ソードアート・オンラインーEverlasthing oathー 作:ゆぅ駄狼
始まりの街の広場は未だに騒がしいが、絶望に浸ってしまった人混みを掻き分け、ケイスケはユウキの手を掴んで離さずに前へと進む。
目的地はトール・バーナ。始まりの街から最も近く、此処よりも経験値やドロップアイテムが充実したエリアだ。
途中、モンスターが出るが、それはゲームの醍醐味だから仕方がない。ユウキ一人を守りながら進むのはそれほど苦な訳でもないし、敵から攻撃を受けても、崖から落ちるとかよっぽどのことがない限り、即死はまずない。
それに、なんというか、言い方が悪いかもしれないが、ユウキは普通の女の子よりも役に立つかもしれない。
死のゲームになったと言うのに、さっきよりも恐怖心が薄れているような気がする。
あくまで気がするだけで、勘違いかもしれないが。
「怖くないのか?」
正門前の大通りは普段、大勢の人が行き交っているが、今だけは誰の気配もなく、ケイスケの声が響く。
ユウキは真剣な顔つきで、ケイスケの方ではなく、ただ前だけを見つめていた。
「怖いよ。だって、此処で死んだらもう現実には戻れなくなるんだよね。そんなの誰だって怖いよ。でも──」
「でも?」
ケイスケが尋ねると、今度はしっかりと、ユウキはケイスケの目を見つめては微笑んで言葉を紡いだ。
「君が居てくれるからボクは怖くないよ。一人だったらきっと何も出来ないであの場に座り込んでたと思うんだ。もしかすると泣いてたかもしれない。でも、君が居てくれたから、君が手を握っていてくれているから寂しくもないし、怖くもないよ。それに、君はボクを守ってくれるんだよね?」
にっしっしと、ユウキは小悪魔チックな笑みを浮かべる。
あまりの可愛さに一瞬、心が揺れたが、ケイスケは気持ちを切り替えて通常運転に戻る。
「気が向いたらな」
素っ気ない言葉を返し、ふいっとユウキから顔を逸らす。
こんな奴が彼女だったらなぁ、と頭の中でくだらない妄想をしてみる。
「なぁ、お前って料理出来るの?」
「うーん、したことないかな」
ふーん、と言いながらもケイスケとユウキは正門を通ってモンスターの出る平原に出た。
料理の出来ない彼女か、ダメだな。料理が出来ないとなると、部屋は汚いダメダメな女子と見えるぞ。
百歩譲って、料理の方がポイズンクッキングだとしても、それはそれで可愛らしい部分だと思う。
でもなぁ、
「お前って部屋とか綺麗?」
「うん? んと、片付けは毎日してたから、どちらかと言えばそれなりに綺麗だと思うけど、今は分かんないかな。」
「分かんない?」
「事情があって部屋には入れないんだ。だから今、ボクの部屋がどうなってるかは分かんない」
「お前の言う事情っつーのは人に話せないことなのか?」
「……あまり言いたくはない、かな」
暗い顔をし始めたユウキを見て、これはヤバいと思ったケイスケが慌てて話を変えようとする。
とは言え、話題がないからどうしようもない。話題を探してみるか、例えば、そう、星が綺麗だねと語りかけるかとか。どんな風に発展するかは予想出来ない。
そうだね、と一言で一蹴されるだけかもしれないが。
空を見上げてみると、所々には星が浮かんで綺麗ではある。
「み、見ろよ! 星がきれ──」
ケイスケの言葉は掻き消され、歩いていた筈が地面へと倒れ込んでいた。
どうやら何もないところでつまづいて、そのまま転倒したらしい。穴があったら入りたい気分だ。
ケイスケの様子を見て、ユウキは心配そうな眼差しで見ているが、どうしたらいいか戸惑い、取り敢えず声をかけることにした。
「大丈夫? 痛くない?」
「俺に優しい言葉をかけないでくれ。この世界から消えて無くなってしまうかもしれない。」
「ほっとけばいいの?」
「やっぱり、優しくしてください………」
放置するなんて女の子にしては鬼畜な判断過ぎる。物騒な世界で、モンスターの出る物騒なエリアで放置プレイなんて、人生割とハードっすね。
この身、朽ちるまで放置されようと、耐え抜いてみせるさ。
心の中でそう吐き捨て、体を起こそうとすると、小さく、耳を澄まして聞いていないと風に連れ去られていきそうな、弱々しい声が聞こえた。
「ケイスケって……面白くて……優しくて……やっぱり、やっぱり、いい人……なんだね。ほんとに、ありがと……」
ポタポタと、手の甲に暖かい水が落ちてくる。
