バカンス3日目は、朝から荒れ模様だった。空はどんどん曇っていて、強い風が吹いている。
「今日のご予定はどうなさいますか?」
桜井さんがお母様に焼きたてのパンを渡しながら尋ねた。
「こんな日にショッピングもちょっと、ねぇ……。どうしようかしら」
「そうですね……琉球舞踊の観覧なんて如何でしょうか?」
逆に聞き返された桜井さんは、壁に掛かったディスプレイのスイッチを入れ、コントローラーを操作しながら琉球舞踊公演の案内を呼び出した。
「衣装を着けて体験もできるみたいですよ」
「面白そうね。深雪さんはどう思いますか?」
「私も面白そうだと思います」
「バカは?」
「おい、娘と息子の扱い違い過ぎんだろ。クタバレバーカ」
「お前がクタバレ」
なんでお母様は冬也お兄様と話すときだけ男子高校生みたいになるんだろう……。
すると、桜井さんが意見をまとめるように言った。
「ではお車の手配をしておきます。ただ、一つ問題が…この公演は女性限定なんです」
「そう……。達也、貴方、今日は1日冬……バカ息子と一緒にいなさい」
「はい」
「おい、なんで言い直したチンカス女」
「確か昨日の大尉さんから基地に誘われていたわよね?良い機会だから見学して来なさい。もしかしたら訓練に参加させてもらえるかもしれないし」
「分かりました」
「しかも俺に意見聞かねーのかよ。マジでお前、俺の心のデスノート筆頭だからなコノヤロー」
なんか、私の知らない間に話が進んでる。
………このままいけば、私はお兄様たちと別行動をする事になってしまう。
「あの、お母様!」
気が付けば口が開いていた。
「私も、と、冬也お兄様と一緒に行っても良いですか?」
「深雪さん?」
「あっ、えっと、わたしも軍の魔法師がどんな訓練をしているのか興味がありますし、その、ミストレスとして自分のガーディアンの実力は把握しておかねばと思いますので……」
「そう……感心ね」
ミストレスというのは少し抵抗があったが、言い切った。
お母様は私の苦しい言い訳を信じてくれたようで、兄に言った。
「達也、聞いてのとおりです。基地の見学には深雪さんも同行します」
「はい」
「ついては一つ注意しておきます。人前で、冬也はもちろん、深雪さんに敬語を使ってはなりません。深雪さんの事は『お嬢様』ではなく『深雪』、冬也のことは『ウンコたれ』と呼びなさい」
「おい、お前ホントに俺と戦争するか?」
「二人が四葉の次期当主だと覚られる可能性のある言動は禁止します」
「……わかりました」
兄が頷くまで、少し間があった。
*
そんなこんなで、風間大尉の基地に訪れた。
冬也お兄様はやけに大荷物だ。
「あの、冬也お兄様?その荷物は……」
「ん?ちょっとね」
特に説明してくれない。すると、基地から人がやってきた。
「防衛陸軍兵器開発部の真田です」
基地で出迎えてくれた軍人さんはそう名乗った。
「兵器開発部?マジで?」
「はい、マジです」
冬也お兄様の台詞に、微笑みながら真田中尉は答えた。
目を子供みたいに輝かせてる冬也お兄様とは対照的に、兄はまじまじと真田中尉を眺めた。
「どうかしましたか?」
「いえ……まさか士官の方にご案内いただけるとは思っておりませんでしたので。それにここは空軍基地だと聞いておりましたから」
「軍の事に詳しいんですね」
「格闘技の先生が元陸軍の方なんです」
「ああ、なるほど……。空軍の基地に陸軍の技術士官がいるのは、本官の専門が少々特殊で人材が不足しているからですよ。案内を下士官に任せなかったのは……君たちに期待しているから、ですね」
「………なるほど」
その笑顔に、兄は何故か身構えたように見え、冬也お兄様は若干、挑戦的に微笑んだ。
*
真田さんに案内された先は、天井の高い体育館のような場所だった。
そのビルの五階建てくらいありそうな高さの天井から、何本もロープがぶら下がっていて、兵隊さんたちが大勢、ロープを登っては天井近くから飛び降りる、を繰り返している。
その付近で、風間大尉は私たちの事を待っていた。
「早速きてくれたとは、軍に興味を持ってもらっていると解釈してもいいのかな?」
「はい!俺もう興味津々!」
さっきから冬也お兄様が五月蝿い。ついこの前、一緒にウルトラマンフェスティバルに行った時みたいだ。
一方、もう一人の兄も興味はあるのか、ロープの訓練をしている方をジッと見ている。前から思ってはいたけれど、この人もこんな人間的な反応をするのね。
思わずぼんやりしていると、いつの間にかロープ登りの訓練に参加してみないか、という話になっていた。
「いえ、僕は魔法がそれほど得意じゃありませんから」
兄の僕、という一人称を聞いて、少し背中がむずがゆくなった。
「あの、兄さんが、魔法師だと、なぜ分かったんですか?」
兄さん、と、口にするのに強い違和感を覚えながらも聞いた。
「何となく、ですかな。何百人も魔法師を見てると、雰囲気で分かるようになるのですよ。魔法師か、そうでないか。強い魔法師か、弱い魔法師か」
いけない、と思いつつ、動揺が顔に出るのを抑えられない。
「ところで、なぜそのようなことをお気になさるのですかな?」
私は目を逸らした。冬也お兄様なら、この危機を打開してくれるかも、と思ったからだ。
だが、冬也お兄様は、かなり仲良くなった真田中尉と何処かに行ってしまった。肝心な所で使えない兄だ。そう思った時だ。ガーディアンの兄が私の前に出た。
「すみません、僕が魔法の才に乏しいことを、妹は気遣ってくれていて、普段から少々神経質になっているんです」
焦るばかりでどうしたらいいか分からなくなってる私の盾になってくれた。
「そうですか。いや、良い妹さんだ」
「ありがとうございます。自慢の妹です」
「ははっ。仲が良くて羨ましい」
兄が私を助けてくれた、ということを遅れて私は把握した。