ソードアート・オンラインーEverlasthing oathー 作:ゆぅ駄狼
空を見上げてみれば太陽が眩しく、その眩しさにケイスケは顔をしかめて、片手で陽光を遮る。
噴水は自分の役目を全うする為に、休むことなく水を噴き出していて、近くに寄っているとたまに水が飛んできて冷たい。
「もうこんな時間か。この広場も段々と賑やかになってきたな」
街中を行き交う人達を見てそう言い、ディアベルは作戦会議にいた仲間を見つけてはジッと、黙って眺めている。
表情は柔らかく、微笑んでいるのだが、彼の瞳は何処か儚げで、見方を変えると今にも泣きそうで、瞳には涙が浮かんでいるように見えてしまう。
「ディアベル……?」
ケイスケが呼ぶと、ディアベルは「何だい」と顔の向きを変えずに、目の前を横切ったプレイヤーの後ろ姿を見送りながら答える。
「あ、いや……なんでもない」
こんなにも優しそうな表情をしているのに、どうしても悲しく見えてしまう、と思ったケイスケはディアベルから顔を逸らしてしまう。
同時に、ユウキの手を握っている手に力が入り、それを感じたユウキは心配そうにケイスケの名前を呟いて腕に抱きつく。
「君には先に謝っとくよ、すまない。さっきの話、誰も死なない作戦のことなんだが……もしかすると、一人だけ死人が出るかもしれない。その一人は欲を出して、きっと死んでしまうと思う」
ケイスケは胸の奥底に棘が刺さる。
命を賭けた危険な戦場に行く以上、瀕死の状態に陥るプレイヤーもいるだろうし、運が悪ければそれこそ死んでしまうプレイヤーだって出て来る可能性がある。
それでも、ケイスケは誰にも死んで欲しくない気持ちが強い。
「お前はそいつが誰か分かってるんだよな。『一人だけ』って特定するくらいなんだ。そうだろ?」
「良く知ってるよ……その人は俺に良く似ているから。卑怯で小者の俺にそっくりなんだ」
黙って話に聞き耳を立てていたユウキは首を傾げる。
ケイスケの心境は、疑問符を浮かべているユウキと同じだ。
どちらかというと、ディアベルはリーダーシップもとれて大勢のプレイヤーから支持もされてカリスマ性がある。一人悩んで考えた作戦だってゲームが始まって以来、閉じ込められた人の存亡が賭られた大作戦だ。
そうだと言うのに、ディアベルが自分を卑下する発言の意図がケイスケとユウキの二人には理解出来ない。寧ろ、褒めちぎっても良いくらいだ。
「なぁ……聞きたいんだけど、なんでそいつはわざわざ死ぬかもしれない馬鹿な行為をしようとする?」
「ボクも気になるな。命懸けで行動するほどの理由がその人にはあるんだよね。何がその人を駆り立てるのか知りたいよ」
ユウキはそう言うが、ケイスケは大体察している。
念の為、聞いておきたいのだ。ディアベルに似ているプレイヤーが、恐怖心に耐えれなくなってトチ狂い出した狂乱者なのか、地獄で生き抜いてみせると心に揺るがぬ信念がある勇者面をしたプレイヤーなのか。
後者なら、正解とも不正解とも言える答えを導き出した人間──ベータテスターだ。
「ラストアタックボーナスだよ……ベータテスターなら誰でも知ってる。彼はそれを狙って死にかけるか、若しくは死ぬ」
ボスにトドメを刺したプレイヤーにのみ与えられるクエスト報酬──ラストアタックボーナス。
ラストアタックボーナスで得られる報酬は希少なアイテムであったり、二度と手に入らない装備だったりして、性能もそこら辺のプレイヤーが装備している物とは段違いのレベルだ。
「俺達の他にもベータテスターがいたなんてな。納得は出来ないけど、この世界で生き抜く為ならそいつの行動は、逆に正しいのかもしれない」
「……君は正しいと思うのか」
「正しいと思うぜ。確かに、死んだら永久的ゲームオーバーなこの世界でボスにトドメ刺す役割を進んでやる、なんてとんだ馬鹿野郎だよ。まさに命知らずって奴だと思う。でも、その対価に得られる物は非常に有益で、この先のデスゲーム人生に大きなアドバンテージが生まれる」
そもそも、と言いながらケイスケはユウキ繋いでた手を離し、その手を頭の上の乗せて撫でた。
撫でられるのが好きなのか、ユウキは「あぅ」と声を漏らす。
「この世界で生きる以上、やるかやらないかじゃない。やらないと生きていけねぇ。ボスにトドメを刺そうとして、返り討ちにあって死んだら不運だけど、行きて帰ってきたら現状最強装備。意外とマトモな考えだ、だから俺はそいつの意志を尊重する。けど、死んで欲しくはねぇな……」
