ソードアート・オンラインーEverlasthing oathー 作:ゆぅ駄狼
深い闇──ケイスケの頭上には無数の星と、多くの煌めきの中で一番輝く三日月。
一人孤独にケイスケは街の中で佇んでいた。混乱した脳内を整理し、周りを見渡しながら。
「どうなってるんだ……俺はさっきユウキと別れたばっかで、しかも真っ昼間だったっていうのに……。なんらかのイベントクエスト発生か?」
いや、それはないか。とケイスケは前方向を見据え続ける。
クエスト発生なら目の前にクエスト情報が浮かび上がってくる筈なのだが、その気配は全くない。
それに、周りの時間を強制的に進めるクエストもこの世界には存在しない。
となると、だ。原因はさっき現れた黒い影しか思い当たらないのだが……。
ベータテスト時代には現れなかったイレギュラーな存在。もし、このゲームが命を賭ける以外にも何か変わっているとするのだとしたらさっきの存在は十分に認められる。
しかしそれは──
「ボスが変わってる可能性も有り得る……?」
まさかな、ボス変更だなんてそれだけでもプレイヤー、特にベータテスターにとってはかなり痛手となる大幅変更だ。
作製者の茅場晶彦は腐れ野郎でもゲームを愛するゲーマーであると思う。だからこそ、その線は有り得ない。
ゲーム内容の多少の変更。そんな簡単な一言では納得出来ない部分もある。
体感時間では数十分前のことだが、胸の奥に感じた痛み──ナイフで刺された様な痛みはどうしても納得出来ない。
死への恐怖のあまり、脳が痛みを認識してしまったとかか。そんなの……考えるだけ無駄だろう。
「とりあえず、ユウキのところに戻るか。時間経過してるならアイツが心配して待ってるかもしれねぇ」
時が過ぎた事は仕方がない。戻そうとしても戻せないのだから。
ベータテスターを集めることが出来なかったのは後々に肉体的にも精神的にも響いて来るから苦しいのはある。
が、成るように成るだろう。祈る……というよりは頑張るしかない。
──命を懸けてでも。
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結局あれ以来、何かが変わってる。だとか、何かが変だ。と思う点は無く夜は過ぎた。
俺が帰った時にはユウキはとっくに寝ていて、不安と焦りの中で状況を一変させる一手を模索したけども、遂には見つかることも無く……。
──戦いの日が来てしまった。
必死に戦いながらも願うしかない。この世界で出来た初めての親友が亡くなることが無いように。
ベッドに腰掛けているケイスケは手に持っている鍛冶屋の爺さんが鍛錬してくれた槍を手の平でなぞると、ケイスケは顔を上げ、
「行くぞユウキ。準備はオーケーか?」
「うん、大丈夫。絶対に勝とうね……。アインクラッドに囚われてる皆の為にも、……ディアベルさんも為にも絶対に、絶対に……!」
「もうボス戦ってわけじゃ無いんだからリラックスして行こうぜ。少しは余裕を持たせないと」
『嘘つき』、『天邪鬼』、違う……ただの『強がり』ってだけだ。
本当にリラックスもしてない、余裕どころか焦りを感じてるのは俺だけ。そんなのは分かってる。
けど、身近な俺が焦ってたらユウキが心配するから強がるしかない。コイツの前では強がらないといけないんだ。
難しい顔をしているユウキに対して、ケイスケは無理に余裕な笑みを浮かべて語る。
バレ無いように、心配させないように。
ユウキは辛そうにケイスケの顔を見た後、微笑んで、「うん」、と言って部屋を出て行った。
バタン、と扉が閉まる重い音がケイスケの居る部屋に虚しく響く。
溜息を吐いたケイスケは両手で顔を覆って、悔しそうに、
「ディアベルの事を見抜いたユウキがこんなくっせぇ作り笑顔を見抜けねぇ、筈が無いよな……。俺が一番落ち着いていないと駄目だ。ちょっと、難しい事を考え過ぎてるんだな俺は」
槍についているベルトを掴み、頭から通して背中に装備する。
難しい事じゃない。難しく考えていただけなんだ。
……全員助けて、ボスを撃破──難しい事じゃない。
たかが何十人の命くらい、俺一人で守ってやる。
「俺なら……、出来る……」、と呟いてケイスケは扉を開いて部屋を出た。
宿屋の借り部屋は二階にある。その為、二階から階段で降りていくのだが、
「どうした、ユウキ?」
「……別に」
部屋を出てすぐの廊下でユウキが壁に寄りかかっていた。
きっとケイスケの事を待っていたのだろう。──何故か悲しげな目でケイスケを見ている。
