カオルはミュウツーに会う前に考えていた考えられる一番の最悪の事態、ワタルが来た時点で逃走を視野に入れ始めていた。
ワタルは最年少でカントー地方チャンピオンになってから十年以上その座を守り続けている正真正銘の化け物である。
まだ、目的であるミュウツーのゲットが出来ては無いが、この状況だと確実にワタルはミュウツーゲットに邪魔をしてくるだろうし(と言うか、もうされた)、ポケモンバトルになればカオルVSミュウツーVSワタル達の三つ巴になる事が予想できる。
そうなった場合、一番不利なのがカオルだ。
ミュウツーなら麻痺状態で何時も通りの動きを制限できている為、鈍足なヤドランでも対抗できるが、ワタルのポケモンは何の状態異常にもなっていないし、何より対抗は多少はできるが、ヤドランが苦手とするスピード勝負に持ち込まれる可能性がある。
そうなれば、フィールドの地形と制空権の有利、スピード勝負の有利性が圧倒的にワタルの方が高いので、カオルが負ける可能性が大いにある。
せめて、フィールドの地形がカオルの手持ち達の有利なものであったなら話は違っていたのだが、仕方がなかった。
どのようにここから逃げ出すか考えをまとめていると、カオルはふと、思った。
どうしてワタルがここにいる。
ワタルがここにいるという事はシオンタウンのポケモンタワーからレッド達と共にいた可能性が高い。
だが、チャンピョンであるワタルが何故、シオンタウンにいるのかがわからない。
ワタルのポケモンが死んで、ポケモンタワーに埋葬されていたら話は別だが、カオルは数か月前に念のためポケモンリーグにハッキングを仕掛け、四天王とチャンピョンのワタルの情報を引き抜き、目を通していたのだが、そのような事実は一切ない。
仮にレッド達のポケモンバトルの才能に興味を持ち、同行しているのだとしても、ワタルは一度その行動でマスコミがはやし立て、才能が潰れてしまったトレーナーがいる。それ以来、才能あるものは遠くからそっと成長を見守っていたワタルがまたマスコミが食いつくようなネタをふりまくだろうか。
たまたまワタルがシオンタウンにいて、たまたまポケモンタワーの異変に気付いて、たまたまレッド達と出会い、行動しているのは偶然であるはずがない。
カオルは脳裏にある人がよぎった瞬間、ある事に気づき、内心で苦い思いをする。
そう考えると、あの人しか思いつかなかった。
カオルが考え、仕組んだ人に心当たりが浮かんだ間も周りはどんどん状況が進んでいく。
ワタルは世間話でもするような口ぶりで話しかけてきた。
「まさか、君みたいな優しそうな少年が噂のロケット団最年少幹部だとは。世の中、何があるかわかったもんじゃないな」
「……少年だからと言って舐めないで欲しいね。これでも貴方と並ぶ程は強いつもりさ」
「ほう、悪人が随分と粋がっているな」
思考を打ち切り、ワタルの言葉を聞いたカオルはついイラッとしてしまい、子供っぽい反論をしてしまった。先程ミュウツーゲットを邪魔された事が相当自分の頭にきているらしい事を感じる。
ワタルのわざとらしい芝居がかかった言葉と動作に惑わされてしまわないように一端落ち着く為、悟られないように深呼吸をする。
腰のモンスターボールが、私達を出せ。とでもいう様にガタガタッと揺れて主張している。
だが、カオルはそれを無視してワタルに顔を向けた時だった。
『成程、お前の
ミュウツーがそう言って、カオルに話しかける。
カオルはこのタイミングで話しかけてきた意図が分からず、思わず怪訝な表情でワタルからミュウツーへと顔を向ける。
そして、次にミュウツーが口にした言葉はカオルにとって禁句にも等しい言葉だった。
『お前、
その言葉を聞いた瞬間、カオルは完全に切れた。
すぐさまモンスターボールからピジョットを出し、指示する。
「ピジョット!ブレイブバードッ!」
ピジョットは主人であるカオルの怒りに反応し、ミュウツーを睨み付けから一瞬でトップスピードになり、ミュウツーにブレイブバードを当てた。
とっさの事であった上に、麻痺状態が災いし、ミュウツーは対応しきれず、もろに受けてしまう。
大きな岩壁にピッジョットと共に突っ込んだミュウツーは顔を歪めるが、ピジョットを吹き飛ばし、カオルにサイコショックを向ける。
カオルはピジョットの位置からピジョットが間に割ってはいる事は無理であると判断し、横に避けようとしたが、緋色のボディでしっかりとした手足と翼、牙や尻尾を持ち、頭に2本角があるポケモン、リザードンが間に割って入り、火炎放射でサイコショックを相殺する。
カオルはサイコショックと火炎放射が激突する事により出た煙の隙間からカメックスの上に乗っているレッドに視線を向けた。
