旅の演者はかく語りき   作:澪加 江

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今まであげていた最終章の新規投稿分です。
今まで投稿していた分は削除・再編集して1、2に統合しました。



魔導国の終わり3

 

 

ワールドアイテムの一つに“ホーリーグレイル”というものがある。

 

ホーリーグレイル。即ち聖杯。現実世界において多くの伝説に登場するそのあまりに有名なそれは、ゲームであるユグドラシルの世界にも実装されている。

それを手にした者こそ、初代“常緑の国”のギルドマスターだった。そのワールドアイテムがあったからこそ、彼女達はギルド“常緑の国”を設立したのだ。

所有者の死を否定し、あらゆる異常状態を無効化する逸品。

数々の英雄が求めた伝説の品に相応しいその効果。

それはゲームが終わるその瞬間まで奪われること無く、そしてそれは現在のギルドマスターに受け継がれている。

 

 

 

 

 

「いきなり切り札ブッパなんてびっくりしちゃったじゃないか」

 

ザルツベルグはぼやきながらふらりと立ち上がる。自身の持つワールドアイテムが無かったらあの瞬間に勝負が決していただろう。

一度死んだことによるレベルダウンはホーリーグレイルのおかげでない。しかし生き残ったのは自分だけ。

蘇生アイテムを念のため装備させておけば良かったと、ザルツベルグは己の甘さを反省する。だがまさか初っ端から奥の手を使われるなど誰が予想できただろう。それに蘇生アイテムは有限なのだ。負けて奪われたら目も当てられない。

そう自分を慰めながら、この後の行動を考える。

相手が切り札を使ってきたのだ。自分も切り札を切るのが礼儀だろう。

 

「蘇生アイテムか」

「いいや。ワールドアイテムだよ」

 

無感情に魔導王は言う。アインズは当然相手が何らかの対策をしているだろうと思っていた。ワールドアイテムを持ち出したことは驚きだったが、生き残りがいたこと自体には驚きは無かった。

 

「ワールドアイテムを持ち出していたか……。しかし一人では何もできないだろう。降参するか?」

 

「まさか。したからと言ってあんたが許してくれるとは思えないしね」

 

戯けた表情で肩をすくめる。

それに返答のかわりに低い笑い声が響く。不気味なそれは骸骨の口から漏れていた。

 

「ははははは。当然だ。俺が! 仲間の為に! 作り上げた国に!! ……こうして泥を塗っておいてタダで済むわけがないだろうが」

 

激昂と冷静。

その不自然さにザルツベルグは鳥肌が止まらない。なんなんだこれは。なんなんだこいつは。

自然と、ザルツベルグの口角は上がる。

動かない骸骨の顔でも分かる程その怒りは激しかった。それが一瞬にして無くなる。ひどく不気味なそれがザルツベルグの胸を掻き立てる。

なんて、なんて面白い。なんて面白い化け物だろう。自分が求めた強敵が、こんなにも面白い存在だったなんて。

 

「本性を現したな! くははは! 化け物め!」

 

何と愉快な事だろうか! 何と不思議な事だろうか! これがプレイヤー? これが人間なのか! 元人間なのに、選んだ種族の違いがここまで在り方を歪めるとは! ザルツベルグは己の好奇心が湧き出るのが止まらない。

エルフやドワーフになった奴らにも似た変化が起きているのだろうか?

様々な考えがよぎるなか、それでもザルツベルグの口は幾度も繰り返した流れをたどる。

 

「スキル! <エインヘリヤルの目覚め>!!」

 

響くのは雄鶏の鳴き声。心を震わせるそれは聞いた者に高揚感を与える。

響きわたるそれに魔導王は辺りを見回す。

そしてその残響が無くなってしばらくした後に辺り一帯に変化が起きた。

大地から湧き出る光の玉。

それも一つではない。何十もの光の玉が溢れ、そして一つ一つが人型に変化する。

 

 

 

ザルツベルグはヒーラーである。それも蘇生魔法に特化したビルドのヒーラーである。

正直、蘇生特化などのビルドはよっぽどの物好き以外はしないだろう。それよりは順当に回復魔法と両立した方が遊ぶ上では何倍も活躍できる。通常のプレイの場合は、だが。

しかしザルツベルグは己がGvGをするギルドのギルドマスターをするにあたってレベルダウンを繰り返してリビルドした。回復役は探せばいるが、この振り切った育成をする者は殆ど居ない。

ギルドに人を呼び込む一つの目玉としてとった数々の職業。それは一つのユニーク職業という形でザルツベルグに恩寵をもたらした。

 

