迷い人   作:どうも、人間失格です

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先生と彼

 

 

 

 「……言い訳は聞いてやる」

 

 

 

 表情を少しも変えずにロケット団の首領であるサカキは目の前にいるカオルに言葉を放った。

 その声は何時もより低く、威圧している様に聞こえるが、カオルには少しの呆れが含まれている事に気づいている為、怯む事無く微笑を浮かべ、平然とサカキの言葉に答える。

 

 

 

 「マリルリの機嫌を損ねたのでご機嫌取りです」

 

 「またか。そう何度も俺とのポケモンバトル調整で機嫌を取ろうとするな」

 

 「仕方ないですよ。ボスとのポケモンバトルをちらつかせると機嫌が直るバトルジャンキーなマリルリですから」

 

 

 

 結局サカキを騙せる程の上手い言い訳が思いつかず、素直に言ったカオルの言葉を聞いたサカキはボロボロになりながらも機嫌よく歌まで歌いながら飛び跳ねるマリルリとその足元で戦闘不能になったニドキングを見た。

 互いの相性弱点をついているポケモン同士だが、ニドキングは技調整中という事もあり一歩マリルリに及ばなかったようだ。ニドキングのボールであるハイパーボールに戻しながらサカキはニドキングの技構成を吟味する。

 ニドキングは技のデパートと称される程覚える技が豊富なので定期的にロケット団の幹部達相手に調整しているのだ。

 

 何時もならトリッキーなバトルを確認するときはヤドランやゲンガーを使用し、純粋な強さを確認するときは6匹目を使用している事が多いのだが、カオルのマリルリが機嫌を損ねた時の餌にサカキのポケモンバトルをちらつかせる事があり、約束した事は相手が破らない限り守る主義であるカオルがサカキとのポケモンバトル調整の際に何度か繰り出している。

 サカキにとってカオルの6匹目より攻撃力が劣るマリルリで調整する事にあまりメリットを感じていないが、カオルの今までのロケット団への功績を考えると些細なわがままであった為、サカキは大目に見ていた。

 いまだに鼻歌を歌っているマリルリをモンスターボールに収めてボールホルダーに装着したカオルはサカキに近づきながらウエストバックから何かを取り出した。

 それは橙色のUの字型をした硬く重そうなプロテクターだった。

 

 

 

 「ボス、貴方のサイドンを進化させてみませんか?」

 

 「…ほう、話だけ聞かせてもらおうか」

 

 

 

 時折、お礼代わりに伝えてくる地面タイプの未発表情報がサカキがカオルの行動を大目に見る原因であるのは誰の眼にも明らかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオルは自身の執務室のドアを開けた瞬間、その場を去りたくなった。

 カオルの執務室には何時もならカオル不在の際は入室せずに執務室の外に待機している筈のカオルの部下と我が物顔で黒いビロード生地のソファに座るロケット団幹部のアテナがいたからだ。

 カオルの部下はカオルを見た瞬間、顔が真っ青になりオロオロと効果音が付きそうな程挙動不審になり、そのカオルの部下の様子を見たアテナはケラケラと笑っていた。

 大方、カオルの執務室に勝手に入ったアテナをカオルが戻ってくるタイミングで飲み物を用意して待機していたカオルの部下が止めようとしたが、幹部相手なので強く言う事が出来ずに失敗したのだろう。執務室のドア付近にあるアンティーク調のワゴンにはカオル好みの氷のないアイスコーヒーと茶請けであろうクッキーが乗っていた。

 

 

 

 猛烈にかかわりたくない。

 

 

 

 カオルはそう思いながら何時もの微笑ではなく、顔を顰めながらも部下に退出するように指示をする。

 カオルが執務室から逃げなかった理由は今日中に片付けなければならない書類が辞書の厚み程あった為である。それがなければカオルは無言で逃げていた。

 カオルの部下はカオルに咎められないと理解した瞬間、明らかにホッとした表情をしたが、カオルは無視して執務机の椅子に座った。

 

 

 

 「アテナ様は、」

 

 「話はすぐに終わるからアテナには出さなくていいよ」

 

 「……かしこまりました」

 

 

 

 アイスコーヒーと茶請けのクッキーをカオルの仕事の邪魔にならない場所に置くとカオルの部下はアテナに飲み物を聞こうとしたが、カオルが言葉を遮るように言った。

 カオルはアテナを飲み物を楽しめれる程長居させるつもりはさらさらなかったからだ。

 

 一礼して執務室から出ていった部下を一瞥した後、カオルはアイスコーヒーを一口飲んだ。

 よく冷えたアイスコーヒーはスッキリとした味わいで水出しコーヒーであると予想した。後から来るほのかなガムシロップの甘みはこちらをニヤニヤ見つめてくるアテナがいなければ部下を褒めてもいいとカオルにしては珍しくそう思えた。

