ソードアート・オンラインーEverlasthing oathー   作:ゆぅ駄狼

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優しさの種類

 数秒という短い間、ありとあらゆる時が止まった気がした。

 ケイスケの頭の中には、「どうすればいい」という無数の言葉が彷徨い、どうにかしなければヤバいと本能が告げている。

 尊重するなんて言ったが、身近な人がそんな命懸けの行動をするとは考えもしていない。

 

「ま、待てよ……死んだら意味ねぇよ。もっとちゃんと考えるべきだと思う……」

 

 苦し紛れに吐き出した言葉はあまりにも無力で、この状況では意味を成さない。

 それでも、無力だろうと、意味を成さなくても、伝えたい言葉が尽きようとも説得し続ければならない。

 

「お前は指揮官なんだ、頭が良いんだ。なら、もっと安全な作戦を考えりゃ良いじゃねぇかよ! それだけの頭をてめぇは持ってるじゃねぇか! もし、お前の考えた作戦の本当の内容が、皆の力を借りて、自分だけが突撃して死ぬかもしれない危ない作戦だって言うなら……俺は絶対に認めない。認めるわけにはいかねぇよ!」

 

 命乞いをするような必死の叫びは街中に響き渡り、周りにいるプレイヤー達の視線はケイスケに集まる。

 ケイスケは両手でディアベルの胸倉を再び掴み上げるが、ディアベルはケイスケの行動に眉をひそめることはなかった。

 此処でディアベルがケイスケの自分勝手な発言に激しい怒りを覚えていたら、殴り合いでもして、無理矢理だがディアベルの考えた作戦を諦めさせることが出来たかもしれない。

 

 他人の勝手な意見で自分の作戦を捻じ曲げられそうになっても、信念を貫いて自分の作戦を全うし、余計な口出しをしてきた相手のその意見も尊重する。

 それがディアベル──彼という素晴らしい指揮官だ。

 

 折れてほしい──でも、他人に口出しされた程度で折れるのならそれはディアベルでもなく、指揮官でもない。

 心の片隅では思っている──折れないでくれと。

 ケイスケの頭の中は複雑な思考がグルグルと回り、普段のように落ち着いて物事を考えられなくなっていた。

 

「"もっと安全な作戦"、か。ケイスケ、君は勘違いをしている。少しでも勝率を上げる作戦は考えられるかもしれないけど、少しでも安全性を増す作戦は存在しないんだよ。言ってしまえば、命を懸けてる時点で俺達に『安全』なんて言葉は存在しないも同然だ。それと、な……」

 

 ディアベルの言葉にケイスケが唖然していると、ディアベルはケイスケと同じく、胸倉を両手で掴み上げる。

 お互いの距離は数センチ、不良が喧嘩を売るようにディアベルは顔を近付けて、怒気を含んだ目付きで睨み、震えた声で、

 

「お前みたいに優しい人が、死ななくて済むはずの人達を殺してしまうことがあるって覚えておけ。優しさは人を幸せにする力があるけどな、人を惑わす力も持っているんだ。俺はその優しさを、どんなに強い剣よりも凶悪な殺しの力だと思っている。今のお前の優しさはそれだ。一度惑わされてしまうと、実戦でも惑わされ続けて死に直結する」

 

 鬼気迫ったディアベルの表情と瞳にケイスケはディアベルの胸倉から手を離して俯く。

 自分の行いが、発言がディアベルを殺そうとしていたと思うと虚しくて堪らない。

 そんな気はこれっぽっちも無かったが、どうしようもなく、ケイスケは底を知らない虚しい想いが込み上げ、ギリッと歯軋りをする。

 それを見たユウキはケイスケをフォローしようと、

 

「ディアベルさん……ケイスケはそんなつもりで言ったわけじゃないよ。ディアベルさんが心配で、大切な人だと思ってるから……」

 

 弱々しい声をしたユウキに対して、ディアベルは「分かってるよ」と言ってケイスケを離す。

 

「ケイスケの心配は純粋な優しさからだってことは俺が良く分かってるよ。だからこそ、ケイスケの純粋な優しさは俺を殺してしまうかも知れないんだ。俺は何を言われても自分の信念を貫く。そう思っているのに優しくされ、しまいには諦めろ、安全策を考えろなんて言われたら実戦の大事な場面で躊躇って死んでしまうかも知れない」

