~~~前回までのあらすじ~~~
ライブ会場での戦闘を終えた一行。そんな中で
響は、次第に明日夢を意識し始めていた。
一方、全世界に鬼の存在を知らしめてしまった
奏。戦いから2日後。二課の元に猛士関東支部の
勢地郎がやってきて、様々な事を話した。
自分が関東支部の支部長を後任に任せたことや、
鬼の存在を全世界に公表する事。
そして、数日後には奏が記者会見を開き、鬼の
全てを包み隠さず全世界に伝えるのだった。
奏による鬼の存在公表から早数日。その日は
たまたま休日な事もあって、響達は市街地に
ある商店街の一角に足を運んでいた。
ちなみに、翼も奏も変装を忘れては居ない。特
に奏は、だ。
そして、彼等がやってきたのは……。
勢地郎「やぁみんな。いらっしゃい」
猛士の関東支部長を引退した立花勢地郎が
亡くなった知人から受け継いだと言う、
小さな和菓子工場だった。
和菓子工場の正面は、販売のための窓口と
なっており、響達は裏口から中へと入って
いった。
明日夢「お邪魔します。勢地郎さん」
勢地郎「うん。まぁこんな所で立ち話も
なんだから。こっちへ」
そう言って、明日夢達は勢地郎の案内で
2階へ上がる。
未来「二階へ上がるんですね?」
勢地郎「うん。1階は販売店と工場のスペース
でね。キッチンや部屋は2階にあるんだ」
そう言って歩く勢地郎に案内された明日夢達は、
居間に通された。
「ちょっと待っててね。今お茶を淹れるから」
翼「ありがとうございます」
お茶を淹れるため、一旦離れる勢地郎。明日夢に
連れられてやってきた響や翼は、そんな彼を
見送る。
響「何だか、優しそうな人ですね」
奏「そうだろ?……私も、おやっさんには
世話んなったからな~」
翼「ねぇ奏。そのおやっさん、と言うのは?」
奏「ん?あぁ。勢地郎さんのあだ名っつうか
呼び名っつうか。私や先輩たちの何人かが
おやっさんって呼んでるんだよ。なんて
言うか、ぴったり当てはまる気がしてさ」
翼「成程。確かに、父性に溢れた、優しそうな
男性だな」
奏「あぁ。実際、猛士という組織は鬼を支える
組織だ。でも、それはアイテムとかを作る
だけじゃなくて、こう、温かく迎えてくれる
帰るべき場所みたいな所なんだ。だから
かなぁ。私もキッツい修行が何回もあった
けど、あそこに帰ると不思議と心が
落ち着くんだ」
明日夢「その気持ち、僕も分かるなぁ」
奏の言葉に、明日夢が笑みを浮かべながら頷く。
「学生の頃、色々悩んで、勢地郎さんや
周りの人に、話を聞いたことがあるんだ。
そう言えば、一時期たちばなでバイト
してたな~」
過去を懐かしむように、天井を見上げながら
呟く明日夢。
と、そこへ。
勢地郎「アハハ。明日夢君も、過去を懐かしむ
くらいには歳を取ったって事だね」
お盆に人数分のお茶と菓子を持った勢地郎が
戻ってきた。
明日夢「あ。そうだ。これ、弦十郎さんから。
開店祝いと、奏ちゃんがお世話になった
お礼で、渡してきて欲しいと言われて」
そう言って、明日夢は紙袋の中から丁寧に包装
された菓子を取り出して差し出した。
勢地郎「これはご丁寧に。それじゃあ、私の
方からも明日夢君がお世話になっている
お礼をしないとね」
明日夢「え!?い、いいですよそんなの!?」
その後、お返しを持たせようとする勢地郎と
