ダンまち世界の転移者   作:慧春

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 現実が忙しすぎるので、申し訳ないですけど、七月の投稿はこれだけになりそうです!


剣姫の葛藤、牡牛座の絆

 

 

「アイズ――! 速いよ!!」

 

「ちょ、あんたッ! 突っ走り過ぎよ!?」

 

 アイズは、後ろから聞こえてくる同じ派閥(ファミリア)に所属する仲間である双子のアマゾネス達の言葉に振り返ることなく、魔法によって上乗せされた肉体の速度を更に加速させた。

 

 目の前に映るのは、モンスター達の群れ――アイズは眼前に迫り来るモンスター達に向けて突き進み、それらに剣を振るう……

 

「ハァッ!」

 

 ここは、ダンジョン37階層――ギルドの規定では「深層」に位置される場所。

 そこに住まうモンスター達は、当然ながら、中層や上層に沸くモンスターとは一線を画する強さだ。

 そのほとんどが『Lv.3』……中には、『Lv.4』に達する『能力値(ステイタス)』を持つ物も居る――だが、その程度ならば『Lv.5』の上位に位置するアイズには敵とはなり得ない。

 

 アイズが剣を振るう度に、モンスター達はその太刀筋に切り裂かれ、絶命していく――その様を見て、アイズは呟く……

 

「――足りない」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは焦っていた。

 この程度の力では、速度では、全然足りない……アイズは内心の焦りを体現するが如く、剣を走らせる振るう。

 

 その焦りの原因は――先日のリヴィラの街の騒動だった。

 

 つい数日前――彼女も含めたロキ・ファミリアの主力の面々は、リヴィラの街においてとある騒動に巻き込まれた。

 リヴィラの街で起こった、第二級冒険者『ハシャーナ』が被害者となった殺人事件。事件の調査に協力することとなったのだが、そこで彼女達は、深層で遭遇した不気味なモンスターを連想させる新種と思われる食人花のモンスターと遭遇し、リヴィラの街の冒険者達と共に戦い、何とかこれを退けることが出来た――しかし、多くの謎が残った。

 

 何故、リヴィラの街が新種のモンスターに襲われたのか……そして、それらのモンスターを操っていたと思われる謎の女調教師(テイマー)とその女と戦い、アイズと同派閥のエルフ『レフィーヤ』とヘルメス・ファミリア所属の犬人(シアンロープ)の少女『ルルネ』を救った『黄金の鎧を纏った戦士』……いや、レフィーヤとルルネだけではなく、フィンや他の冒険者達の話から『黄金の戦士』は、その人知を越えた力で、街を襲ったモンスターを一蹴して蹴散らし、多くの人を救って見せたのだという。

 

 リヴィラの街の冒険者達は、彼を褒め称え、礼を言おうと彼を探したらしいが、既に彼の姿は無かった……唯一、フィンだけはその場を去り行く彼の姿を目撃したらしいが……それによると、彼は恐らくは地上に向かったとの事らしい。

 

 それから、アイズ達は事件の翌日には地上に帰還し、主神であるロキにリヴィラの街であったことを報告した後は、ファミリア総出でかの黄金の戦士を探したが、いかんせん、彼を見たのは一部の人間だけであり、詳細な姿を見ているのは間近で戦っているところを見たアイズとレフィーヤ、そしてフィンだけだ。

 当然捜査は難航し、行き詰まった……アイズとしては一刻も早く彼に会いたいと思っているのだが、中々そうもいかない。

 

 自身を慕う後輩であるレフィーヤを救ってくれたことに対してお礼をするという目的もあるが、一番は彼の途方もない程の強さについて訊ねるためだ。

 アイズは力を――強さを求めている。

 故に知りたいのだ。彼の強さの秘密を――

 

「コスモ……」

 

 確か、彼はアイズの前でそう言っていた……彼と戦った殺人鬼の女もそれを使っていたらしいが……

 

「あの(ひと)も強かった……私よりもずっと――」

 