 

「で、でも……」

 

「ユウキさん、君のその優しさも俺を殺してしまうかも知れないんだよ」

 

「っ…………」

 

 言い返す言葉が見つからない。

 あったとしても、それもまた優しく、命を散らす──殺しの力を孕んだ言葉。

 成す術がない。喉を枯らして叫ぼうとも、血反吐吐いて涙を流して止めようとも、ディアベルの心には絶対的で、ビクともしない『意志』と言う名の壁が存在し、今の彼を維持し続ける。

 

「俺を助けたい、死なせたくないって気持ちが嘘じゃないなら、何もしないでくれ……頼む」

 

 吐き捨てるように言うと、二人を通り過ぎ、背中を向けて街中に去って行こうとする。

 ケイスケは言葉が出ず、行くな、とディアベルの後ろ姿をゆっくりと追って手を伸ばすが、呼び止めるのを諦めた。

 呼び止めたところで、何か出来るわけでもなく、所詮、自分は彼にとって毒でしかない。

 

「俺はディアベルを殺そうとしてたのか……?」

 

 自分の両手を見ると、血だらけで見るも無残な状態になっている、醜い幻覚に襲われる。

 

 自分の優しさで、死ななくて済む人が死ぬと言うのなら、背後に立っているユウキすらも殺してしまうのだろうか。

 好きと言ってくれた女の子を自分の手で殺してしまうのだろうか。

 優しさが大切な人を殺してしまうのなら、戸惑うことも、躊躇うこともなく捨ててやる。

 

「大丈夫だよ」

 

 血だらけの手に、ユウキの小さくて白い手が乗せられる。

 消えることを知らない血を全て覆ってしまう。

 

「ケイスケの優しさが誰かを傷つけようとしても、ボクが身代わりになって傷ついてあげる」

 

 ケイスケを捉えるユウキの瞳には何の邪心も虚飾のない、落ち着く暖かさを感じる。

 にしても意味不明だ。どうしてユウキが身代わりになる必要があるんだ。

 

「何でお前が傷つかないといけないんだよ」

 

「だって、ボクが泣いたり寂しがったりしたら、ケイスケが頭撫でてくれたり抱き締めてくれるんだもん。傷付くのは嫌だけど、その後にあるケイスケの優しさがボクにとってマイナスよりも大きく上回るプラスだったりしてね」

 

「あぁ、お前やっぱり馬鹿だ」

 

「馬鹿じゃないよ!」

 

 馬鹿だ。馬鹿で、馬鹿過ぎて、救いようのない馬鹿だ。何よりも──愛すべき馬鹿だ。

 頭撫でるだけでマイナスがプラスになるなんてどういうこった。

 

 ──そうだ、ディアベル。お前の言う通りだと思う。優しさは人を、大切な人達を傷つけてしまうかも知れない。立ち直れないくらいに、痛くてどうしようもない傷を。逆に、大切な人達を幸せにする力を持っているだってのも分かった。

 

「ユウキの優しさは馬鹿だよ」

 

 ケイスケがそう言うと、ユウキは静かに微笑んでケイスケに寄り添った。

 

「一番伝わりやすい優しさでしょ。その馬鹿さだけならボクは自分でも誇りに思うよ」

 

「誇りに思うな、アホが」

 

「悪口の段階が上がっちゃってない?」

 

「問題ねぇ」

 

 ユウキを嘲笑うかのように鼻で笑い、時計台を見ると既に一時間が経過していた。

 長い時間言い争っていたらしいが、色々な感情でディアベルとぶつかり合ってた所為で時間経過が物凄い早く感じる。

 第一層攻略開始は翌日の朝──ケイスケにとっての本番は今、この瞬間から始まっている。

 

「行くぞ、ディアベルを助ける為に」

 

 空虚に浸っていた心はユウキの優しさで満たされ、不思議と無茶振りでも、命懸けの行動も出来る気がしてきた。

 知恵を振り絞れ、自分が出来る最大限の行動をしろ。所詮は餓鬼の浅知恵なんだ、極端に行動して親友を救い出してやれ、とケイスケは自分に言い聞かせる。

 

「簡単なことじゃねぇかよ。俺もやれば良いんだ。ラストアタックボーナスを俺も狙えば済む話だ」

 

