ソードアート・オンラインーEverlasthing oathー 作:ゆぅ駄狼
──遂に来た。
攻略組の目の前に立ち塞がる巨大な門とも言える扉。
緊迫とした空気に、再び感じる不安と焦り……草原で戦ったモンスターとは格が違うモノがこの先には待ち構えているのだろう。
紅い体に刻まれた数々の傷痕、真紅の瞳にはただひたすらに殺戮を追い求める真っ直ぐで純粋な光。
第一層のボス、『イルファング・ザ・コボルトロード』が仲間を引き連れ、自分に挑むプレイヤーを屠ろうと待ち続けている。
先頭に立つディアベルは扉に近づき、目を閉じて扉に手を当てた。
目前にある扉の先にいる敵の気配を感じ、ディアベルは思う──俺は死ぬかもしれない、と。
やがて、ディアベルを信じて共に戦いに来たプレイヤー達に振り返り、ディアベルは静かに頷く。
「俺から言えるのは一つだけ……絶対に勝とう!」
ディアベルが声を掛けると、途端にプレイヤー達の勇ましい叫びが迷宮区に響き渡る。
その様子を後ろの方で見ていたケイスケは、勢いと熱意に感嘆していた。
「気合が十分過ぎるな。不思議と負ける気がしなくなってきたわ」
「負ける気は元々持っていては駄目なんだよ。この戦いは負けることが出来ないからな」
「……キリトは冷静だな。この先のボスのことなんか知ってんのか?」
「…………」
ボスのことについて、キリトに軽く聞いてみたが、少しの沈黙の後に、「いや、何も」と言ってそれっきり彼が喋ることはなかった。
「そうか、ボスについて分かったことがあったら教えて欲しい」
「ああ、分かったらな」
短い会話を済ませると、キリトとケイスケはお互いに右手でウィンドウを開く。
持ち物の最終確認をしているわけだが、ケイスケは横目でキリトを睨んでいた。
怪しい。怪し過ぎる。
ベータテスターに関して聞いた時もそうだが、この世界のシステムについて問いただすと必ず黙りこくる。
九割がた心の中で確信している……キリトはベータテスターなんだと。
キリトを信じられる理由はそこだ。ベータテスターならば、ボス戦を俺達の班だけで有利に動かすことが可能になるかもしれない。
「ユウキ、もう前に出るなとは言わねぇ。お前は俺のサポートに回ってくれ、全力でボスを殺しにかかるぞ」
「分かったよ。基本的には普段通りの戦術で行けば良いんだよね?」
「それで良い。イレギュラーな事態が起きたら俺が指示してなんとかする。その時はすぐに対応可能な状態にしておいてくれ」
キリト以上に信頼に置ける存在だ。俺と一緒に戦うなら特に問題は無い。
寧ろ、一人で戦うよりも二人で戦う方が断然楽になる。そこら辺はキリトとアスナの後押しに感謝すべきなのだろう。
けれども、悩む点が一つだけ。
ケイスケは不安げな表情でアスナを見つめる。
正直、彼女だけは信頼感を抱くことも叶わないし、信用に値する行動をしているわけでも無い。
──レベルが高ければ性別関係なく強くなれる。
そうは言っても、彼女が自分よりレベルが高いなんて確信は無いし、追い越されているなんてのも絶対と宣言しても良いほど有り得ない。
こちとらベータテスター最強の看板を背負っていて、レベルを効率良くあげられる狩場も心得ているし、俺だけしか知らない筈の情報もそこらのベータテスターよりも遥かに多い。
一般プレイヤーかもしれない奴に追い越されてたまるものか。
「あんたは戦えるのか?」
「愚問ね。戦う為に来ているのだから戦えるに決まってるじゃない。貴方こそ、逃げずに戦えるのかしら」
喧嘩腰で話したのが見透かされたのか、アスナは質問に答えるついでに挑発を加えてきた。
挑発的な口調にケイスケはムッとなり、口を尖らせて「当たり前だろ」と言って、お前なんかに興味は無いんだと訴えるように目を反らす。
どうも、俺とアスナの相性は悪いみたいだ。最悪と言ってもいい。