 アイズは考える――もし、あの殺人鬼と遭遇し、交戦したのが自分ならば――勝ち目など在ろう筈がない。

 控えめに見ても、Lv.5である自分を優に越える『能力値(ステイタス)』……特に、あの『筋力(パワー)』と『敏捷(スピード)』は凶悪だ。

 アイズが食らえば防具ごと粉砕されるであろう力と、レフィーヤの光属性の魔法に匹敵するかもしれない速度……アイズは、女に勝てる想像が全く出来ない。

 

「けど、あの人は――」

 

 それと互角――否、圧倒していた。

 アイズは自分では勝ち目が無いと断言できる相手に終始有利に立ち回りを演じていた『黄金の戦士』……『ゴールドセイント』と呼ばれていた謎の青年。

 

 アイズは当初彼は冒険者だと思っていたが、それは違うと彼の戦いを見ると確信できた。彼からは神の恩恵を受けた人間が放つ特有の気配がしなかったし、彼の戦闘スタイルは、己が命を最も優先する『冒険者』のソレとは全く違う。アイズ自身、確信は無いがアレは――己の命を捨てて戦う『戦士』の闘い方だ。

 

 誇りか、名誉か、或いはもっと大切な『何か』……己の信じる物の為ならば『命を捨てる選択』を何の躊躇いも持たず、疑わずに実行できる者……彼が何を守りたいのか、アイズは知らない。だが、それはきっと尊いものなのだろう。しかし、それは一般人からしたら狂人の類い。アイズですら戦慄する生き方だ。

 

 だが、彼の鮮烈な闘いはアイズの心に、戦慄と恐怖以上の『何か』を刻み付けた――どうしようもなく惹き付けられる『何か』を――

 

 

(一体、どうしてあの人はあんなに強く在れるのだろう――)

 

 

 自身が傷付くことを厭わずに、ただ前に――その障害となりうるものは全て切り伏せてでも、ただ前に進み続ける……その背中はアイズにはとても強く大きな物に見えた。

 

 まるで、かつて自分自身の英雄を見付けなさいとアイズに言った『父』の様に――

 

 

 

「私は――弱い……」

 

 

 辺りに散らばるモンスターの死骸とドロップアイテムと魔石……自身が倒したモンスター達の名残に囲まれながら、アイズの声は迷宮に木霊した……その様子を見て、痛々しそうに目を背ける者と、声を掛けようとする者……しかし、それらはアイズの顔を見て動きを止めた……気付いたのだ。どの様な慰めの言葉も、今の彼女には無意味であると理解したのだ。

 

「アイズ……今回は遠征じゃないんだ。僕たちは前の遠征で飛んだ分の資産を取り戻す為に来ている……もう充分だ――戻るよ」

 

 彼方へ行っていた意識は、フィンの声を聞きつけ、途端に現実へと返る――だが、彼女はフィンの言葉を聞き、焦り始める。

 

「フィン……私、もう少し残っちゃ駄目かな?」

 

「まぁ、言うと思ったけどね……駄目だ」

 

 アイズの願いを読んでいたのか、フィンは躊躇うことは一切せず、強い口調で切り捨てる。彼はロキ・ファミリアの団長――多くの団員の命を預かる団長として、アイズの我が儘を許すことはできない。

 彼のその言葉に、アイズの事を案じる他の団員達は安堵の息を吐く……しかし、それは――

 

「ならば、フィン……私も残ろう」

 

「わかった――許可するよ」

 

「「「えぇ!?」」」

 

 ――驚愕の悲鳴に変わる。

 

「すまんな……フィン。この子が『我が儘』を言うのは滅多に無い事なのでな……」

 

「解ってるよ。苦労するね君も……親としてね」

 

 リヴェリアの言葉を勝手知ったる風に相槌をうつフィン……この辺りの感情の機敏を汲むことが出来るのは、アイズやレフィーヤ達が生まれるよりも以前から築き上げてきた信頼がなせる技だろう。

 

「でも、ファミリアの年長者として……或いは副団長としても、君は自分の言葉に責任と覚悟を持たなければならない……」

 

「……解っているさ――そしてすまない。ありがとう」

 

