「───オレの名はバルゼリッド・クロイツァーという」
「……!?」
男の言葉を聞いた瞬間、酒場の中に緊張が走る。
「……まさか、四大貴族の彼か!?」
「『王国の覇者』が、どうしてここに──」
店内にいた数人が男の正体に気付いたらしい、小声と共に視線を向けてきた。
「クロイツァーという家名は、あの?」
「旧帝国時代から続く由緒ある血筋──四大貴族のひとつです。特に騎士や
クロイツァー家か……。
昔からいい噂を聞いたことがないんだよなぁ。
「四大貴族の嫡男……? まさかアルテリーゼ、あなたは──」
「ええ。誠に勝手ながら、明日に予定していた会食にてバルゼリット卿にお嬢様を紹介し、その場で婚約を交わしていただくよう、私が話を進めておきました。ですが──」
「どうして相手の私が、その話を耳に入れていないのかしらね?」
「このくらいしないと、お嬢様はまた理由をつけて逃げてしまいますから」
(なるほど……)
クルル先輩はこういった話がくる度に、何かと理由をつけて婚約を避けてきたのだろう。
それをよく知っているアルテリーゼさんは、自ら決めた婚約者──バルゼリッドを連れてくる予定だったらしい。
「そう? でも残念だったわね。この通り今の私には、おつき合いしてる男性がいるわ。そうよね? ルクス君」
「えっ……? あ、はい。一応──」
「ルクス……? ああ、なるほど。お前があの旧帝国の皇族の生き残りか」
バルゼリッドがルクスさんに歩み寄り、しばらくその顔を眺めた後、ゆっくりと口を開いた。
「ふむ……。とても元皇族とは思えん軟弱な顔つきだな。さすがは新王国の恩赦によって生かされている犬。──雑用王子などと呼ばれるだけのことはある」
バルゼリッドがルクスさんに対し、敵意を向けるが、ルクスさんは平然としている。
「アルテリーゼ殿。この程度の男のために今回の婚約を延期する必要など、果たしてあるのですかな? 確かに彼は元皇族だ。そういう意味では各地に顔が利くかもしれないが、今は無様な没落王子。エインフォルクの血筋に相応しい男ではないと、オレは判断するが?」
「それは、確かに──」
「はっ。四大貴族などと言ってもこの程度か」
アルテリーゼさんがバルゼリットに同意しかけた瞬間、リーシャ様が会話を断ち切った。
「目の前にいる男の価値すら見抜けないとはな。わたしはライバルが減って大助かりだが、その無礼な口は慎んでもらおうか? バルゼリッド郷」
「そなたは、確か──」
「新王国第一王女。リーズシャルテ・アティスマータだ」
「これはこれは……。旧帝国の没落王子殿は、随分と女性に取り入るのがうまいようだ。しかし──これからの時代は、戦いだ。現れる
そう前置きし、バルゼリッドは再びルクスさんに顔を向ける。
「オレとこの男では、残念だが格が違う。時間の無駄だ。アルテリーゼ殿──」
「“格が違う”……ねぇ」
「……貴様は誰だ?」
いきなり口を挟んだ俺を、バルゼリッドが睨みながら問いかける。
「新王国王家直属騎士隊『
「貴様のようなガキがあの精鋭部隊に? まぁいい。それで、何が言いたい?」
「ルクスさんの実力も知らないクセに、随分と見下した発言だな……と思っただけだ」
「王都のトーナメントで前年三位のこのオレがそこの没落王子に負けるとでも?」
「あんなしょーもないトーナメントで三位かよ」
「何だと?」
「前に前年の優勝者と戦ったことがあるんだが、それなりに苦戦するかと思ったらあっさり倒しちゃってな。あのレベルじゃ優勝したところで全然自慢になんねぇよ」
「なるほど。貴様の実力がどれほどのものかは知らんが、つまり上位にすら入っていないこの男の実力はたいしたことはないと──」
「本当に、そうかしら?」
バルゼリッドの言葉を遮って、クルル先輩が笑みを見せる。
「どういう意味かな?」
「機竜使いとしての彼の二つ名は『無敗の最弱』、つまり今まで負けていないのよ?」
「ふ、ははははは!」
それを聞いたバルゼリッドが、声を上げて笑う。
「『無敗の最弱』か。そういえば、そのような二つ名もあったな。だが──未来の我が妻よ。聡明なそなたならばわかるだろう? 自分の身を守るだけの臆病者など、何ひとつ勝ち取れはしないということを」
「でも、あなたもこの人に勝ったわけではないのでしょう?」
「何……?」
「それとその、未来の我が妻という呼び名はやめてもらえるかしら? 私とあなたは、まだただの他人なのよ」
「…………なるほど。エインフォルク家のご息女もやり手ではないか。ますます気に入ったぞ、クルルシファー」
口元を弧に歪め、バルゼリッドは余裕を見せる。
だが、わかるぞ。あれはかなり頭にキてるな。
「では、このオレとその没落王子で、ひとつ勝負をするというのはどうだ?