「やめてよ!」

 

 ケイスケの語るそれを振り払って、ユウキは絶叫する。

 

 死ぬかも知れない行動を誰かがするだけでも嫌なのに、今度はその人と一緒になって戦おうとするケイスケに対して怒りを露わにしていた。

 

「死んじゃったら意味ないって言ってるのに、ディアベルさんもケイスケも、何で分からないの?馬鹿もアホも、そんなことをするケイスケ達がよっぽどそうだよ!」

 

「死ぬ気なんてねぇよ。良く考えてみろ、ディアベルは第一層のボスには十分過ぎる程詳しい。加えて、俺とディアベルはベータテスターだからプレイヤースキルもそこらのプレイヤーよりかは幾分マシだ。俺達二人でボスをやっちまえば、勝率なんてどの作戦よりもブッチだろうしな。他にベータテスターがいればそいつもこの作戦に組み込んで見せるさ」

 

「ディアベルさんが許さないんじゃないの……?」

 

「あぁ、そのことはどうでも良いんだ」

 

 他人事のように素っ気なく返事を返す。

 素っ気ない態度に、ユウキは不安と心配で顔を曇らした。

 

 ケイスケは嗜虐じみた、悪巧みをしようとしている笑みを浮かべ、

 

「あの野郎は第一層攻略の指揮官を進んでやってんだろ?なら、俺はベータテスターの指揮官をやらせてもらう。小さな隊になるからテスター小隊ってとこか」

 

「……ケイスケは何がしたいの?」

 

 極小規模な部隊を作ったところで、今回の作戦に支障をもたらすことはない。

 が、ケイスケが望んだ『テスター小隊』は"作戦に問題が起こらないようにする"のがモットー、ディアベルの作戦を阻止するのではなく、遂行させるのが目的で、支障を出す必要はない。

 

 ──ディアベルが提案した作戦を、"問題なくこなす"。やり遂げてやろうじゃねぇか。

 

「あいつの指示にちゃんと従うだけさ。奴隷の如く、従順にな。ディアベルの提案した作戦が上手くいくように、"皆で倒せるように"、影で俺が指揮を取る。ちゃんと言うこと聞いてんだ、怒られる要素はねぇだろ?」

 

 不屈の光を宿した真紅の瞳には一切の迷いがない。

 親友を助ける為に、最強のベータテスター──柏木ケイスケが立ち上がった。

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 現時刻は昼時、タイムリミットまでは約二十時間。

 睡眠時間を入れると、十数時間で他のベータテスターを見つけ出さなければいけない。

 ユウキと二人で攻略に参加するプレイヤー全員に当たろうとしても、居場所が特定出来なければ一日で訪ねきれない。

 

「つっても、ほぼ無理ゲーだなコレ」

 

 ベータテスターはケイスケとディアベルを含めて千人のみ。攻略会議に出席していたプレイヤーの数は当然だが千人もいなく、いても四十人強と言ったところ。

 あの場にベータテスターがどれだけいたのか、パーセンテージで考えると頭痛だけでは済まない。

 

「どうやってその……ベータテスターって人を探すの?」

 

「策はあるっちゃあるけど……ま、使えるモンは使っとくしかないか」

 

 相手には悪いけど、とケイスケは申し訳なさそうに呟き、右手の人差し指でメニューウィンドウを開く。

 アイテム欄でも武器・装備欄でもなく、弄ったことのない箇所──パーティメンバーと表示されたリストをタッチする。

 

 メニュー操作しているケイスケの横ではユウキが興味本位で、背伸びをして覗き込もうとしているが、

 

「見えないよぉ……」

 

 身長が原因で覗き込めなく、見えるのはウィンドウ越しで反対になっている文字とケイスケの顔だけだ。

 何度も頑張って背伸びをする。が、諦めたらしく、ケイスケの服の裾を引っ張る。

 

「ケイスケが大きいから見えないよ」

 

「サプリメントでも飲んで身長伸ばせばいいだろ」

 

「んぐ……と、とにかくしゃがんで欲しいかなってお願いしてみる……」

 

 ユウキの上目遣いに、仕方ないなと言った態度でケイスケは屈む。

 ──今思うと、自分とユウキの間には結構身長差がある。

 ユウキの身長は見た感じ150センチ前後と腕に収め易い大きさであるに対し、ケイスケの身長は173センチ。女子にとっては理想の大きさだろう。

 

