翌日、昼休み。
人の多い食堂で、ノクト・アイリと一緒に昼食をとりながら、俺はある重要な任務について考えていた。
っていうかそもそも男嫌いという彼女が俺の話を聞いてくれるかどうか怪しいし……
でも王都で会ったときは割と普通に話してたんだよなぁ。
「ヨシノ、何か考え事ですか?」
俺の手が止まっているのに気づいたノクトが声をかけてきた。
「ん、あぁ、セリスさんのことでちょっとな」
「今度はセリス先輩を口説くつもりですか?」
「おいこらアイリ、テキトーなこと言うなよ」
アイリにツッコミを入れてから、指をクイクイッと曲げて二人に顔を寄せるように合図する。
「実は終焉神獣の討伐任務の候補として六竜鱗とセリスさんが選ばれたんだけど、セリスさんは単騎で討伐するって言ってるらしくて……なんか知らんが、なりゆきで俺が説得することになったんだよ」
終焉神獣のことは極秘事項なので、周りに聞こえないように声を潜める。
「やっぱり口説くつもりなんじゃないですか」
「Yes. やはり胸が大きいほうがいいのでしょうか?」
「ちょっと!?」
俺真剣に話してるんだけど。
「あっ、見つけた! シノっち!」
昼食を食べている俺たちのもとにティルファー先輩が慌ててやってきた。
どうやら俺を探していたらしい。
「大変だよ! セリス先輩が、学園長にルクっちとシノっちを退校させるように直談判してるらしくて──」
「──!?」
息を切らしながら話すティルファー先輩の言葉を聞いて俺も少し慌てて立ち上がる。
「このこと、ルクスさんは──?」
「さっき言ったよ!」
「了解。じゃ、ちょっと行ってくるわ」
ノクトとアイリにそう言って、急いで学園長室へ向かう。
†
校舎三階にある学園長室前の廊下は大勢の女生徒でごった返していた。
微妙な隙間をかき分けて進み、学園長室の扉を開く。
部屋の中央にルクスさん、その向こうの学園長が座るデスクの前にはリーシャ様とセリスさんが向き合っている。
「ヨシノ!? お前も来たのか!?」
「そりゃまあ、当事者なんで」
驚くリーシャ様に言葉を返しつつ歩き、ルクスさんの隣に立つ。
「王都でお会いしたとき以来ですね。ヨシノ」
「……ええ。そうですね。セリスさん」
話している内容は至って普通だが、彼女が放つ他者を圧倒するような威圧感に呑まれそうになる。
あのときのセリスさんとは別人のようだ。
「あなたたちは本来、この場にいるべき人間ではありません。それは、わかっていますか?」
「…………」
「今回の経緯について、私は話を聞きました。私の留守中に、何度か危機を救っていただいたことは感謝します。ですが、それであなたたちがここに在籍する理由にはなりません。この学園は貴族子女たちのためのものです」
「だが、それは──」
リーシャ様が声を上げたのを、セリスさんは視線で牽制する。
「彼らという例外をここで認め受け入れれば、他の例外も認めることになります。学園創立後の七年間は、共学化はしないというお話になっていたはずです」
そんな話あったんだ……。
俺を(無理やり)編入させた学園長をチラッと見ると、困ったように頭をかいていた。
「誰もそんな話覚えてないと思ったのに……。やっぱり、あなたは手強いわね。確かにセリスさんの言うことも筋が通っているのだけど、今回だけは見逃してもらえないかしら?」
「つい先日も、不審者の男が敷地内に侵入しました。彼らが原因ではありませんが、この学園の女生徒たちが、これ以上男性に油断しても困ります」
どうやら、学園長に対しても譲るつもりはないらしい。
「だが、ヨシノはわたしの助手で
「確かに私には工房のことに口出しする権利はありません。彼らがあそこで働くというなら、そのことに対して、私からは何も言いません」
「なら──」
「ですが、それと彼らが生徒として学園に通うことは別の話です」
「く……!」
リーシャ様が呻くと、セリスさんはふっとため息を漏らす。
「セリスティア先輩。僕からあなたにお願いがあります。バルゼリッド・クロイツァーが請け負うはずだった、終焉神獣討伐の件です。その部隊を、あなたが率いていただけませんか?」
