旅の演者はかく語りき   作:澪加 江

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エンリ将軍と英雄ガゼフ

 町と村との中間のような、ここら辺では少し人口が多いだけのそんな田舎の集落。

 普段だったら朝から晩まで畑仕事に家畜の世話、織物に編み物。そういった、日々を少しでも楽に生きようとせっせと働く人々は、男も女も年寄りも幼子も、村の真ん中にある広場に集まりわいわいがやがやと話に花が咲く。

 

「何年ぶりの興行人だろうか」「最後に見たのはロレンツォん所の息子がまだ小さかった頃だ」「ここら辺はモンスターも結構出るというのに、良く来てくれたものじゃ」「それもすこぶる腕がいいらしい」「それはそれは楽しみじゃ」

 

 話し声はどんどん大きくなり最高潮に達している。

 特にこれといった資源があるわけでも、地理的に重要な訳でもないここでは、他所から旅人が来るというだけで大騒ぎなのだ。

 

 パンパンパン。

 

 高く響く拍手の音に村人達は視線を広場の中央へ向ける。

 そこには旅の装備である皮鎧を外し、派手な色の飾り立てられた服に着替えた男が居た。

 平凡な顔に平凡な体格。ここら辺には珍しい色の髪と目という以外の特徴が無い男だ。

 

「皆々様、本日は私の為にお集まりいただきありがとうございます!」

 

 パッとしない見た目に反してその立ち居振る舞いは、見慣れない村人達の目にも洗練されて見えた。

 

「本日私が語りますのは遥か過去の光。歴史に名を残す輝かしき時代、それを築きし名君と、その僕達の栄光の物語でございます!」

 

 紡がれる言葉は低く高く、絶妙な抑揚と身振りによって引き込まれる。

 

「歴史に栄光の名を刻みし魔導国! そして不死の大君主、アインズ・ウール・ゴウン様のお話。不滅の人気を誇る物語であるが故に、全てをお話しすることは出来ませんが、楽しんでいただけると幸いでございます」

 

 ほう、と。何人もの人が満足のため息をつく。

 それはもっとも新しい神話にして、彼ら人間種のもっとも栄えた時代の話。

 親から子へ、子から孫へと語り継がれる、全ての種族が平等だった時代の物語だ。

 

「さてはて、それでは何処を切り取りましょうか? 定番はそう! 漆黒の英雄・モモンの冒険と、かの王との因縁の出会いまででしょうか! しかしそれでは些か定番に過ぎるでしょう」

 

「それではここは人間の身で将軍としての才を見出され、後にカルネ要塞の最初の主となったエンリ将軍と、魔導国の礎となった英雄ガゼフ、そして魔導王として君臨される前の大君主、アインズ・ウール・ゴウン様の出会いと建国を語らせていただきましょう!」

 

 おおと空気がどよめく。

 それはこういった人間種の農村では、ありふれた冒険譚よりも人気がある物語だ。勿論、漆黒の英雄の方も人気は高いが、些か手垢がつきすぎているだろう。それよりは、と示されたのはもう二つの英雄譚。

 ある農夫の娘とアインズ・ウール・ゴウン王の邂逅と、そこから続く苦難と栄光に満ちた物語。

 もしくは、誇り高く忠義に厚い人類最強と謳われた者の、その死を描く物語。

 

「舞台はかつてあった、人間種による三つの国家の境目。その近くにあった長閑な村落、カルネ村からはじまりますーー」

 

 

 

 エンリ・エモットは死に瀕していた。

 それは村を突然襲った兵士のせいであり、妹を庇った時に背中に受けた剣の傷のせいであった。

 

 ――ああ、わたしはここで惨めに死んでいくのか。大切な妹一人救えずに、あっさりと。

 

 斬りつけられどくりどくりと痛みのある傷を受けながらも、せめて妹だけでもと彼女は生きることを諦めない。

 故に、彼女の死は死の支配者たる御方に否定された。

 死の都よりこの世に降り立たれた御方は、生きようとする憐れなものに心動かされ、救うことを決意なされた。

 古き友の言葉と共に。

 御方は彼女を襲った者を僕へと変え、村を襲った兵士達を追い払うよう指示を出された。

 

 ――ああ、慈悲深くお優しい方。なんと御礼を言ったらいいか。どうかお名前をお教え下さい。

 ――ああ、愛らしくも生き足掻く私の庇護物よ。もう恐れることは無い。私の名は、アインズ・ウール・ゴウン。この世に君臨した死の支配者である。

 