レッドは真っ直ぐな目でこちらを見て、カオルが無事である事を確認し、安堵した様子を見せた後、グリーンと言い争っていた。
大方、カオルを何故助けたのか口論しているのだろう。
カオルは多少怒りが冷めたので、ミュウツーが攻撃してこない内に近くに降りてきたピジョットの状態を確認する。
ブレイブバードの影響で多少ダメージを負っているが、大した様子ではなく、視線でまだいけるか問いかけたら、元気よく鳴いた。
『随分、過激な事だな』
「そっちこそ、また話しかけてきたと思ったらそんな事を言わないでくれるかい?不愉快だから」
カオルは表情を取り繕うともせず、氷のような冷たい目で言った。
視界の隅でグリーンが肩を震わしたのが見えたが、カオルは配慮する程余裕はない。
ワタルが危険を感じたのか、自身を乗せたカイリューを自然な動作でグリーンとレッドをミュウツーとカオルから守るように背にかばった。
一発触発な空気にレッドのリザードンは警戒しつつ、主人であるレッドの近くに滞空した。
緊張が高まる中、レッドが遠慮気味に話に入る。
「ちょっと質問だけど、世界から切り離された者って何?」
「レッド君、」
「君、少し空気読んでくれないかい?それとも自殺願望者?そうでないなら黙ってい給え」
たしなめるようにワタルがレッドの名前を呼ぶが、カオルはすぐさま捲し立てる様に早口でレッドの言葉をバッサリ切った。
レッドは少し怯んだ様だが、それでも言葉を続ける。
「あんたにとっては指摘されたく無い事でも知らない俺達からすれば何の事かさっぱりで、知りたいと思うのは当然じゃないのか」
「好奇心はニャースも殺すって言うことわざ知ってるかい」
『そのままの意味だ』
「はぁ?」
レッドの横にいたグリーンはレッドの質問に答えたミュウツーの言葉の意味が分からず、思わずそう言ってしまい、カオル以外の全員の注目を集めた事に気づき、目を泳がせる。
カオルはミュウツーを視線で殺せるのではないかと思われる程にミュウツーを睨んでいた。
ミュウツーはそんなカオルの様子を気にする事無く、続ける。
『
ミュウツーが言い終った瞬間、カオルは“ピジョットとは違うモンスターボール”を手に持ちながら、ブレイブバードをピジョットに指示する。
ピジョットはミュウツーめがけて飛ぶが、ミュウツーも想定済みだったらしく軽々とよける。
ピジョットは危うく岩に当たりそうになりながらも体を急上昇し、体制を整え、再度ミュウツーにブレイブバードを仕掛けようとするが、ハクリュウがピジョットの前に躍り出て、ドラゴンテールを当てようとしてくる。
カオルは“ポケモンが出た後のモンスターボール”を手の中で遊びながらフェザーダンスでドラゴンテールをよける様に指示する。
ピジョットはブレイブバードの為に上げていた速度を若干落とし、ハクリュウのドラゴンテールをよけながらフェザーダンスでハクリュウの攻撃を二段階下げ、一端ハクリュウから旋回し距離をとる。
ワタルはハクリュウにも距離を置くように指示した時だった。
「ヤドラン、サイコキネシス」
水面からヤドランが出てきて、あたりに漂う氷をサイコキネシスで操り、ミュウツーやハクリュウ、ワタル達に向けて投げた。
ミュウツーはサイコブレイクで破壊しながらよけ、レッドやグリーンはリザードンの火炎放射とカメックスの水鉄砲で撃ち落とし、ワタルはハクリュウとカイリューに避ける様に指示した。
多少、被弾した為、無事ではなかったが大したダメージではなかった。
ワタルは破壊光線を指示しようとしたが、視線の先にはカオルはもう何処にもいなかった。
カオルはヤドランとピジョットをモンスターボールに収めた後、組織から借りていたテレポート用のポケモンでヤマブキシティの一時的に拠点にしているシルフカンパニー社に帰ってきていた。ポケモン回復用のマシーンでポケモンを回復させ、シルフカンパニー社長に会っているというロケット団首領に会う為、シルフカンパニー社長との話し合いが終わるまで扉の外で待っていた。
普段から穏やかな表情を保っているカオルの表情は近年希に見る不機嫌な表情をしていた。
佇まいもどこか不機嫌を感じさせる。
その表情を見た通りすがりの下っ端は真っ青で速足でその場を過ぎ去る程で、見張りとして扉の前に立っているロケット団下っ端はカオルの威圧に心の中で涙目になりながら、必死に耐えていた。
やがて、扉から出てきたロケット団首領であるサカキは扉の外で待っていたカオルに視線を送り、何か用かとその場で尋ねる。
分かっているくせに。
カオルは怒鳴りたくなる気持ちを抑え、話が話なので近くの部屋に入って話すことを提案し、サカキと共に違う小部屋に入り、立ちながら用件を切り出した。