瞳の奥には何か言いたげな光を含んでいる。分かっている、伝えたい事なんて。
重い空気の中、ユウキが微笑み口を開いた。
「ケイスケだけは絶対に死なせない。死ぬことをボクが絶対に許さない。だからお願い……、無理しないで」
可愛い顔で不細工な笑顔を作るユウキ。
笑うなら笑うでもっとマシに微笑んでほしい。
そんな笑顔じゃ俺は笑えない。
ユウキの瞳の目尻には涙が浮き出ている。
一滴溢れ出すと、止まることを──止めることを忘れてボロボロと溢れ出して流れ続ける。
瞳から溢れたそれは頬を伝い、ぽつり、ぽつりと木製の床に落ちて行く。
それでもユウキはケイスケの手を掴み、
「お願い……、約束して。約束……、絶対に死なないでぇ……、ケイスケが死んじゃったら……ボクはどうしたら良いのか分からなくなるよ……」
ひくっとしながら、泣きながらケイスケの手を掴んで頼み続ける。
ケイスケはユウキの頭をもう片方の手で撫でた。
「俺は生きて帰りたい。けど、無理はする。皆を助ける為に、ディアベルを助ける為に。お前を無事に元の世界に返す為に俺は人生で初めて命を懸けて戦う。だから、絶対に死なないって約束をする事は出来ない」
そう言うとユウキは更に泣き出したが、微かに声を震わせながら「嫌だ」と言った。
その言葉を聞いたケイスケはユウキに向かって、「嫌だ」と言い返した。
「俺はボスの攻略法をディアベルほどとは言わないけど知ってる。それと、俺はベータテスター最強のプレイヤーだ。俺は貢献するべき人間なんだよ。ビビってちゃダメなんだ」
──やるかやらないかではない。やらなければいけない。
俺が言った言葉。ディアベルが信じている言葉。
俺達はやらないといけない。俺達ベータテスターはこのゲームをクリアする義務がある。
俺達はこのソードアート・オンラインを作るのに加担したプレイヤーなんだ。
心の奥底にその想いを閉じ込め、泣きじゃくっているユウキをケイスケはそっと抱き寄せる。
未だ泣き止むことはなく、ユウキはケイスケの腕の中。
「ほら、泣き止めよ。もう集合の時間になっちゃうだろ?」
──優しさは人を殺す凶悪な力。優しさに戸惑い、命を落とす。
確かにディアベルの言う通りだ。無茶するなと言われて、俺の心は──
泣いているユウキを腕から解放し、手をギュッと掴んで廊下を歩き出す。
ケイスケの瞳には決心の色が付いた。揺るぎなき想いがその瞳には宿っていた。
俺は戸惑わない。
言葉には出来ない約束。
心の中で誓う。
俺には現実世界で帰りを待っていてくれてる叔父さんや友達がいる。
こっちの世界には一人の親友と、俺に好意を向けてくれてる女の子がいる。
俺は絶対に……生きて帰る。
階段を降りて宿屋を出ると、噴水広場。とっくに人集りができ、気合十分、血気盛んなプレイヤー達が戦いへ行く為の最終確認をしていた。
ケイスケはパーティメンバーを探す為に周りを見渡していると、
「おはよう、ケイスケ。体は十分に休まったかな」
「ディアベル……。ああ、おはよう。今日は勝てる気しかしない」
それは良かった、とディアベルは微笑む。前会った時と変わらずに。
ディアベルが涙目のユウキに視線を移すと、若干顔を伏せ、
「君達二人には本当に心配と迷惑をかける。すまない。でも俺は──」
「──やらなくてはいけない。分かってんだよ、そんなことは。俺達ベータテスターは絶対に背を向けて歩いたらいけない存在なんだ」
ケイスケがそう言うと、ディアベルは再び、「すまない」、と言って二人から目をそらす。
その態度を見たケイスケは言葉を紡いで、
「だから俺も一緒に戦う。ラストアタックボーナス狙いでお前と同じ最前線で戦ってやる」
「……っ! それだとケイスケが危なくなる!」
「危ないのはお互い様、それにお前は言っただろ命を懸けてる時点で俺達に『安全』はないってな。なら上等だ。ラストアタックボーナスは俺がかっさらって、ついでにお前らを俺が全力で守り抜いてみせる」
「そんなの無理だ! 何人いると思っているんだ、中にはベータテスターじゃないプレイヤーもいる……、少なく見積もっても数人は死ぬかもしれないんだぞ!?」
「うるせぇ! だから俺が全員守ってみせるって言ってんだ! 俺が絶対に死なせない。お前を含めて絶対にだ!」
ケイスケの想いに圧倒されたのか、ディアベルはギッと歯軋りをした。
その場を動かずに、ケイスケはディアベルを見据え続ける。するとディアベルは不服そうな顔をしながら、
「……勝手にすればいい」
