「ふぅ……今夜はちょっと冷えるなぁ」
そう呟きながら暗い石畳を歩く。
夕方に王都を出発してクロスフィードまで
数分前に
そのとき、門番をしてる衛兵のオジサンに聞いたのだが、ここ最近、男の不審者が出るとかで、今夜は
オジサンに「にいちゃんが不審者と間違われたりしてな。ダーッハッハ」
なんて笑われたけど、全然笑えねぇからそれ。
それにしても不審者ねぇ……覗きが目的か、
それとも
そういえば、図書館の地下に秘密の研究室とかあったし、他にも何か秘密があって、犯人はそれを狙ってるとか……。
(なんてな……さすがに考えすぎか)
あと少し歩けば女子寮に到着する──と言うところで前から誰かが近付いているのに気が付いた。
たぶん騎士団の女生徒だと思うけど、ホントに不審者に間違われたらイヤだなぁ。
まあ、この辺りは外灯の光がギリギリ届いてるから大丈夫だとは思うが。
逆光で少しわかりにくいが、少女の姿がなんとなく見えてきた。
長い栗色の髪に、身長は俺と同じくらい。
ネクタイの色は二年生の赤色、首にはスカーフを巻いている。
…………。
騎士団にあんな人いたっけ? スカーフとかしてたら印象に残りそうだけど。
俺がいない間に入団したのかな?
ちょっと声をかけてみようか。
もしかしたら例の不審者が女装して──なんてことがあるかもだし。
「あの……」
「──!」
すれ違いざまに声をかけると少女は一瞬ビクッと反応し、その後ゆっくりこちらへ振り返る。
それにより、さっきまで逆光で見えなかった顔が光に照らされて見えるようになった。
(──うん。やっぱ見たことない顔だ……っていうかめっちゃ綺麗だな、この人)
この学園に美少女は結構いるが、その中でもトップクラスだろう。
こりゃ女装した不審者なんかじゃないな。
少し緊張した様子の少女は、灰色の瞳で俺を見つめながら口を開いた。
「……な、なにかな?」
「あっ、突然すいません、見たことない顔だと思って。騎士団の新人さんですか?」
「いや、そうじゃなくて、えっと……わたしはお手伝いというか、頼まれて……」
騎士団員じゃなかったのか。
学年も違うし、見たことないのも当然か。
「ああ、そうだったんですか。暗い中大変でしょうけど頑張ってくださいね」
「……うん。ありがとう」
「では、お気をつけて」
そう言って少女と別れ、女子寮に向かって再び歩き出す。
女子寮の扉を開け、エントランス、階段の前を通って自分の部屋に──
「あれっ、シノっち?」
行こうとしたところで俺を呼ぶ声が。
声のした方──階段の二階側を見上げると
「やっぱりシノっちだ!──って、うわぁ!?」
「えっちょっ!?」
ティルファー先輩が階段を駆け降り、その途中で足を踏み外した……!
俺は落ちてくる先輩を受け止め、衝撃を少しでも小さくするためにわざと後ろに倒れる。
床に足をのばして座るような体勢になったのだが……これは非常にマズいぞ。
ティルファー先輩が俺の脚──というか殆ど腰に跨がるように乗っている。
さらに、俺の頭部が抱きしめられるような形で先輩の胸に押し付けられている。
先輩の胸と脚・尻の感触を俺の顔と腰で感じている状態だ。
とても柔らかくて気持ちいいのだが、このままではたいへんよろしくないことになるので離れていただこう。
俺は世にも珍しいであろう胸で目隠しされた状態のまま両腕を後ろにまわし、時々指先に柔らかいものを感じては心の中で謝りつつ頭をホールドしている先輩の腕を探り当て、拘束を解いた。
解放された視線を上へ向けると、先輩は顔を真っ赤にして固まっていた。
さっきから全然動かないと思ったら羞恥で思考がフリーズしてたのか。
もしかしたら胸を触っちゃったことに気付いてないかも……?