「あれ、このキリトとアスナって人は昨日パーティを組んだ二人だよね」

 

「そうだよ。んでもって、俺はこのキリトって方にメッセージを飛ばす。『助けてくれ、死にそうなんだ』とか送ればすぐに来るだろ。到着したら仲良くベータテスター探しだな」

 

「……アスナって人はいいの?」

 

「いやぁ、流石に女の子に頼めねーよ。こっちの気が引けるわ」

 

 そう言いながらメッセージを打ち込んでいるケイスケをユウキはジト目で見る。

 

「ボクも女の子なんだけど」

 

「お前は待てって言っても付いて来るだろうが。それに、一人で出歩いて変な奴がお前に絡んだら厄介だからと思って携帯しておいてやってんだ」

 

「もしかして心配してくれてるの?」

 

「─────」

 

 ユウキを無視して、ケイスケは黙々と作業し続け、先の言葉を待っているユウキはなおも期待した眼差しを向ける。

 胸の手前で、両手を握りしめながら上目遣いのその姿は、不思議と存在しない犬耳が動き、尻尾を振っているようで愛くるしい。

 

 自然と、ユウキの頭に手を伸ばしてしまう。

 

「ん……」

 

 撫でるとユウキは頬を赤らめ、吐息に混じらせて熱を帯びた声を漏らす。

 ハッとしたケイスケはメッセージ画面に向き直し、適当に打ち込んで、『発信』と記されたパネルを人差し指でタッチして文字通り送る。

 

「き、キリトには噴水広場に来いってメッセ飛ばしたから少し待てば来ると思う。それまで時間潰してようぜ」

 

「うん、分かった……」

 

 撫でるのを中断されたユウキは見えない犬耳と共に項垂れて落ち込み、とぼとぼと噴水前のベンチに向かって歩き始める。

 そんなユウキの後ろ姿を見て、ケイスケは、

 

「ありがとう……俺に優しくしてくれて。お礼したいって言ってもこんなことしか出来ない」

 

 優しくユウキを抱き締め、耳元で囁く。

 身体が火照って動悸が激しくなる。密着している所為で心臓の音を聞かれそうで恥ずい。

 けれども、自分の鼓動以上にユウキの鼓動を感じる。ドクン、ドクンと。

 撫でてくれ、抱き締めてくれと口では軽く言っても、実際に行動に移されるとユウキは恥ずかしさで固くなってしまうようだ。──恥ずかしいならして欲しいなんて言わなければいいのに。

 

「"こんなこと"で良いんだ。ボクは嬉しい……でも、こんなことをしてるって言うのに好きじゃないって言われるのはボク的には凄い不服だよ」

 

 だから、とユウキはケイスケの腕を離して、ケイスケに向き直った。

 何を言うのか、ケイスケが疑問に思っていると、ユウキがケイスケの首辺りを掴んでグイッと下げ、精一杯の背伸びをする。

 すると、ほぼ不可抗力でユウキに顔を近付けてしまう。

 

 息がかかるほどの距離──息すらも二人を遮れないほどの距離。

 

「だから、ボクは全力で君を好きにさせてみせる」

 

 この距離の意味をケイスケが理解した時には既に、互いの息は絡み合い──唇が触れ合っていた。

 

 触れ合うだけの、初めての口づけ。

 ケイスケの見開かれた瞳には驚きと戸惑い。ユウキの閉ざされた瞼の奥の瞳にはどんな感情が渦巻いているのだろうか。

 

 分からない。けど、分かる。

 ユウキの柔らかい唇から感じる熱で、全てが伝わってくる。

 それは単純であり、純粋であり、甘い。

 

「────」

 

 どちらともなく、唇が離れた。

 

 未だに唖然とし、何が起こったのか正確には思い出せない。

 自分の唇が暖かい、ユウキの熱を帯びている。

 

 ユウキは三歩後退り、子供のような無邪気な笑顔で、

 

「ケイスケが『好き』ってことに気付くのは以外と早いのかもね」

 

 ユウキの笑顔に心臓が高鳴る。

 ユウキがいつも寄り添ってくるように、今日という一日で、ケイスケの心も揺らぎ、ユウキに寄り添い始めていた。

 

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