迷い人   作:どうも、人間失格です

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首領と幹部と彼

 

 

 

 「以上でシルフカンパニー社を抑えました。ヤマブキシティ制圧は部下のランスに任せています」

 

 

 

 タマムシシティのロケットゲームコーナーというロケット団が運営している店の地下にあるロケット団の基地の本部で行われた幹部会用の会議室にカオルはいた。

 ロケット団首領に直接下されていた任務であるシルフカンパニーの乗っ取りはランスが集めた研究員の個人情報をもとに行い、見事完遂することができた事をこの場でヤマブキシティの制圧の途中報告とともに報告する。

 カオルは元々この幹部会に出席するつもりはなく、シルフカンパニー制圧の報告書だけを提出し、ヤマブキシティ制圧を理由に欠席するつもりであった。

 

 理由は単純で、“めんどくさかったから”。

 

 だが、幹部会にジムリーダー業や会社経営で忙しく、出席しないはずであった首領が出席する事になったので、しぶしぶカオルもランスにヤマブキシティ制圧を任せ、出席することにした。

 何故なら、何かと理由をつけて幹部会を欠席するカオルを首領はあの手この手で無理矢理出席させることは目に見えていたし(というか、実際していた)、二人の間で妥協点として“首領が出席する幹部会には出席する”という暗黙の了解ができた。

 そのおかげなのか、首領は幹部会の日は予定を無理にでも開けて出席するようになり、カオルは苦い顔をしている。

 幹部の一人は首領に会える機会が増えて大喜びしているが。

 

 

 

「この短期間でそこまで出来るなんて、その手腕はさすがですね、カオル。これでシルフカンパニーのマスターボールの開発は我々で行う事が出来ます」

 

 

 

 カオルのおかげで首領に会う頻度が増えて喜んだロケット団幹部の一人である薄い水色の短髪で白色のロケット団服の男、アポロは感心しながらそう言った。

 出会った当初、カオルはアポロとは仲が良いとは言い難い関係だったが、何時からかアポロの中で折り合いがついたらしく、自然と普通に話すようになった。元々人となれ合う事をあまり好まないカオルなので、それでも知り合い以上、友人未満のような関係なのだが。

 

 

 

 「確かに凄いけど、研究員の女はどうしたんだい?そいつが警察に言ったら厄介だよ」

 

 「嗚呼、安心し給え。その女性ならこのモンスターボールの資料を指定の場所に置いた後、()()()()()()()()()()()

 

 「……あんた、相変わらずえぐいね」

 

 

 

 白色のロケット団服を着たロケット団幹部紅一点の赤髪の女性、アテナはカオルがサラッと答えた言葉に顔を引き攣らせた。

 カオルは心外な、と思ったが口にはしない。

 知られてはいないが、アテナはカオルの苦手な人である為、余り個人的に関わりたくは無いのだ。

 

 カオルは高級そうなガラスの机の上に置かれたすでに冷めてしまったブラックコーヒーを飲み、豆を変えたのか何時もより苦い味に僅かに眉を顰める。

 ガラスの机に合わせた黒革の椅子にもたれながら、カオルは今後のレッドが主人公の物語がどのように進んだか思い返してみるが、ぼんやりと今自分がいる本部とボスとのジム戦等しか思い出せず、それを参考に今後を考えるのを即座に諦めた。

 

 カオルがポケモンゲームをしたのはリメイク版ルビー&サファイアまでで、初代を再現したバーチャルコンソール版はプレイする前にこちらの世界に来てしまった。

 それ故に殆ど記憶が無いのは仕方ないのかもしれないが、覚えていない自分に少し腹が立つ。

 

 

 

 「それじゃあ、そのモンスターボールの資料はどうするのさ」

 

 「欲しいならあげるよ。私にとってはもう何の利用価値もないただの紙切れだから」

 

 「では、私にくれませんか?少し興味があります」

 

 

 

 カオルは何の躊躇もなく、アポロに資料を渡す。

 相変わらず、興味や利用価値がなくなればどんな物も人もポケモンも捨ててしまう人だ。とアポロは思いながら、渡されたモンスターボールの資料を確認する。

 どうやら本物であるらしい。

 アポロはカオルに礼を言って、ファイルに挟む。

 

 

 

 「……残りのヤマブキ制圧を部下に任せていると言っていたが、その部下はできるのか、カオル」

 

 「ご安心ください、ボス。今の彼なら出来ます」

 

 

 

 ロケット団首領、サカキが投げかけた問いにカオルはそう答える。

 サカキと出会ってロケット団に入って以来、組織で一番低い年齢の為か何かと気にかけてくれるので、何だかんだでロケット団の中では一番サカキを慕ってはいるが、別の世界の人間であった事はいまだに話してはいない。