お互いに口を開けば威嚇をし合ってる状況だ。
最初こそは仲良くしようと試みたが、今やフレンドになるのも煩わしい。
「仲良くしてよ、これからボス戦なんだよ? 喧嘩してる場合じゃ無いんだってば」
「……悪いな。アイツと俺は犬猿の中らしいから仲良くすることは無理っぽい。まぁ、流石にアイツだって戦いの最中に挑発してこないだろ」
「あら、それは私のセリフよ。そもそもふざけたことを言い出したのは貴方じゃなかった? 貴方のその言い方だと誤解が生まれるから辞めて欲しいんだけど」
生意気な小娘……可愛げのない女だ。ちょっぴりくらいは可愛いところ見せてみろ。
顔はフードで隠れて全ては見れていないが、顔立ちが整っていて、それなりの美女なのは一目で分かる。
現実ではお嬢様なのか、単純にツンデレのデレのないバージョンの人間なのか。
「お前って俺のことが嫌いなのか?」
「嫌いではない」
その言葉にケイスケは、実はこいつ、本物のツンデレなだけで俺に一目惚れしてるのでは。と期待感を募らせた。
「それに好きでもない。だって興味ないもの」
そらそうですよね。期待するだけ野暮ってもんですよね。
やっぱりお前だけは好きになれない。と怒りを含め、顔を引き攣らせていた。
「お前ら……もうそこまでだ。部屋に入るぞ」
ケイスケは深呼吸をしてから、「分かった」と言い、残りの二人も頷いた。
ここから先は引くことは許されない領域、許されないどころか、敗走は全プレイヤーの希望を完全にへし折る。
もし、彼らの敗北があったとしたら次に挑む者は現れないだろう。
ディアベルが扉を押すと、始めは重い扉ではあったが、徐々に軽くなり、巨大な扉は開放された。
──粛然とした雰囲気に誰もが息を呑んで震える足を前へと運ぶ。
「俺達も行こう」とケイスケは三人に目で訴える。
防具の擦れる金属音を鳴らしながら、右手にはショートソードやメイス、レイピアを持つプレイヤー達の後を追い掛けた。
『第一層のボス』の称号を与えられたモンスター。
イルファング・ザ・コボルトロードは紅き瞳を閉じ、広い決戦の間で孤独に佇んでいた。
「懐かしい……けど、違う。ボス部屋の戦う前の緊張がこんなにも"恐ろしい"なんてな」
「ベータテストの時と比べてるのか? これは遊びじゃないんだ。死と隣合わせの……ただの、ゲームとの殺し合いだよ。ゲームをプレイしているって考えは捨てた方がいいと思うぞ」
やっぱりこいつ……間違いなくベータテスターだ。
信頼出来る。これならディアベルが死ぬ可能性を大幅に減らせられる──予想外の戦力に神レベルで感謝だな。
「お前やっぱりベータテス……!」
発した言葉は紡がれることなく途切れた。
ケイスケのみならずボス部屋にいるプレイヤーの視線が全てイルファング・ザ・コボルトロードに集まる。
──ボスが今、深い眠りから覚醒した。
「皆、作戦は話した通りだ。俺が立てた作戦なら負けることはない。だから……行くぞ! 全軍、突撃!」
『グルルルルルルル………!』
ディアベルの合図で一斉に突撃すると同時に、イルファング・ザ・コボルトロードの周囲には取り巻き、ルイン・コボルト・センチネルがリスポーンする。
そして睨み合いをする間もなく、二つの戦力は混じり合った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「うらぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
殺傷性のある武器を片手に次々に突っ込んでいく者達。
キィンッ、とプレイヤー達の武器と取り巻きの持つハンマーメイスが衝突し、耳に刺さる甲高い音が響く。
死には至っていないが、既にダメージを受けているプレイヤーは数人ほど出ている。戦力を削がれつつあるのだが、まだ序盤だ。