「君は優しいな、それと──単純にかっこいい」
褒められたケイスケはまたしても視線を逸らし、照れ臭そうにして頬を人差し指で掻く。
「うんうん、ケイスケはかっこいいよね」
ユウキは自分の頭に乗っている手を取って握り、指を絡ませる。
握ってきた手は、陽射しの暖かみとは違う。
肉体的な面では手だけ多少の暖かみはあるが、不思議と心の芯までが暖かくなって落ち着く。
自然から与えられる物とはまた別に、人肌でしか味わえないものなのだろう。
「ったく、こんなことまでして。お前は一体、俺の何処に惚れたんだよ」
「そうだね……」
ケイスケの腕に抱きつき、ユウキは目を閉じて数秒の間考える。
ユウキの考え込んでいる姿を見ていると、頬がみるみる紅潮していく。
口を開いたかと思えば躊躇い、下唇を噛んで俯いていた。
「…………だ……から」
ユウキは今にも消えそうなか細い声で思いを伝えたが重要な部分がケイスケには届いていない。
「あぁ、なるほどな」
届いていないと言うのに、ケイスケは語尾だけでユウキが何を言いたいのかが分かった。
仮想世界に降り立って初めて、捻くれ者は太陽の輝きに負けないくらい純粋丸出しの笑顔で、
「好きだから、だろ? お前はやっぱ馬鹿だな。単純馬鹿。そんなんじゃ好きな理由にならねぇよ。ならねぇけど……分かったよ」
十分伝わった。ユウキの想いはあまりにも強くて、自分には勿体無い。
学園生活では知ることの出来なかった告白されることの喜び。
男なんて数え切れないほど存在しているのに、自分という存在に拘って、選んでくれた。
理由は単純、『好きだから』だ。
細かいことを言わずに、正面から向かって行く、馬鹿らしい彼女の想い。
「ありがとう、ユウキ。そして、ごめんな。今の俺には返事をしてあげることは出来ない。いつになるか分かんねぇけど、好きってことを知って、ちゃんとお前が望む返事をしてあげたい」
真っ直ぐで、宝石の如く美しい想いだから、無碍にはしない。
何気なく、ケイスケは頭の中で自分の言った言葉を繰り返してみるが──これって遠回しにユウキを好きになるって言ってんじゃねぇか。
「朝っぱらから二人は見せ付けてくれるな。彼女を焦らす君も中々の強者だ」
「バッカ、お前。焦らすとかシラスとか訳ワカンねぇこと言ってんじゃねぇぞ。そんなの聞いたら俺がユウキで遊んでるみたいになるだろ」
「え、違うのかい?」
「よーし、ディアベル。歯を食いしばれ。痛覚は存在しないが、俺の拳を前にそんな常識は通用しない」
右拳を力一杯に握り締め、眉をピクピクと動かしながら作り笑顔でディアベルに近寄る。
ディアベルは苦笑しながら両手を突き出して、勘弁してくれと言ったポーズ。
拳をディアベルに振り下ろし、顔面を殴る訳でもなく、拳はそのままうなじを通過。
右腕をディアベルの首に掛けて強引に引き寄せると肩を組んでいるかの姿に。
「こ、これは一体………」
突然の出来事にディアベルはおどおどとして落ち着かない。
「一人で悩もうとするなよ。俺達は仲間だろ。お互いに色々なこともカミングアウトったんだ、親友の領域に入りつつあるぜ?」
右手でグッドポーズを作り、ケイスケは笑う。
純粋な笑顔には言葉にし難い何か、自然と吊られて笑顔になってしまう何かをディアベルとユウキは感じる。
「親友……こんな短期間でかい?笑えるな」
「笑え笑え、腹筋崩壊して転げまわっちまえよ。お前はどう思ってるか知らんけど、俺はもう親友だと思ってる。ユウキとの関係を進展させてくれたのはお前だからな。俺にとってお前は、ユウキくらい大事な存在だよ」
「ははは、それは恋愛的にか。勘弁して貰いたいな」
「茶化すなバーカ。お前が女だったとしても、勝手にシリアスになって自分の価値を下げるような発言する奴なんか俺は好きじゃねぇから」
「それは悪かった」
ディアベルの微笑みは物悲しげで儚さを漂わせていた。
が、いつからか、今の微笑みにはそんな雰囲気は元々無かったと言うぐらい、微塵も感じない。
「そうか……親友か……親友………」
大切な宝物を失くさないように、ディアベルは何度も繰り返し呟く。
親友と呼ばれる喜びが、後から後から心の奥底から溢れて、心を満たした後、涙の形になって外側にも溢れ出てしまう。
蒼い瞳には涙が浮かび、涙は頬を伝い、噴水が噴き出す水に紛れて地面に落ちる。
「お……おれ、おれだち………親、友……なん……だぁ……」