「二人とも、大丈夫か?!」
「ええ、俺は大丈夫ですよ。ティルファー先輩は──」
「わ、私も大丈夫だよ」
シャリス先輩とノクトが慌てて駆け寄り、俺たち──特にティルファー先輩の足に異常がないのを確認する。
「ナイスキャッチだったな、ヨシノ君」
「Yes. あの一瞬の出来事に冷静に対処したことに驚きました。逆にティルファーはもう少し落ち着いて行動してください」
「いやー、ホントにね。受け止めてくれて助かったよ。ありがとね、シノっち」
「いえ、こちらこそあり──じゃない、怪我がなくてよかったです」
アブね。
今
「シャリス、ティルファー、そろそろ行かないと交代の時間に遅れてしまいます」
「おっとそうだった。すまないが我々はこれから警備の当番なのだ。もっといろいろお話したいのだが、これにて失礼させてもらうよ」
「あっ、それ俺も参加しますよ」
例の不審者が男ということで、女生徒だけでは危険なんじゃないかと思って提案したのだが、
「No. お気持ちは嬉しいですが結構です」
「実はちょっとした作戦があるのでね」
「そーそー、シノっちはゆっくりしててよ」
──と、即断られた。
作戦があるならしゃーないか。
「……わかりました。結構暗いから気をつけてくださいね」
「忠告ありがとう。では行ってくるよ」
そう言ったシャリス先輩を先頭に三人揃って外へ出て行く。
それを見送って自分の部屋に戻った俺は、荷物をサッと片付けてベッドに横になる。
そして、しばらくして襲って来た眠気にあらがうことなく眠りについた。
†
翌日放課後、
実は昨晩、学園に帰還したのは俺だけではなく、学園最強の
男嫌いの彼女は間違いなくこの学園の
ココなら
しばらくすると雑用を終わらせたルクスさんがやってきた。
「……って、こんなに来てたの!? アイリまで──」
「私までとはなんですか? 兄さんがあまりにも危なっかしいので、心配してきてあげたんですよ」
若干呆れたジト目をアイリに向けられ、ルクスさんが慌てる。
「そういうことを言うと、皆さんにあのことをバラしたくなってしまいますね」
「そ、それって、もしかして……!」
「ええ、知ってますよ? 私も見たかったです。兄さんの……」
「ちょっとやめてよ!? お願いだから、それだけは──!」
「今度からちゃんと私にも相談してくれますか? 兄さん」
黒い笑みを見せるアイリにルクスさんが頷く。
「じゃあ、許します」
“あのこと”が何かはわからんが、どうやらアイリはルクスさんの秘密を知ってるっぽいな。
ルクスさんが必死になるほどの秘密……めっちゃ気になる。
「な、なんか気になるが……まあ、後にしよう。それより例の件だ。いいな?」
リーシャ様の舵取りに、その場の全員が頷く。
そして、セリスさんについて集めた情報をひとりずつ話していった。
それぞれの話を聞いていくと、ルクスさんと俺のことを、三年生たちはほとんど伝聞でしか知らないが、下級生の説得もあり、編入自体にはそれほど強い抵抗はなかったらしい。
だが、セリスさんが俺たちを追い出そうとするなら、そこは黙って彼女に賛同する──という人間が大多数を占める、とのことだ。
「つまり、我々三年生たちがどう動くかは、彼女の意志次第だ。セリスがルクス君とヨシノ君のことをどう思うかが全て、というわけだね」
と、この場で唯一の三年生であるシャリス先輩が話を纏めた。
「Yes. それでは二人をよく知る私たちがまず、セリス先輩を説得してみるべきでしょうか?」
「いや、それはやめといた方がいいと思う」
「そうね」
ノクトの提言に俺とクルル先輩が反対する。
「今までの彼女は常に、強い信念を以てこの学園をまとめ上げてきたわ。少なくとも、私たちの説得で揺らぐのであれば、そもそも今回のような事態になっていないはずよ」
「それに、俺たちを支持してる人が言っても説得力ないし……」
俺の言葉に「むう……」とリーシャ様が呻く。