 だが、付き合いが長い――それは、必ずしも決断を甘くする理由にはならない。

 この場合は副団長として、団員(アイズ)の行動に全ての責任を背負う覚悟を決めたリヴェリアからの進言を、団長としてフィンが受け入れたということだ。

 

 もし、アイズに何かあった場合、若しくは何かをしてしまった場合――責任は全て、リヴェリアが取ると言うこと……そして、その場合、フィンは団長として彼女を容赦なく罰するだろう。それが団長としての責務故に――リヴェリアにも、それが解っている。しかし、ソレでも彼女はアイズの独断を後押しした自分を咎めることなく、許可を出した彼に感謝した。

 

「わ、私も同行します!」

 

 今のアイズを一人にはさせたくないと、彼女を信仰するレフィーヤは、サポーターでもなんでもやるからと同行を希望した。

 

「あ、それなら私も残る――なんだ簡単じゃん」

 

 アマゾネスの双子の片割れであるティオナもまた、彼女達に着いていくことを望む――

 

「駄目よ。分けられる食料に余裕がないんだから……精々二人分が限界よ……」

 

「えぇ~」

 

 だが、しかし、彼女達の仲間を思う意思は、同じく双子の片割れであるティオネの現実的な意見によって阻まれる。

 彼女達ロキ・ファミリアは目的はあくまでも資金稼ぎ……当然、余分な食料など多くは持ってきてはいない。ここから、地上に戻るまでには、時間にして数日はダンジョンに籠らなければならない。それに予期せぬトラブル等が起こりうる可能性もあるので、それほど多くの食料を別動隊に分ける余裕は無いのだ。

 分けられても二人分――それが、ティオネの判断。

 そして、それは間違っていない――それが、分かっているからこそレフィーヤとティオナの二人は不満の声を挙げこそすれ、それに噛みつく真似もしない。

 

「ア~イズ!」

 

「ティオナ……心配かけてごめんなさ――ッ!?」

 

 自身に駆け寄ってくるティオナに対して謝罪をしようとした矢先、ティオナのデコピンがアイズのおでこに炸裂する。

 ただのデコピンと侮るなかれ……そこはパワー特化型の第一級冒険者であるティオナのデコピンは、並みの冒険者なら悶絶物の一撃である。

 アイズも同じくLv.5とは言え、不意を突かれた為、額を押さえながら、若干涙目になる事は避けられない。

 

地上(うえ)で会おうね!」

 

 文句を言おうとして、顔を上げるとそこにはティオナの人懐っこい笑顔があった。

 その言葉は、アイズの葛藤を吹き飛ばすには充分な威力を持っていた。

 アイズは敵わないな……と思った。フィンとリヴェリア、ガレスの間に在る絆は、自分達には立ち入れないものがある。アイズも余裕の無かった昔とは違い、キチンと周りの人に向き合いつつあるが、その切っ掛けをくれたのはティオナだった。

 人付き合いの苦手なアイズは相手が話し掛けて来ても、何を話して良いのか分からない時が多々にあるが、昔はそれが更に顕著だった。そんな当時のアイズと物怖じせずに向き合い、手を引いてくれたアマゾネスの少女――彼女とならば、いずれファミリアの先人達のような関係になれるかもしれないとアイズは思っている。

 

「うん。必ず――」

 

 だからこそ、アイズは仲間として――友達として『また会おうね』と約束する。

 自分はこれから相当な無茶をする――けど、必ず生きて戻るとアイズは心に刻み付けた。

 

 

 

 そして、少女は『階層主』に命がけの戦いに挑む――その先にある大きな背中を求めて、命を懸けて冒険に挑み、見事成し遂げて見せた。

 その数日後【剣姫】――アイズ・ヴァレンシュタインの『Lv.6』へのランクアップがオラリオから全世界に向けて発信された――

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

 

『巨星は見えているか?』

 

 とある高野――時刻は夜。燦然と輝く星空に照らされながら老人は己の後ろに膝をつく子供に尋ねる。

 

『はい。我が師『アルデバラン』さま――天には確かに、貴方と同じ名の『巨星(アルデバラン)』が光輝いております』

 