丁重にお断りしようとする明日夢の攻防戦が
しばし続き……。
響「ぷっ!ふふっ」
クリス「何やってんだか。くくっ」
そんな2人のやり取りを見ていた響達が笑みを
漏らしていた。
そして結局、明日夢の方が折れて、お返しの
和菓子を貰う事になった。
その後、皆してお茶を飲んでいた。
勢地郎「そう言えば、響ちゃん達って奏ちゃん
と同じ学校なんだよね?リディアン
音楽院、だったかな?」
響「はい。私と未来が1回生。クリスちゃん
が2回生。翼さんと奏さんが3回生です」
勢地郎「そうか~。そうなると、翼ちゃんと奏
ちゃんはもうすぐ卒業だね~。
将来の夢はどうするの?」
翼「しょ、将来の夢、ですか?」
奏「そ~いや、あんまり考えた事無かったな~」
言われてみれば、と言わんばかりに考える2人。
そこへ。
勢地郎「まぁ、あんまり深く考えても仕方ないよ」
そう、静かに語り始める勢地郎。
「人生なんて、山あり谷あり。良い事も
あれば悪い事もある。未来がどうなって
いるのかなんて、誰にも分からない。
私も、この歳になるまで色んな事を
経験した。ある時、ふと気がつけば、
猛士の一支部を任される立場にあった。
過去を思い返してみても、そんな立場
になるなんて夢にも思っていなかった。
人生なんて、そんな物だよ。出会い、
別れ。偶然から始まる思いも
しなかった未来。……2人はまだ若い
んだし。悩みながらでも良いんだよ。
こういうのは」
そう言って、お茶を飲む勢地郎。
響「おぉ、何か凄い深い言葉だね未来」
未来「う、うん。何だかすごい説得力が
あるね」
クリス「……人生は、山あり谷あり、か」
奏「そうだな。つか、私らってまだ大人にも
なってねぇんだよな、年齢的に」
翼「明日夢先生や司令。勢地郎さん達から
見れば、私達もまだまだ子供か」
勢地郎の言葉には、年長者として様々な事を
経験した者だからこその、『説得力』と『重さ』
が秘められていた。
だからこそ、それを聞く立場にある響達の心に
響くのだ。
奏「そうだよな。私だって、自分が鬼の1人
になる。いや、もっと遡れば二課の装者
として戦うって事自体、ガキの頃には
夢にも思ってなかったからな~」
翼「……未来とは、必ずしも思い描いた通り
になるとは限らない、か」
クリス「そして、未来は誰にも分からない。
私も……」
奏と翼、そしてクリスは、静かに彼の言葉
の意味をかみしめていた。
響『思い通りには、ならない、か』
そして響もまた、脳裏の『あの頃』の事を
フラッシュバックさせながら内心そう考えて
いた。
『それでも……』
しかし、響は周囲を見回す。彼女の傍には、
未来を始め、翼、奏、クリス。そして、明日夢
の姿がある。
『私は、こうして翼さんやクリスちゃん。
師匠や了子さん達。そして、明日夢先生と
出会えた。その事に、後悔なんてない。
皆と、出会えたんだから』
彼女達を見回していた響の視線が、不意に明日夢
で止まる。
『……あれ?私、何で明日夢先生を見つめてる
んだろう?』
と、響は無意識の内に明日夢から目が離せなく
なった。
『今日の明日夢先生の私服、何か新鮮だな~。
いつも白衣を着てるし』
自然と、明日夢の事を見ていた響。
明日夢「ん?どうかしたの?響ちゃん?」
響「ッ!え?あ、あぁいや!その!な、
何でも無いですよ~!あはははっ!