代案が思いつかず、皆が口をつぐんでいると、
「──となると、やはりお二人にがんばってもらうより他に、ないかもしれませんね」
「えっ……?」
「あー……なるほど」
ふいに放たれたアイリの言葉に、ルクスさんは首を傾げ、俺はその意味を理解する。
つまり、セリスさんが俺たち二人を気に入って例外視してくれれば解決……というわけだ。
それをルクスさんに説明すると──
「い、いや、それもちょっと無理なんじゃ──」
「ですよねー。俺も自信ないです」
男嫌いの少女の機嫌をとる方法なんて知らないよ。
「気に入ってもらう方法か……。そうだな、この前
(いやぁ、それで喜ぶのはこの学園ではリーシャ様だけかと……)
「あなたのマニア的な発想はやめてもらえるかしら……? それで喜ぶ女の子は少ないわ」
クルル先輩が何とも言えない顔で突っ込みを入れる。
「むぐ……っ!? じゃ、じゃあお前はどうするつもりだ!?」
というリーシャ様の言葉に、クルル先輩は俺とルクスさんの方に向き直った。
「それにはまず、あなたたちの武器を提示してもらう必要があるわね。どう? 女の子を喜ばせてあげられそうな雑用や任務は、今まで経験したのかしら?」
「んー……。ないですね」
最初から心当たりなんてなくて、それでも一応考えてみたがやっぱりなかった。
そもそもそんな
その後も幾つか案は出たものの、
ティルファー先輩の
「あなたは何かありませんか? フィルフィさん」
アイリが思い出したように、俺が買ってきたお土産のクッキーを食べていたフィルフィ先輩に話を振る。
フィルフィ先輩は数秒ほど首を傾げて、
「普通にしてれば、いいんじゃないかな?」
と、あまりにも普通の答えを返され、一同は沈黙する。
「この天然娘は、いままで話を聞いていたのか? いいか、このままだとルクスたちな学園を追い出され──」
「たぶん、わたしのお姉ちゃんが、そんなことさせないと思うよ。だから、わたしたちはルーちゃんたちが退校して欲しくないってことを、問題が起きたら言えばいいと思う」
ぼーっとした表情で、フィルフィ先輩は淡々と呟く。
その答えに、皆しばらく考え込み、最終的に今は騒ぎ立てずに、俺たちを受け入れている一・二年生の意志を統一しておく、ということで話し合いに一段落つこうとしたとき、
コンコンと、工房の扉をノックする音が聞こえてきた。
「……何の用だ? わたしは今、忙しい」
「すみません。ルクス君はこちらにいますか?」
リーシャ様が扉越しに答えると、少女の声が返ってきた。
「あ、あのですね。寮長さんが、ルクスさんのことを呼んでいるらしいのですが──」
「あいつには今、わたしの依頼をさせている。作業が終わったら伝えておく。運が良ければ早くそちらに行けるかもしれんと、寮長には伝えておいてくれ」
「わかりましたー。それじゃ、私は失礼しますね」
「…………」
一同が怪訝な顔で声を潜めると、少女の足音は遠ざかっていった。
「少し、神経質な対応だったか? 仮にルクスがここにいたとバラしても、『反対派』は何もしようがないはずだし──」
「でも確かに──、あまりこそこそしているのも危険ですね。今日はもう遅いですし、ひとまず解散しましょうか?」
アイリがそうまとめると、皆も頷いて、この場はお開きになった。
そして、寮長に呼ばれているというルクスさんが最初に工房を出てから、少し遅れて俺が出て行く。
女子寮の長い廊下を歩いていると、寮長のところへ行った筈のルクスさんが立ち止まっているのを見つけた。
長い髪を三つ編みにした、褐色肌の少女と話してる。
……と思ったら、少女とルクスさんの姿が角の方へ消えた。
なんか嫌な予感がしてバレないように後をつける。
二人は三階のある部屋の前で止まり、何か話している。
少し離れた柱の陰に隠れて様子を見ていると、
「─────。──って、マッサージ!?」
離れてて全部は聞き取れないが、今ルクスさんの口からマッサージって聞こえたぞ……!?
