ソードアート・オンラインーEverlasthing oathー 作:ゆぅ駄狼
「どうなってやがる」
時刻は夜のド真ん中、何故にベッドが一つなのだろうか。
二文字で表すなら──事件。誰が何と言おうが事件だ。
「ボクは別に構わないけど?」
「お前はアホか。男女が屋根の下、しかも密室の中に2人だぞ。恐ろし過ぎるシチュエーションだわ」
「うん、安全だよね!」
「うん、分かってないね。お前がベッドに寝ろ。俺は床で寝るから」
「ケイスケが寒くて風邪引いちゃうよ」
「ゲーム内じゃ風邪とかいう状態異常ないから」
はい、俺の勝ち。そう確信して鼻で笑う。
「凍結しちゃうよ?」
──は、は?
「俺は宿に殺されるのか。ふざけんな」
心も体も傷だらけになって、クタクタのヘトヘトの騎士達を癒す安寧の一軒家の正体は人々を凍らす、慈悲の無い恐ろしい場所だったらしい。
状況を説明すると、だ。パーティを組んだ後に攻略会議は解散され、宿に向かったのだが、一つの部屋にベッドは一つしかありませんでした。という稀にあるいい加減な宿の所為で
床で寝ようとするとユウキ様御得意の「〜くれるまで離さないっ!」と言い、服を引っ張る。
長い間、論争が続いて最終的に首に抱き着かれ強制的に落ちたのは言うまでもない。
目を覚ますと窓からは眩しい光が差し込んでいる。
意識を強制シャットダウンさせられたからなのか、カーテンは全開のままだ。因みに、ユウキは腕の中だ。
──俺の寝相が悪かったに違いない。これは意図的ではなく、不慮の事故だ。若しくは神の悪戯だと推測される。許さないぞ神、こんな誰の得もしない朝を迎えさせやがって、全く反省の色も見えないな。とりあえず、ありがとうございます。
「割と寝心地がいいのが憎いんだよ。この馬鹿が」
「んっ…………」
ユウキの頬を突くと、寝息に混じって可愛い声が漏れる。
流石に起こすのは可哀想か、と思ったケイスケはユウキを起こさないようにベッドから体を起こす。
右手を空中で上下にスライドしてメニューウィンドウを開く。その中の装備欄を開いて衣服を取り替える。
仮想世界だから洗濯はしなくてもいいとは言え、どうしても、寝るときは違う衣服、所謂パジャマで寝る。現実世界での習慣は仮想世界でもそのままだ。
着替え終わると、ユウキが寝たままの部屋を後にし、外の空気を吸いに向かう。
宿を出る時にNPCが、ありがとうございました、とお決まりの台詞を言ってくるが、いつ見ても本物の人間と区別がつかない。
外に出ると、噴水広場が近くにある。朝早いというのに、噴水付近のベンチにはサファイアの如く蒼髪の男──ディアベルが両手を組んで前屈みになって難しそうな表情で座っていた。
近くに寄ると、ディアベルは気付いたらしく、挨拶代わりに手を挙げる。
「やぁ、良く眠れたかな?」
「心地の良いベッドと、柔らかいクッションのおかげで良く眠れたよ」
「それは良かった」
ベッドよりもクッションという名のユウキのおかげで夜更かしすることもなく一瞬で眠りにつけたからな。代償として、首の骨の危険性と、気を失う眠り方をしなければならない。
そんなことはどうでも良い。
「ディアベル、お前ってベータテスターだよな? 第一層のボスに挑み続けてたって有名な」
「あはは……有名って言っても、酷い目に遭って帰ってくる無様な姿がベータテスター内で有名になってただけさ」
「と、なると……」
確信をしつつ、ケイスケは再び問う。
「俺はベータテスターだよ。努力ってのは報われるもんなんだな、第一層のボスに費やした時間が経験値と知恵になって、それが皆の助けになろうとしている……こんなに嬉しいことはないよ」
「ディアベルの頑張りは良く知ってる。第一層の事なら俺よりも詳しいだろうしな」
「ベータテスター最強の君に言われるとは、光栄なことだ」
やっぱりバレてたか、とケイスケは苦笑いをし、その表情を見たディアベルはふふっと笑った。
「勝算はあるのか?」
「当然、あるに決まっている。今回は大勢のプレイヤー達がこの作戦に参加してくれるんだ。十分な作戦も練れたし、大人数だからこその作戦なんだ。勝てない方が可笑しい。」
確かに、勝率としてはかなり高い方なのだろう。あの人数なら負ける気が全くしない。
が、ケイスケが本当に知りたいのは勝算ではない。
「誰も死なない作戦、だよな」
お互いに黙り込む、聞こえるのは噴水から水が噴き出る音だけだ。
誰も死なない作戦。そうであるといい。それでも、死ぬ時は死んでしまう。どうしようもないことだ。でも、聞かずにはいられない。