 そうか――と、既に老いによって見えなくなってしまった目を閉じたまま、『巨星(アルデバラン)』と呼ばれた老人は天を見上げるように顔を挙げた。

 

「エルナトよ――」

 

「ハッ!」

 

 老人の呼び掛けに、幼さを多分に残した少年は毅然に返事をした――

 

 『牡牛座(タウラス)のアルデバラン』――その名を『聖闘士(セイント)』で知らぬ者は居ないと言われる程の英雄であり『牡羊座(アリエス)のシオン』、『天秤座(ライブラ)の童虎』と同じく、二百年前の『聖戦』を戦った、数少ない生き残りの聖闘士……だが、少年の師であるアルデバランはそれを言うと、自分は彼等に並ぶような器ではないと否定する。

 アルデバランの話によれば、当時の聖戦を戦った【牡牛座(タウラス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)】は彼ではなく、その師である先代だという。そして、現在は聖闘士の多くが英雄と讃える少年の師は、当時は守護星座の加護を持たない――ただの『雑兵』に過ぎなかったのだという……それ故にアルデバランは、時々自らを卑下するような事を言うのだ。

 

 エルナトからすればそれは面白くないことだ。

 確かに心無い者は、殆どの聖闘士が死に絶えた聖戦の後だったからこそ『雑兵如き』でも成り上がりが可能だったのだと陰で謳っているのは知っている……だが、エルメトは彼の過去を聞いてもその尊敬の気持ちを一切失わなかった。

 確かに黄金聖闘士(ゴールドセイント)として、前聖戦の最前線に居ながら生き残った『教皇』と『老師』は偉大な存在だ。それは間違いない。

 しかし、聖戦の後……聖闘士達だけではなく先代の女神(アテナ)さえも亡きその後、聖闘士を束ねる『教皇』となったシオンと、五老峰の滝の前で魔星の監視をアテナに命ぜられた童虎は、それぞれの理由で簡単には動けなくなった。

 

 そんな聖戦を闘い抜いた聖闘士達が動けぬ中で、二百年以上の長きに渡り、聖域(サンクチュアリ)を支え、人々の自由と平和、地上の愛と正義を護り続けてきたのは誰か――それは、当然彼『牡牛座(タウラス)のアルデバラン』その人に他ならない。

 教皇と老師が聖戦で護り抜いた地上を、アルデバランは二百年以上もの長い間支え続けたのだ――その年老いた双肩で……他の誰にそのような偉業を成し遂げられようか……

 

 

「エルナトよ――お前は聖闘士として何を成したい?」

 

「私は……護り抜きたいです」

 

 アルデバランの問いに即答する――そう、少年は目の前の師こそが誰よりも偉大であると信じて疑っていない。

 故に、彼のように在りたいと思うのは当然の帰結……アルデバランの様に、この地上に存在する尊きものを全て護り、背負える聖闘士となる。それがエルナトの目標だった……

 

「そうか……私はなエルナトよ――ずっと聖闘士(セイント)という存在に憧れて来たのだよ」

 

 アルデバランは、少しの間その老いて皺が目立つようになった顔をエルナトへと向け、再び空を見上げた。

 

 やはり歳のためか、彼の声は所々で掠れ、聞き取りにくい……だが、少年エルメトは師の言葉を一語一句聞き逃すまいと真剣な表情で続きを待った。

 

「二百年前の聖戦で戦った聖闘士達は、黄金も白銀も青銅も、皆が皆、心の底から地上を愛しておった……それ故に、命を投げ出すではなく『命』と『愛』を天秤に掛け、その上で礎となることを選んだのだ。その最期は皆壮絶だった――しかし、彼等の死は断じて『悲劇』ではない――」

 

「善なる心を持つ聖闘士達の死が、悲劇ではないと言うですか?」

 

 エルメトには想像もつかない。悲劇ではないと言うのならば、何故地上を守ろうと死んでいった過去の聖闘士達は死ななければならなかったのか……恐ろしかっただろう。苦しかったろう。そして、何より『無念』だったろう。志半ばで果てる事が――

 

