歴史的とも言える快挙によって、一高の優勝はほとんど100%となりつつあった。だが、それでも明日からは新人戦がある。油断は出来ない。
「でも、この調子なら大丈夫そうですね〜」
中条先輩がほんわかした表情でお煎餅を齧りながら言った。
「そうね……。それにしてもビックリしたわ。とーやくんがあんなに強いなんて。十文字くんと引き分けるなんてね〜」
会長から「とーやくん」の文字が出た直後、ピクッと肩が震え上がる渡辺先輩。それを見逃さなかった市原先輩が小首を傾げた。
「どうかしたのですか?渡辺さん」
「い、いや、何でもないぞ。……何でもない、そう、なんでもないハズ……」
「…………」
ニヤッと七草会長が微笑んだ。
「あ、とーやくん」
直後、部屋に備え付けのクローゼットの扉を突き破って中に隠れる渡辺先輩。中条先輩はビクッとして、七草会長、市原先輩、私はその渡辺先輩の奇行を冷ややかに見下した。
「………何してんの?摩利」
聞かれて、頭から血を流しながら渡辺先輩は言った。
「い、いやこれは……アレだ。次元の裂け目が見えて…」
「あっ、冬也くんが窓に張り付い……」
今度は市原先輩だ。直後、布団の中に潜り込んだ。
「ちょっと摩利、血だらけの頭で人のベッドに入らないで」
「いや、ちょっとホームベースが」
「いや意味わかんないし、わかりづらいし」
というか、市原先輩も意外とそういうの好きなのね。
「というかなんだお前ら!何処にも冬也なんていないじゃないか!」
ベッドから出てきて当然の文句をブチまける渡辺先輩。
「知ってるわよ。というか毎回引っかかってる方が凄いわよ」
「そ、それはだな……!」
「あっ、冬也くんがベッドの中に!」
直後、渡辺先輩はベッドを圧斬りで叩き斬りながら大きく飛びのいた。
市原先輩、一々話を遮らないで下さい。
「ちょっと摩利?」
「う、うるさい!いい加減にしろよ市原!」
「あっ、あんな所に!」
「ッ⁉︎」
「蚊」
「蚊かよ!あんな所って……何処にでもいるわ!」
………なんか、アレね。渡辺先輩が可哀想になって来たわね。でもそれ以上に可愛く見えるのが不思議。
「もう次からはやめろよ本当に!」
「分かりました。もうやめま……」
言いかけた市原先輩の口がピタッと止まった。何事かと私も七草会長も中条先輩も、その視線の方を見る。
……………あっ、
「なんだよ」
その視線の先は渡辺先輩の真後ろだ。自分が見られてると思った渡辺先輩が片眉を上げた。
「もう引っかからないぞ。子供じゃない、一度二度やられれば学習する」
「あー、冬也くん」
そう言ったのは中条先輩だ。
「なんだ?お前まで私をからかうか中条?」
「へ?からかう?」
「良い度胸だな。風紀委員長の権限で今からお前を」
「や、後ろですよ」
「はぁ?」
振り返る渡辺委員長。後ろでは冬也お兄様がイケメンフェイスで立っていた。
「んなっ……⁉︎」
後ろに飛び退こうとした渡辺先輩の手を冬也お兄様は掴んだ。
「…………摩利」
「はっはわわわっ……⁉︎」
「今夜は、月が綺麗ですね……」
「…………い、いきなりっ、にゃにをっ⁉︎」
『では失礼しました』
頭を下げてホワイトボードでそう言うと、冬也お兄様はその場から去った。顔を真っ赤にして噴火前の山みたいに湯気を上げる渡辺先輩。……なんで私にはしてくれないのよ。あっ、いや別にしてくれなくてもいいけど。
*
翌日、新人戦初日。スピード・シューティングの予選からだ。雫の応援に来た私は、一緒にいる冬也お兄様に言った。
「冬也お兄様、あまり渡辺委員長を虐めないで上げて下さいよ」
『おりょ?いきなりどうした?』
「昨日、会長の部屋に来たでしょ?罰ゲームだかなんだか知りませんけど、渡辺委員長は彼氏持ちなんですから」
『えっ、何。嫉妬?』
「違います!」
『分かったよ。今夜はお前にアレやってやる』
「ですからそういう問題じゃなくてですね!」
やった!今日は私の日だ!
『それより、そろそろ試合始まるし見ようぜ』
そう言う通り、雫はすでにフィールドに立っている。
『まぁ、達也がこの競技の担当になった時点でオート照準ハイマットフルバースト選手権になるのは目に見えてるけどな』
*
そう言った通り、スピード・シューティングの女子は1位2位3位を一高が独占する形になった。続いて、ほのかのバトル・ボード。
ほのかは毎日のようにスケット部に行って冬也お兄様にアドバイスを受けていたので、私自身は余り心配はしていない。「試合は性格の悪い人が勝つんだって!」と笑顔で言って来た時は別の心配が浮かんだけど。
『まぁ、心配いらないだろうな。俺が「性格の悪いレース」をあいつに叩き込んだから』
「お前は一体何を教えたんだ……」
今度は何故か、冬也お兄様の反対側には渡辺先輩が座っている。
『渡辺先輩、会長と一緒に居なくて良いんですか?』
「いつも一緒に居るわけじゃない。良いんだよ」
『そうすか。じゃ、俺は桐原と服部と一緒に見る約束してるんで』
「えっ」
すっごく悪い顔をしながら冬也お兄様は立ち上がり、本当に服部先輩と桐原先輩の元へ向かった。
その後、私と渡辺先輩は気まずい時間を過ごした。
*
その日の夜。私は若干ウキウキしながら七草会長達の作戦会議に同席していた。今日の結果は、バトル・ボード女子は二名、男子は一名の予選通過。男子のスピード・シューティングは森崎くんが準優勝した。
「男子と女子で逆の成績になっちゃったわね……」
「そうとも言えません。三高は一位と四位ですから、女子で稼いだ貯金がまだ効いています。あまり悲観しすぎるのもどうかと」
「………そうだな。市原の言う通り、悲観的になりすぎるのも良くない。元々、女子の成績が出来過ぎだったんだ」
七草会長、市原先輩、渡辺先輩と呟いた。あー、まだかな冬也お兄様。まだかなー。
すると、ガチャッと扉が開かれた。来たッ‼︎ガバッ!とドアの方を見ると、十文字会頭が私の前に立った。
「やぁ、愛しのハニー」
「」
そおおおおおおおおおおいう意味じゃねえええええええええよクソバカ兄貴がぁああああああああッッ‼︎‼︎
お前が来なきゃ意味ないでしょうがぁッッ‼︎
私の心のツッコミを無視して、十文字先輩は悠々と部屋を出た。
「……………えっ、何今の」
「……………」
生徒会役員と渡辺先輩も全員ポカンとしている。というかあの人、三馬鹿に参加したんか。しかも負けたんか。どうやったら負けんのあの巨体で?
私の疑問は尽きることはなかった。