 優しき御方は自らの姿に怯える姉妹を哀れに思い、姿を変えられた。高貴なるかんばせを仮面に隠し美しき腕には甲手を嵌められた。

 

 今でこそ知性あるスケルトンは一定の敬意を持たれるが、当時は生者を憎む死者と恐れられていたのだ。

 

 ――小さき者よこれを渡そう。君にある才覚が目覚める時、これは君を護る至高の逸品となるであろう。

 

 御方は幾つかの庇護をエンリ・エモットに与え、更にその財の中からもっとも彼女に相応しいものを与えられた。

 それは小さな角笛であった。

 そう、かの角笛だ。

 

 僕を使い兵士を追い払い、村の死者を悼み死の国での安息を約束された御方は、村を助ける為に立ち寄った英雄、ガゼフ・ストロノーフと邂逅される。

 

 ――我が国の民を助けて頂き感謝の言葉もありません。

 

 英雄ガゼフは同時に人間国家の一つ、王国の戦士であった。

 元は農夫でありながらも王に武を買われ取り立てられた者であり、王の戦士として十二分の人格者である。

 英雄・ガゼフは王の命を受け、辺境の村々を巡視に来ていたのだ。

 

 ――気にする事は無い。古き盟友の意を汲んだだけである。

 ――それでは貴君と盟友殿に感謝の言葉を。本来は我らの役目、いずこの兵の仕業かはわかりませぬが、貴君のお陰で彼らは助かった。せめて感謝の言葉だけでも受け取ってはもらえぬだろうか。

 ――そういう事ならば受け取ろう。

 

 こうして村は救われ一先ずの危機は去った。

 

 しかし時を経ずしてカルネ村は二度目の危機に晒される。それも本来なら庇護するべき王国の手によって。

 

 

 忌まわしい出来事からおおよそ半年。村人の多くが殺されたカルネ村は、アインズ・ウール・ゴウン様の慈悲の下再建されていた。

 攻められにくいよう木の塀を巡らせ、村人達は愛しい者を喪った事で立ち上がった。子供が、女が弓の稽古をし、情け深い恩人に信頼を寄せていた。

 

 その頃、王国と帝国という二つの人間国家は戦争の準備に追われていた。帝国は国を大きくする為に。王国は自らの土地を守る為に。その戦火はカルネ村にまで及んだ。先立って村を襲ったのは帝国の兵だったのだ。

 戦争の直前に英雄ガゼフは自らの王に進言した。

 

 ――我が王よ。この王国のカルネ村という所に慈悲深く、義に厚い御方がおられる。此度の戦いは例年よりひどく激しいものになりましょう。お力を貸していただけるよう頼みたいと存じます。

 ――おお、我が戦士ガゼフよ。それは良き考えだ。我が息子にその任を任せようぞ。

 

 王国の国王には三人の子が居た。

 一人は武に優れた第一王子。

 一人は知に明るい第二王子。

 一人は策に優れた第一王女。

 王はこの中から武に優れた第一王子を選んだ。

 戦場以外の地で任に当たらせ、死から遠ざけようとしたのだ。

 しかしながら、――

 

 ――父上は俺が邪魔なのだ! 武勲をあげれぬ地に遣わされた! 下の王子に位を譲られる気なのだ!

 

 父の想いは子に伝わらず、怒りのままに遣わされた王子は凶行をなす。

 一軍を率いてやって来た王子は、村とは思えぬほど強固となったカルネ村の塀に驚き、王子の訪問に困惑する民草に苛立ちを露わにする。

 

 ――こちらは王子の軍勢ぞ! 疾く門扉を開くがよい。

 

 ――少々お待ちを王子様。この門は村の外の森への備え、開くに少々時間がかかります。

 

 ――そも、王国民が勝手に砦を作るとは何事か! 反逆の罪に問われるぞ!

 

 ――この砦は先立って行われた他国の侵略に対するもの。助けていただいた慈悲深い方の厚意でございます。

 

 既に才覚を表していたエンリ・エモットは村を治め、王子に対して弁を振るう。

 

 ――その人物に会いに来た! ゴウンというものを疾く差し出せ。そうで無ければ村を焼き討つ!

 ――なんと恐ろしく、残忍な方でしょう! そのような方にはとてもご恩のある方を会わせる訳にはいきません!