そして、ケイスケ達に背を向けてディアベルはプレイヤー達の人混みの中へと潜り込んで行った。
すると、その光景を横目にしながら、キリトが人混みの中から出てきた。
ディアベルの後ろ姿がある程度遠くになるまでキリトは黙って眺め、数秒すると完全に目を離す。
「あの人、なんか思い詰めてる感じがするな」
「キリト……、多分、気のせいだよ。もし、ボス戦の時もそんな風だったら俺達でカバーしてやりゃいいんだよ」
「そうだな、それよりちゃんと聞いたか? 俺達含めたC隊はボスの取り巻きの相手だそうだ。スイッチのやり方はやっぱり知ってる……よな?」
「大丈夫だよ、俺はベータテスターだからお前よりかこのゲームに詳しいんだ。頼ってくれてもいいんだぜ?」
「……頼りにしてるよ。あっちにいるアスナって人はスイッチのことを知らなかったからな、もしかしてって思って聞いたけど。安心したよ」
遠目に、ベンチのところでフードを被っている女の子──アスナが見えた。
スイッチを知らないということは、パーティを組んで戦うこと自体が初めてなのだろうか。
特に珍しいわけではないが、中にはスイッチを知らないプレイヤーもいるようだ。
キリトと会話をして数分、ユウキは完全に泣き止んだが口を利いてくれない。それだけならまだしも、顔を向けてもくれない。
話すことも出来ないまま、第一層攻略組が迷宮区に向かって動き出した。
迷宮区は完全に攻略済み、ケイスケ達攻略組は難なく進んでいける。
「なぁ、ユウキ。俺と話さないか? ボスまでは全然距離があるし……、お前が話してくれると俺はうれしくなるんだけど」
此方に顔を向けないようにしながら、ユウキはちらちらと話したそうに見てくる。
「ユウキ、無理をするのは謝る。でもさ、此処が一番の山場だと思うんだ。負けて帰るなんてことは許されない。勝って帰らないと俺達に『次』はない。寿命に怯えて全員で野たれ死ぬことになる。だから、命を懸けて戦う価値はあるんだ。分かってくれ」
ユウキの頭に手をポンと乗せて説得をする。
依然としてユウキは顔をケイスケに向けて話すことはない。
ユウキだって心の中では理解しているのだが、納得出来ないのだろう。死んだらそこまで、命は一つしかないのだから。
「この戦いがどれだけ重要で、戦う価値があるなんてボクも分かってるんだ。だけど、死んだら意味はないんだよ? 」
「意味ならあるよ。俺や誰かが死んでも、亡くなったプレイヤー達の意志はそいつらに託される。『死んだら意味はない』わけじゃない。『前に進めなかったら意味がない』んだ」
その言葉でユウキは俯いたが、やがて溜息を吐いた。
そして、漸く目を合わせてくれたユウキは諦めたように笑みを浮かべて、
「もう諦める。どれだけ言ってもケイスケは無理をするんでしょ? 」
「すまんな、こればっかりは譲れないんだ。死にたくはねぇけど……、死ぬ覚悟で戦わせてもらう。お前は無茶しなくて済むしな」
「え? ボクも最前線で戦うよ?」
──……ん?
一瞬自分の耳を疑ったけど、今、ユウキはなんと言ったのだろうか。
聞き間違いでなければ、最前線で戦うと言ってたと思うのだが……。
「だって最前線でボクも戦えば、ボクが危なくなったらケイスケが助けてくれるし、ケイスケが危なくなったらボクが助けてあげれるしウィンウィンでしょ!」
度肝を抜かれる発言にケイスケは何も言えない。
ユウキの頭の中では理想の戦闘図が浮かび上がって、壮大な戦いを繰り広げているようだ。
「それとそれと、運が良ければボクとケイスケが同時にラストアタックボーナスを取るってことも有り得るよね!」
「ま、待て待て……、そんな上手く行くと思ってんのか? 理想は所詮理想であって、簡単に実現出来るモンじゃないんだ。それにお前が最前線に行くなんて誰かが許しても俺が許さないぞ」
最初こそは、ぐぬぬ、とユウキは唸ったが、次第に悪巧みをしようとしている無邪気な子供の笑みを浮かべた。
これはまさか、と思うとそのまさかである。
「ねぇ、ケイスケ。人の心は動かすことは揺すぶることは出来るけど、動かすことは本人にしか出来ないんだよ」
なんだその頭の良さ気な雰囲気、とケイスケはボソッと呟く。
足を弾ませ、ケイスケの前に出たユウキは、ちょんとケイスケの唇に指を当てる。
その仕草に少しだけ、ケイスケは心が躍った。
「ふっふっふ。つまり、ボクが君を止めても君が言うことを聞かなかったように、君がボクを止めようとしても言うことを聞かないのだよケイスケ君」
「……ボス戦は今までと違って簡単には行かないんだ」
