旅の演者はかく語りき   作:澪加 江

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破滅を呼ぶ英雄

シュルンシャーナ・ペスニン・アイ・インダルンにとって、人間は唾棄するべき種族であった。

 

シュルンシャーナの祖先は広大な森を支配していた。

かつての魔導国の首都に近いその森ーートブの大森林の支配権を偉大なる魔導王から認められ、一族は繁栄した。

それを打ち壊したのが人間であった。

“魔王からの解放”という旗を掲げ、その強大な力にものを言わせて、かつて無い繁栄をもたらした魔導王の治世を壊した。そしてシュルンシャーナの祖父達を森から追い出し、人間の為に森は切り開かれてしまった。

 

そうして、土地を奪われた祖父達は厳しい生存競争に参加することになったのだ。

 

シュルンシャーナは自らの身体を見る。

肉感的な唇、美しく膨らんだ胸、長くツヤのある髪。

人間のような上半身に蛇の下半身。ナーガであるシュルンシャーナは自らを飾る幾つかの装飾品を撫で、満足した。

もし冒険者などが彼女を見たならば、身につけた装飾品の素晴らしさにため息をつくだろう。シュルンシャーナの家に伝わるマジックアイテムはどれも驚くほど価値のあるものなのだ。シュルンシャーナの祖父はかなりの力を持ったナーガだった。特に胸飾りは魔導王その人から下賜された素晴らしいものだ。

効果は毒への完全耐性。

このアイテムのおかげで、シュルンシャーナは少なくとも2度命を救われていた。

 

このように魔導王と魔導国の素晴らしさを身近に感じているシュルンシャーナは、それを壊した人間を憎んだ。

だから、猛威を振るったと言われる人間達は既に死に絶えて長く経ち、そして迫害された異形種や亜人種も随分と力を取り戻してきた今、もう直ぐ、再び我らの時代が訪れるだろう。そんな事を戯れに縄張りを接する蜥蜴人とも話をするのだ。

 

ガサリ

 

シュルンシャーナの回想を遮るように遠くで物音がした。どうやらナーガの縄張りとも知らずに愚かな旅人が迷い込んだようだ。

シューシューという笑い声が喉から漏れる。

食事、という一点のみで言えば人間は好きだ。鋭い爪も牙も持たず、力の弱い人間は絶好の獲物と言える。太った食べる所の多いものがかかれば文句なしだ。

 

息を殺して物音を立てないように注意しながら音の発生源に近づく。

何頭もの馬が引く馬車が見える。大方幻術に騙されここへ迷い込んだのだろう。オロオロと立ち往生する何人もの人間に、顔が歪む。

 

今日は大漁だ。

 

弱い種族とはいえ、シュルンシャーナは油断しない。獲物に気づいた同族達が周りを固めるまで我慢をし、いよいよ襲撃の時が来た。

現在の族長の一声で一斉に飛びかかる。

その際に不可視化の魔法を忘れない。それが万全を期すという事だとシュルンシャーナは小さい頃から言い聞かされていたのだ。

はたして、狩りは成功した。

部族全員で分けても腹いっぱいになる程の収穫に皆の顔は一様に明るい。

シュルンシャーナも同様に、明るい顔で食事をとった。

 

 

 

 

その日の夜。シュルンシャーナはどうしても眠れずに一人寝床を這いだして月の光にうたれていた。

シュルンシャーナの瑞々しい白い肌、溢れんばかりの乳房が月光に浮き上がる。身につけた装飾品はキラキラと輝く。

一枚の絵画のようなそれは酷く幻想的で、怖気の走る美しさがあった。

 

「人間が居なくなったら、魔導王陛下は戻ってきて下さるのだろうか」

 

素晴らしい絶対支配者。

地上の楽園の主人。

慈悲深く、聡明で、全てを見透かす智謀の魔法詠唱者。

 

幼い頃から聞いてきたその死の支配者の話はシュルンシャーナにとって憧れであった。

自分もその時代に生きて、一目だけでも良いから姿を見たい。治めた国に生き、その恩寵に与り、存在を賛美したい。

何より冒険者として未知を求めて旅に出たい。

かつての話を聞くたびに冒険者に憧れたシュルンシャーナは惨めな気持ちになったものだ。どうして自分は今の時代に生まれてしまったのだろうか、と幾度も思った。

シュルンシャーナはこの目で見たいのだ。

炎あげる岩山も、湖よりも広い海を、砂で作られた丘を、――――。

全てが叶わない夢だとしても、シュルンシャーナはこの目で見たいと強く思っている。

 