 

 決別はなり村を兵士が攻める。

 エンリ・エモットは策を練り、せめて子供だけでもと逃がす段取りをつける。

 村の正面に兵士を集め注意を引き、その間に裏から森へ逃がすというものだ。

 

 大人達の決死の行ないによって策は当たり、子供達は村から逃げる。

 

 しかし敵は兵士として訓練されたもの。裏には隠された王子の兵士が多数。

 子供らが森に逃げ込むより早く、彼らの命は慈悲無き兵士らの手で刈り取られてしまう。

 いよいよこの村も終わりかという時に、エンリ・エモットは最後の望みをかけて御方より授けられた角笛を吹く。

 

 ぼおおおおぉぉ

 

 見た目に反して低く響く笛の音。

 そしてどこからか聞こえる大勢の足音。

 

 ――我らエンリ将軍に仕えし一団なり。

 ――我らエンリ将軍を守りし一団なり。

 ――我らエンリ将軍の敵を打ち払いし一団なり。

 

 轟く合唱、蠢く一団。

 姿を現したるは美麗な装備を携えたゴブリンの大隊。角笛より現れ敵を追い払う。

 

 ――ああ、なんという事でしょうか! あの御方は、なんと素晴らしいものを授けてくれたのでしょうか!

 

 村人とゴブリン兵の勝利の声と逃げる王子の悲鳴。

 夜迫るカルネ村は、新たな仲間を快く迎え入れ、死者の弔いと勝利の歓喜に夜遅くまで沸いた。

 

 

 

 さて、その翌日の昼過ぎ、カルネ村に大慌てでやって来たのは我らが未来の魔導王。塀は焼け焦げ真新しく掘り返された墓地を見て怒りを見せた。

 

 ――なんという愚か者が居たことか! 私の庇護厚きこの村に攻め込むとは!

 

 普段は冷静で思慮深い御方の荒ぶる姿に全てのものが慄いた。

 しかし事の経緯を聞かれた御方は冷静になると村の人々に謝意を示された。

 

 ――私の配慮が不十分であった。すまなかった。平穏に生きてもらうつもりであったが、悲しきことに裏目にでたようだ。

 ――ああ、そんな。貴方様は何も悪くはございません! 許されぬのは王国の方。どうかご自分を責められないでください。

 ――いいや、いいや。この度の出来事は深く受け止めよう。私の居城にも最近無粋な輩がやって来るようになったのだ。

 

 この地に力あるものがやって来た、それを知った諸国は恐れ多い事にアインズ・ウール・ゴウン様の居城に踏み入ったのだ。

 少しの思案の後、聡明で智謀に長けた御方はこう仰った。

 

 ――全てのものの為の国を私が作ろう。種族による争いを無くし皆が微笑んで暮らせる国を!

 

 全てを考えもっとも良き手段にでる。

 御方の望みとこの地の平和、全てを御する一手がこうして考えられた。

 平和を築くとエンリ・エモットと約束をされ、御方は早速準備をされた。近日近くの平原で行われる、王国と帝国の戦いの場で正式に建国を宣言される準備を。

 

 あっという間にその日になり。王国軍と帝国軍は平原にて睨み合う。戦端はまさに開かれようとしていた。

 

 

 帝国軍、王国軍は互いに最後通告をしあい、進軍の合図とともに兵士が駆ける。迎え撃つ王国軍は槍を構え槍襖をつくる。

 両軍の距離は縮み、まさに会敵せんとした時。

 

 最初に両軍の間に影ができた。

 突然雲が湧き出したかの様なそれに兵士達が顔を上げる。

 

 灯り届かぬ夜の闇のような靄がそこにはあった。

 皆戦いも忘れてそれを見上げる。

 するとその靄は大きな音で偉大なる御方の言葉を紡いだ。

 

 

 ――我が主はおっしゃられた。人は脆弱だが無闇に殺すべきではない生き物だと。

 

 ――我が主はおっしゃられた。しかし互いに滅ぼしあうのは見過ごせぬと。

 

 ――我が主はおっしゃられた。全てのものが死の前では平等である。故に全ての、生あるものも死せるものすらもを導く王になると。

 

 どのような仕組みかはわからないがそれは揺らめきながらも音を紡ぐ。

 

 ――まず最初に死を贈ろう。ここにいるもの達に死を。我が主の姿を焼き付けながら、愚かなる人の子は自らの幸運に歓喜しながら果てるがよい。

 

 靄はぐんぐんと小さくなり、見えなくなった。代わりにそこだけ黒く切り取った闇から、勇壮な骨の竜に乗った御方が現れた。地上に降り立たれた御方は周囲を見渡し言葉を贈られた。

 

 ――私はこの世において静かに生の営みを見る予定であった。故に近くにあった村を救いそのもの達に生の祝福を贈った。

 

