どこかのビルの地下にあるロケット団基地の一つにその男はいた。
蛍光色に近い緑の髪をし、黒い帽子を被る男は黙々と手元にある膨大な資料をわかりやすい様に整理しながら男は自分の上司の事を考える。
男の上司はおおよそ十代前半ながらにロケット団の幹部にまで上り詰めた少年で男よりかなり年下だった。
普通なら自分よりも年下である少年が上司である事に不満が沸き上がるのだが、少年がロケット団に入ってから上げてきた数々の功績を知ってしまったら納得し、黙らざるを得ない。
少年は一言でいえば“異様”であった。
ロケット団の資金調達の為の詐欺商法やポケモンの密漁、高く売れる進化系統の石がどこでとれるかを把握し独占販売したり、ロケット団員に配られるポケモンの育成と新人団員の教育法とロケット団から抜けられないようにする対策、ターゲットへの尾行方法等が功績として主にあげられているが、中には裏切り者や使えない者、生きていては困る者を
あくまで噂であるのだが、男は少年の言動からあながち間違いではないと思っている。
そんな噂が立っているので少年は先輩、同僚から新入りの後輩に至るロケット団員全員から畏怖の対象であるのだが、男は尊敬はしていても畏怖していなかった。
何故なら、少年は男にとって絶対ともいえるロケット団首領、サカキの命令に忠実であったし、命令以上の成果をあげ、サカキの役に立っている。
男にとってそれは“理想の自分”の姿であった。
だからこそ、少年から色々な事を学び、将来、少年と並び立つ程、サカキの役に立つ事を目標にしていた。
それには少年の部下としている事が何よりも大切なのだ。
幸い、少年はある程度男の事を評価しているらしいので、少年の部下の中で男は一番信頼されていると自負していた。
男は膨大な資料を整理し終え、同僚に断りを入れてから上司である少年の元へ持っていく。
どうして少年がこの資料を欲しているか男にはわからないが、少年は男に伝える事が必要であるならば説明するであろうし、話さないという事は男にとって知る必要ない事であるという事だ。
余計な捜索を少年は好まない事を知っている男としては聞くという事は論外である。
男はあるダークブラウンの扉に立ち止まり、ノックをする。
「カオル様、ランスです。頼まれていた資料をお持ちしました」
「嗚呼、入り給え」
男、ランスは少年であるカオルの執務室への入室許可の言葉を聞くと、失礼しますと言って扉を開ける。
10畳程の執務室の壁は本棚になっており、隙間なく埋められている本はすべてポケモンに関する本であるとランスは記憶している。
扉の奥にある執務用の机には書類が積み重なっており、カオルは扉のほうを向くようにして執務用の机の前に座っている。
その前にある来客用の二つの黒革のソファと黒い机はランスの記憶では使われているのを見たことがない。
いや、ある意味今使われている。
ランスは黒革のソファに溶け込むようにおとなしく丸まっている中型犬程の大きさにウサギの耳の様に長い耳を持つ黒と黄色の特徴的な色合いを持つポケモン、ブラッキーが。
ブラッキーは丸まりながらちらりとランスを見たが、目を閉じて再度寝た。
主人であるカオルの様な無関心さを発揮しているブラッキーに最初のポケモンはやはり主人に似るらしいと改めて思いながら、カオルの元へ行く。
カオルはランスの方に一瞬たりとも目を向けず、手元の報告書であろう紙に目線を落としている。
ランスはそんなカオルの様子を気にもせず、資料を机の上に置く。
「資料はここに置いておきます」
嗚呼、と返事をするだけでカオルはランスの事を気にもかけていない。
時々このようなカオルの態度に苛立つ事がないと言えば嘘になるが、これが少年の通常の反応であると知ってからは気にしないでおく事にしている。
ふと、目に入ったカオルが呼んでいる報告書は数日前にカオル自ら行ったお月見山での月の石の発掘調査の事を下っ端が書いた報告書であるのにランスは気づいた。
わざわざ自分以外が書いた下っ端の報告書も見ているらしいカオルにある意味疑問を抱いた。
「どうしたんだい、ランス」
ランスはカオルの声でハッとカオルが持つ報告書からカオルに目を向ける。
カオルは少し怪訝そうな顔をしながらランスを見つめている。
ランスは内心で慌てたが、顔には出さず、何でもない事を伝える。
「いえ、何でもありません」
「この報告書の事なら面白い事があってね。自分が見ていなかった時はどうだったのか把握したかっただけだよ」
カオルはランスの疑問を読み取ったのかどうかはわからないが、そう答えた。
ランスは今までの経験上、その反応はある程度話してくれる事であると理解し、質問してみる事にした。
「面白い事とは?」
「ちょっと、乱入者が現れてね。下っ端とバトルしていたのを見たのだが、なかなかのトレーナーだったから見逃したのさ」
ランスは驚いてカオルを思わず、凝視する。
カオルの性格上、誰かをほめる事などめったにしないし、ロケット団にたてつく者を早々に見逃す事など初めて聞いた。
相当そのトレーナーが気に入ったらしい。
だが、らしくないとも思った。
カオルの話しぶりにそのトレーナーはロケット団に対して敵対心がある様に思われる。
そんな者達は早々に排除してきたカオルが気に入ったという理由だけで見逃すだろうか。
仲間になりうる可能性を見たのか、それとも
「カオル様がわざわざその程度の任務に向かったのはそのためですか?」
「まあね、予感がしたんだよ」
ランスは一瞬、浮かんだ考えを打ち消し、違う質問をする。
カオルはたいして驚きもせず、答えた。
そうですか、と言って黙ったランスにカオルは目線をそらす。
質問は終わりである合図だ。
ランスは失礼しましたと断りを入れ、カオルの執務室から出る。
執務室から出た後、ランスは先程一瞬浮かんだ考えにそんな馬鹿な、と吐き捨てる。
ランスの知るカオルはそんな事を望む様な人ではないし、第一そんな事をしてもカオルに得など一つもない。
ランスは少し疲れているのかもしれないと思い、休憩してから次の仕事に移る事にした。
その考えがある意味正解である事を知らずに。
あれ、ランスさんってこんなだったけ?