「偉大なる魔導王陛下が戻られる事はありません。二度と、そう、二度と無いのです」

 

独り言に返事をするように、突然聞こえた声にシュルンシャーナは飛び退く。

辺りは見晴らしが良いとは言えないが開けた場所である。そこにシュルンシャーナに気づかれずに近寄るなどただ者ではない。

 

「初めまして、ナーガの姫君」

 

するり、と影がおどりでる。

月明かりに照らされたその姿は、意外な事に人間のものであった。

 

「昼間の人間の残りか?」

 

シュルンシャーナは慎重に間合いを計りながら人間を注視する。

ぼろ布に覆われ肉体は殆ど見えないが、屈強な冒険者という訳でもない。どちらかというと弱そうな見た目の男だった。それに装備も一見したところたいしたものでは無いように思える。

しかし、その気配は強者のそれであった。油断はできないとシュルンシャーナは気を張る。

 

「そうとも言えますし、そうではないとも言えますね。魔導王、という言葉についついこうして姿を現してしまいました」

「お前は何者だ?」

「私ですか? 私はモモンガ。ただの旅の独演家でございます」

 

ナーガであるシュルンシャーナを前に警戒すらしない男に、やはりただ者ではないと確信する。

この男に自分達の住処を知られるのはまずいだろう。モンスターを狩る冒険者には見えないが、一人で自分の前に姿を現すほどの強さの人間。どんな思惑でここに居るのかはわからないが、危害を加えられないとも限らない。

 

「ああ、そのように緊張なさらずに」

「それは無理だ。ここから今すぐに立ち去るのならば、深追いはしない」

「これは面白い事をおっしゃるのですね。一体貴女達が私に対してなにが出来るというのでしょう?」

 

沈黙。

 

傲慢とも言える男の言葉には揶揄いなどはなく、純粋な疑問だけがあった。

それは、男がいかに強いかを物語っていた。

 

(おそろしい。この男は、とても恐ろしい)

 

シュルンシャーナにできる事は出来るだけ穏便に男に帰ってもらうことだろう。

必死に頭を回転させる。

この男の望みとはなんだろうか。

その望みが達成されれば、きっと立ち去ってくれるだろうか――。

 

「失礼。些か配慮を忘れた物言いでございました。しかしながら、私もたまたま心を同じくする相手に出会い舞い上がっていたのです! ご容赦ください、では――」

「少し待て!」

 

言うだけ言って立ち去ろうとする男を思わず呼び止めてしまった。

どう考えても悪手である。

しかしシュルンシャーナには聞き捨てならない事を言ったのだ。

 

「“心を同じくする”? 魔導王陛下を殺したのはお前達人間だろう!」

 

その存在が、そんな奴らが、何故死を嘆く?

 

「…………」

 

ピタリ、と男は立ち止まる。その背を向けたまま朗々と男は語り出した。

 

「魔導王アインズ・ウール・ゴウン陛下を失脚させ、魔導国を滅ぼしたのは人間であって人間では無いもの達です」

「なんだそれは? 亜人種だったとでもいうのか?」

 

「亜人種などはおりませんでしたね……人間、エルフ、ドワーフ。それに幾人かの獣人。総勢100人近い許されざる者達は至高の御方々とおなじ“ぷれいやー”でした」

 

「“ぷれいやー”?」

 

男は手を口元に持って行き何事かを考えているようだった。細かく動く唇は、何か言葉を紡いでいる様だったが、ここまでは聞こえては来ない。

一方、シュルンシャーナは聞いた事のない言葉と話に興味が強くそそられた。シュルンシャーナの好奇心はとても強いのだ。男はシュルンシャーナの知識欲を強く刺激した。

 

「100年に一度降臨する、絶対者の事でございますよ。――――よろしければ、ほんの短い話ではありますが、御付き合いいただけませんか?」

「いいだろう!」

 