「誰も死なない、それは俺には分からない。誰かが死ぬ、その時はその人のプレイヤースキルが足りなかった。そうとしか言えない。勿論、俺は一人でも死なない安全な作戦を練ったつもりだが、俺よりも良い作戦を考える人がいるかもしれないな」
プレイヤースキルは誰にも口出しが出来ない個人の話だ。例えば、空手が得意な人がいたとしても、不得意な人も当然いる。更に言えば、空手が得意な人の上には得意な人がもっといるといった、個人の能力の話で、それをこの世界ではプレイヤースキルと言う。
動きが鈍臭ければ、死んでしまうかもしれないし、歴戦の覇者並みの鋭い動きを出来れば生き残るのは余裕ということだ。
「いや、ディアベルの作戦は良いと思うよ。俺は尊重する、不快な質問して悪かった」
ケイスケは頭を下げ、深々と謝罪する。
「……その作戦を考えたのはアンタ一人なんだろ、誰よりも複雑な気持ちと請け負わなくていい責任まで背負わされてるってのに、軽く質問したことを悪く思う」
「構わないよ、そもそも第一層を攻略しようぜって提案したのも俺からなんだ。質問漬けにされることも、その責任って奴も背負う覚悟はしてたつもりだからね」
それよりも、とディアベルは話を続けようとする。
が、自分ではない背後への視線を察知したケイスケは、ディアベルの視線の方へ振り返ると、不安そうに周りを見渡しながら、此方の方に向かってくるユウキの姿が見える。
面倒だ、とケイスケは肩を落として項垂れるものの、嬉しそうにしていた。吐き捨てた言葉とは裏腹に、素直な表情をしているケイスケを見て、ディアベルは笑った。
「君は捻くれ者なのかな? 素直に嬉しいと言えばいいのに」
「ん、あぁ、嬉しいよ。一人だと寂しいけど、あの馬鹿が俺の帰りを待ってくれるし……あんな風に、一人で外に出るのが怖くても、俺を探してくれてる。アイツの容姿もあって愛おしく思えてくるな」
ディアベルは感心したかのように頷き、意地悪な思考が頭の中に巡ってきたのか、ベンチから立ち上がってケイスケの肩を、ぽんぽんと叩く。
「彼女は大事にすることだよ」
茶化してくるディアベルにケイスケは、瞼を閉じて、呆れたように、
「彼女じゃない。ただの旅友達だよ。つーか、好きになるってことが俺にはあんまり理解出来ない。どう思えば好きで、どう感じたら好きなのか。彼女は欲しいって思うけど、女子を好きって思うことがない」
難しい人だな、君はとディアベルは顔を引き攣らせて苦笑する。苦笑を通り越して、心中では逆に、ディアベルがケイスケに呆れていた。
「ケイスケ、こんなところにいたんだ。心配したんだから、朝起きたらベッドにはボク一人しかいないし………」
ユウキは頬を膨らませて不満そうにケイスケを睨んだ。同時に、優しく、涼しげな、仮想世界と言えどリアリティ溢れる風がロングの黒髪を撫でるように揺らす。
そして、ケイスケと仲良くしているディアベルを、ユウキはジト目で見る。何処かで見たことあると思ったユウキは、記憶を探り、昨日の記憶からディアベルのこと探り当てた。
「ディアベルさん、おはよう。いつの間にケイスケと仲良くなったの?」
ユウキの問いに、ディアベルは「さっきだよ」、と言葉を続け、
「交流を深めようと会話していてね。彼は君の話しかしないから俺はもうクタクタだよ。惚気話も程々にして欲しいよ、な?」
程度の過ぎた捏造話にケイスケは眉をひそめ、ディアベルを睨む。若干の怒気を含んだケイスケの視線に感付いたディアベルは、「ごめんよ」と謝罪する。
ケイスケはチラッと、横目でユウキの様子を伺う。作られたデマとは言え、ユウキの惚気話をしていたとなると、彼女にもそれなりの反応がある筈だ。
予想としては、頬を赤く染めて、照れながらやめてよ、と女の子っぽく恥らうに違いない。
「……………っ」
───ちょっと待て、そうじゃない。
頬を赤く染めるまでは正しい。だが、何故睨むんだ。ユウキの居ない場所で勝手にユウキの話をしていたことが許せないのか。
誤解は早く解いた方が良さそうだ。それが最善の策と踏む。ケイスケは普段通り、冷静に物事を対処すると決める──しかし、不安だ。ここで判断ミスをしたら状況が悪化する気がするとケイスケは察した。
それでも、男なら直球勝負。正直に誤解だと伝えよう。本当のことだから別に大丈夫だろう。
「ユウキ、誤解だ。全部ディアベルの冗談であって、俺はこれっぽっちもお前の話なんかしてない。お前が宿から出てきたところをディアベルが教えてくれただけで、それだけだ」
「彼女が探してきてくれることを喜んでた癖に。全く、君は素直じゃないな」
「余計なこと言うな。んなことはどうでもいいだろ」
