迷い人   作:どうも、人間失格です

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彼の悪だくみのターン!


社長と彼

 

 

 

 レトロな雰囲気の店の個室に彼、カオルは一人の女性といた。

 女性は三十代ぐらいの赤い眼鏡をかけ、栗色の髪を後ろに一つくくりにしたいかにも真面目そうな女性だった。

 研究職についているのか、スーツの上に白衣を着ている。

 

 女性は少し落ち着きなく、髪をいじったり、眼鏡の位置を直している。

 カオルはそんな女性とは正反対に他者から見れば、無条件で安心してしまうような穏やかな微笑を浮かべながら、沈黙を破る。

 

 

 

 「ここに来ていただいたという事はお受けしてくださったのですね」

 

 「……前払いとして本当に半分支払ってくれていましたから、来ただけです」

 

 

 

 女性はカオルの視線から逃げる様に目線を下げながら、小声で答えた。

 カオルはそんな女性の様子に気を悪くした様子もなく、そうですか、と言った後、思案する。

 

 女性はカオルが思ったよりまだ警戒した様子であった。

 この女性が金に心底困っていたので、もう少し乗る気になってくれると思っていた為である。

 立場とこちらの話に乗ってくれそうな人物である事にこだわり過ぎて性格を多少考慮しなさ過ぎていた様である。

 

 次からは気を付けようとカオルは心の中で少し反省し、まだ修正可能である為、揺さぶりをかける。

 

 

 

 「前にも言いましたが、貴女の娘さんは治らない病ではない。他地方の最先端医療を受ければ、普通の人と変わらない生活を過ごす事が出来る。ですが、それには膨大な手術費用と一年程の入院費、治療費が必要です。とても貴女が払える金額ではない。医師もそれをわかっていて言わなかったのでしょう。ですが、()()()()()()()

 

 

 

 女性がカオルと視線を合わせる。

 揺れている瞳を見てカオルは確信した。

 微笑の仮面を保ったまま、カオルは女性の反応を待つ。

 

 耳に痛い程の沈黙の中、女性は震えた声でカオルに聞く。

 

 

 

 「……本当に、支払ってくれるんですね」

 

 

 

 かかった。

 

 

 

 カオルは女性の言葉に笑みを深くしてその言葉に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シルフカンパニー社長は、灰色のスーツを着て社長室で緊張した顔で落ち着きなく時計を何度も確認する。

 これからある会社との取引があるのだが、その会社は近年で急激に業績を上げ始めた今一番勢いのある会社なのだが、少々後ろ暗い話を聞く為、取引を持ち掛けられた時、最初は断ろうかと思った。

 だが、あくまで噂の範囲以内であったし、聞いてみれば本当に普通の取引の様だったので、ひどく悩んだのだが受ける事にした。

 

 今日は相手がシルフカンパニー本社に赴いて取引の確認と修正を話し合う事となっていた。

 

 所長は心の中で、大丈夫、大丈夫と呟きながら何度も確認して少し皺くちゃになった書類を見ながら内容を再度確認し、深呼吸する。

 

 ノックオンが社長室に響き、少し体が上下に上がってしまった事に苦笑いしながら、入室を促す。

 失礼しますと言って入ってきた秘書の背の低い女性が、相手会社がお見えになり、応接室に案内した事を伝えてくれた。

 社長室から出て、応接室に秘書を伴って向かう。

 

 

 

 「社長、大丈夫ですか。今日は体調がすぐれないと言って帰ってもらいますか」

 

 

 

 向かっている最中に秘書は心配そうな顔で社長に問いかける。

 社長はそんなに顔に出ていたのかと思いつつ、心配をかけてしまった秘書を安心させるように笑顔を作り答える。

 

 

 

 「普段通りにしていれば大丈夫だ。心配かけてすまないね」

 

 

 

 秘書は納得した表情ではないものの、わかりましたと引き下がった。

 社長はお詫びにこっそり秘書の給料を上げておこうと決め、応接室につくと、深呼吸し、ノックをしてから応接室に入る。

 

 

 

 応接室にいた相手会社の社員は一言でいうと子供だった。

 茶色交じりの黒髪黒目に、このまま成長すれば美青年になるのではと思わせる容姿で、黒のスーツと手にかけている黒のコートが恐ろしく似合うおそらく十代前半の子供。

 シルフカンパニー社長は少し面食らってしまった。

 まだ、二十歳にも満たぬ子供が相手会社から一人で来るとは到底思っていなかったからである。

 