全てはギルドバトルで勝つ為に。

全ては“アインズ・ウール・ゴウン”に勝つために。

 

 

 

「なんだ? これは」

 

「綺麗だろう? 俺の自慢のスキルなんだ! ははははは! さあ、モモンガ! 続きやろうぜ、続き! 殺されるのはあんた、殺すのは俺ら。魔王はやっぱり一人寂しく死ななきゃだよな!」

 

人型は徐々にその光量を減らして人になる。

それは先ほどのモモンガのスキルで死んだはずのプレイヤー達。その全てが、死に絶えた大地に再び立っていた。

 

広範囲蘇生スキル、<エインヘリヤルの目覚め>

運営のキチガイ設定。モモンガのもつ“エクリプス”と同じ隠し職業、それを極めた者のみが使える強力なスキル。

 

 

「初めて見るスキルだ」

「あったり前だろ! どんだけピーキーなビルドにしてると思ってんだよ! そうそう居てもらっちゃ困るさ!」

「成る程。……全く。クソ運営は相変わらずキチガイだな」

「はは。そこは全くもって同意するさ!」

 

呆れとも諦めともとれるため息。

ザルツベルグは自らが一度死ぬ前までの不機嫌さなんてものは一切忘れて、上機嫌にアインズと会話する。今この瞬間、既に場の上位者はアインズから自分に移っている。それの実感と、また、アンデッドになり長い年月を生きた相手をやり込めたという達成感で舞い上がっているのだ。

 

「これで俺たちは元どおり。さあ、どれくらいまで持ちこたえられるかな?」

「ふん。なるほど。これがお前らの必勝法というわけか」

「まあ、そんなところかな。冷却時間は長いけれど、ペナルティ無しでの復活はやっぱりよく死ぬプレイヤーとしては嬉しいじゃん?」

 

会話の間にも復活したザルツベルグのギルドメンバー達はゆっくりと陣形を変える。

ザルツベルグを守るように幾重にも防御魔法をかけて、アインズへとにじり寄る。

 

「ふむ。確認するが、お前達が私と敵対する理由は“現実世界へ戻るため”で間違いないな?」

「ああ。魔王を倒した勇者一行は願いを聞き届けられるもんだろ?」

「……ありもしない希望に縋るのは勝手だが、巻き込まないでほしかったな。参考までに、何がお前達をそこまでかきたてる? 私を倒しても戻れなかったらどうするのだ?」

 

「ごちゃごちゃとウルセェ! 命乞いならもう聞かねぇぜ!」

 

三人の戦士がタイミングを僅かにずらして斬りかかる。

盾となるモンスターも仲間も居ないアインズにあっさりと剣は届き、苦悶の声と骨が削れる音がする。距離をとろうとしたところにもう一度、次は棍棒で殴られる。

アインズは自らのHPがこそぎ取られる激痛を感じながら、それでも言葉を続ける。

 

「っう。お前達と似た考えの者がこの1000年幾度もいた。だがしかし、誰一人として帰れたものは居ない。くっ」

 

鋭い一撃がアインズの右半身を襲う。右腕に力は入らず、無詠唱化した攻撃魔法で時間を稼ぐのがアインズができる唯一の抵抗となっていた。

 

「そもそも、プレイヤーがやってきていたのは私からではない。私が来る600年前には既にプレイヤーは来ていた。それでも元凶が私だと言うのか?」

 

「うるさい! うるさい、うるさい!! そんなことお前のでまかせに決まってる! お前さえ死ねば! またリアルに戻れるんだっ!」

 

碌な反撃もできないうちにHPはとうとう4分の1をきる。アインズはそれでも言葉を続けた。

彼らは狂っている。とても理性ある人間が出した結論ではない。だから、無駄とは思いながら最後通告として、この後は一切の対話をしないつもりで言葉を発し続けた。

 

「帰れるはずがない。この世界のありとあらゆるマジックアイテムでも、ユグドラシルのワールドアイテムでも叶わなかった。それが、たかだかプレイヤーを一人殺したくらいで帰れるはずが無い」

 

あと一撃でも受ければ死ぬだろう。

全身の骨は罅が入り、顔は崩れ、とうとう立っている事も出来なくなったアインズはその場に崩れ落ちる。足は既に砕けていた。それでも立って入られたのは<飛行>の魔法があったからだ。しかし、それも切れた。

 

「気狂い共め。お前は私を殺した事を後悔するぞ。必ず、それもすぐに」

「それは無いわ。あたしらはこれでリアルに帰るんだから」

「叶わぬ願いだと言っている」

 