ケイスケがふいっと二人から視線を逸らすが、ディアベルは白い歯を見せ、悪戯な笑みを浮かべた。
「君はどうでも良くても、彼女はどうなんだろうね?」
指揮官の立場にいるだけあって、頭の回転が早く、どうしたらケイスケとユウキの二人の関係を良く出来るかと考えると、すぐに思い付く。二人の為、というのは実際は建前で、単にディアベル本人が二人のこれからの展開に興味があるだけだ。
自分の手で物語を進め、興味あるイベントを見たいと思う彼も、幾多のゲーマーの一人だと言えるだろう。当然、今回のイベントの主人公兼、被害者はケイスケだ。
「確かに、嬉しいって言ったけどよ。別にどうも思わないだろ」
適当に返事を返し、ケイスケは宿に戻ろうとする。俯いているユウキに顔を向けることなく、通り過ぎた。
が、不意に、袖を引っ張られる感覚に襲われ、立ち止まる。
細くて白い指で、一生懸命にユウキが「待って」と訴えるように、袖を引っ張っていた。
ユウキは真っ赤に紅潮した顔を見せないように俯きながら、やっとの思いで声を絞り出すと、
「ケイスケは嬉しいの?」
真剣な雰囲気を察知したケイスケは、どうでもいいだろとは言わずに、ユウキの頭に手を乗せ、ぽんぽんと優しく叩く。
「嬉しいよ。俺も一人は寂しいからさ、お前が居てくれると安心する」
「本当に?」
ユウキの上目遣いに、胸が高鳴って、心臓の鼓動が五月蝿い。
見つめられる内に、顔が火照って行くのが分かる。きっと、ユウキと同じ顔の色をしてしまっているのだろう。
恥ずかしい時にいつも、視線を逸らすが、今回もケイスケは無意識にそうしようとする。
「逃げたらダメだよ。ちゃんと、彼女の目を見て、気持ちに応えてあげるんだ」
ディアベルの助言に、ケイスケは視線を逸らさまいとし、顔を赤く紅潮させたまま、
「嬉しいよ、嬉しいのは本当だからもう聞くな!」
「やっと、人の目を見て話すようになったな。にしても、見た感じ随分と初々しい恋愛をしてるじゃないか。見てるこっちは心が躍ってくるよ」
「だから、俺は恋愛なんてあんまり──」
それでも、とディアベルはケイスケの言葉を掻き消して紡ぐ。
「時間が経つにつれて、好きってなんなのか分かってくると思う。気付くのは……そうだな、今日かもしれないし、明日かもしれない。この世界を抜け出した後かもしれない。大袈裟になるけど、死ぬ寸前に気付くかもしれないな」
「……指揮官だけあって、説得力が半端じゃねぇな」
そう言って、仮想世界に降り立ってから何度目になるか分からない溜息を吐き、ケイスケはユウキの手を取る。
ユウキの肌に触れてみると、やっぱり女の子なんだなと思う。
そんなことを思っていると、ユウキは口を開いた。
「ね、ねぇ……ケイスケってボクのこと、好きかな。なんて……」
「好きじゃねぇぞ」
ケイスケイベントで見所満載の告白シーンが展開され、無事ハッピーエンドに向かう予定のフラグのような何かは音を立てて崩れ去る。
突拍子もない出来事に、ディアベルは「展開が早過ぎる」と、顔を片手で覆うようにし、呆れていた。
「君の返事は直球だな………好きじゃないとしても、オブラートに包んで最低限、相手を傷付けない返事を考えなきゃいけないと思うんだが……」
「あぁ、言い方が少し悪かった。今は好きじゃない。その内好きになると思う。だから待っていてくれ?……って、なんで俺がこいつを好きになる前提で喋ってんだよ」
歯車が噛み合わなく、ギシギシとしている。まさにそんな状況だ。
そして、当然と言えば当然、ケイスケの返事に、ユウキは満足などしてはいない。振られた時点で満足出来る内容ではないが。
「君は、いつまでも捻くれ者なん──」
途端、強い風が吹く。ディアベルは強風に怯み、言葉を中断する。
風が止むと、「でもな」とケイスケは紅い瞳でユウキを見つめ、微笑みかける。
「お前のことを好きかどうかなんて、俺にはまだ分からない。けど、分かることがいくつかある」
いつの日か、ユウキが泣いてしまって、疲れて、そんな彼女をおぶって、星空が輝く静かな平原を渡り歩いた日のことが脳裏をよぎる。
「お前は俺に守られないといけない。寂しい時は俺に頼らないといけない。疲れた時は黙って俺におぶられてないといけねぇってことだ」
先程までは咄嗟に目を背けてしまう恥ずかしがり屋で、捻くれ者の少年だったと言うのに、今は真剣な眼差しで少女に真正面からぶつかっている。
ケイスケの急成長ぶりに、ディアベルは唖然としていた。
思わぬケイスケの気迫に、ユウキは黙って頷く。
噴水広場にはボス攻略当日に備える騎士達が行き交い始め、広場にある時計台を確認してみると短針が九時と十時の間で止まっていた。