何だか明日夢先生の私服が新鮮だな~
って思ってただけですよ~!」
彼が響の視線に気づいて声を掛けた。逆に
気づかれた響は、咄嗟にそう言って手を
パタパタと振っている。
明日夢「そ、そうなんだ?」
一方の明日夢はその言葉を聞いて少しだけ
首をかしげた。
一方……。
奏『ほほぉ?これはもしや』
二人のやり取りを見ていた奏は、何やら
ニヤニヤと笑みを浮かべる。
『こいつは面白くなりそうだなぁ』
そう考えながら悪い笑みを密かに浮かべる奏。
しかし……。
翼『奏。あの顔は何か悪い事を考えて居る時
の顔だったような』
すぐ隣に座っていた相棒には、色々とお見通し
だったのだった。
明日夢「それで、勢地郎さんは今日からここに
住み込みで生活しながらお店を
切り盛りするんですか?」
勢地郎「うん。私も、もう若くは無いからね。
細々とやっていくつもりさ」
クリス「それ、大丈夫なのかよ?従業員とかは
雇わねぇの?おやっさん一人
なんだろ?」
勢地郎「まぁ、何とかなると思うよ。ダメ
だったらまたその時考えるさ」
そう言って笑みを浮かべる勢地郎だった。
翼「それにしても……」
やがて、話題は『ある事』へと移った。
「遙か過去の時代、鬼がノイズと戦って
いたと言う事実。まさかとは思って
いましたが、本当だったとは」
と言う翼の言葉に、明日夢や響達が
頷く。
事の始まりは数日前。勢地郎が基地である
潜水艦にやってきた日の事だ。
今後の方針が決まった彼等に、勢地郎が
渡したUSBを見たのだが……。
弦十郎「ッ!?これは……!」
モニターに映し出されたのは、劣化した古文書、
巻物に描かれた絵の写真だった。巻物は相当
古いのか、虫食いの後も酷い。それでも、
その『絵』が何を描いた物なのかは分かった。
クリス「あれは!?ノイズ!?」
写真に写った巻物のあちこちには、装者である
響達や明日夢たちが見慣れたノイズの姿が
あった。丸い体に手足が生えたカエルの
ようなノイズ。手がプレス機みたいな人型。
鳥のような物まである。
奏「いや!ちょっと待てよ!ノイズの絵の
反対側!」
その時、奏はノイズの描かれた部分の反対側を
指さす。
響「あれって……。鬼、ですか?」
彼女は立ち上がり、モニターの方を向く。
そこには、音撃棒らしき武器を構えた鬼がノイズ
の前に立ち塞がり、よく見ると鬼の後ろには
人の姿がある。
明日夢「勢地郎さん。これって……」
同じようにモニターに映った絵を見ていた
明日夢は勢地郎の方を向き彼に問いかけた。
勢地郎「実は、今回の一件をきっかけに、吉野
にある過去の記録、言わば、データ
ベースの中身を調べ直す事になった
んだ。そして、そこで発見されたのが、
あの巻物なんだよ」
了子「って事は、弦十郎君の言ってた、鬼が
昔からノイズと戦っていたって仮説、
当ってたみたいね」
写真とは別のモニターに映る了子が、ため息
混じりに呟く。
奏「おっさんの考え、あながち外れてなかった
って事だな」
弦十郎「勢地郎さん。この書物が書かれた正確
な年代は分かりますか?」
と言う弦十郎の問いかけに、勢地郎は静かに
首を横に振った。
勢地郎「残念ながら、正確な年代までは。ただ
言える事は、これは戦国時代より前に
描かれたと言う事くらいで」
弦十郎「戦国時代は、主に15世紀、1400年代
から始まったとされている。それよりも
古いとなると、600、いや700年以上
前の物という可能性も」
翼「そう考えれば鬼とは、ノイズと戦う使命を
持った防人である私達の先輩、と言う事に
なるのだな」
朔也「そう言う意味では、日本は古くからノイズと
戦える人材を抱えていた事になりますね」
弦十郎「そうだな。……たらればの話だが、
可能ならばもっと早く鬼と出会って
いたかったものだ。そうすれば、
守れた命もあるだろうに」
弦十郎の言葉に、響や奏、翼たちは一瞬
表情を曇らせる。
あおい「それにしても、どうして現在の支部長
でもある立花勢地郎さんが、ノイズ
と鬼の事を知らなかったんですか?