黒い眼窩に浮かぶ赤い光が明滅する。

表情もなく、声に抑揚も無い。そんなこの骸骨の、もっとも雄弁な部分はひょっとしたらこの目の光では無いだろうか。

 

重戦士が振り上げたメイスが振り下ろされる。

 

その一撃で頭蓋は砕け、頭部は消失した。

頭部の消失とともにガラガラと骨が崩れる。

 

今まで動いていたのは悪い冗談だったとでも言うように、崩れる落ちた骨は微動だにしない。

<生命の精髄>でモモンガのHPを見ていた者から撃破と喜びの声が上がる。

それに触発されてザルツベルクの周りは歓喜の声であふれ帰る。

 

その中でザルツベルクが見ていたのは残された骨と黒いローブ。

千年を生きた超越者が残したのはそれだけ。

 

ただそれだけであった。

 

 

 

「意外とあっけなかったなぁ」

 

ポツリと零された声には感情の色は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインズはゆっくりと体を起こす。

黒曜石でできた巨大な円卓。それを時間をかけて見回す。

前にここでこうして復活した時とは違った、誰も居ない空間。

自分の死に場所はここだと、自分が異世界に来たのだと突きつけられた気分だった。誰も居ない円卓に寂寥感を抱きながらため息をつく。

 

この世界に来て初めての死からの目覚めは思ったよりも穏やかなものだった。

 

「おかえりなさいませ、アインズ様」

 

静謐な空間に相応しい静かな声がかかる。

 

「出迎えご苦労、セバス。フールーダはどこにいる?」

「玉座の間にてアインズ様の仰せの通り、かのもの共の監視をしております」

 

そうか。

そう返しながら自らの指を見る。嵌めた指輪の一つがその形を崩し、完全に姿を消した。

 

(とうとうこれもなくなっちゃったか……)

 

アインズの持つ装備品は1000年で大幅に変わった。既に”流星の指輪”は無く、かわりにこちらの世界で手に入れた貴重なアイテムを嵌めている。装備品の変更ーー消費型アイテムは100年毎のプレイヤーの来襲で多くが無くなり、代わりにこの世界独自の装備品が増えた。

 

「今から玉座の間にいく。セバス、伴をせよ」

「仰せのままに」

 

感傷を振り払い腰をあげる。

大きな円卓は静かに、去りゆくものを見送った。

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、偉大なる師よ!」

 

巨大な扉を開けて玉座の間に入ったアインズを待ち受けていたのはかつて人間であった大魔法使い、フールーダ・パラダイン。その果ての姿であるエルダーリッチであった。

フールーダはアインズの靴に頭をつけることで敬意を表す。最初の頃は煩わしく思っていたそれも、今ではすっかり慣れ、当たり前の事になっていた。

 

「おお! お戻りになられたのですね! 我が主! アインズ様っ!」

「う、うむ」

 

高い天井に反響する程大袈裟な声。その発生源に目を向ければ想像した通りの人物がいた。

パンドラズ・アクター。アインズ自らが作ったNPCであり、若気のいたりを思い出させてくれる存在だ。

実務能力さえ無かったら封印しておきたい。

幾度もその感情を抱きながら、何かと使い勝手が良いのでそれに至らない、アインズが手がけた唯一のNPCだ。

事実、今もこうしてアルベドとデミウルゴスの代わりにナザリック全体の指揮を委任している。能力だけを考えれば素晴らしい以上に素晴らしい存在だ。能力だけを考えれば。

 

「エ・ランテルとデミウルゴスの様子はどうなっている?」

 

フールーダとパンドラズ・アクターそれぞれに任せていた仕事の報告を求める。

場合によってはこれからすぐに次の手を打たねばならない。

 

「デミウルゴス様は順調に任務を遂行されています。ニグレドの援護もありますが、じきに敵ギルド武器を手に入れるでしょう」

「エ・ランテルは師と敵の魔法がぶつかりあったことで王城を初め都市の心臓部に致命的な被害が出ております。それに先ほどから錯乱した敵の何人かが仲間割れを起こしたようで、このままいけば完全にエ・ランテルは人の住めない死の都となるでしょう」

 

報告はおおよそアインズの予想した通りだった。デミウルゴスもしっかりと仕事をしている。それでこそ自分が死んだ甲斐があったというものだ。

軽く息を吐いてフールーダに命じる。

 

「フールーダよ。原始魔法の使用準備をせよ。エ・ランテル共々奴らを葬る」

「よろしいのですか、師よ」

「仕方がなかろう。プレイヤーに殺されるのも原始魔法の発動に使われるのも、餓死で死ぬのも同じ死だ。それならば王の為に死ぬのが王民の義務だろう」

「かしこまりました。すぐに準備を始めます」

 