 御方は豪奢な闇のローブを纏い、手に黄金の輝かしい錫杖を持たれていた。その貌は白く、ローブから覗く手も白い。

 生あるものの行き着く姿の一つ。髑髏の主がそこにおられた。その恐ろしくも力ある死の支配者を見て皆震え、戦場は巨大な広場になり、ただ御方の言葉を待った。

 

 ――しかし私は甘かったのだ。その村は同胞によって襲われた。理由は私であった。生は尊いが容易に奪われる。死は私の領分であるが些か見飽きた。

 

 ――故に導く事とした。

 

 錫杖を持たぬ方の手を翳すと、御方の周りに光が満ちた。光が弾けると、それに相反するかのように王国軍の頭上から、地獄の底から湧き出た闇が滑り落ちる。

 一瞬のうちに王国軍の大半が失われ、それを見た帝国軍も混乱のうちに逃げようと、互いに押し潰しあい命が奪われた。

 

 

 ――しからば、ここに居るもの達には等しく死を贈ろう。一人の例外なく平等に。自らの種の栄光への一助となってもらおう。

 

 ――我が名はアインズ・ウール・ゴウン! 死を支配し、生を賛美し、この地とこの世界に生死を超越した国を――魔導国を築くものなり!

 

 

 兵士も将軍も、皆がその力に恐れ慄き膝を屈する。その中で一人だけその場に立つものが居た。

 

 ――どうか慈悲を頂きたいアインズ・ウール・ゴウン殿。覚えておられるだろうか。王国の戦士、ガゼフだ。

 

 戦士は前へと歩を進めると御方の前へ出られた。

 身には力の込められた武器と防具。かつてカルネ村でまみえた時と変わらぬ眼差し。勇壮なその姿はしかし、御方の前では余りにも心許ない。

 

 ――覚えているとも心優しく正しく生きる英雄よ。お前が慈悲をこうのならば、王国の民は見逃しても良い。

 ――いいや違うのだ。貴方の機嫌を損ねたのは、もとを正せば我が身の不徳。で、あるならば。私が請うのはこの地全ての人の命だ。我が身をもってこの地における礎としたいのだ。

 

 ――なんたる傲慢、なんたる不遜か。その身にいかほどの価値があろう?

 

 御方は言葉とは裏腹に肯定的な態度を取られる。

 まるでこの男ならばそう来るだろうと知っているという返しだった。

 

 ――しかし充分。その身をもって、私は怒りをおさめよう。

 

 戦士としての死を望んだ英雄に死の支配者たる御方は許しを与えられた。

 平原にいる全ての人に見守られながら、剣を構える英雄・ガゼフ。試合形式で行われたそれは、開始の合図とともに唐突に終わった。

 英雄・ガゼフ・ストロノーフは命を奪われ、その地は魔導国となった。

 

 ――得難いものを失った。私も、お前達人間も。しかし彼との約束は守ろう。この地の我が国をつくる。その為の土地をもらおう。

 

 ――ああ、偉大なる死の支配者よ。王国は土地を差し出そう。どうか怒りをおさめていただきたい。

 

 ――ならば帝国は人類最高の魔術師を捧げよう。これをもってこの度の非礼不問としていただきたい。

 

 国王と皇帝の宣誓のもと、その地は魔導国となり、永久の繁栄が約束されたのだった。

 

 

 

 

「――こうして英雄ガゼフは死に至り、人間種の繁栄の礎となり、村娘エンリは将軍となり、人間種の平和の礎となりました」

 

 男は最後にそう言うと、大袈裟で優雅な一礼をした。

 村人はそれに歓声と拍手で返す。

 それに微笑みを浮かべ手を振り返し、もう一度礼をすると人垣が崩れ、村人達はそれぞれの日常へと帰るのだった。

 時刻は既に夕方。

 彼らはこれから家で夕飯を作らなければいけないだろう。

 

 

「興行人殿ありがとうございます。村のもの達もとても喜んでおりました」

 

 村長は無理なお願いを快く引き受けてくれた男に感謝の言葉と僅かながらの金銭を渡す。

 これだけの腕を持った者には端金かもしれないが、村にとってはそれなりの金額である。男は気にしてないという風に、小さな皮袋のそれを懐にしまう。

 

「しかしその衣装といい、あの語り口といい。さぞ名のある方とお見受けします。よろしければお名前を聞いても?」

 

「おや。そういえばまだでしたか」

 