「レッド達に私の邪魔をさせたのはボスですね」
「さて、何の事やら」
席に座り、そう惚けたサカキにカオルは机に手を思いっきり叩き、サカキを睨み付ける。
サカキはカオルの普段とは違う様子に内心で驚きながらも、表情を崩さずにやれやれ、とでもいう様に首を横に振りながらカオルに答えた。
「あのガキにゴーストポケモンが見えるようにシルフスコープを与えたのは私だが、お前の邪魔をした覚えはない」
「誤魔化さないでください。私がミュウツーを捕まえる事を良しとしていなかったのはボスではありませんか。第一、可笑しいと思ってたんですよ。ヤマブキシティごとシルフカンパニーを乗っ取る話になった時、今まで隠密行動を良しとしてきたのに
そう、実は最初はマスターボール目当てだったので、カオルはシルフカンパニー社だけ警察やジムリーダーに悟られずに乗っ取るつもりだったが、ボスがヤマブキシティも乗っ取れと言ってきたのだ。
さすがにカオルは今までの隠密起動を上げ、反論したが、説き伏せられてしまったので、この事を逆に利用し、ヤマブキシティのジムリーダーであるナツメからミュウツーの話を聞き出し、ミュウツーを捕まえる事を企てた。
だか、よく考えてみればボスがヤマブキシティ乗っ取りの指示のタイミングが絶妙すぎる。
ヤマブキシティを乗っ取るなら何故、最初から言わなかったのか。それは、
「ヤマブキシティ制圧を命じる前に私の部下であるランスを自分側に引き込み、
「何だ、しゃべったのか」
「いいえ、ランスは何も。ですが、私がジムリーダーに会いに行っていたのを知っていたのはランスだけでしたし、何よりロケット団本部が襲撃、壊滅状態になったという非常事態のなのに私のポケナビにかけてこなかった上にシルフカンパニー社で私が帰ってくるのを悠長に待つという行動をされればさすがに疑います。大方、貴方が少しでもレッドが追いつく時間を稼ぐために報告しないように指示したのでしょう?」
つまり、事の全貌はこうだ。
首領は元々ミュウツーの居場所を知っていた上に、何らかの理由で放置していたが、カオルが捕まえたがっているのを知り、カオルにやめるように言ったが、カオルは聞く耳を持たなかった。
故に、ゲットの邪魔をする事にしたのだ。
まず、カオルの部下であるランスを引き込んだ首領はカオルの行動を随時報告するように命令し、カオルの行動が筒抜けの状態になってからカオルにヤマブキシティ制圧を命じる。
カオルが反対してくるのも予測済みで説き伏せ、逆にこの命令をミュウツーゲットに利用してくるように仕向ける。
そして、ヤマブキシティ制圧後にジムリーダーに会いに行ったカオルの行動をランスが知らせ、ジムリーダーつながりでミュウツーの事をナツメがどれ程知っているか理解していたサカキはカオルがフジ老人の元へ行くであろう事とポケモンタワーに籠城する事を予測し、予定を変更し、丁度ロケット団本部を襲撃していたレッドにシルフスコープを渡し、フジ老人を助け出させ、カオルの邪魔をするように仕向けたのだ。
本来カオルを邪魔させる予定だったワタルを保険としてひっつけさせて。
サカキのたくらみは見事成功し、カオルはミュウツーをゲットしそこなった。
だからこそ、カオルは許せないのだ。
「ボス、私は貴方を尊敬してますし、守りたいとも思います。ですが、今回の事は到底貴方を許す事は出来ません。……何故、こんな事をしたんです?」
カオルは珍しくも本心を語り、サカキに問いかける。
その答え次第では腰にあるモンスターボールに手を伸ばす事もするだろう。
サカキもそれを感じ取ったのか、神妙な顔で口を開く。
「お前はあのポケモンを扱う事が出来ると思っているのか」
「当然です。少々じゃじゃ馬ですが、私なら扱いきれます」
質問に質問で返されたが、カオルは気にした様子も無くサカキの問いに断言した。
サカキはそのカオルの様子にわかっていないな、と言いたげに首を振る。
サカキの様子にカオルは眉を寄せながらも黙って次の返答を待つ。
カオルにとって残酷な言葉だと理解しながらも、サカキはカオルを納得させる為に言葉を放った。
「確かにお前は強い、ミュウツーを扱いきれる程に。だが、私にはそれが脆く見える」
カオルはそのサカキの言葉に思考が真っ白になり、硬直した。
サカキは言い終わると、話は終わったと言わんばかりに席を立ち、小部屋から出て行った。
カオルはサカキが去った後、ダンッ、と血が滲む程強く握りしめた拳を力強く机に振り落とした。
「……そんなの、私が一番よく知ってますよ」
カオルのぽつり、と呟いた声は小さな部屋によく響いた。