情報があるのなら、後世に伝えていて
も可笑しくなかったはずですが?」
勢地郎「それについてなんですが、どうやら
かつての鬼たちはノイズを不気味に
思って居たようです。僅かに残って
いた情報をまとめると、彼等は
ノイズを、魔化魍とも異質な何か、
と感じていたようです」
了子「ノイズは一定時間が経過すると勝手に
自壊するし、魔化魍は見た目完全に
妖怪だものね。同じ攻撃は効いても、
だからといって魔化魍だとは思え
なかったわけね」
勢地郎「はい。加えて、ノイズと魔化魍の
出現確率は、圧倒的に魔化魍の方が
高かったようで。当時の彼等も滅多に
ノイズと接触した事が無かった等が
理由だと思われますが、記録が殆ど無い
ようでした。吉野をひっくり返す勢い
で探しても、実際見つかったのは
これだけですし」
翼「少ない情報が、更に時の流れの中で埋もれて
しまった、と言う訳ですか」
そんな翼の言葉に、皆が黙り込む。
そんなとき。
未来「あの~」
一人挙手し、皆の注目を集める未来。
「今更ながらに思うんですけど、鬼って
結局シンフォギアと関係あるんですか?」
弦十郎「それもそうだな。了子君。君の意見を
聞かせてくれないか?」
了子「う~ん。改めて明日夢君の音叉とかを
色々解析してみた結果としては、YES
でありNO、かしらね」
クリス「どう言う意味なんだ?」
了子「調べてみたけれど、一部には確かに
シンフォギアシステムと似た作りが
あったわ。シンフォギアは、装者の歌
をトリガーとして起動する。一方の
鬼の装備も、打ち付ける、吹く、つま弾く
と言った行為で音を発し、変身する。
音と歌という違いこそあれど、両者の
トリガーは似通っているわ。ただ、それ
以外は殆どオリジナルね。言っちゃなん
だけど、性能は現段階でギアの方が
上を行ってるわ」
響「えっと、つまり?」
了子「両者には接点と呼べる物もあるにはある。
けれど、それ以外は殆ど別物って事ね。
まぁ、強いて言うのなら、鬼と言う力は
この日本で独自に開発された劣化版
シンフォギア、と言うべきかしらね?
だからこそYESでありNO。接点こそ
あれど、これをシンフォギアシステムと
同じ、とは言えないわ」
明日夢「……じゃあ、もしかして昔、奏ちゃんが
僕の教えた方法でシンフォギアと適合
したのって……」
了子「ギアの装着と鬼の変身。どこかで通ずる物
があったのかもしれないわね。
まぁ、両者を比較した場合、シンフォギアは
希少性が高い分、ルナアタックで響ちゃん達
が凄まじい力を発揮したように、力は未知数。
一方の鬼は能力などではギアに及ばない
物の、装着者を殆ど選ばない汎用性という
点では、ギアを大きく上回っているわ」
弦十郎「ふむ。さしずめ能力に秀でたシンフォギア
と汎用性の音撃戦士、と言った所か」
了子「シンフォギアシステムの生みの親として
は複雑な所ね。それほど昔に、鬼という
存在を生み出した人間達は賞賛に値
するわ。戦国時代の私と言えば、極東
の島国なんて特に行く必要も無いって
思ってたくらいだし。あ~、これなら
少しでも足を運んでおけば良かったわ~」
と、モニターの中でため息をつく了子。
そして……。
響『じゃあ、明日夢先生も、私達と同じ……。
あれ?今、何で私、先生の事考えたん
だろう』
そして、そんな中で響は、自分が明日夢を
意識し始めているのに、まだ気づかない
のだった。
時間は戻って現在。
あの後、しばらくは他愛も無い世間話で盛り上がった
彼等は、夕暮れ頃になると、帰ることにした。
ちなみに、響達の手には、お土産で貰った
和菓子を入れた袋を下げていた。
勢地郎「それじゃあ皆。何か困った事とか、相談
事があればいつでも来て良いよ。伊達に
年は食ってないからね」
明日夢「はい。それじゃあ、失礼します」
響・未来「「ごちそうさまでした」」
奏「また来るよおやっさん」
翼「それではこれで」
クリス「じゃあな」
三者三様の挨拶をして、彼等はお店を後にした。
一方、翌日。
調「切ちゃん。こっち」
切歌「調~、待って下さいよ~」
セレナ「二人とも~。あんまり先に行かないで
下さいよ~」
その日、マリアの仲間である調、切歌、セレナ
の3人が町を歩いていた。
目的は、食料の買い出しだ。
彼等とて人間。食べるものを食べなければ
生きていけないのだ。
とはいえ……。
調「早く。早くしないと、セールが終わっちゃう」