フールーダはそう言うと王座の間から出ていく。

その後ろ姿を見送った後、顔を前に戻すとそこには三つの黒い穴があった。

 

「うわぁっ!?」

 

もんどりうってバランスを崩す。

それを冷静に受け止めたのはセバス。そして元凶である黒歴史は、その近すぎる距離に疑問を持つこと無く話し始める。

 

「宝物庫の領域守護者として、アインズ様にはお伝えしなければならない事がございます」

「わかった。話を聞こう。もう少し下がれ、流石にこの距離では話をしづらいだろう」

「いいえ! そのような事はございません! そのように遠慮などなされずに」

(遠慮じゃない! 遠慮じゃない!!)

 

肩に手を置きつっかえ棒のように距離を稼ぐが、正直近い。もっと距離を離してほしい。

 

(誰に似たんだよ! この距離感! 俺ってこんなに話す時距離詰めてないよな? ないよな?!)

 

人生いや、骨生初めてのリアルな死に少しナーバスになっていたアインズは、転げ回りたい気持ちを必死に抑える。何年経ってもこの息子はこちらの精神を削る行動をする。無いはずの心臓が激しく弾む感覚に胸を押さえてうずくまりたい気分になった。

 

「さて! 本題でございますが、アインズ様。ナザリックの運営についてでございます」

 

こちらの内心など構わずに向けられた話題は、とても重要なものであった。

普段のナザリックの運営は守護者統括であるアルベドが、財務の責任者であるパンドラズ・アクターと行っている。極めて重大な事態にならない限り、アインズの所にナザリックの運営についての議題など上ってはこない。

 

「話をきこう。パンドラズ・アクターよ」

「ありがとうございます!」

 

軍服の外套をたなびかせての一礼。

その一挙一動がアインズの後悔をくすぐるが、ぐっと堪える。

こんな事では今からの大切な話に集中ができない。そしてそれはとてもまずい。

 

「今回アインズ様自らが囮になられた事で大きく敵の戦力を削る事ができました。敵の仲間割れによって、既に実働部隊の2割は戦闘不能といっていいでしょう」

「そんなに効果が出たとは嬉しい誤算だな。ギルドマスターの口先三寸で丸めこまれていた者たちとしては妥当か……」

「しかしながら彼らは既に我がナザリックと魔導国に十分すぎる打撃を与えております」

「……そうだな。この戦いが落ち着いたら一次産業の見直しと地方高官の更迭を第一に着手しなければならないだろう」

 

イナゴと疫病の流行で魔導国の中でも特に農業地帯に被害が出た。

その事で今年は税収が減るどころか赤字になるだろう。地味に地方の役人の賄賂の問題もある。こんな事ならばやはり高官は全てアンデッドにしていた方が良かった。今更な後悔の念をアインズは抱く。

しかしそれだけではないとパンドラズ・アクターは言う。

 

「何よりも! 偉大なるアインズ様が一度死亡された事により多くの僕が居なくなりました。近日中に大都市では衛兵の消失で大混乱が起きるでしょう」

「……。そうだったな。厄介だ」

 

死体を使って召喚した僕でも召喚者の死亡とともに消失する。

600年前のプレイヤーとの戦いの時、パンドラズ・アクターが死亡した。パンドラズ・アクターがスキルで召喚していたデスナイト他、多くの僕が死んだ。あの時は割合あっさりと和解ができ、相手からの賠償金でパンドラズ・アクターを復活できた。しかし衛兵や護衛、農地の開墾にと従事していた僕は一から作り直しの憂き目にあったのだ。

 

「私が作っております予備を考えましても完全なる補完は無理でしょう。国民のうち1割は今年の冬を越せない計算でございます。また、これによりナザリックの強化計画に50年単位での遅れがでる予定です」

「そうか。それは厄介だな。……はやくみんなと会いたいものだ」

 

思わず口をついて出たのは支配者には相応しくない弱音だった。

しかし、こうしてプレイヤーが来るたびにアインズは思っていた。

次こそ、次こそ懐かしきアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーが来てくれないか、と。

何年経とうと色褪せない輝かしき思い出。アインズの青春。初めての友達、初めての仲間。

もし40人のうち誰か一人でも一緒にここに来ていたのなら、ここでの生活は今以上に喜びに満ちた幸せなものとなっていただろう。

 

「アインズ様……」

「独り言だ、忘れろ」

 

