「ここは……?」
目の前に広がる一面真っ白な景色。そして、覇気のないような顔でこちらをみつめながら、俺の眼前で散り散りに座り込んでいる10人程の者たちと。これまた同じようにボーッとした顔で、散り散りに突っ立ちながら俺をみている5人程の者たち。
それら全てが、俺の視界に……突然現れた。
いや……俺が現れたのか?
「まだガキじゃにぃぃか」
そう言って俺に話しかけてきたのは……俺が佇んでいる位置から最も近い場所で、両足を伸ばしながら真っ白な地面に座り込んでいる1人のおじさんだった。とても小柄で身長100cmあるのだろうかという疑問が沸いてくるほどの、小さく太った見た目をしている。ずいぶんと小さな人だ。長く伸びた黒髪も黒い髭もモジャモジャで、まるでおとぎ話に出てくるドワーフみたいだ。
他の座っている人たちもみんな個性豊かな見た目で、とびきり太った者もいれば今にも死にそうなくらい痩せ細った顔をした者もおり、さらには白髪の生えたおばあさんまでいる。年齢層は少し高そうな印象をうける。
対照的に、立っている5人程の者たちはみんな、比較的若く見える。
「お、おぉ……」
その立っている者たちの中で一際異彩を放っている者に、俺の目は釘付けになっていた。5人の中で恐らく唯一の女性で、その容貌が「傾国の美女だーッ!」と叫びたくなるほどの美貌の持ち主だったから。いや、確かにそうだがそんな理由で釘付けになったんじゃない。身長170cmの俺よりも身長が少し高そうで、長身スレンダー好きの俺にとってドストライクだったからだ。あぁいや、それも確かにそうだが違うか……あぁそうだ、理由を思い出した!
そんな者がだ、なんと俺と目が合うやニッコリとした表情でこちらに優しく微笑んできたからだ。
信じられるか?
この人形みたいな顔をした、金髪碧眼ストレートロングの西洋風超絶美女さんが、なんと俺と目が合うやイキナリ微笑んできたんだ。他の者達が暗そうな表情で変化なくこっちを舐め回すように見続けてくるときに、彼女だけは俺に向かって花を咲かせてきたんだ。その姿はまるで、淀みの中にいる
いやはや、すっかりみとれちゃって俺の思考回路が鈍くなってしまっていたようで。これで俺の一目惚れ歴は37回目の更新。いやぁ、若いって辛いなぁヤレヤレ。
「まだ若けぇのによぉ。つらかろうにぃ」
そんな俺の心の声を読み取ったかのように、おっさんの言葉と俺の心の言葉が重なった。俺の止まっていた時間を動かすかのように、おっさんが言葉を続けてきたようだ。あぁ、もっとみつめていたかったのにな……相変わらず辛気くさい顔でこっちをみてくる。
そういえば、みんな袖のない白いワンピースのような、そんな病院服のようなものを身に着けているんだな。あ……俺もだ。すげえヒラヒラした服だな、これ。つうか、パンツ履いてんのか俺……あ、なんかすげえ密着したパンツ履いてる気もする。でも、こんな股間に密着したパンツなんて持ってないし服だって……えっ。
「あれ……」
何だこの状況?
なんだこれ??
は??????
は???!!?!?!?は!?!?!?!!?!?
「な、何が……」
夢でもみてんのか俺。意味不明すぎるだろ。わけわかんねえぞ、俺の身に何が起きてんだよ。つぅか何が起きたんだよ、マジで。
俺はいったい……あぁ嘘だろ、どうなってんだよ。すぐ直前の記憶が思い出せないんだが。いやいや、頑張って思い出せ俺。
たしか……今日の夕方6時頃。俺は本日発売された最新第1巻のある漫画を駅前の本屋で買って、そして嬉々としながら急いで家に向かったんだ。必死にチャリを漕いでいたのは鮮明によく覚えている。なんせ俺の買った本は、今は亡き「俺の
あぁ、そこまではハッキリとした記憶がちゃんとある。だけど、俺はその後……やっぱりダメだ。そこまでは思い出せるのに、その先が全く思い出せない。なんでだ。なぜ思い出せない。
もしかして……どっかで事故って死んだのか俺は?
この白い空間は天国か何かなのか?
この人たちはリアル天使?
でも、それならなんでこんなにハッキリとした体の感覚があるんだ。
「どうなってんだ……どこだよ、ここ」
「無理もねぇ。ここには犠牲なしで来た奴も多いがらなぁ。
なんだ突然……犠牲?