 エルメトは聖闘士候補生……闘いには死が付き物であると理解はしている。しかし、そこに納得など出来よう筈もない。聖闘士とは地上の愛と正義、平和を護る女神アテナの守護者だ。

 その闘いは等しく、大義の為であるとエルメトは考えている。

 大義を貫くためには犠牲はつきものではあるが、それらは等しく悲劇である筈なのだ――

 

「何故なら彼等は繋げたからだ……その『心』を、『想い』を――そして、彼等から私が引き継いだ『想い』は全て、私からお前の中にも根付いているのだ……」

 

 そう言い、アルデバランは老いて痩せ細った右手を開いて、自分の胸に当てる――

 

「ッ!? それは――」

 

 師のその言葉を聞いた瞬間――エルメトは体に電流が流れたかのような衝撃が走った――

 次へ、己の後に続く者達へと――

 次代へ受け継がれる『想い』――その通りだ。仮に己が戦いに命を賭して、その結果死したとしても、次へと繋ぐことが出来たのであれば――その死は断じて……断じて悲劇などではないだろう。

 

黄金(ゴールド)も、白銀(シルバー)も、青銅(ブロンズ)も、そして聖衣(クロス)無き雑兵達すらも――あの時代の聖闘士達は、皆、それぞれの『愛する何か』を次代へと繋げる為に戦ったのだ……」

 

 その言葉に秘められた思いは、重くのし掛かるように少年の体を軋ませる……少年にはその重みが、前聖戦の聖闘士達の命の重みのように感じられる。

 そして、ハッした。エルメトはこれこそが託された物だと理解したのだ。

 

「彼等は私にとって永遠の憧れ――消して沈むこと無き『巨星(ひかり)』そのものよ――」

 

 エルメトは目を閉じる――そうすれば、師の言葉から感じられるからだ。

 前聖戦の聖闘士達が以下に戦ったのかを――その苛烈さを、激しさを――その壮絶な最期を――

 

 気が付けば、少年の目からは、止めどない涙の滴が流れ出ていた――

 

「だからこそ、私は『紡ぐ者』で良いのだ……彼等の残した『想い』を後世の者達へ…次代へと『紡ぎ』それを『繋ぐ』――それこそ私の天命だと今は思っている」

 

 それは違う――そう言いたかった。

 確かに前聖戦の聖闘士の思いを『繋げる』という目的もあったのだろう。しかし、苛烈を極める聖闘士の修行で教えの中で、少年は確かに師の『想い』を感じていた。

 

 だが、それを口に出すことはできない。何故なら師は、既にそう己で定めてしまっているからだ。己の心の在り方を――

 

 二百年以上にも渡る敬愛する師の『信念』を引け合いに出されては、ただ弟子であるだけの十年も生きていない子供である己の言葉に如何様な重みがあろうか?

 否――その様な中途半端な言葉など口にするに値しない。

 

「我が師アルデバラン様――」

 

「何だ? 我が弟子エルナトよ……」

 

 ならば、自分の師に伝える言葉は決まっている――

 

「貴方が『紡いだ思い』――そして、貴方(・・・・・)の『想い』はこの俺が受け継ぎます……そして繋いで見せます――次代の聖闘士(セイント)達へ――」

 

 その言葉には、アルデバランのそれにも負けない程重い信念が籠っていた。

 そして、その言葉を聞いたアルデバランは、弟子の方へ目を向けると驚いたように目を見開く――弟子の背後には五人の聖衣(クロス)を纏った少年達が立っていたからだ――今の弟子よりも少なくとも六か七つ程年上であろう少年達の背後にはそれぞれの守護星座が輝いていた――

 

「【アンドロメダ座】【白鳥座(キグナス)】【龍座(ドラゴン)】【不死鳥座(フェニックス)】――そして……【天馬座(ペガサス)】――そうですか……貴方は次代(そこ)に居るのですね『テンマさん』――」

 

 それは、或いは彼が『死に際(・・・・)』に視る一種の幻覚だったのかも知れない……しかし、アルデバランは確信していた。

 今自分が見た『それ』こそが『次代』なのだと――

 

「……は? 師よ――今なんと仰いましたか?」

 