セレナ「もう調。セールは逃げませんよ」
切歌「そうデスよ調」
早くと急かす調と、落ち着いた様子のセレナ。
更に彼女に同意する切歌。
そう、彼等にはお金が無いのだ。なので、
切り詰める所は切り詰めないと行けない。
だから食費も色々切り詰めなければならない
のが現状だった。
調「ダメ。少しでも安くて良い物を
仕入れないと」
と、謎の意気込み具合の調。
「それに、日本にはこんな教訓がある。
『善は急げ』という教訓が」
切歌「善は、急げ?どう言う意味デスか?」
セレナ「確か、良いと思った事は迷わずに
やろう、とかそんな感じだった
ような……」
調「その通り。だから急ぐ」
切歌「あぁ!待って下さいよ~!調~!」
スタスタと先を歩いて行く調とそれを追う
切歌にセレナ。
だが、彼女達の普段の食事は質素で、しかも
色々と忙しく、加えてあまり良い環境で休む事
も出来ない状況だ。故に……。
『グラッ!』
調「ッ!?」
不意に、調は目眩を覚えた。倒れそうになる調。
切歌「ッ!?調!」
それに気づいた切歌が駆け寄ろうとするが、
抱き留めるには間に合いそうにない。
と、その時。
勢地郎「危ないっ!」
偶々近くを歩いていた買い物帰りの勢地郎が
成人男性もかくやと言わんばかりの動きで
調を抱き留めた。
「君!君!大丈夫かい!?」
勢地郎は調の頬を軽く叩くが、調は呻くだけだ。
切歌「調っ!調っ!」
セレナ「調!?大丈夫ですか?!」
慌てた様子で、切歌とエレナが駆け寄る。
勢地郎「このままじゃ不味いかな。念のため
救急車を……」
そう言って、勢地郎が携帯を取りだそうと
した時、セレナはハッとなった。彼女達は
お尋ね者の身。公的な医療機関になど
近づきたくは無い。
セレナ「あっ!ま、待って下さい!」
そして、彼女は気づいた時には勢地郎を
制止していた。
勢地郎「え?」
セレナの言葉に驚く勢地郎。そしてセレナも、
言ってから、内心やってしまったと思った。
この状況で救急車の事を拒むなど、不審に
思われても仕方ない。
セレナ「あ、えっと、その……。私達、貧乏で、
病院なんて、とても……」
咄嗟に、苦し紛れの言い訳を放つセレナ。
彼女自身、これが言い訳として苦しい事は
分かっていたが、彼女が咄嗟に思いついた
言い訳はこれだけだった。
一方の勢地郎は、そんなセレナを見て、
彼女達が『訳あり』である事を見抜いた。
勢地郎「そっか。分かった。じゃあ私の家に
運ぼう」
セレナ「え?」
彼の言葉に驚くセレナ。切歌も、戸惑った表情を
浮かべながら彼を見上げている。
勢地郎「この子をこのままにはしておけないよ。
多分貧血か何かだと思うけど、どこかで
休ませてあげないと。君たちの家は
ここから近い?」
セレナ「い、いえ。かなり遠いです」
戸惑いながらも、勢地郎の対応に驚いていた
セレナはそんなことを言ってしまう。
勢地郎「そうか。なら尚更、どこかで休ませない
と。すぐ近くに私の家があるんだ。
そこで彼女を休ませよう」
切歌「良いん、デスか?」
勢地郎「もちろん。こういう時はお互い様だよ。
さぁこっちだ。付いて来て」
彼は気を失っている調を背中に背負うと、
歩き出し、セレナと切歌は、若干戸惑い
ながらも彼の後を追った。
その後、勢地郎の店兼家、『和菓子屋ほむら』に
たどり着いた4人。勢地郎は、2階の居間に
布団を敷くとそこに調を横たえ布団を掛けた。
静かに眠る調と、その周りに置かれた座布団の
上に座っているセレナと切歌。
二人は黙ったまま調を見守っていた。そこへ……。
「お友達は、まだ目を覚まさないかい?」
下から麦茶を注いだコップと大きめの麦茶が
入った水筒をお盆に載せて上がってきた。
彼はそのまま切歌とセレナの傍に麦茶の
入ったコップを置く。
セレナ「あ、えっと、その、どうかお構いなく」
勢地郎「そう?まぁでも、喉が渇いたら好きに
飲んでくれて良いよ。っと、お茶だけじゃ
少し寂しいかな」
と言うと、彼は下に降りていって今度はお饅頭を
持ってきた。
セレナ「あ、いや、そのホントにお構いなく。
こうして布団などもお借りしてしまった
のに」
彼の善意の行動に内心驚いているセレナ。
勢地郎「気にしなくて良いよ」
と言うと、勢地郎は下に居るから、とだけ言って
部屋を出て行った。
残されたセレナ、調、切歌。
切歌「こ、これって、日本のお菓子デスよね?