シュルンシャーナは即答した。

こんなにワクワクするのは長老達に話をねだっていた子供の頃以来だ。閉鎖された小さな集落では目新しいものはすぐになくなってしまう。

シュルンシャーナの興味を満たすものとはもう長い間あっていなかった。

 

「それはとても助かります。誰かに聞いてほしくて堪らない。そんな気分だったのでございます!」

 

そんな様子を察したのだろう男は薄っすらと微笑みを浮かべた。

 

「さて、――――今宵の話はある帰郷を望む男の話。望み叶わず無惨な最期を迎える憐れな男の話でございます」

 

 

男は絶望の世界に生まれた。

ただのか弱い人間に生まれた男には生きにくい世界だった。

酸の大気。毒の海。木も草も無い灰色にくすんだ世界。

絶対的不平等を押しつける身分制度。

絶望郷とはまさにこの世界の事だろうと、男は長い間思っていた。

 

しかし、ある日男は別の世界へと行く力を手に入れた。

 

目を閉じ、目を開けると、世界は一変した。

そこは緑と光に満ちた冒険の地だった。

夢のようにつかの間しか存在できぬ場所ではあったが、男にとっては大切な場所になっていた。

 

男は強くなった。

男は仲間を手に入れた。

仮初めの場所での仮初めの関係ではあるが、男にとっては確かな繋がりであった。

 

その世界が終わるという瞬間ですらも、男は仲間たちと共に過ごした。

 

そして、――ここに来た。

決してありうべからざる事に仮初めの世界の姿でこの世界へと降臨した。

 

しかし、男も男の仲間たちも皆、元いた絶望の世界に帰りたく思った。

ここでは強い力と上等なアイテムはあるが、家族も仕事も、本当に大切なものは無いのだと、自分の居るべき世界では無いのだと、皆の意見が一つにまとまった。

 

「勇者の冒険はいつだって魔王を倒せば終わる」

 

男達は魔王を探した。

そして見つけた。

髑髏の外見をもつ悪名名高き魔王を。

 

名君と名高き魔導王。

しかしその名は仮初めの世界においてあまりにも“悪”であった。

“悪”を倒すという一つの目標のために、男達は策を使い魔王を陥れ城を落とし、そして――――魔王を倒した。

 

 

しかし帰る事は出来なかった。

“勇者の冒険”は終わらなかった。

 

男の仲間の内幾人かは、それを受け入れる事が出来ずに自ら命を絶った。

男は全てどうでもよくなっていた。

思えばそんなに必死に帰るような場所でもない。元の世界は絶望郷。仮初めの世界は滅び、そのどちらにも帰れぬこの身がここで朽ちようとなんの不都合があるだろうか。

 

帰れぬのならばそれで良いと、男は全てを諦めた。

男は自堕落の極致に至った。働きもせず、救いもせず魔王から奪った宝を肴に酒を呷る日々を過ごした。

その姿は男達に煽動され、夢を見た者達に絶望を与えた。

理想郷を壊し、魔導国と魔導王を滅ぼした男達は、その後“破滅を呼ぶ英雄達”と呼ばれる事となる。

 

 

そんな男の前に、ある日化け物が現れた。

山羊の頭を持つ悪魔が、魔導王から奪った宝を返せと詰め寄ってきた。

男は悪魔をせせら笑いながら自慢の剣を抜いた。

年をとろうと強さは変わらない。圧倒的な力を以って悪魔を切り捨てようと剣を振るう。

 

しかし、悪魔との戦いはたった一言の呪文で決した。

強大な力を宿した攻撃魔法は男の体を炭化させ、激痛は理性を容易く焼き切った。

 

 

男の思考は纏まらぬ罵倒で埋まる。

 

こちらの技よりも早く相手の技が決まった。

くそ。

魔法職最強の職業が相手だとは分が悪い。

くそ。

こんな所で終わってたまるか。

くそ。

くそ。

くそ。

 

 

「――男の気は遠のき、魔導国を滅ぼした者の一人はこうして死んでいきました。悲しきかな哀しきかな」

 