居心地の悪いものになった場の空気は戻ってきたフールーダによって霧散した。

今から行使するのは多くの国民の命を犠牲にする禁術。

こちらに来て間もない頃、ある女王から国を援助するという約束の交換条件として手に入れたタレント。その力を何百年ぶりかに使う事になったアインズは己に気合をいれる。

ナザリックには属さないが自らの国民である。かつてのカッツェ平原で使った超位魔法の時はただその威力と仕掛けに酔っていたが、今回は違う。その命の犠牲に形容しがたい感情を覚える。

あるいはそれは憐憫と言われるものかもしれなかった。

 

「一撃で100レベルのプレイヤーを殺し得ることは既に立証済みだ。問題は敵のギルマスが持っていたワールドアイテムだな。何とか回収できないものか……」

「ワールドアイテム!! 一体それはどのようなものでございましょうか!」

「即時回復と即時蘇生。復活時の経験値の消費を無くす、だったか。まあ、やつ個人に戦う力は殆ど無い様子だったからな。周りのプレイヤーさえ無力化できれば怖くはない」

 

既に切り札も切らせているしな。

赤く光る目を爛々と輝かせてアインズは先導するフールーダの後を追う。セバスはアインズの後を歩き、パンドラズ・アクターは三人を見送った。

 

 

それから一時間もしないうちにエ・ランテルはその歴史上何度目かの消失をする。

焦土と化した一帯。その場所で動くのは28の人影だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日のデミウルゴスはひどく上機嫌だった。

至高の御方から下された勅命に従い軍を率い、そして拍子抜けな程順当に局所的勝利を積み重ねた。

今や敵ギルドの拠点はデミウルゴス配下の悪魔、そしてワールドアイテムによって召喚された悪魔で溢れかえっていた。

 

「拠点を守るにしてはプレイヤー達に生気が見られない。余程前座が効いたとみえます」

 

うっそりと加虐心を隠す事なく赤い悪魔は顔を歪める。

デミウルゴスがこの拠点を攻める時、最初から配下のもの達を使った訳ではない。

最初は森妖精や人間、魔導国に属する人間種のもの達を選んで攻め込ませた。

『よくも畑を焼いたな』『よくも家族を殺したな』

自分たちの起こした行動によって仕事を失い、家族を喪い、更には自分の命まで失おうとする人々。身も心もボロボロな同族に、彼らは言葉も無く立ち尽くしていた。

圧倒的レベル差にもかかわらず、誰一人抵抗らしい抵抗をしないまま彼ら彼女らは死んでいった。

 

その時の光景を思い出しにやけそうになる顔を必死に押さえる。勝利に酔うにはまだ早すぎる。そもそも、ここにはプレイヤーを殺すためではなくギルド武器を奪いにきたのだから。

さて、戦況は、と辺りを見回すと伝令が駆けつける。何でも一人、抵抗するプレイヤーがいるらしい。それも至高の御方の名前を叫びながら交渉をしたいと言っているらしい。

デミウルゴスはそれに眉をしかめる。

 

(下等な人間ごときが……)

 

しかしある意味でそれは願ってもない事ではあった。デミウルゴス達は未だにギルド武器の在処を探せていない。もし、本当に交渉が目的ならば、その手間が省けるのだから。

 

「パンドラズ・アクターですか? デミウルゴスです」

 

<伝言>を使い守護者統括代理に連絡をとる。作戦は順調であり、交渉を持ちかけてきた敵と会う事を告げる。

 

「交渉はデミウルゴス様が任された権限の範囲であれば確認を取らずに進めていただいて結構です」

「勿論そのつもりです。アインズ様は?」

「先ほどナザリックにお戻りになられました」

「それは良かった! 私もナザリックにふさわしい働きをしなければなりませんね」

「デミウルゴス殿からの良い知らせを待っております。それではご武運を!」

 

そんな言葉とともに<伝言>は切られる。

 

「さてと。それではいざ」

 

ネクタイの位置を調整して服のしわを伸ばすように引っ張る。交渉ごとにおいて身嗜みを整えるのは基本だ。何よりもナザリックのモノとして不恰好な姿などしているわけにはいかない。

一通り確認終えたデミウルゴスは伝令にプレイヤーのもとへと案内させた。一体どのような人物が悪魔との取引を望むのだろうか。

喉の奥で笑いながら、ゆっくりと目的の場所へと歩いていく。

穏やかな草原を抜け、石でできた入り口をくぐり、穴の中へと足を踏み入れた。

暗い暗い地下への穴の。

不気味に響く足音を響かせ、飲み込まれるようにデミウルゴスは降りていった。

 


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