直後に三つ編みの少女はその場から立ち去り、ルクスさんは少し迷った後、意を決したように扉を開けた。
しばらくすると、さっきとは別の少女がやってきて、さっきルクスさんが入っていった部屋の扉をノックしながら何か言っている。
と、ここで俺はルクスさんが嵌められたことに気付いた。
さっき工房にいたとき、俺とルクスさんを追い出そうと同級生を煽っている、サニアという三年生がいるという話を聞いていた。
恐らくさっきの三つ編みの少女がそのサニアって人だろう。
ルクスさんを誘導して中にいる人─間違いなく女性だろう─にマッサージをするよう依頼し、別の人間に目撃させる。
ルクスさんは女性を襲ったと誤解され、退学。
もし今──
「あの部屋にルクス君がいるのね?」
「──っ!!」
突然耳元で囁く声がした……と思ったら、すぐ後ろにクルル先輩がいた。
超ビックリしたんだけど。
「……はい。今あの人が扉を開けたら……終わりです」
だが、少女は扉を開ける様子はなく、部屋の前で何かを待つように立ったままだ。
しばらくして、中からセリスさんが出てきて少女と共に部屋から遠ざかる。
その後に出た来たのはルクスさん──ではなかった。
俺が学園に帰ってきたときに会った、首にスカーフを巻いた少女だ。
…………。
ま、まさか……ね。
そんなわけ、ないよな。
──とそこへ、再びサニアが現れた。
恐らくルクスさんがセリスさんを襲ったという情報を広めるために、近くで様子を窺ってたんだろうな。
部屋から出てきた謎の少女をサニアは疑ってるようで、何か問いかけている。
「さて、行きましょうか。ヨシノ君」
「了解」
俺たちは柱の陰から出て二人のもとへ歩く。
「ちょっと、失礼してもいいかしら?」
クルル先輩の声に二人がこちらへ振り向く。
「お話に割り込んで悪いのだけど、その子に用があるの。譲っていただけるかしら?」
そう言いながら先輩は少女の隣に立つ。
「伯爵令嬢のあなたにしては、礼儀知らずですね。ひとまず私の話を終えてから──」
「学園長に、大至急彼女を連れてきて欲しいって言われてるんですけど──。まだ理由が必要ですかね?」
もちろんこれはでっち上げだが、この場では確認のしようがない。
サニアは小さくため息をついて、
「わかりましたよ。では、失礼」
俺たちに背を向け、廊下の奥に消えていった。
「じゃあ、行きましょうか」
クルル先輩は何事もなかったように、少女の手を引いて歩き出した。
三人とも無言のまま寮を出て、戸締まりがされかけている校舎の階段を上る。
「えっと、クルルシファーさん、ヨシノ。その、ありがとう」
少女が俺たちに礼を言う。
──ルクスさんの声で。
信じたくなかったけどやっぱりルクスさんだったか。
…………なんかちょっと腹立ってきた。
「相変わらず、あなたはお人好しすぎるわね。工房であなたを呼び出す声が聞こえたときから、私は少し怪しんでいたわ」
「そういえば、俺もさっき話して気付いたんですけど、同じ声でしたね。声のトーンとか喋り方は微妙に変えてたみたいだけど」
「えっ、わかったの!?」
「ええ、まあ。俺、声とか音の聞き分けは割と得意なんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「地味にすごい特技ね」
「地味って……。確かに地味ですけど」
「ちなみに、寮長さんにも確認を取ってきたけど、あなたを呼んだ覚えはないそうよ?」
確かに、あの声の人の存在自体、よく考えたら不自然だった。
ルクスさんが工房にいたことを知ってるのはあの場にいた人間だけのはずだし。
たぶんあのサニアって人、ルクスさんの後をつけてたんだろうな。
「でも……、よく僕だってわかったね? こんな格好してるのに──」
「……俺は、ルクスさんがサニアさんについて行くところを見かけて後をつけたんですよ。そしたら女装したルクスさんが出てきて……。この前もその格好だったし、いつからそんな趣味──いや、性癖が……」
「ちょっと待ってよ!? なんで僕が好きで女装してるみたいになってるのさ!?」
「否定しなくていいのよ、ルクス君。趣味も性癖も、人それぞれなのだから」
「そうですよ。何もおかしいことなんてありません」
「いやおかしいから! なんで急に優しくするの!? これは三和音の三人に無理やり着せられて──」
「なんだ、性癖じゃないのか。つまんないの」
「ひどっ、……はぁ、もういいや」
ルクスさんはイジられ疲れたのか、深いため息をついた。
「それで、クルルシファーさんはどうして?」
「私が大切なあなたのことを、見間違えるはずがないでしょう?」
「え、えっと、それって──?」
「言わないでくれるかしら? 私も少し、恥ずかしくなってきたわ……」
「聞いてる俺も恥ずかしくなってきた……」
三人そろって顔を赤くする。
そのまま学園長室に辿り着き、仕事で残っていたレリィ学園長に事情を説明して口裏を合わせてもらう約束をする。
ルクスさんが男子の制服に着替えた後、二人と別れ、自分の部屋に戻った。
あのサニアって人、俺たち男に対する敵意がすごかったな。
まぁ、女子だけの学園に男がいるのが気に入らないってのはわかるが、罠に嵌めてまで追い出そうとしてくるとは……。
次の標的は俺になるかもしれないし、十分警戒しておかないと。
今回、いつもより文字数が多いです。
このⅢ‐3の文字数が7233文字でした。
ちょっくら計算すると
いつも意識してるのが4000文字前後(最初のほうは少ないけど)なので、その1.8倍
平均文字数が3432文字なので、その2.1倍
となりました。
今回は4000文字を意識せず、ルクスが罠に嵌められるところまで書こう──と思って書いたらめっちゃ長くなっちゃった。