「もーみじっ」
名前を呼ばれて振り返ると、パシャリと閃光が瞬いた。慌てて顔を手で覆うがもう遅い。ぼうっとしていた私の間抜け面は、見事にカメラに収められてしまったことだろう。
「いやあ、いい表情が取れました」
「撮るなら撮ると言ってくださいよ」
「嫌ですよ、作られた笑顔なんて撮ってもしょうがないですし」
自分がやっていることが盗撮紛いであることを悪びれもせず、カメラの持ち主はくつくつと笑う。上司だと頭では理解していても、つい友人のような態度で接して許してしまえるのは彼女の人徳か。身分もあって、私には元々怒ることなど出来ないのだが。
「それにしても、普段なら声を掛ける前に気付く貴女が、こうも簡単に撮られるなんて珍しいですね」
何か面白いものでもありましたか、なんて野次馬根性で聞いてくるのは、ゴシップ記事のネタか何かと勘違いしているからなのだろうか。節操無しに首を突っ込むのは美点か欠点か。年上らしくない、余りにも無邪気な様子に私は溜め息を吐く。
「面白いものではありませんよ」
そうして、私はさっきまで見ていた方向を指さす。私は千里眼を使っていたわけだが、彼女なら肉眼でも理解することが出来るだろう。ぐいっ、と体を丸めて遠眼鏡を覗くように手を丸の形にしていた彼女は、ああ成程、と相槌を打つ。
「もう桜の咲く季節でしたか」
博麗神社の大桜。幻想郷の花見スポットとしても有名なその木は、私が最も好きな桜だ。全てが曖昧なこの世界で、唯一確かに存在しているような、不思議な力強さに昔からずっと惹かれていた。しかし、私は妖怪の山から離れることは出来ない。能力を使っても、間近に眺めることが精一杯だ。
ちなみに、この事を誰かに話したことはほとんど無い。だって、椛なのに桜の花が好きなんて、可笑しくって仕方が無いから。笑い者にされてから、私は誰にも言わなくなった。
「全く、こうして見ると本当に良い桜ですねえ」
「本当に、あの下で飲むお酒はどれ程美味しいのでしょうか」
これは嫌味だ。いや、八つ当たりという方が正しい。博麗神社の宴会に、彼女はもう何度も参加していて、酒の味など知り尽くしてしまっているだろうから、私がそれを僻んでいるだけだ。彼女はそんな事言われても気にしないと、分かっているからこその卑怯な憂さ晴らし。どうせ柳に風と軽く流されてしまうのだろう。
「じゃあ、今夜お邪魔しますか」
だから、その言葉は予想外で。私は答えることが出来なかった。
「私が引っ張った体にすれば貴女が怒られることもないでしょう。霊夢さんには退治されるかもしれませんが、まあ追い返されることは無いでしょうし」
「ちょっと待ってください」
「はい、なんでしょう」
思わず声を挟んでしまったが、何を言えばいいのだろう。有難い申し出なのは事実だし、心揺られている自分も居る。だけれど、そのまま流されているのは駄目な気がした。
彼女は私の言葉を待っている。どんな言葉でも彼女は受け入れてくれる。
「やっぱり、今回は遠慮しておきます」
ずっと焦がれていたものだから、自分の力で叶えたい。私の夢だから、こんな風に呆気なく、何の努力もせずに飲むお酒なんてきっと美味しくはないから。
骨の髄まで私は白狼天狗だな、と自嘲気味に笑う。尤もらしい建前を述べたところで、規律を破るのが怖いだけなのだ。夢を叶えるつもりもないくせに、差し伸べられた手を払い除けるのだから救いようが無い。
「それなら、仕方がありませんね」
こんな時、詳しい所まで聞かないでくれるのは彼女の美徳だ。根掘り葉掘り聞いてくるような相手だったら私はここまで心を許すことは無かっただろう。
「まあ、妖怪の山にも綺麗な桜はありますからね」
「どういうことでしょうか」
妖怪の山に桜なんてあっただろうか。考えるまでもなく、無いと断言出来る。毎日のように山を見渡しているのだ。
彼女もあるなんて思ってはいないはずで、だからこそ不可解だった。無意味な嘘を吐く相手ではない。
「桜紅葉も乙なものだってことですよ」
それだけ言うと、彼女は黒い翼をはためかせて飛び去ってしまう。残された私はしばらく呆然として、哨戒任務を続けることが出来なかった。
もしかして、私のことだったのだろうか。そう思い至ったのは夜になって、お風呂から出た後だった。顔が火照っていたのは、お風呂上りだったせいだろう。
きっと、そうに違いない。
花見行った帰りに思い付いただけの話。
あやもみは良いものだ。