 気を張ってはいたが、余程緊張していたのか、ポツリと師の口から漏れた言葉をエルメトは聞き逃してしまう。そんな弟子に何でもないと言い、やがてアルデバランは立ち上がった――

 

「エルメトよ――お前は優しい。優し過ぎる程にな――それ故に、我が心を受け継いだお前は私の守ろうとした全て(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を護ろうとする。その優しさ故にな。それもお前の本質よ……別段とやかく言うつもりはない。しかし、これだけは覚えておくのだ……――――」

 

 少年は生涯において、この日の事を忘れることはない――何故ならこの日は、己が最も尊敬し、敬愛する師が自分の道を示してくれた日であったからだ――

 

「そして、お前にこの技を残す――この技は、歴代の【牡牛座(タウラス)】が次代へと引き継がせてきた『技』であり、全ての牡牛座(タウラス)の『誇り』であり、『想い』でもある――」

 

 全ての【牡牛座(タウラス)】の『想い』――その言葉の意味を理解し、エルメトは思わず息を呑んだ。

 そして、瞬きすらしてなるものかと目を見開き、この目に焼き付けると心に誓う――そして、アルデバランは両腕を胸の前で組んだ。

 

「これは、師匠(わたし)から弟子(おまえ)に授ける最後の教えであり、同時に試練でもある――この技を身に付けた暁には、この私の後を継ぎ『女神(アテナ)』の名の下、【牡牛座(タウラス)黄金聖闘士(ゴールドセイント)】として地上の愛と正義を護るのだ!」

 

「はいっ! 必ずや――」

 

「――では見せよう……燃え上がれ! 我が『小宇宙(コスモ)』よ!!」

 

 その言霊を叫ぶと同時にアルデバランの肉体から、凄まじい『小宇宙(コスモ)』が沸きだし、それに呼応して、彼と接している地面や草木が振動し始める――

 

(なんと凄まじく、力強い小宇宙(コスモ)だ! 俺の10倍――いや、それ以上……!?)

 

 黄金聖闘士の候補生と言うこともあり、エルメトの潜在能力は高い。

 まだ十にも満たない幼い身でありながら、その力は既に並の白銀聖闘士(シルバーセイント)を越える実力と小宇宙を持っている。

 だが、そのエルナトをもってして、アルデバランの小宇宙は桁違いと思わせる迫力――

 

 それは、二百年の思い――牡牛座(タウラス)アルデバランが、その生涯で放つ最高の一撃。

 

『【グレートホーン】!!』

 

 その日――とある地域のとある場所で、数百㎞に渡り、上空から『雲』が消失するという謎の事態が発生した――たまたま、その場からを映していた人工衛星は宇宙から、その場から『黄金の牛』が地球から宇宙(そら)へと駆け上がるのを映像に捉え、一時話題となるが、とある『場所』からの圧力によりあっさりとその映像は握り潰され、ほんの数日で噂は消える。

 

 そして、それらの騒動に某国が揺れる中で、一人の老人が二百年以上の人生に終焉を迎えた――その最期は、仁王立ちのまま、立ったままに絶命していたというが、その真相を知るのは、彼の最期に立ち会った弟子である少年だけであった――

 

 それから一年後……彼と同じ牡牛座(タウラス)黄金聖衣(ゴールドクロス)を纏う少年が聖域(サンクチュアリ)を訪れる――彼は前任者と同じ名前……アルデバランと名乗った。

 

 

 こうして、牡牛座(タウラス)は次の世代へ、『聖衣(クロス)』と共に先代の『技』と『想い』も受け継がれ――そして、『先代(テオネ)』から『次代(エルナト)』へ――『巨星(アルデバラン)』の名は継承された。

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

「……む、俺としたことが……寝入っていたか」

 

 とある場所の、大きな巨木の前で彼は目を覚ました――彼は巨木の前で胡座をかいて座り込みながら、目を擦る。

 

「しかし、随分と懐かしい夢だったな……」

 

 ――とうの昔に割り切った筈の過去を夢に視るとは……何かの暗示か?