 

 

 

 「それで私に何の用?見ての通り忙しいから手短に頼むよ」

 

 「相変わらず可愛くない事言うねアンタ」

 

 

 

 ため息交じりに言うアテナを無視しながらカオルは書類を確認していく。

 カオルの様子に自分の相手をする気がない事を理解したアテナは要件を切り出した。

 

 

 

 「最近、ロケット団の景気がいいけどなんかしたかい?」

 

 「シルフカンパニー社から奪い取った市場の利益とヤマブキシティの撤退作戦前にシルフカンパニー社の株を空売りした」

 

 「…そりゃ、景気がいいわけだ」

 

 

 

 アテナはカオルの言葉でとんでもない額がカオルの懐に転がってきた事を悟った。

 空売りとは自分の保有していない株を証券会社から借りて売り、返済期限までに株価が下がったら買い戻して借りた株を証券会社に返済し、借りて売った時と買い戻した時の差額分の利益を得る信用取引の1つである。

 

 この空売りの特徴は通常の取引とは逆で株価が下がれば利益を得て、株価が上がれば損失になる。

 

 手元に現金がなくとも売る事が出来るが、その分リスクが高いので経験のない者が安易に手出しできないようにするためか信用取引口座を開設しないと取引が出来ない様になっている。

 カオルはこの取引を利用し、ヤマブキシティの撤退作戦でシルフカンパニー社の株価を大暴落させ、警察の調査や上層部が辞職した後の株価が底値のタイミングで買い戻した。

 シルフカンパニー社はすでにカオルのものである。

 

 

 

 「警察やメディアにシルフカンパニー社が隠したがってたモンスターボールの件やロケット団に協力していた社員の情報が漏れたのはあんたのせいってわけかい?」

 

 「ご想像にお任せするよ。ボスにも伝えているけれど、シルフカンパニー社は警察に怪しまれないようにトキワコーポレーションの傘下に吸収合併させるつもりさ。私には必要ない会社だからね」

 

 「なるほどねえ。ロケット団に協力していた社員の中にポケモン保護法に引っかかる書類を持ち出した研究者の女の兄がいたのもアンタのせいか」

 

 

 

 アテナの言葉にカオルは一瞬手を止めたが、直ぐに何事もなかったかのように手を動かし始めた。

 

 アテナの言う通りロケット団に協力した社員の中にはカオルが最初に利用した社員である研究者の女性の兄がいた。研究者の女性のコネでシルフカンパニー社の警備員として就職していた兄は何時も妹である研究者の女性に金の無心をしたり、社員にセクハラまがいな言動をして問題視され、クビ寸前であった。

 

 カオルの指示でラムダはシルフカンパニー社の社員に変装して男に近づいた。

 男に金を渡して研究者の女性に気づかれぬように研究者の女性がシルフカンパニー社から逃亡する手助けするように依頼した。

 男は妹がシルフカンパニー社から逃亡するという事態に疑問を持ったが、研究者の女性が上司にパワハラをされていて退職に追い込まれようとしている。パワハラの証拠が集まるまで研究者の女性を子会社の方へ避難させるのを手伝ってほしい。という言葉に金づるであり就職できたコネを持つ妹が退職に追い込まれたら金の無心も新たな就職先もなくなると考えた男はラムダを通じて出されたカオルの依頼を受け、監視カメラを操作したり退出時に記録されたIDカードの情報を消したり等研究者の女性が逃亡できる時間を稼いだ。

 

 事件後に研究者の女性である妹が事故死してしまった事に金ずるとコネが無くなった。と怒り心頭だった男であったが、妹の保険金と遺産が手に入る事を喜んでいた。姪の面倒等殆ど見ることなく、膨大な金が手に入るからと夜な夜な遊び惚けているところにラムダは指定した日時に警備室のパソコンにUSBを差し込む事を依頼する。

 浮かれていた男はさらに金がもらえると喜んで請け負い、ロケット団がシルフカンパニー社を制圧する手助けをしてしまった。

 

 ロケット団がシルフカンパニー社を制圧した際にとんでもない事の片棒を担がされた事に気づいた研究者の女性の兄である男はラムダが変装していたシルフカンパニー社の社員に問い詰めたが、もちろんシルフカンパニー社の社員はそんな依頼はしていない。と否定した。

 逆にシルフカンパニー社の社員は研究者の女性の兄にお前にそそのかされたからロケット団の犯罪の片棒を担ぐ事になったんだ。と男を責めた。

 研究者の女性の兄である男はシルフカンパニー社の社員の言葉にいい加減な事を言うな。と言って口論になった。

 

 シルフカンパニー社の社員の方は研究者の女性の兄である男に変装したラムダが指定した日時に上司のパソコンにUSBを差し込み、プレゼン内容を入れ替えるという依頼していた。

