来賓の方々の挨拶が始まった。ほぼ全生徒が耳を傾ける中、二年生の三馬鹿は相変わらず飯を食ってる。もう知らん。
だが、司会者から九島老人の名前が出れば、さすがにその手を止めた。全員、九島老人の登壇を待つ。
そして現れた人物に私は思わず息を呑んだ。出てきたのは、パーティドレスを纏い髪を金色に染めた、若い女性だった。
ざわめきが広がった。私も動揺している。……どういうことなの?と、思わざるをえない。何かトラブル?
………いや、違う。そこに立っているのはこの女性だけでは、と気付き掛けた時、おそらく九島老人と思われる老人が女性の後ろから現れた。
「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のはチョッとした余興だ。魔法というより手品の類いだ。だが、手品のタネに気付いた者は、私の見たところ6人だけだった。つまり、もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なり仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことが出来たのは6人だけだ、ということだ」
その台詞で、会場の学生達はさっきまでとは別の静寂に包まれた。
「魔法を学ぶ諸君。魔法とは手段であってそれ自体が目的ではない。そのことを思い出して欲しくて、私はこのような悪戯を仕掛けた。私が今用いた魔法は、規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。魔法力の面から見れば、低ランクの魔法でしかない。だが君たちはその弱い魔法に惑わされ、私がこの場に現れると分かっていたにも拘らず、私を認識できなかった。魔法を磨くことはもちろん大切だ。魔法力を向上させるための努力は、決して怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。明後日からの九校戦は、魔法を競う場であり、それ以上に、魔法の使い方を競う場だということを覚えておいてもらいたい。私は諸君の工夫を楽しみにしている」
聴衆の全員が手を叩いた。当然、私もだ。だが、中には散文的な拍手をする者もいる。
だが、私は良い言葉を聞けた、と少なからず思えた。
*
その後、私は七草会長の部屋にいた。これからの事を生徒会で決めようということになり、市原先輩やら渡辺先輩やら中条先輩やらが集まっていた。まぁ、ほとんど建前で、完全に夜中のパジャマパーティーみたいになっているけど。
すると、突然ガチャッと扉が開いた。立っていたのは冬也お兄様だった。
「ちょっと、冬也お兄様⁉︎ノックくらい……!」
と、文句を言おうとした私を無視して、冬也お兄様は渡辺先輩の前に立った。全員がキョトンとした顔を浮かべる中、渡辺先輩の顎を人差し指と親指で下から摘み、キメ顔で言った。
「やぁ、愛しのハニー」
やりやがった!本当にやりやがった!
一発ブン殴ろうと思ったのだが、どうもそんな雰囲気ではない。全員、あんぐりと口を開いて冬也お兄様を見ていた。そうか、一高では無言キャラで通してたからこのイケメンボイスを聞くのは初めてなんだ。
つーか、罰ゲームのためにあっさりとキャラ放棄しやがったこの人……。
一方、突然の告白に渡辺先輩は顔を真っ赤にして、ボフン☆と煙を上げる。
「なっなっなっ……⁉︎なっ、ななな何をっ⁉︎」
その真っ赤になった顔をカシャッとデジカメに収めると、冬也お兄様は部屋から出て行った。
*
翌日。私はチームメイトとお風呂に入った後、少し外に出た。今日のお昼に冬也お兄様がテーブルクロス引きを始めたり、他校の選手と九校戦の準備そっちのけでバレーボールを始めたり、ついさっきのお風呂の時だって冬美お姉様になって一緒に入って来たりと、勝手なことばかり始められていたので、夜辺りには「九校肝試し大会」でも開催されそうな勢いだったからだ。
警戒しながら外を歩いていると、達也お兄様と吉田くんが話しているのが見えた。