 彼はその『ミノタウロス』を彷彿とさせる巨体を立ち上がらせながら小声でそう呟いた。

 その際に、彼が身に纏う黄金の鎧――【牡牛座(タウラス)黄金聖衣(ゴールドクロス)】が、微かに光輝くが、アルデバランは気付かなかった。

 

「いや、俺は予知夢(そんなもの)とは縁遠いしな……となると、本当にただの夢か……」

 

 彼の声には喜色の色が見られ、夢の中とはいえ、偉大なる師ともう一度会えたことで、どこか気分が良さげだった……が、何かの気配を感じたのか、その相貌を歪める……

 

「やれやれ……折角人が心境に浸っていたと言うのに……不粋だが――俺は俺の仕事をするのみ!!」

 

 そして、彼の前に巨大な魔物――『モンスター』が現れた。

 そのモンスターは、その巨体を翻し、彼を視界に捉えると雄叫びを挙げ、彼の方に向かって巨体を走らせる――人間の中では素晴らしくガタイの良い巨漢である彼と比べても遥かに巨大な肉体と、虎のような体に、蝙蝠を彷彿とさせる巨大な羽、蠍を連想させる長い尾――それらを併せ持つ巨大モンスターは、その鋭い牙と爪をもって、彼に襲いかかる――

 

 全長10M(メドル)を優に越える巨体が自身に向かって猛スピードで襲い来る――その様子を見て、彼も自らの腕を前に出し、受け止める姿勢を取った。

 

 ――そして『怪物』と『人』……二つの力が正面からぶつかり合う――そして、怪物に比べて遥かに体重の軽いアルデバランが勢いに負けて、後ろへ押されるが、30M(メドル)程押されたところで、アルデバランの後退と怪物の前進が止まる。

 

「マンティコアか!! 神話の怪物と『力比べ』が出来るとはな……!!」

 

 怪物の突進を両腕の豪腕で止め、現在は拮抗して見せながら、彼は楽しげに声を挙げた――まさか、自分がここまで押されるとは思ってもいなかったのだ……

 

「だが、力だけではこのアルデバランを越えることはできん!!」

 

 そして、今度は彼が雄叫びを上げ、マンティコアを押し始める――その様子は、怪物を知るオラリオの冒険者ならば、まさに常識外れと目を疑う光景だ。

 怪物……【マンティ・コア】はオラリオの基準でLv.7にカテゴリーされる怪物であり、ダンジョン46階層の迷宮の孤王(モンスターレックス)なのだから――遭遇すれば、『ロキ・ファミリア』や『フレイヤ・ファミリア』の最精鋭すらも死を覚悟しなければならない程の怪物。

 フレイヤ・ファミリアには、このモンスターと同じくLv.7であり、オラリオ最強の冒険者と名高い『オッタル』が在籍しているが、モンスターと人との間には、そもそも体積や体重で比べ物にならない差がある。故にマンティコアと力で正面から渡り合うなど、オラリオ最強の冒険者である『オッタル』ですら不可能である。

 だが、アルデバランは拮抗し、あまつさえ自身よりも遥かに大きく、重いマンティコアを押して見せた――

 

 マンティコアも、まさか自身よりも遥かに小さい人間如きが自分を押して見せるのが予想外だったのか、手足を踏ん張りながら、その表情を歪める。

 

「どうした! その程度か!!」

 

「ガァア!!」

 

 マンティコアは、その一本一本がアルデバランの肉体よりも太い四肢を更に膨張させ、力を込める……また、アルデバランも自らの両腕に掛かる力が増したのを感じとり、限界まで踏ん張る――

 

「グゥッ! オオォオッ!!」

 

「グルゥルルァア!!!」

 

 そして、怪物(モンスター)英雄(セイント)――両者の力比べは完全な拮抗を見せる!