「愚かしき者は消え、偉大なる方も消え。世界は暗黒の時代に逆戻り。残された者達は過去の光を思い胸を痛めるのみ。破滅を呼ぶ英雄達のもたらす破滅の最後の被害者は自分であったという、皮肉な皮肉な話でございます」

 

「…………」

 

訳のわからない話だ。

シュルンシャーナの最初の感想はそれだった。

それは理解の追いつかない高度な話であったからだ。シュルンシャーナには世界というものが想像できなかった。それは産まれてから今まで、この森の中でしか生きてこなかったためであろう。

しかし。

意味のわからない世界観ながらも、シュルンシャーナは自分の胸がドキドキと高鳴っているのがわかった。自分が確かに魔導国の滅びの一端に触れたのだという実感。それが男の声から、表情から、動きから、確かに伝わってきたのだ。

お礼を言わねば。

脈打つ胸に手を当て陶然としていたシュルンシャーナの耳にモモンガの小さな声が聞こえた。

 

「ああ――――。やはりダメですね。私にはまだこれを語る事は出来ません。すみませんね、ナーガの姫君。このような無様なものをお聞かせしてしまいました」

 

シュルンシャーナに影がさす。

驚き見上げるとそこに居たのは、さっきまで話をしていた人間の男ではなかった。

 

水死体のようなふやけた体は青白く、横の瞳孔は生者を恨んでいるようだった。

いく本もの触手が頭らしき所から伸びたその姿は、蛸を無理やり人型にしたような化け物だった。

驚きに呼吸が止まるシュルンシャーナに、水かきのついた手が伸ばされる。

くちゃり。

粘液の分泌されている皮膚が頭に置かれる。

しかし、シュルンシャーナは逃げる事は出来ない。圧倒的強者の気配にガタガタと震える体が止まらない。

 

「ご心配なく。今宵の記憶を吸い出すだけです。お時間を頂きありがとうございました。少し頭が晴れたようでございます。このお礼はいずれ、別の形でしたいと思っております」

 

聞き取りづらい粘つく音。

全く違う姿にも拘らず、その口調は先ほどまで話をしていた男のものに聞こえた。

 

「お礼はいらない。お前の話はとても良かった」

 

ガタガタと震える声でなんとかそれだけを伝える。異形の顔が、ぐにゃりと形を変えた。それはわかりにくいながらも、笑顔だったのかも知れない。

くらりと視界がまわる。

化け物から発される恐怖に耐え切れず、シュルンシャーナは気を失った。

 

 

 

 

 

モモンガは気を失ったナーガを近くの草むらに横たえた。

おそらく起きた時には自分との記憶は残っておらず、記憶の無い一夜の出来事に、首を捻りながらも些細な事だと忘れるだろう。

モモンガは深いため息をついて空を見上げる。月の明かりに隠され、今日見える星はいつもより少ない。

 

かつて、――かつて父はこの空を宝石箱に例えた。

 

「ああ。ああ。愚かで未熟な息子だと、きっと嘆いておられるに違いない」

 

魔導国を襲った災厄。

ユグドラシルプレイヤーの襲来はそれまでは大きな問題も無く処理できていたのだ。あの者達が来るまでは。

 

「終わりを語れない語り部など半人前だというのに、私は一体どれ程の時を過ごせば一人前になれるのでしょうか」

 

今夜のように、幾度も幾度も終わりを語った事はあった。しかし、そのどれも自らすら納得のいかない粗末な出来であった。

ぎゅっと、決して落とさないように体に括り付けた背負い袋の紐を握る。

あるいは、この袋の中に入っているものの持ち主達が来られたのならば、自分はこの苦く重くくるしい心をねじ伏せ、託された使命を全うできる一人前の語り部となれるのかも知れない。

 

「いいえ、それでは駄目です。私は今! そう、今! 対峙せねばならないのです!」

 

モモンガは魔導国と魔導王、そして、アインズ・ウール・ゴウンの滅びと対峙する決心を固めて前を向く。

そうと決まれば次の町からブロートへ向けて手紙を出さなければならないだろう。

準備は入念に。我が父に恥じぬよう周到に。

 

月明かりに照らされた広場から暗く茂る森の中へモモンガは歩みを進める。

乗り越えなければならない過去が、そこにあるのだから。

 

語り部は、こうして一人が夜を往く。

 

 


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