 最初は難色を示していた社員であったが、上司のせいで妹の昇進が邪魔されている。お前だってパワハラされた挙句、自身の功績を横取りされたのが悔しくないのか。と研究者の女性の兄である男に変装したラムダが告げた事により、上司を引きずり落そうと狙っていた社員は最終的にはその話に乗った。

 当日、誰よりも早く出勤した社員は指定されていた日時に上司のパソコンにUSBを差し込み、プレゼン内容を入れ替えて電源を切ろうとしたが、パソコンが操作不能になっていた。

 焦る社員を尻目にパソコンは次々と社員の分からない数字と英語の羅列が並び、電源が切れた。

 暫く呆然としていた社員だったが、出社してきた同僚を見た瞬間、慌ててUSBを取って自身のデスクに戻った。

 その日にシルフカンパニー社の社内情報全てが掌握され、ロケット団に制圧された事によりシルフカンパニー社の社員は自身が犯罪の片棒を担がされた事に気づき、詰め寄ってきた研究者の女性の兄である男と口論になったというのが事件の全貌だ。

 

 カオルは二人の事をメディアに流すつもりであったが、あろう事か二人はその口論をシルフカンパニー社内でおこなった為、他社員に聞かれ匿名で告発された。

 警察に任意同行という名の取り調べを受け、先日仲良く逮捕された二人は互いに相手に騙されたんだと喚き散らしているようだが、カオルは呆れながらも手間が省けたと思う事にし、二人の記憶を脳内から消した。

 

 研究員の女性の娘は研究者の女性とその兄である男の従姉妹にあたる女性に引き取られた。

 その女性が住んでいるのは偶然にも研究員の女性の娘の病気を治療できる地方であり、保険金と遺産で治療が出来るらしい。

 その女性は結婚しているが長年子供が出来ずに悩んでいたところに研究員の女性の娘を引き取る話が来た為、娘が出来た。と夫婦そろって喜んでいるらしいので保険金と遺産は正しく使われる事だろう。カオルには関係ない話だが。

 

 

 

 仕事を続けるカオルにニヤニヤしているアテナの顔を殴りたいと思ったが、相手は女性の上に武闘派の幹部。どちらかと言うと頭脳派であるカオルは負けが決まっている勝負をするほど愚かではないので無視を決めこむ。

 アテナはカオルを揶揄うのを一通り満足したのか、黒いビロード生地のソファから立ち上がった。

 

 

 

 「それじゃあアタシは仕事に戻るよ。邪魔したね」

 

 

 

 掌を振りながらカオルの執務室から出て行ったアテナを見送り、カオルはアイスコーヒーを半分程一気飲みした。

 若干ぬるくなってしまったが美味しさは変わらず、アテナが揶揄ってこなければよかったんだが。と思いつつ、茶請けであるクッキーを食べる。如何やらシュガークッキーの様でサクサクとした触感と砂糖の甘みを楽しんでいると着信音が鳴る。

 

 カオルはポケナビを確認したが、着信音はポケナビではない事に気づき、もう一つの携帯端末であるポケギアを確認する。

 ポケギアは振動しながら着信音を鳴らしており、表示されている相手の名にカオルは盛大に顔を歪ませ舌打ちしてから電話に出た。

 

 

 

 「お久しぶりです。お電話に出るのが遅くなってしまい、申し訳ありません。先生」

 

 「君が忙しいのは知っているからね。それに君と私の仲じゃないかそんな些細な事など気にしないさ」

 

 

 

 

 

 

 お前にとって私はどんな仲だよ。

 

 

 

 そう吐き捨てたくなるのを堪えてカオルは恐縮です。と返し、努めて優しい声で用件を聞く。

 カオルに先生と呼ばれた男は機嫌よくカオルに話し始めた。

 

 

 

 「先日のシルフカンパニー社の件は君のおかげで私もいい思いをさせてもらったからお礼がしたくてね。何かないかな」

 

 「先生からそう言って頂けるのは大変有難いのですが先生にご迷惑をおかけする訳にはいきません。ですが、先生の気が済まないと思いますので貸し1つとさせて下さい」

 

 「嗚呼、構わないよ。君の貸しは高くつきそうだけれどね」

 

 

 

 笑いながら言う相手にカオルは適度に相打ちをうちながら世間話を5分程した後、先生とカオルが呼んだ相手はポケギアの電話を切った。

 電話が切れた後、カオルは表情を消してポケギアを見つめながら呟いた。

 

 

 

 

 「今の内に我が世の春を謳歌し給えよゴミ屑。ちゃんと1つ残らず粗大ゴミに出すから」

 

 

 

 

 

 

 カオルのその目は憎悪を宿しながらも冷え切っていた。

 

 

 

 

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