た、食べて良いんでしょうか?」
と、戸惑いながらも若干食い気味にお饅頭を
見つめている切歌。
先ほどの通り、彼等にはお金が無い。食費も色々
制限しなければならない以上、彼女達にとって
菓子など無縁。殆ど手の届かない存在だ。
それが目の前にあると知って、切歌は若干
暴走気味だ。
彼女達とて、女の子。甘い誘惑に弱い。しかも
殆どそれが禁止されている現状では、これまで
抑圧されてきた欲求が暴発寸前だった。
セレナ「は、はしたないですよ切歌」
そう言って窘めるセレナ。しかし彼女も目の前に
あるお菓子、お饅頭に、ごくりと唾を飲む。
「で、でも、出された物を残すのは、
もったいないですね」
と、若干言い訳じみた事を言いつつお饅頭に
手を伸ばすセレナ。
切歌「じゃあ私も食べるデ~ス!」
更に切歌も手を伸ばし、お饅頭の一つを取る。
そして、二人はお饅頭を一口食べた。すると……。
セ・切「「あ、甘~~~い!!」」
二人とも、ふにゃぁと蕩けた表情を浮かべた。
セレナ「あぁ、洋菓子の甘さとも違う、優しい甘み。
これが日本の和菓子なのですね」
切歌「久しぶりの甘い物デ~ス!」
そう言って、2個目のお饅頭に手を伸ばす切歌。
セレナ「あぁ!切歌ばかりズルいですよ!」
そして更にセレナも、2個目のお饅頭に手を
伸ばす。何だかんだで、彼女も甘い物への
欲求が溜まっていたようだ。
そしてしばらくすると、二人とも久しぶりの甘味
に喜び、8個はあったお饅頭を瞬く間に
平らげてしまった。
そして、数十分後。
調「ん、んっ。……ここ、は?」
切歌「あっ!調!目が覚めたんデスね!」
気を失っていた調が目を覚まし、それに気づいた
切歌が彼女の枕元で膝を突く。
調「切、ちゃん?セレナも。……あれ?私は」
セレナ「貧血で倒れたんですよ?覚えていません
か?」
セレナは切歌の後ろに立ち、心配そうに調を
見つめている。
調「そっか。私は……」
納得したように呟く調だが、彼女はすぐに
ここが見慣れた場所では無い事に気づいて
周囲を見回した。
「ここは?」
切歌「調が倒れた時に助けてくれたおじさん
の家デス」
調「おじ、さん?」
と、首をかしげる調。すると……。
勢地郎「おや?お友達は目が覚めたみたい
だね」
下から勢地郎が上がってきた。彼は調の
傍に腰を下ろすと、持ってきていたお盆に
乗せてあったスポーツドリンクを調の傍に
置いた。
それに対し、セレナはその場で勢地郎の方を
向き正座の姿勢を作る。
セレナ「すみません。何から何まで、お世話に
なってしまって……」
勢地郎「良いんだよ。こう言うのは私がやりたい
からやった事だし。貧血で倒れたんだ。
もう少し休んで行きなさい。家は
遠いって言ってたしね」
セレナ「……ありがとうございます」
静かに勢地郎に頭を下げるセレナ。
その時。
切歌「あぁ!もうこんな時間デェス!」
壁掛け時計に目をやった切歌が驚いたように
叫ぶ。見ると、時計の針は既に午後4時半を
指し示している。
「スーパーのセール、終わってる時間
デスゥ」
がっくりと項垂れる切歌。
調「……ごめん、切ちゃん。セレナ。私の
せいで……」
そして調は、自分のせいで、と言わんばかりに
俯いてしまう。
切歌「あぁ!調がそんなに落ち込む必要
無いデスよぉ!」
セレナ「……時間が時間ですし、もう戻らないと」
調「で、でも。食材を買って帰らないと……」
と、3人は困った様子だった。
それを見ていた勢地郎が……。
勢地郎「……少し、待ってて貰っても良いかな?」
セレナ「え?」
勢地郎「そっちの子も今起きたばかりだし、もう
少し休んで行きなさい。その間に、少し
やることがあるから」
とだけ言うと、勢地郎は居間を後にして、近くの
キッチンに向かった。しばらくすれば、包丁の
トントンと言う音と何かを沸かす音が聞こえて
