなく実力は5人の人間よりもありそうであった。だが、ヤドンが体を硬直させたのは見た目ではない。

 

 その人間から伝わってきた感情に胸を締め付けられたからだ。

 

 ふつふつと煮えたぎる憎悪とその陰にある深い絶望と果てのない孤独を抱えているのに表情に出るどころか微笑さえ浮かべる人間にヤドンは体を硬直させ、見つめ続ける。

 人間が目を合わせてきた時、ヤドンは体を揺らし、身構える。

 そんなヤドンの様子を気にする事なく人間は口を開いた。

 

 

 

 「君は興味深いね。最初の攻撃は完全に不意を突いていたはずなのに直前で避けたのは何故だい?もしかしてエスパーポケモンだから僅かでも感情を読み取ったのかな。それに水中から叩き出された際にハッサムが自分の実力では敵わない相手だと瞬時に判断して溺死させようとしたところを見ると頭も悪くなさそうだ。…うん、タイプは被るけれどいいね君。気に入ったよ」

 

 

 

 自己完結させた人間はヤドンに悪意ではなく、興味と期待の感情を向けてきた。

 ヤドンは複雑な感情を複数抱える人間に混乱するが、人間が自分を捕まえようとしている事だけは理解した為、逃げようと体を痛みを無視して無理やり動かす。

 

 だが、人間がポケモンに指示する方が断然早かった。

 

 

 

 

 「ハッサム、みねうち」

 

 

 

 素早く移動してきたハッサムはヤドンにみねうちを繰り出す。

 体の痛みで動きの鈍っていたヤドンはみねうちを受け、体が動かなくなった瞬間、人間に赤と白の丸いボールを投げられた。

 避ける事も出来ずヤドンはモンスターボールに収まり、抵抗もむなしくカチッという捕獲音を聞いた後、モンスターボール内で意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤドランがカオルとの出会いを振り返っているとカオルが立ち上がりたい感情を読み取った為、背中から密着するのをやめてカオルが席から立ち上がりやすくする。

 カオルはヤドランがそうするのを分かっていたようで席を立ちあがり処理済みの書類を手に部屋から出ようと歩き出す。

 そのカオルの背を見ながらヤドランはカオルの感情を読み取ろうと集中する。

 

 カオルは未だに心の奥にある人物達への憎悪と自身への絶望と孤独を抱えている。

 ヤドランが出会った時よりも薄れてはいるが、それでも未だにヤドランの胸を締め付ける。ヤドランは目を閉じながら心の中で祈った。

 

 

 

 

 

 カオルの心の中から憎悪と絶望と孤独の感情が消え去る事を。

 

 

 




Q.ハッサムが6匹目?
A.いいえ違います。ピジョットの枠にいたのがハッサムです。カオルは本編までにレギュラーメンバーを模索しておりポケモンを入れ替えています。現在のメンバーに落ち着いたのは本編の1年前です。ハッサムは捕獲要員も兼ねていた為、カオルは手元に置いています。話の流れで再びレギュラーメンバーに復帰する可能性はあります。
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