 

 しかし、その拮抗はマンティコアが、その蠍の尾をアルデバランに向けて伸ばしたところで終了する。

 

「なんとッ!? だが!!」

 

 アルデバランは、自身に迫り来る尾が到達する前に、掴んでいたマンティコアの頭部から、右腕を離し、その豪腕で殴り飛ばす――黄金聖闘士(ゴールドセイント)随一のパワーと瞬発力を持つアルデバランは、その気になれば、ほんの一瞬で全力の拳打を繰り出すことが出来る――この攻撃には怪物も虚を突かれ、やや後方に飛ばされるも、その目には殺意を迸らせながら、アルデバランを見据える――

 

「流石は神話の怪物よ……俺の全力の攻撃を受けても倒れることなく睨み付けてくるとは……大したタフさだ」

 

 彼は本当に感心した。そんな芸当が出来るのは同じ黄金聖衣(ゴールドクロス)を着た黄金聖闘士(ゴールドセイント)か、かつて牡牛座(タウラス)の角を折って見せた若き聖闘士ぐらいだったからだ。

 

「だが――これで終わりだ!」

 

 アルデバランは、両腕を胸の前で腕組みし、構えながらマンティコアを視線で捉える――

 

「これぞ、牡牛座(タウラス)の奥義――」

 

「ガァアッ!!」

 

 アルデバランの構えを見て、野生の勘か、或いは魔物の直感か――兎に角、不味いと判断した怪物は、アルデバランに向かって先程と同様の速度をもって襲いかかる――

 

 だが――遅い。黄金随一の力と速さを併せ持つ彼から見たら、その突進は余りにも遅すぎる。

 

「くらえ! 【グレートホーン】!!」

 

 腕組みの体制から、居合いの要領で放たれる両腕の掌打――全力の瞬発力を持って放たれたそれは、アルデバラン自身の力強い小宇宙を伴って、衝撃波として怪物に向けて放たれた――

 

 アルデバランの放った【グレートホーン】は、衝撃波として辺りに拡散し、怪物を吹き飛ばす――マンティコアは、その一撃に耐えられず、尋常ではないダメージをその身に受けながら、後方に地面を転がりながらやがて、勢いを失い地面に投げ出されると、ゆっくりと肉体を消滅させていった……

 

 モンスターには、魔石と呼ばれる核が在り、それを破壊されたら最後、肉体のダメージの有無に関わらず消滅する。

 アルデバランの放った奥義は、肉体だけではなく、マンティコアの分厚い肉に守られた胸の魔石すらも衝撃で破壊したのだ……

 

「む? なんだこれは?」

 

 マンティコアの絶命を確認するために、その場に歩いてきたアルデバランは疑問の声を挙げた。

 マンティコアが消滅した場所には、アルデバランのグレートホーンによって砕かれた魔石と、それとは別の何かが落ちていたからだ。

 

「石……ではないな……これは『牙』か?」

 

 ドロップアイテム――モンスターは死した際に、その核であった魔石を除いて肉体は消滅するが、稀にそのモンスターの最も発達した部位が消滅せずに残ることがあるのだ。

 

「まぁ、良いか……ふん!」

 

 アルデバランは、砕けた魔石と、そのマンティコアの牙を、ある方向に向かって投げる――そして、それらが落ちたさきには、無数の魔石が山のように積まれた場所――アルデバランが倒したモンスター達の成れの果てが山のように積み上げられた場所だった。

 

「それにしても、今の怪物はとてつもなく強かったな……少なくとも並の白銀(シルバー)では、太刀打ちできまい……」

 

 アルデバランは、自身がたった今、倒して見せた怪物の強さを正確に量り、その上で冷静にそう判断した。

 黄金聖闘士(ゴールドセイント)ならば、苦もなく倒せる相手ではあるが、並の白銀聖闘士や、青銅聖闘士では決して倒せない。

 青銅聖闘士でありながら、黄金聖闘士が護る十二宮を突破した『星矢』を含めた五人の青銅聖闘士達ならば多少は苦労するが、倒せるだろうが……それでも、それなりに苦戦は免れないだろう。

 このレベルの敵がぞろぞろ出てくるようでは、やはり――

 

「やはり『使命のため』には、俺はここを動く訳にはいかんか……そちらは任せたぞ――皆……」

 

 

 その言葉に、どの様な意味があるのか……アルデバランは霧の深いその場所で、巨木の前で座り込む。

 地上と迷宮で戦っているであろう仲間達の無事を祈りながら――

 

 

 

 

 




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