入学式が終わり、私は講堂から出ようとした。だが、その前に声を掛けられた。
「司波深雪さん」
振り返ると、身長は低めだけれど綺麗な女性が立っていた。この方は確か……、
「生徒会長の七草真由美です」
「司波深雪です」
名乗られたので、私も名乗り返した。そう名乗った七草先輩の後ろには男子生徒が一人控えている。おそらく、その方も生徒会の方なのだろう。生徒会の方が何か御用なのかしら……。
「あの、何か?」
「ご挨拶をと思って。少しお時間はいただけるかしら?」
「申し訳ありません。お兄様と待ち合わせしていますので……」
「そうですか。なら、歩きながらでもいいので、よろしいですか?」
「構いませんが」
七草先輩は私の隣に来た。生徒会が私に用……心当たりがまったくない。もしかして、答辞の事かしら?確かに、自分でも少し「みんな等しく」「一丸となって」「魔法以外にも」などと際どい事を多く入れ過ぎてしまったかもしれないけれど……でもそれは達也お兄様の為ですし……。
と、考えていると、予想外の質問が飛んできた。
「司波冬也くんの妹さんでお間違いないかしら?」
「ッ⁉︎」
な、なんでここであのアホお兄様が……!
「あ、あの……もしかして冬也お兄様が何か……?」
盗撮、盗聴、奇声、奇行……心当たる節が多過ぎる……。問題児を抱えた母親の気持ちを初めて感じながらおそるおそる聞いてみると、これまた予測外の答えが返ってきた。
「とーやくんにはとてもお世話になってるのよ。去年、首席で入学してきて、急にホワイトボードを持って生徒会室に入って来て、『創部申請』をして来たのよ」
あの寡黙キャラは去年から続いてたのか!一年見ない間に何やってんのあの人⁉︎
「しかも『スケット部』とかいうよく分からない部活で」
丸パクリしてるし⁉︎
「それより生徒会に入らない?って勧誘しても聞いてくれなくて、話してもくれなかったのよ」
「も、申し訳ありません!うちの兄が……」
「ううん。とんでもないわ。仕方ないから教室の一室を貸してあげたのよ。最初は誰も『新入生主席が変なことやり出した』って誰も近付かなかったんだけど……」
そりゃそうだろう。私でも近付かないどころか関わらない。全力で他人のフリするでしょうね。
「ある日、バスケ部大会当日に欠員が出ちゃってね。その助っ人で私が呼んでみたんだけど、もうビックリよ。奇跡の世代バリの活躍で一人で50点取ってきちゃったのよ」
「ふぁっ⁉︎」
嘘だ!あの人、バスケの経験なんてない癖に!
「それからもうスケット部は大人気ね。今じゃ伝説になってるのよ」
「あ、あの他にうちの兄は何を……?」
「うーん、あとはねぇ……そうそう、伝説になってるのが九校戦の時ね」
九校戦⁉︎九校戦でいったい何をしでかしたのあの人⁉︎
「九校戦って実は懇親会みたいな感じで開会前と閉会後に軽いパーティをやるんだけど、その時に厨房で一人、体調を崩した方がいたらしくて……。いつの間にか料理のお手伝いをしてたのよ」
今度は料理⁉︎
「あの時は凄かったらしいわね。軽く10人分の働きはしていたみたいだったから」
「あ、あはは……」
本当に何がしたいんだろう、うちの兄は……。偏頭痛に襲われて、こめかみを指で抑えていると、ようやく講堂の出口が見えた。
出口の所には、達也お兄様が待っている。さて、この後はお兄様方と帰宅するだけ……と、思ったのだが、私は一発で不快になった。
お兄様が、女性の方と一緒に待っていたからだ。
「お兄様、お待たせ致しました」
若干、不愉快になりつつも、それでもお兄様のクラスメートとの交友は大事にしなければと思い、私はなんとか笑顔で声を掛けた。
私の声に気付いたお兄様が私の方に振り返って口を開きかけたその時、私の隣の七草先輩が先に声を掛けた。
「こんにちは、司波くん。また会いましたね」
………また?聞き捨てならない言葉が聞こえたわね。私のお兄様は入学早々から生徒会長サンにナンパしたのかしら?
私はわざとお兄様に抗議の視線を突き付けると、お兄様の周りには女子生徒が二人ほど並んでいた。
「…………」
これは、問い詰める必要があるわね。
「お兄様、その方達は……?」
「こちらが柴田美月さん。そして、こちらが千葉エリカさん。同じクラスなんだ」
後ろめたくなく、むしろ堂々と答えやがった。私はさらに攻撃に出る。
「そうですか……早速、クラスメイトとデートですか?」
小首を傾げて、他意はありませんよ?といった表情で私は質問した。それでも、お兄様は表情を変えずに言った。
「そんなわけないだろ、深雪。お前を待っている間、話をしていただけだって。そういう言い方は二人に対して失礼だよ?」
……どうやら、本当にナンパというわけではなかったみたいだ。とりあえず、お兄様の前で失礼な私を見せるわけにはいかない。
「はじめまして、柴田さん、千葉さん。司波深雪です。私も新入生ですので、お兄様同様、よろしくお願いしますね」
「柴田美月です。こちらこそ宜しくお願いします」
「よろしく。あたしのことはエリカでいいわ。貴女のことも深雪って呼ばせてもらっていい?」
「ええ、どうぞ」
改めて自己紹介してくれる二人。もしかしたら、余り悪い人達ではないのかもしれない。
「深雪。生徒会の方々の用は済んだのか?まだだったら、適当に時間を潰しているぞ?」
「大丈夫ですよ」
お兄様からの質問に答えたのは七草会長だった。
「今日はご挨拶させていただいただけですから。深雪さん……と、私も呼ばせてもらっていいかしら?」
「あっ、はい」
七草先輩に声をかけられ、頷いた。
「では深雪さん、また日を改めて」
七草先輩は軽く会釈して講堂を出て行った。が、すぐ後ろの男子生徒がその七草先輩を呼び止める。
「しかし会長、それでは予定が……」
「予めお約束していたものではありませんから。別に予定があるなら、そちらを優先すべきでしょう?」
正論を返す七草先輩は、なおも食い下がろうとする男子生徒を目で制して、また微笑みながら言った。
「それでは深雪さん、今日はこれで。司波くんもいずれまた、ゆっくりと」
再度会釈して立ち去る七草先輩。その背後に続く男子生徒は、お兄様の方を見て、一瞬舌打ちのようなものをした後、すぐに七草先輩のあとを続いた。