抵抗して死にまくった?
なんだかすごく不気味な言葉の数々が聞こえてきた気が……というか、俺の疑問と全然噛み合ってなくないか。
「たしかぁ、ここはホワイチェルって言ったがぁ? そんな名前だった気がするがなぁ。もう怒りでほとんど覚えてねえが」
あ、噛み合った。
「あのーもしかしてここは天国っすか? つうか死後の世界?」
恐らく、この人も俺も……いや、ここにいる人みんながついさっき現世で亡くなられた人なんじゃないだろうか。この人のさきほどの「ここには犠牲なしで来た奴も多いがらなぁ。
多分、俺は事故死。そして、この髭もじゃで彫りの深い顔をした人は発展途上国かどっかの国の人で、テロリスト集団かなんかに村か町が襲われて、その時に殺されでもしたのではないだろうか。いくら今の世が平和だからといっても、その平和が当てはまるのは日本のような恵まれた先進国だけだ。今の時代も途上国は危険が多いと聞く。町一つが襲われることもあるそうだ。きっと日々の暮らしが死との隣り合わせな連続だったんじゃなかろうか。このおっさんの表情からとても疲れている様子が伺えるのが、何よりの証拠に思える。
まぁ、あくまでおっさんの言葉を信じたうえでの、俺の勝手な推論でしかないが……大方、それで当たっているんじゃ。
「おめぇ……」
だが。俺の予想も虚しく、おっさんからの反応は想像していたものとはほど遠かった。
「おめぇまさかぁ……」
小さなおっさんが目を丸くしながら、言葉を失ったような顔でこちらを見続けてくる。俺の声が届く範囲にいる他の人もだ。まるで、体力測定で俺が立ち幅跳び3mの記録を読み上げられたときの、周りの驚いたような表情を思い出す。あれは高一の一学期のときだったよな。そういえば、運動嫌いで勉強嫌いな俺の唯一の取り柄でもあったっけ……懐かしい。って、今はそんなことどうでもいいわ。
「な……何も覚えていねぇのがぁ??」
おっさんの語尾のトーンが一気に上がり、渋い顔には似合わぬような素っ頓狂な声が俺の耳に届いた。明らかに動揺しているような声だ。何をそんなに驚いているのだろうか。
「なんにもっていうか、まぁはい」
死ぬちょっと前から、ここに至るまでだけど。
「そうがぇ……」
俺のその言葉を聞くや否や、幾人の人は俯き、幾人の人はお互いをみつめ合い始めた。そして、さきほどのおじさんが重苦しい顔つきで俺に向かってまた言葉を続けてくる。
「ここは天国なんがじゃねえ。むしろ地獄と言ったほうがしっくりくるがもしれねぇ。見た目は真っ白だけどよぉ」
「地獄っすか……」
おいおいマジかよ。俺はあれか、怠惰な人間だったから、天国か地獄かを決める番人か審判かなんかに地獄行きに判定されちまったってのか。そりゃ、ないだろ。犯罪なんか何一つしたことないんだぞ、俺……あ、いやお袋から500円パクったことはあるけどよ、あ、ぁれは床に落ちていたからでな、決してやましい気持ちなどは毛頭無くてだな。
「地獄じゃねえがぁ、ここは地獄みてえな場所ってことだぁ」
地獄じゃない……のか。なんだ、よかった。とりあえず地獄ではないのならいいや。というか、地獄って本当にあるんだろうか……いや、こんな摩訶不思議な死後の世界があるくらいだし、実際に有っても不思議じゃないか。
「少年よぉ。
「……選ばれた?」
「あぁ、そうだぁ。
まるで突然何かを思い出したかのように、おっさんは悔しそうに顔をしかめて、唇を強く噛み締めながらその目に涙をじわっと溜めていった。続くはずの言葉はすっかり止まっていて、気になるその後が聞こえてこない。
「その潤いはとても大切で綺麗な感情です。どうか無くさないで、小さきドワーフさん」
代わりに口を開いたのは、おっさんのすぐ近くで俺たちの会話をずっと聞いていた長身の女性だった。さきほど俺の目が釘付けになっていた、雪よりも白く透き通った肌を持つあの超絶美人女性だ。
「言葉は交わらずとも、女神様は衆生を決して見捨てません。今、この瞬間も私たちを見ておられるはずです。私の世界に住む者も、貴方の世界に住む者も……亡き者をも含めて」
ブロンドのサラサラとした美しい長髪をフワリと揺らしながら淑やかにしゃがみこんで、白い地面に座りこんでいるオジサンの肩に手をやる。
「理想郷は不浄な魂さえ癒します。命に無価値なものなど、ありはしないのです。ですから今は、その一滴の無垢を溜め込まずに洗い流しながら、前をみつめましょう。光ある世界の
な、何を言っているのか全然わからない……。
け、けど。この美人さんが、おじさんを励まそうとしているのはなんとなくわかる。すごく優しそうな表情でおじさんに微笑みかけている、その彼女の顔には邪気など一欠片も感じ取れない。わからない単語ばっか出てきて意味不明だったけれど、そこにはとても暖かい言葉の意味が内包されているのだと、俺の心は判断していた。
心身共になんて素晴らしい人なのだろうか。恐らく、ドワーフさんと言っていたのは聞き違いなのだろう。この人が、人の風貌をみてあだ名を付けるような御方のはずがない。断言しよう。彼女の口からそのような言葉が出てくるはずがないのだ。
「どうか、小さきドワーフさんに樹霊のご加護がありますように……」
ぇ……ぁ、ぁぁ。ぅん……いや、うん。どうみてもドワーフさんって聞こえ……あーあー聞こえないー聞こえないー。
「……あぁ、ぐぞぉぅ! なんて野郎だ
う、うるせぇ!?