 だが、子供であろうと取引相手であると思いなおした社長は意を決して口を切る。

 

 

 

 「初めまして、私がシルフカンパニー社長です。このどの取引を我が社に持ち掛けていただき有難うございます」

 

 「ご丁寧に有難うございます。私はロット会社の社員でこのたびの取引を任されましたカオルと申します。カントー地方一の大企業であらせられるシルフカンパニーの社長に一社員である私がお会いできる事を光栄に思います」

 

 

 

 社長は落ち着いた物腰で話す子供、カオルに第一印象でつけた評価を大幅に変える。

 見た目は子供であるが、中身は大人顔負けである。油断ならない。

 

 名刺交換をした後、秘書が紅茶を運んでくるまで少し世間話をしたが、打てば響くというようにすらすらと社長の話に答えてくれるので、社長はすっかり緊張がほぐれているのに気が付き、安心した。

 これなら大丈夫だと。

 

 紅茶が運ばれ、口をつけながら相手会社が出していた取引内容を確認しながらこちらの資料を見てもらう。

 おおよその確認と修正が終わり、何事もなく終わるであろうと思われたその時だった。

 

 

 

 「社長!至急お耳に入れたいことが!」

 

 

 

 応接室の扉を勢いよく開けて入ってきたのはシルフカンパニーの社員だった。

 社長は来客中だぞ!と社員に注意するが、社員は動揺しているのか、社長に向きながらおどおどしている。

 社長は社員のその様子に嫌な予感がし、今すぐ何があったのか問いただしたい気持ちになったが、社員に注意した通り、来客中にそのような事をするべきではないと考えを改め、カオルに向き直る。

 

 

 

 「済みません。すぐに下がらせますので」

 

 「いいですよ、それよりも大変慌てていた様子ですので話を聞いてあげてはどうですか。私はこの後の予定は入っていないので時間は大丈夫ですから」

 

 

 

 穏やかにそう話したカオルの言葉に社長は迷ったが、その言葉に甘える事にし失礼、と断りを入れて社員の元へ行き、小声で何事か問うた。

 

 社員は一度、口をつぐんだ後、意を決したように話し始める。

 

 

 

 「実は、非人道的な“例のモンスターボール”のデータが外部に持ち去られたようなんです」

 

 「なんだと!あれは破棄したのではないのか!」

 

 「も、もちろん破棄しましたが、書類で持ち出したようでして、その履歴が残っていました。持ち出した社員は特定できているのですが、もう社内にはいないようでして」

 

 

 

 社長はカオルがいる事を忘れて、大声で話してしまった。

 “例のモンスターボール”とは一見普通のモンスターボールであるが、どういう経緯でそうなったかは不明だが、そのボールを使ったポケモンは元々の性格を捻じ曲げ、主人に忠実で攻撃的なポケモンになってしまうというモンスターボールで、ポケモン保護法に大いに引っ掛かるとんでもないモンスターボールであった。

 ボールのデザイン以外はすべて破棄するようにしていたのだが、データがなくなる前に書類にして持ち出されるなど、あってはならない事だ。

 

 世間に出てしまえば、シルフカンパニーの信用はがた落ち、株は大暴落するのは間違いなかった。

 

 

 

 「何か、お困りですか」

 

 

 

 応接室にカオルの落ち着いた声が響いた。

 確かに穏やかな顔で話しかけているカオルの言葉なのだが、シルフカンパニー社長にはその声が甘い言葉をかけてくる悪魔の声にも聞こえた。

 

 

 

 「お困りでしたら、どんな事にも協力いたしますよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「……それは本当ですか」

 

 

 

 社長はカオルの言葉を聞いてはならないと思いつつも、自分の力では警察に気づかれないようにカントー地方の全国民の中から書類を持ち出した社員を見つけるのは不可能に近いと理解しているからこそ、カオルの言葉にすがるしかなかった。

 

 カオルは笑みを浮かべながら、もちろんですと社長の言葉に答える。

 

 

 

 「ではここから、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 シルフカンパニー社長はカオルのその言葉に逃れられない事を悟った。

 

 

 




書いてる途中で思いました。
これって、ポケモンですよ……ね。

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