攻略組の指揮官──ディアベルは鼻水を垂らしてみっともなく泣いた。
デスゲームが始まって以来、彼はずっと、孤独に生きてきた。
そんな彼は、仲間が欲しいと思って第一層ボス攻略を提案し、未だかつてない程の支持を得て進んで指揮官になる。
生まれたのは仲間、共に戦う仲間、それは戦友であって親友とは違う。
ケイスケと言う、喜びも悲しみも共有してくれる親友が出来た嬉しさで、堪えていたものが溢れてしまったのだろう。
「ボクを除け者にしないで欲しいよ。ディアベルさんがケイスケの親友ならボクの親友ってことになるね」
「その理屈はおかしい。というより鬱陶しい。いや、馬鹿だ」
「最終的に全部引っくるめて馬鹿って結論やめてよ!」
不満全開のユウキは左手でケイスケの頬を抓る。
落ち着いてきたディアベルは、鼻をすすりながら、
「一人でいる時間は長かったのに、こんな短時間で親友が二人も出来てしまうなんてな……。正直、ボス攻略が終わってもいるのは上辺の関係を続ける友人だけだと思ってた」
そう言いながら、ディアベルは瞳に溜まっている涙を拭って、満面の笑みを見せた。
その仕草を一部始終見ていたユウキは、ケイスケの腕から離れ、ディアベルの前に立つと人差し指を自分の口に当て、
「ボクはディアベルさんの親友だから、一つだけ忠告しないといけない」
ケイスケは話し掛けられているディアベルよりも先に首を傾げる。
可愛い仕草をしているが、ユウキがディアベルに送る眼差しは真剣そのもの。
真紅の瞳の奥には何が映っているのだろうか、彼女の心は何を訴えようとしているのだろうか、その答えをユウキ自身が口を開き、
「絶対に一人でボスに立ち向かわないで。ラストアタックボーナスなんて、誰かにあげちゃえばいいよ。もしディアベルさんが欲に負けて、返り討ちにあったら死ぬかもしれないんだよ?死んだら終わりなんだよ?死んだら話せないんだよ? 死んだらボク達には一生会えないんだよ?そんなのボクは嫌だ」
一人でボスに立ち向かう? ラストアタックボーナス?ディアベルが自分の命を顧みずにそんなことをするとユウキは言うのか。
だが、それを行動に移そうとしているのはディアベルが睨んでいる人物であって───
「お前……なんで……」
「─────」
ディアベルが答える気配はない。
良く考えれば誰にでも分かることだった。
誰よりも仲間を想い、親友を欲しがる人間が、何故一人のプレイヤーだけを特定して、自分と同じく『卑怯』で『小物』と蔑むんだ。
それは──ディアベル本人のことだからだ。
──他にベータテスターがいたなんてな。
何故、ディアベルがそんなことを知っている? お前がそのベータテスターだからだろ。
──君には先に謝っておくよ、すまない。
お前は自分が死ぬ確率が誰よりも高いかもしれないと思って謝ったんだ。誰にも死んで欲しくないと思っている俺がいたから。
「ディアベル、てめぇ!!」
ディアベルの胸倉を掴み挙げると、体温が急激に上昇し、息が荒くなっていくのが分かる。
気を抜いてしまうと、今すぐにでも目の前の男を殴り飛ばしたくなる衝動に身を任せてしまうだろう。
「何勝手に死ぬような真似を起こそうとしてやがんだ馬鹿が! ユウキの言う通りだ、ラストアタックボーナスなんて誰かにあげちまえよ! 友達が死にに行くのを黙って見過ごすとでも思ってんのか!?」
ついさっきまではラストアタックボーナス狙いのプレイヤーを尊重すると言ったが、こればかりは話が違う。黙って引き下がる訳にはいかない。
「………親友なら──」
ディアベルが纏っている雰囲気がたった一言で変わった。
眼光は鋭く、邪魔する者がいようというのなら全力でねじ伏せる──猛獣の如き重圧を身に纏っている。
目の前に立っているのが本当にあのディアベルなのかと錯覚する程の変わり様に、ケイスケは怯んで息を呑む。
「親友なら……たった一つの我儘を許してくれ。君は言っただろう、ケイスケ。やるかやらないかじゃない、やらなきゃいけないんだ。自分の為にも、共に生きていく仲間の為にも」
胸倉を掴んでいた腕はディアベルの手によって引き離される。
蒼い瞳に映るのは揺るがぬ信念、絶対に折れないと言わんばかりの力強い眼差しでディアベルは、
「だから、絶対に俺を止めるな」
噴水から吹き出る水の音も、街中を行き交う人達の足音も、笑い合うプレイヤー達の声も、その全てを殺してディアベルは二人に言い放った。