突然、おじさんがこれでもかと意味不明なくらいの大声で叫び始めた。耳の穴に指を突っ込みたくなる衝動に駆られてしまうほどの大きな音が、俺の鼓膜を襲ってくる。い、いてぇ。
「あ”ぁ”っ”! で”も”い”や”だ”ぁ”! 死”ん”で”ぼ”じ”ぐ”ぇ”ぇ”! 死”ん”で”ぼ”じ”ぐ”な”が”っ”だ”だ”ぁ”ぁ”!」
今度は顔を上空におもいっきり向けながら泣き叫び始めた。強いダミ声でこれでもかと声を荒げている。このおっさん、情緒不安定かよ……。
死ぬ直前に、誰か身内でも殺されたのか……?
「ご”れ”が”ら”デ”ス”ゲ”ー”ム”だ”っ”で”し”だ”ぐ”ね”え”だ”ぁ”ぁ”! ご”ん”な”ど”ご”ろ”で”死”ん”で”人”生”終”わ”り”だ”ぐ”ね”え”だ”ぁ”ぁ”ぁ”!」
重苦しい空気が漂うこの空間で、耳障りな音がこれでもかと俺の脳を揺さぶってくる。そのあまりの大きな声量に、俺は内心イライラしてきていた。いや、イライラしてくる原因はそこじゃないか……わかってる。そんなことわかってるけど……。
「わけわからねぇよ……」
エルフ、ドワーフ、死神、女神、私の世界、貴方の世界──そして、聞こえてきたデスゲームという不吉なワード。
謎すぎるだろ……なんだよ、この意味不明な言葉の連続は。何一つ俺の記憶に繋がらない。そもそもエルフもドワーフも、今話題の
やっぱり……そういうことなのか?
腕をつねると痛みが起こる、この痛覚は……本物だっていうことなのか?
俺はまだ生きているのか?
あぁダメだ、落ち着け俺。考えたってどうにかなるもんじゃないだろ。深呼吸だ、とりあえず深呼吸をしてリラックスしよう。
「はぁ……」
視線の先に映る、力強い声で延々と泣きじゃくっている小柄な太ったおじさん。その彼の目や鼻から流れているアレをみていると、とても嘘泣きをしているようには思えない。偽りのないマジ泣きなのだろう。まるで小さな子供がおもいっきり泣いているようにもみえる……なんだか懐かしい光景だな、人が泣いているのを間近でみるのは。一体何年ぶりだろうか。俺の……すっかり消え忘れかけていた感情、そして記憶だ。
俺は誤解していたのかもしれない。どこか気軽に捉えていた部分があったのかもしれない。この理解できない
知りたくない……そう思うほどに、俺の心にあった「正の興味」という感情の灯火は既に消え失せていた。だけど、知りたくなくても変わりに「負の興味」という名の感情が、俺を襲い始めてくる。まったく状況が理解できない今だからこそ、入れ替わるように涌き出てきたこの「負の興味」という感情が、俺の心を締め付けるように強くまとわりついてくる。
知ってしまったら、きっと苦しみと恐怖と後悔しか残らない……そんなことわかりきっているはずなのに。それなのに俺は……。
訊きたい……。
俺たちの身に何が起こっていたのか。何が起きているのか。そして、何が起こるのかを。
「──あの、みなさん。すいませんが、選ばれたってどういう」「こういうときこそッ!」
「おわっ!?」
いきなり真後ろから自分の声を遮るように話しかけられた。爽やかで好青年な男を彷彿とさせてくるような、そんな綺麗な声で。
勢いよく後方へ振り向くと……。
「死神だろうと神だろうと女神だろうと信じない、鋼の心を持つ僕の出番のようだね」
そう言い切りながら、かけているメガネを中指でクイッとさせている男が、俺の瞳に映ってきた。黒髪中髪で、青縁のメガネをかけた男が。声で想像していた通り、整った顔立ちでキリッとした目が特徴的な中々のイケメンがそこにはいた。
「まぁ。死神の使い魔と言う者は確かに実在してしまっていたわけだけれどもね」
死神の使い魔?