 カオルに直接聞いては来ないが、サカキは時々何かを察しているような事があるので、薄々は何かを隠しているとは気づいているらしい。

 何かを隠している部下をロケット団幹部にする事を決断をしたのはどうしてなのかはわからないが、カオル自身から話してくれるのを待っているらしい事は何となく察する事はできた。

 カオルは一生話す気はないが。

 

 

 

 「なら制圧が終わり次第、報告しろ」

 

 「わかりました」

 

 

 

 サカキはそう言うと、幹部会議室に飾られている時計を見ながら時間だなと呟いた。

 この後予定があるサカキのその声で幹部会はお開きとなる。

 

 幹部会議室から出ていくサカキを見送った後、カオルはさっさと会議室から出ようと荷物をまとめる。

 だが、そんなカオルの動きがわかっていたかの様にアテナがカオルの肩を掴む。

 

 

 

 「カオル、ちょっと聞きたいことあるんだけど、」

 

 「この後、予定があるから」

 

 「おかしいね。あんたの部下の一人にあんたの予定を聞いたんだが、この後ポケモンの調整だけだろ。少しの時間話をするのに問題ないだろう?」

 

 

 

 その部下、後でしめる。

 

 

 

 カオルは心の中でそう決意してから、わかりやすくため息をつき、アテナに向き直って話を聞く体制になる。

 アテナはにやりと笑い、アポロはやれやれ、と言う様なしぐさをした後、二人の横を通って会議室を出て行った。

 

 

 

 「あんた、何時になったら幹部服着るんだい?」

 

 「私は黒い服の方が好きだし、似合うからね」

 

 「確かにねえ、あんたに白は似合わないねえ。チビだし」

 

 

 

 にやにやと言う効果音が付きそうな笑顔を浮かべながら言うアテナにカオルは心中で顔を歪める。

 カオルがアテナを苦手としているのはこれである。

 アテナが優秀である処は認めるのだが、何かとカオルを子ども扱いしてからかってくるのだ。

 他の人達は、カオルを見た目以上の年上として扱っているが、アテナはカオルに今の現実を突きつけているようでたまったものではない。

 

 しかも、今の見た目年齢を考えれば仕方ないのかもしれないが、本来ならばアテナの年齢とそう変わらない。

 

 

 

 「世の中には第二次成長期というものがあるんだよ。覚えておき給え」

 

 「まあねえ、将来成長できたらいい男になるだろうから頑張りなよ」

 

 

 

 表情を崩さない事を努力しながら、カオルは話は終わったと言わんばかりに歩き出す。

 が、アテナはカオルの後をついてくる。

 

 うんざりしつつも、カオルは無言で空けておく様に部下に命令しておいたバトルフィールドに向かう。

 その様子にアテナはカオルがついてくる理由を聞く気がないとわかったのか、話しかけてくる。

 

 

 

 「さっきの報告で研究員の女の子供を利用したって言っていただろう。その子供、どうなったんだい?」

 

 

 

 カオルは、足を止めてアテナに向き直る。

 アテナの表情は真剣だった。

 

 

 

 本命はこっちか。

 

 

 

 そう確信したカオルは、心の中で呆れてしまった。

 首領もアポロもそんな事気にしないし、カオル自身も興味もない。

 何故なら犯罪組織であるロケット団にとっては一人の子供の最後など取るに足らない事であるからである。

 

 だが、アテナは気にしてしまう。

 その甘さが、もはやカオルには無いもので、同じ犯罪組織に属しているのにそれを持つアテナが少しだけ羨ましかった。

 

 

 

 「残り半分も足がつかないように払ったよ」

 

 「本当かい」

 

 「くどいね。私は一度約束した事は違えない」

 

 

 

 ならいいよ、と言ってアテナはあっさり帰った。

 無駄な時間をとったと思いながら、カオルは心の中でその金がその研究員の娘に使われるかどうかわからないけど、と付け足した。

 研究員の女性には兄がいてその男はかなり金遣いが荒かったと記憶している。

 もし、その男が後継人になるのなら、研究員の娘に使われることなく、豪遊に使うだろう。

 

 それだとカオルとしても面白くないので、細工はしたが果たしてそれが吉と出るかはわからない。

 カオルもそこまで面倒を見る気はないからだ。

 

 

 

 バトルフィールドにきたカオルは()()()モンスターボールからポケモンを放った。

 ポケモンゲームの中で組んでいたパーティーをカントー地方と隣接するジョウト地方のポケモンのみで再現するのには苦労したが、納得がいく出来にはなっていた。

 だが、ここではポケモンバトルでポケモンと息があった動きができなければならない。

 ターン戦では無いし、相手も自分が判断を下すまで待ってはくれない。

 

 

 

 「訓練を開始するよ」

 

 

 

 カオルは、冷たく自分のポケモン達に告げた。

 

 

 


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