 これは失礼を、と職業病なのかも知れない派手な反応と共に返される。いえいえこちらこそ順序が逆になってしまって。苦笑いを返しながら軽く謝罪をする。興行人が村に来ると言うことで舞い上がり過ぎていた。

 

「どうぞ私の事はモモンガとお呼び下さい。偉大なる父から受け継いだ、自慢の通り名です」

「通り名、ですか?」

「ええ! この道に入る時に名乗ることを許されました。とても名誉な事に!」

 

 胸に手をあて陶酔するモモンガに、村長は怪訝な顔をする。

 しかししばらく考えた後でストンと胸に落ちた。

 きっと偉大なる父とは彼の師匠の事で、"モモンガ"とは代々受け継がれている、謂わば芸名に違いないと。

 

「ははあ。それはそれは。お父上はさぞや高名な方なのでしょうな」

「まさに! まさに! まさに!! 知らぬ者は居ない程優れた方です。そのお姿を見た全てのものがその優れた姿を、明晰な頭脳を、慈悲深い心を褒め称えました!」

 

 どうやら当たっていたようだ。熱くなり饒舌に語り出そうとする彼の声を遮り、改めて今日のお礼をいう。

 もうすぐ夕飯の時間だ。昼間の姿から見るに話し出すと止まらない種類の人間だろう。

 

「本日は本当にありがとうございました。後ほど夕飯を届けさせますので、もうしばらくお待ちください」

「ああ、これはまた失礼を。わかりました」

 

 ごくたまにやって来る商人や旅人の為に村の外れに掘っ建て小屋があり、モモンガにはそこで過ごしてもらう事になっている。

 雨風が凌げるだけの何も無い小屋だが、馬をつなぎ身を休められるだけでもと、村の者が作ったのだ。豊作の時の予備倉庫としても使っているが、今は綺麗に片付けられている。

 本来なら村長である自分の家に招くべきなのだろうが、重要な客人が来るわけでもない平凡な村なので彼が寝る場所はどの家にも無いのだ。

 

 案内が終わり、小屋を後にする。

 もう殆ど日は落ちている。これは急いで帰った方が良いと足早に家に向かう。都市部では兎も角こんな田舎の村では夜の灯りは貴重だ。できればまだなんとか外が見渡せる内に食事を届けたい。

 ふと、今日の演題である魔導国の話を思い出す。

 

 伝説にある魔導国の都は、魔法の光が煌々と照らす不夜の都と言われる。

 屈強で礼儀正しいアンデッドの門番と衛兵は、様々な種族が混じり争いが絶えない街の治安を守り、女子供だけで出かけても安全だったという。

 三重の城壁の中央には、禍々しさと神々しさの合わさった王城。一晩で築かれたという其れは、一夜城の愛称で親しまれたそうだ。

 民の暮らしはそれまでと比べるまでも豊かで、どんな寒村であろうと月に一回の巡視が行われ、モンスターや野盗なぞは出ることも稀であった。

 王都のみならず大きな町に行けば劇場があり観劇が手頃な値段で楽しめた。

 

 今の人類の暮らしからするとまるで夢物語だ。父や、その父からの昔話として聞かされていなかったらとても信じられない話だ。

 いや、この村が昔あったとされる魔導国と親しい土地では無かったら、昔の人の与太話と言い伝えにすらならなかっただろう。

 村の近くにある森の中に"魔導王"を象ったとされる像がある。

 魔導国を滅ぼした"破滅を呼ぶ英雄達"が見過ごした、伝説の証拠であるそれは、この世界の何処にも無い強固な金属で出来ている。

 

(明日にでもモモンガさんに紹介するか)

 

 興行人として色んな村を行く彼はきっと興味を持つだろう。

 

(それにしても今日の演目は素晴らしかった)

 

 この村で生まれ育ち、幾度も幾度も旅の興行人に昔語りや物語を聞いたがここまで真に迫るものは無かった。彼の予定が許すのならば、また明日も話をしてほしいものだ。

 

 家に着いた彼は、大きめの木のお盆にパンと野菜炒め、そして細かい肉の入ったスープを乗せると、一番下の娘に持たせる。

 モモンガさん今日はありがとうございました、という感謝と、いつ村をたつのか、そして最後に、できればもう一度、皆に話をしてもらいたいと言伝た。

 娘は呆れと納得、そして少しばかりの期待の顔を見せ、はいはいと言うとでて行った。

 少し気恥ずかしく思うが仕方が無い。モモンガがなんと答えるのかを不安と期待が混じり合った思いでまつ。

 その日の夕食は酷く味気なかった。

 

 

 

 


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