ケイスケは自分の手に留まり続ける暖かみを確かめる為に、顔を上げてユウキを見つめた。
ユウキの瞳からは涙が溢れ、頬を伝って再びケイスケの手に感触を残していく。
「ごめん、ね……本当、はまだ、怖かった……でも……泣いたら、迷惑かけると思ってた、から……泣かないって、決めてた……のに、だけど……君が……優しいから………」
それだけ言うと、ユウキは両手で顔を覆い、静かに泣いた。
ケイスケは立ち上がって服についた砂埃を払う素振りをして、
「馬鹿だなぁ、お前。泣きたい時は泣けばいいじゃねぇかよ。そういう時はほら、なんつーか……抱き締めてやるとか、そんな恥ずかしいことは言えないけどさ、その……手とかだけなら握ってやるから」
ケイスケが手を差し出すと、ユウキはケイスケを見つめて、袖を掴んだ。
理想の形とは異なってしまったけど、つい先ほどあった人に対してならこれが限界なのだろう。
「行こう、ユウキ。俺が連れて行ってやるから、付いて来い。手を離さないようにな」
ユウキはこくりと頷き、それを確認すると、ケイスケは歩き出した。勿論、トールバーナに向かって。
不思議なことだ。今日知り合った女の子と旅をする羽目になるなんて。これが神の悪戯なら、神様も意地悪だと思う。この世界で死ぬとリアルな死がお出迎えと言った危険なオプションまで付けるんだ、碌でもない神に違いない。
「─────」
不意に、ケイスケの足が止まる。いや、止められたと言った方が正しい。ユウキが突然、その場で立ち止まって俯き、動かなくなってしまった。
「疲れたのか?」
ユウキはこくりと頷いた。
「おぶってやるか? トールバーナまでそんなに距離はないから俺は構わねぇけど」
ケイスケは屈んで、所謂、おんぶする体制に入る。ユウキは躊躇うこともなく、自分よりも大きな背中に寄り掛かって目を瞑った。
柔らかい、女の子っぽさ全開の細い足を両手で持ち、ユウキを背負う。
が、軽い。女の子の体重は天使の羽と言われるけども、なるほど、理解してしまった。
「学校では女子と話す機会ってあまりないけど、案外、男友達と喋る感覚と同じなんだな。違うところって言ったら、こんな感じに背負ってあげたり、袖を掴ませてあげる気になるところか。男に袖を掴まれたら全力で振り払うと思うしなぁ、俺」
背中の暖かみを感じつつ、ユウキに負担が掛からないようにペースを落として歩き出す。
ケイスケは、首に回された細い、女の子の腕を見て、守ってあげないといけないな、と心中で呟く。
「少し前では元気一杯で憎たらしかった癖に、一気に弱々しくなるなんて忙しい奴だな。もしかして、これってギャップ萌えか?」
萌えてるわけじゃねぇけど、と独り言を呟く。
ユウキをおぶっていると、時折、ユウキの黒髪が風に撫でられ、女の子っぽさ溢れる匂いがしてくる。
ゲームの限界を極めただけあって、細かい部分や大まかな部分──至るところまでが忠実に再現されていて、素直に凄いと思う。
無言で歩いていると、ユウキは寝息を立て始め、外は完全に暗くなり、月の光が申し訳程度に二人を照らしていた。
「………大変なのは俺だけじゃない」
ボソッと思ったことを言ってみたが、勿論、返事をしてくれる相手はいない。
ユウキをおぶったまま立ち止まり、空を見上げてみる。雲一つ無く、星が絶えず光り輝いて──綺麗だ。星空に手を伸ばしたら思いの外、取れる気がしてきた。
片手で銃を真似し、撃ち抜くかのように人差し指の先端を満月に向け、
「ばーん……なんてな。俺が元の世界に戻れるのはいつ頃の話になるんだ? こんな、本物そっくりな偽物の世界で死にたくはない。生きて帰って、叔父さんと一緒に飯食って、テレビ見て、馬鹿やって、学校のみんなとも話をしたい。絶対に戻ってみせる、あの世界に」
それだけ言って、再び歩いて数分。遠目に見慣れた街灯が見えてくると、漸くか、と安堵の息をする。
まさか、モンスターに遭遇することなくエリア一つ分の横断に成功するとは思ってもみなかった。そこらへんも神の悪戯だろうか。
「トールバーナ。俺の新しい拠点か」
そう呟いて、トールバーナを見つめていると、ユウキの寝息が聞こえてくる。
ふふっと鼻で笑い、ケイスケは自分が吐いた言葉を訂正する。
「俺達の新しい拠点、だな」
ケイスケが吐いた言葉は夜空へと吸い込まれる様に消えていった。