早い段階でダメージを受けていては中盤に入る前に全滅してしまう恐れがあるのだが、それを阻止するのはやはり──
「そこのプレイヤー! 無闇に一人で戦うな、 隊で戦うんだ! お前も、まだ戦況は優勢ってわけじゃないんだから焦らずに地道な作業をしてゆっくりと確実に相手の体力を削るぞ! 皆もいいか!」
ディアベルの完璧な指示によって前線に出過ぎたプレイヤーは後退し、作戦通りの行動をしていく。
これによってダメージを受ける者は少なくなり、ディアベルの思惑通りにことは進んでいった。
「キリト、こっちを頼む!」
相手も序盤から飛ばしてくるものだから苦労する。"取り巻き"のリスポーンする数自体はは気にはしないが、リスポーンする速度が厄介だ。
倒しても即復活する"取り巻き"にプレイヤー達は混乱していた。後ろに出現したり、すぐ真横に出現する"取り巻き"のお陰で肝心なボスには誰も手を付けられない。
「クッソ、ベータの時と違って出現位置がボス側だけじゃねぇ!」
「ベータテストはデータを集めて修正する為にあるんだ。この程度は想定内……だよ!」
苦戦するケイスケと楽々対処するキリト。
想定内と語るキリトは"取り巻き"が出現するリスポーン地点をベータテスト時の情報を含め、大体で予測していた。
「……あ、あれ? 急に敵の数が減ってきたよ?」
"取り巻き"のリスポーン速度が落ちたのを感じ取ったユウキは先程まで厳しかった戦況が急に楽になったことを不思議に思う。
その事を聞き漏らさなかったケイスケは自分の担当する隊、C隊に向かって大きな声で、
「"取り巻き"は一定数倒すと一定時間リスポーン速度がダウンする。お前ら、残りの奴らを始末して一時的に最前線の
「行くぞ」と合図をすると、ケイスケは目の前にリスポーンした"取り巻き"を駆除し、先陣を切ってイルファング・ザ・コボルトロードに直進していく。
──俺はゲーム好きの……根っからのゲーマーだ。
操作技術はプロ顔負け、どのゲームでも最強に君臨していたプレイヤーが俺だった。
数々のゲームで得た最強の座は自分が天才だから、元々才能があったからとか恵まれた能力で手に入れたのではない。
ゲームが好きだったから、誰よりも強くなりたかったから。どうせ遊ぶなら一番を取りたかった。二番手はカッコ良くないから嫌だった。
だから俺は努力した。一人で色々なゲームの世界を旅して、その度にランキングの頂上を目指して。
でもさ……ずっと、孤独だったんだよ。
一緒に上を目指してくれる友達が欲しかった。
送られてくるフレンド登録なんて、『最強』と友達になったって他に自慢する為の証。
中身の無いもの。
所詮は上辺だけのもの。
なぁ、最強ってそんなに良いモンなのか。
……もう十分だよ。
最強よりは──
「ユウキ、スイッチ!ぶちかましてやれぇぇええ!!」
誰かの手を借りなきゃ何も出来ない──
「はぁぁあああああ!!!」
──雑魚でいたいよ。
ケイスケは槍の突進系ソードスキル『ソニックチャージ』をタンク隊のイルファング・ザ・コボルトロードの腹部目掛けて深く刺しこむと、背後から現れたユウキが勢い良く片手用直剣のソードスキル『ソニックリープ』で連続ダメージを叩き込む。
もう一人じゃない。俺には背中を任せられる相棒がいる。
「カタ過ぎんだろてめーはよぉ!柔らかそうな豚の癖しやがって、この豚野郎!」
「第一層の武器で与えられるダメージはこんなものだろ。それに今のダメージはまだ良い方だとは思うよ。あんたの武器がそこそこ強いから時間がかからずに済みそうだ」
残りの"取り巻き"を処理し終わり、助太刀しにきたキリトに愚痴るが、相手はせっかちだ。休む暇も無く、巨大な斧がケイスケとキリトの間に振り下ろされて砂煙が舞う。
辺り一帯を巻き込む規模の砂煙が舞う中、二撃目の薙ぎ払いが放たれる。