「バ、バルゼリッド卿、それは──」
「ご息女に婚約の話は通っていなかったようだ。それはそなたの落ち度だ。しかし、ここで強引に婚約を結んだところで、彼女は納得しないだろう? オレの力量も見せておいた方が、その後の夫婦生活もうまくいくというものだ」
恋人のルクスさんを倒して、クルル先輩を屈服させておきたいというわけか。
「今回の戦いに、『引き分け』はないが、まさか逃げるつもりではないだろうな。没落王子?」
「───わかりました。やります」
「当事者の私と、今回の件を持ちかけたアルテリーゼが高みの見物というのは、気分が悪いわ。どうせならお互い二対二のペアで、まとめて決闘をするというのはどう?」
「な、何を言っているのですかあなたは!?」
「結構ではないか、アルテリーゼ殿。遺恨なき戦いこそが決闘の主旨というものだ」
帯剣している
おそらくあれは神装機竜のものだろう。
「明日の会食はキャンセルだ。では、三日後の夜。決闘の場所を用意しておこう。オレは仕事の都合で、しばらくはクロスフィードに滞在している。くれぐれも、逃げたりしてくれるなよ?」
そう言うとバルゼリッドは豪奢な外套をなびかせ、酒場を出て行った。
店内の空気が緩み、賑わいが戻り始める。
「お二人とも、自分たちが何をなされているのか、おわかりなのですか? 婚約を拒否しようとしただけでなく、挙げ句の果てに──四大貴族と決闘などと。ご冗談が過ぎます。バルゼリッド卿は神装機竜《アジ・ダハーカ》の使い手にして、王都で『王国の覇者』と呼ばれるほどの腕前ですよ?」
「神装機竜なら、私にも《ファフニール》があるわ。そう恐れることもないでしょう?」
動じない先輩をみて、アルテリーゼさんは悩ましげに頭を押さえる。
「わかりました。ですが、あの方の実力──そして権力は、今や新王国のなかでも確かなものです。私もどうやら、あなたを甘やかし過ぎたようですね」
「甘やかした? 腫れ物に触るのが怖かっただけでしょう。あの家の人たちと同じで──」
「…………」
先輩の皮肉にアルテリーゼさんは表情を引き締める。
そっと席から立ち上がり、紙幣をテーブルに置いた。
「今夜はこれで失礼いたします。あなた方との戦い──私は、容赦しませんから」
それだけ言って彼女は酒場を後にした。
(あの家の人たち……?)
クルル先輩は家族との関係がよくないのか?
「門限が近いわ。今日はもう帰りましょう」
やがて放たれたクルル先輩の一言で、俺たちも帰ることにした。
†
「なるほど、つまりクルルシファーは政略結婚がイヤで、ルクスを恋人に仕立てていたと、そういうことだったのか。よかった……、安心したよ」
リーシャ様がほっとしたように胸を撫で下ろす。
「リーシャ様、今頃気付いたんですか?」
「なんだよ、お前はもっと早くに気付いてたのか?」
「ええ、まぁ」
マジで気付いてなかったのか。
「参考までにきくけど、いつから気付いていたのかしら?」
「最初から……ですね。なんというか、わざと周りに見せつけるような感じだったので、コレは何かあるなぁ……と。で、一番可能性が高いのが政略結婚だろうという結論に至ったわけです」
「なるほど、なら見せつけるのはやめて、もう少し自然さを出したほうがいいのかしら……」
と、クルル先輩はこれからどうするか考え始めた。
………なんか俺がアドバイスしたみたいになってるんだけど。
「それより、大丈夫なんですか? あの二人と、決闘だなんて……」
「あのときは余裕を見せたけど、割と厄介ね。あなたが神装機竜を使えれば、何も問題はないのだけれど──」
確かに、決闘では《バハムート》は使えない。
あの二人に、『黒き英雄』の正体を知られるわけにはいかないからな。
それに、トーナメントで三位などと言っていたが、実際はもっと強くて、試合では実力を隠していた可能性もある。
《アジ・ダハーカ》の神装についても不明だ。
こうしてみると結構不安要素が多いな。
「何、恐るるに足らんだろ。ルクスはわたしの《ティアマト》相手でも、《ワイバーン》で守り切れたんだ。適性値が低い他の男の機竜使いなんて、すぐにへばるだろう」
「……だったらいいんですけどね」
ふとルクスさんを見ると、何か考えてるようだ。
おそらく決闘のことだろう。
「怒らないのね、あなたは」
ふいにルクスさんの隣にいたクルル先輩が呟いた。
「え……?」
「普通、こんな決闘に巻き込まれたら、怒るわよ。本当の恋人でもないのに──」
「いえ……。僕が自分から、言ったことですから」
「ありがとう。一応先に、そう言っておくわ」
「あのさ」
今まで無言だったフィルフィ先輩が、真顔で呟く。
「早く帰らないと、門限、過ぎそうだよ?」
「えっ!?」
俺たちは慌てて走ったが、結局間に合わなかった。
翌日の早朝。俺たちは五人揃って、掃除当番の罰をうけた。
みなさんはGW、いかがお過ごしでしょうか?
私は一昨日、シビル・ウォー/キャプテン・アメリカを見に行きました。