「ブラインドポジションから、複数の標的に対して正確な遠隔攻撃。捕獲を目的とした攻撃で、相手に致命傷を与えることなく、一撃で無力化している。ベストな戦果だな」
それを聞いて、私は少なからず驚いた。側に転がってるテロリストと思われる賊についてもそうだが、達也お兄様がそこまで誉めているのに、それだけの魔法の腕があるのに、吉田くんは冬也お兄様に相談していた。どういう事なのだろう。
その答えは、次の吉田くんの台詞で理解できた。
「………でも僕の魔法は、本来ならば間に合っていなかった。達也の援護が無かったら、僕は撃たれていた」
「アホか」
「………えっ?」
達也お兄様の台詞に、吉田くんは本当にアホっぽい声を上げた。
「援護がなかったら、というのは仮定に過ぎない。お前の魔法によって賊の捕獲に成功した、これが唯一の事実だ」
「……………」
「現実に俺の援護があって、現実にお前の魔法は間に合った。本来ならば?幹比古、お前はいったい何を本来の姿と思っているんだ?」
「それは……」
「相手が何人いても、どんな手練れが相手でも、誰の援護も必要とせず、勝利することができる。まさかそんなものを基準にしているんじゃないだろうな」
お兄様の言葉は容赦ない。
「もう一度、あえて言おう。幹比古、お前は阿呆だ」
「達也………」
「何故それ程までに、自分を否定しようとする?何故それ程、自分を貶める?何がそんなに気に入らないんだ?」
「達也に言っても分からないよ。君のお兄さんにも相談していたけれど、分からなかったんだから」
「冬也兄様に相談したのか?」
「うん。夏休み前からね。夏休みの間も僕の特訓に付き合ってくれていたけど……」
「魔法の発動スピードは上がらなかった、と?」
「えっ?」
達也お兄様は吉田くんの悩みを一発で見抜いていた。
「どうしてそれを……」
「お前の術式には無駄が多過ぎる」
「……なんだって?」
「お前自身の能力に問題があるのではなく、お前が使用している術式そのものに問題がある、と言ったんだ。魔法が自分の思うように発動しないのはその所為だ」
「何でそんなことが分かるんだよ!」
吉田くんは怒鳴った。あの術式に何かあるのかもしれないけど、私には分からない。
「無理にわかってもらう必要はない。それより、コイツらの処置だ。俺が見張っているから、警備員を呼んできてもらえないか?それとも俺が呼びに行こうか?」
「あ、僕が呼びに行くよ」
吉田くんはその場から離れた。私は姿を現して達也お兄様の方へ歩いた。
「あの、達也お兄様……」
「深雪か。聞いていたのか?」
「気付いていらした癖に。意地悪なんですから」
「まぁな……」
「そうだな。随分容赦のないアドバイスだったな、特尉」
さらに姿を現したのは風間さんだ。軍人さんで、九重先生の教えを受けた、冬也お兄様と達也お兄様の兄弟子さんだ。
「他人に無関心な特尉には珍しいのではないか?」
「無関心は言い過ぎです」
少佐の言い草に私は少し頬を膨らませる。
「しかし、そういうことか。ついこの前、冬也特尉から『術式を変える以外で魔法の発動スピードを上げる方法』についての悩みを相談された所だったんだ」
「! 冬也兄様が?」
「ああ、吉田家の術式を崩したくないだろうからとか何とか」
意外ね。私の思っていた30倍くらい依頼には真面目な人みたいだ。
「それより、この者達をお願いしてもよろしいでしょうか」
達也お兄様が倒れた侵入者を見下ろして、話題を変えるように言った。
「引き受けよう。基地司令部には俺の方から言っておく」
「お手数をおかけします」
「気にする必要はない。余計な仕事をさせられたのは貴君も同じだ」
「はい。しかしこいつら、何が目的なのでしょう」
「さてな。犯罪者の相手は我々の仕事ではないが……この連中、予想以上に積極的だな。達也、とばっちりには十分気をつけろよ」
「ええ、ありがとうございます。それでは、失礼します」
「ああ、またな」
二人は微笑み合った。その顔は、部下と上官の顔から、兄弟弟子の顔になっていた。
「深雪」
「はい、何でしょう?」
「今のことは誰にも言うなよ。特に、冬也兄様には」
「分かっております。また私達に隠れてコソコソ何かされるのは嫌ですからね」