来た。
ちなみにその頃、調は切歌に勧められるままに
お饅頭を食べて、彼女も久しぶりの甘味に笑みを
浮かべていたのだった。
そして大凡30分後。
「さぁ出来た。これを持って行きなさい」
居間に戻ってきた勢地郎は、大きめのビニール袋
を手にしていた。差し出された袋の中をのぞき込む
3人。中に入っていたのは、タッパに入れられた
ご飯やお味噌汁、筑前煮やほうれん草のお浸し、
ブリの照り焼きなどが入っていた。
切歌「これって……」
勢地郎「持って行きなさい。もう帰らなければ
ならないんだろう?」
セレナ「そ、そんな!助けて貰った挙げ句に、
こんな物まで貰うなんて!」
勢地郎「良いんだよ。この家は私の一人暮らし。
それに、この歳になると色々小食でね」
そう言って、コロコロと笑みを浮かべる勢地郎。
「みんな育ち盛りのようだし、また貧血を
起こすといけない。しっかり食べて、
栄養を付けないとね」
切歌「おじさん。どうして……」
3人とも、呆然とした様子で勢地郎を見つめている。
勢地郎「なに。これは老人のちょっとした
人助けさ。それに、折角作ったんだ。
人に食べて貰った方が、料理をした
甲斐があるという物だよ」
セレナ「……本当に、貰っていっても良い
んですか?」
勢地郎「もちろん。そのために作ったんだからね。
……お家に持って帰って、家族の方と
一緒に食べなさい。特に、育ち盛りの
子供はいっぱいね」
そう言って、好々爺とした優しい笑みを浮かべる
勢地郎。
そんな彼に、セレナはその場で頭を下げた。
セレナ「このご恩、必ずお返しします」
彼女の言葉に、切歌と調も慌てて頭を下げる。
勢地郎「ご恩だなんて。そんな大した物じゃ
無いよ。大人として、困っている
子供達を見過ごせなかっただけさ。
だから、別に恩返しとかを考える
必要はないよ」
そう、彼は優しく彼女達に語りかけた。
その後、夕暮れの裏口から店の外にでる3人と
見送りに来た勢地郎。
セレナ「何から何まで、本当にお世話になりました。
最後に、お名前を伺ってもよろしい
でしょうか?」
勢地郎「え?あぁ、そう言えば名前を言って
無かったね。私は立花勢地郎と
言うんだ。よろしく」
セレナ「私は、セレナ。……セレナ・スミス
と言います」
咄嗟に、本名を隠すセレナ。
調「月読、調です」
切歌「私は暁切歌デェス!」
少し恥ずかしいのか、俯き気味の調と
反対に快活な切歌。
勢地郎「セレナちゃんに、調ちゃんと切歌ちゃん
だね。まぁこうして出会ったのも何かの
縁なんだろう。もし、何か困った事や
私に相談できる事があったら、いつ
でもここを訪ねなさい。こんな
おじいちゃんでも、少しは役に立てる
かもしれないからね」
セレナ「本当にありがとうございます。何から
何まで、お世話になって」
勢地郎「良いんだよ。それじゃあ、帰り道は
気をつけて帰るんだよ?」
セレナ「はい。ありがとうございました」
調・切歌「「ありがとうございました(!)」」
頭を下げるセレナと彼女に続く二人。
そして、3人は歩き出し、切歌は勢地郎が
見えなくなるまで手を振っているのだった。
3人は、潜伏場所に向かって歩いていた。
切歌「いい人、だったデス」
セレナ「はい。……とても、温かい人でした」
調「……だからこそ、私達があの人を守る」
そう言って、調は天を見上げる。そこに
ある、月を。
「あの人の未来は、私達が……!」
調は、決意を込めた瞳で空の月を見つめる。
セレナと切歌も、同じ思いなのだろう。
調と同じように夜空に浮かぶ月を見上げて
いるのだった。
果たして、この出会いが導く未来とは
一体?それは、誰にも分からない。
第4話 END
って事で、勢地郎とセレナ達が邂逅しました。
勢地郎と調・切歌の関係は特に今後続いていく
予定です。
感想や評価、お待ちしています。