なんだか、あんまり穏やかそうではない単語が聞こえてきたな。
つぅかさ……。
「まだ人がこんなにいたんだな……」
今話しかけてきたこのイケメン男以外にも、5~6人のグループや2~3人のグループ、1人でポツンと座ったり佇んでいる人たちが大勢いるのが俺の目に映る。ざっと合わせて50~60人はいるのではないだろうか。俺の後方に、こんなにも沢山の人がいたとは。最初からずっとシーンとしていたからか、全く気づかなかった。
「みたところによると、君は僕よりも少し年下にみえるね。敬語もまともに使えないのかい君は?」
「えっ……あ、あぁすみません」
な、なにを言っているんだろうかこの人は。あんたに向かって言葉を放ったわけではなく、ただの独り言として呟いただけなんだが……。
「もっとも。僕は堅苦しいのが嫌いなので、誰であろうと生まれて16年間。一度も敬語なんて使ったことはないけれどね」
そう言いながら、こちらに笑顔でウィンクを飛ばしてくる彼。
お、おう……そうかい。
彼のその笑顔にはどこか、ドヤ顔のような表情が含まれているようにもみえる。どうやら意識高い系みたいな奴だなと思えるくらいには、俺の潜在意識が彼と関わるのを抵抗しているようだ。というか俺より2歳も年下じゃねえか……。
「話を続けよう」
メガネをクイッと上げ、キリッとした目で俺の方をねぶるようにみる。その熱い眼差しに、俺は目を逸らした。
「察するに、君はここにどうやって来たかも覚えていないんじゃないのかな」
「まぁ、はい」
「それにしてはずいぶんと落ち着いているね。不思議な少年だ。僕が君の状態だったら落ち着いてなんていられないよ」
そう言われるとそうだ。こんなこと普通の状況じゃありえないのに。少なくとも、生まれて18年間地球に住んでいた俺には、全く受け入れることのできない状況のはずだ。なのに、恐怖心がほとんど沸き起こってこない。テレビのロードショウでホラー映画を観た日には、朝まで眠れなくなるくらい人一倍ビビリの俺がだ。変わりに沸き起こる感情は、逃げでも立ち向かうでもなく、どれも下を向いたものだ。すでに諦めにも似た感情が涌き出ているからなのだろうか。
でもそれにしたって、冷静過ぎる気もする。まるで自分じゃないみたいだ。いつもの俺だったら、きっと恐怖で暴れるくらいしてそうなもんだ。いくらデスゲーム物の小説や漫画が好きでよく買っては読んでいたくらい、デスゲーム物の話に耐性のある俺だからって……まさかこんなアンビリバボーなことが俺の身に実際に起きて、自分の命が掛かるのかもしれないなんて知れば、冷静でいられるはずがないんだよ。それら創作の舞台の主人公は皆ハイスペックな他人でしかなく、俺ではないんだ。そもそも、それらは
自分のことは自分が一番よくわかってる。人一倍、へたれ野郎だってことも……なのに一体どうしちまったんだよ俺。明らかに変だ、変すぎる。
「まぁいいさ。宇宙は広いからね。そういう人もいるのだろう」
「宇宙?」
「あぁ、もっとわかりやすく言うべきだったかな。別世界の少年くん」
「はぁ?」
「鈍いなぁ。君は」
「どういう意味だよ?」
「君はね、いや正確には僕たちみんなはね──」
耳を疑った。彼の続く、その言葉に。
「異世界人ってことだよ」
俺はこれでもかと……。
「なにいって」
「それも、みんな──」
だって……。
「──別々の惑星からここにやってきたね」
ここにいるやつらが、みんな別々の