ケイスケ達は気付くが手遅れであり、パリィをして防ごうとするも間に合わない。が、
「こ、の……っ!ケイスケに、手を……出すなぁ!」
「ユウキ……!」
ケイスケに掠る寸前で、ユウキは斧の柄に近い刃を剣で抑え、相殺していた。
「この野郎……ユウキに何しやがんだ!」
イルファング・ザ・コボルトロードを睨み付けたまま、ユウキが抑えている斧に槍を持って突っ込んでパリィをし、弾き飛ばす。
低い呻き声を出しながら後ずさる巨体。その体に一撃を打ち込むプレイヤーは一人しかいない。
「キリト!」
「スイッチ!」
「分かってる」とキリトが頷いた瞬間、一筋のエメラルド色の光が三人の真横を通り過ぎていった。
あまりの迅速さに紅き巨体は大きな腹を無様に見せたまま倒れ込む。
電光石火の如く現れ、キリトよりもスピードを凌駕して刺し込んだのは──
「私を置いていかないで。私達はパーティなんでしょ?」
彼女の顔を見てケイスケは鼻で笑い、「悪い」と謝罪した。
役に立たないと思っていたが、撤回する。この女は俺達と同じ、強過ぎる側のプレイヤー。
更に言えば、俺達のパーティは何処のパーティよりも強い──『最強』のパーティだ。
「あんたも一緒に戦うか?」
「当たり前じゃない。その為に此処にいるのよ」
「なら、行こうぜ。俺達で此処にいるプレイヤーを全員まとめて守りながら、目の前の豚野郎をシメちまおう」
立ち上がろうとしているイルファング・ザ・コボルトロードを見下し、ケイスケは嗜虐的な笑みを浮かべる。
ケイスケのあまりの不気味な笑みにアスナは眉をしかめた。
「貴方、その顔辞めた方が良いわよ。とっても悪い顔してるから鏡で見てみたらどう?」
「俺自身が十二分に悪い顔してるって分かってっから良いんだよ。なぁ、ユウキ?」
「んー、んー……んーっ、うん。良いんじゃないかな!」
唐突に話を振られたユウキだが困ること無く真面目に返事を返す。
何が良いのかはサッパリ理解出来ないが、こうして茶番をしている間にいつのまにか、イルファング・ザ・コボルトロードは起き上がっていた。
「かかってこいや、こらぁ。……って言いたいところなんだけどな。お前は一旦、タンク隊に預ける」
ケイスケが追い打ちを掛けない理由。それは他の三人も察していた。
"取り巻き"の一定時間リスポーン速度ダウンの時間切れであり、再び後ろに後退して一定数"取り巻き"を狩らなくてはいけない。
途中参戦して来た四人のハイレベルなコンビネーションを見せ付けられたタンク隊は固まって自分達の役割を忘れていた。
が、「何やってるんだ、あとは頼んだ」とケイスケが語り伝えると、我を取り戻したかのようにタンク隊のプレイヤー達がイルファング・ザ・コボルトロードを抑えにかかる。
後退途中にディアベルの姿を確認したが、彼は最前線に出る気配は微塵も無く、ずっと指揮をしていた。
まだ、その時ではない。まだ、ボスは弱ってはいない。
「お前が前に出る時……悪いけど邪魔させてもらうよ。ディアベル、お前は絶対に死なせないからな」
そう独り言を呟いてケイスケは後退していく。
また地道な作業が始まるのだ。しかし、確実に相手の体力は削られていっている。
死人もまだ出てはいないし、順調も順調……順調過ぎて怖いくらいだ。
「よし、さっきと同じ感じで相手側の戦力を削ぎ落としていく。此処にいるキリトって奴が"取り巻き"の大体の出現場所を予測してるから皆は指示を聞いて迅速に従ってくれ!」
「このペースなら案外楽勝かもしれないね。同じことを繰り返していれば良いわけだし……」
「……いや、ダメだ」
まだ本番ではない。
イルファング・ザ・コボルトロードの腰に差してある巨大な剣──曲剣『タルワール』。
あれを抜いてしまったら行動パターンは全く異なり、此方の戦術も変えなくてはいけなくなる……気を抜いてはいけない。戦いはまだ始まったばかりなのだ。