──そんなの分かってる。
背後を付いてくるキリトが口を開いた。
隣にはフードを被ったプレイヤー、アスナが黙りを決め込んで静かに付いてきている。
「簡単には行かないなんて、アンタだけが分かっている事じゃない。此処にいるボス討伐組は全員、それなりの覚悟を持って挑みに行こうとしているんだ。その女の子だってその一人の筈だろう?」
「……それでもな」
ユウキの発言に後押しをするかのようなタイミングで喋り出したキリトの発言にぐうの音も出ない。
確かに、プレイヤー達は覚悟を決めて向かっている。ユウキもその一人だと言うのはケイスケがよく理解している。
だからこそユウキが最前線に出る事を自分が否定する権利は元々無い。
そもそも、ユウキの言う通り。心を揺さぶる口実を探したところで、自分に従い、自分で決めるのだから。
「貴方の言い分はこうかしら、女性プレイヤーだから戦ってはいけない。だとでも?」
「うぐ……」
今度はアスナから棘が降り注いできた。
フードの闇の奥から見据えてくる鋭い眼光はケイスケの視線を逃さない。
「甘く見ないで、女性プレイヤーでもこの世界はレベルが物を言うのよ。レベルが高ければ性別関係なく強くなれる。差別は辞めたらどう?」
逃げ道なし。三対一では勝ち目が無い。正論過ぎてケイスケが喋り出した瞬間にへし折られるのは目に見えて分かる。
普段喋らなさそうなアスナですら口論に参加したのだ。不服ではあるものの、負けを認めるしかない。
「分かった分かった。俺の負けだよ……ったく、骨が折れるな」
「貴方が勝手に心配しているだけ。本来は貴方が誰よりもその子を信頼してないとダメだと思う」
「……今日は良く喋るな、君」
「私だって喋るわ。人を人形かなんかだとでも思っているの?」
怒り気味のアスナに素早くケイスケは頭を下げて謝る。
ケイスケの態度にアスナは、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
……俺にとっては苦手なタイプではあるけど、合理的な雰囲気が漂ってる。頼りにはなりそうだ。
それに、根拠はないが……キリトとアスナの中が良くなってる気がする。何か発展でもあったのか?
顔を上げてキリト達を見ると、少しだけ微笑んで話すキリトと、流し程度に聞き耳を立てているアスナの姿。
「お前ら仲良いな。付き合ってるのか?」
と、茶化して場を和ませようとケイスケだが、
「貴方の目は腐ってるの? 私達の何処がそんな関係に見えるの? どう見てもこの人が一方的に話しかけてきてるだけじゃない。殴るわよ」
罵られるだけは済まず、暴力行為まで及ぼそうと脅された。
意外と暴力的な女の子なのは分かった。とても怖い。
不機嫌になったアスナは早足で前を歩くプレイヤー達の方へと歩み寄って行く。その姿を見て、ユウキは「あーあ」と言って呆れ返っていた。
「女の子は繊細なんだからね? ボクなら構わないけど、あまり仲良くない人に冗談を言っても怒られるだけだよ。ケイスケの冗談は人を怒らせるんだから」
「俺の冗談って面白くもないし、挑発的だったのか……。気付いてなかったからこそショックが大き過ぎるんですけど」
今日一日だけで精神がゴリゴリと削られていく。
余計なプレッシャーが関わるわ、罵られるわ、冗談が面白くないと指摘されるわで災難な日だ。
しかも、これから人生の分岐点と入れる程の大きな戦いが待っているというのに、戦う前から瀕死状態なんですが。
ボスまでの道程はまだまだで、それなりに時間が掛かるだろう。
迷宮区はまだ序盤の方で、モンスターがリスポーンしてもこの人数ではあまりにも狭い道だから加勢をしたくても出来ない。
リスポーン自体も大群が一斉に襲い掛かってくるわけではない。多くて精々数匹。それに、此処程度のモンスターならディアベルもいることだし、先頭にいるプレイヤーだけで事足りる。
故に、後ろにいるC隊のプレイヤー達──ケイスケ達を含む大勢は暇を持て余している。
たまにあぶれモンスターが後方部隊に襲ってくることもあるが……。
「やれやれ、後ろに三体。いきなりのリスポーンだな……、行くぞお前ら」
弱々しい骸骨が剣を持ってリスポーンした迷宮区の雑魚モンスター、一般的にはスケルトンと言われるRPGには必ずいると言ってもいい定番中の定番。
ケイスケは手に持つ槍を構え、パーティメンバーである三人に声を掛ける。すると、「分かった」、「うん」、「了解」と返事が返ってくる。
剣を振りかざし、ケイスケ達は迷宮区を奥へと進んで行った。