「……!?」
ルクスさんが声を落として言った一言で、学園長室の中に緊張が走る。
「……あなたが、何故その件を知っているかは、あえて問いません。ですが、あなたとはなんの関係もない話です。なので心配は無用です」
「六竜鱗や新王国軍の
「あなたは、話をすり替えようとしているのですか? ならば議論の余地はないと判断いたしますが?」
「あなたの答え次第で、僕の答えも決まります。ですから──」
セリスさんは小さな嘆息を漏らした後、ルクスさんを見て、答える。
「私は例の討伐依頼を受ける予定ですが、男性の機竜使いや、六竜鱗の力を借りる気はありません。単騎で仕留めるつもりです。これで、よろしいですか?」
……聞いてた通りの答えだな。
「ではまだ、僕たちは学園を去れません」
「……どういう意味ですか?」
明確に拒否の意志を示したルクスさんを見て、セリスさんは怪訝な顔で問い質す。
俺も意味がわからん。
「僕とヨシノを『
「ッ……!?」
ここまで完璧に『威厳のある四大貴族』だったセリスさんが、初めて動揺の色を見せた。
というか──
「俺も……!? いやまあ、もともと六竜鱗として参加する予定なんで別にいいですけど……」
「あなたの実力は僕も聞いています。でも──、終焉神獣は強敵です。あなたひとりに戦いを任せるわけにはいきません。学生でありながら軍の任務を請け負うことができる『騎士団』に僕が入れば、僕と、既に団員であるヨシノがあなたに協力できます」
「あなたたちの実力が、『騎士団』の団員と同等であることは聞いています。ですが、私はあなたたちを認める気など──」
「ちょっと落ち着きなさい」
ヒートアップしていく二人を学園長が止める。
「そろそろ昼休みも終わりよ? こうして互いの意見を否定していても、結論は出ないでしょう?」
学園長は穏やかな口調でそう告げ、席から立ち上がる。
そして、学園長室の扉を開くと、その前に群がっていた大勢の生徒たちがなだれ込んできた。
「まとめると、セリスさんの要望は、『ルクス君とヨシノ君の退校』で、ルクス君たちはこれを拒否。ルクス君たちの要望は、『セリスさんの
集まっていた生徒たちに伝えるように、学園長は大きく声を上げる。
「それで、今の話を聞いたあなたたちは、どちらの主張を支持するのかしら?」
そう問いかけると、大勢の生徒たちはざわめき出した。
女生徒たちの論争を聞くと、一・二年生は俺とルクスさんを、三年生はセリスさんをそれぞれ支持する──という、予想通りの展開になった。
「はいはい。みんな、静かになさい」
学園長が手を叩き、騒がしくなった場を収め、こちらに向き直る。
「結局生徒たちの意志も半々みたいね。すぐに今のお話の決着をつけるのは、難しいんじゃないかしら?」
「なるほど……。だんだんと、狙いが読めてきたぞ。学園長」
「俺も……なんとなくですが」
リーシャ様と俺が呆れたように声をかけると、学園長は笑顔で頷いた。
「察しがいいわね。せっかくだからこの件、実力で解決する気はないかしら?」
「え……?」
「それは、どういう意味ですか?」
ルクスさんとセリスさんがほぼ同時に尋ねる。
「三日後から始まる校内選抜戦──その結果次第で今回の論争に決着をつける。ということでどう?」
「……!?」
その提案に、その場の生徒たちがざわめいた。
その代表者を決めるための校内選抜戦で、俺たちとセリスさんの問題も、同時に解決させてしまおう、ということだ。
「後で、生徒たちに意見を募るわ。ルクス君たちを支持するか、セリスさんを支持するか、それによって勢力を二組にわけて、他の生徒たちにも参加してもらう、ということで」
「ちょっ、ちょっと、それは──!?」
「学園長。あなたは何を──」
ルクスさんとセリスさんが慌てて止めに入るが、もう遅い。
「大変よ! 早く強い人たちを、確保しておかないと──」
「三年生に勝てるかしら……? でも一・二年生がいれば人数の差で、なんとか……」
学園長が起こした波紋は、一瞬で大きな波となり、生徒たちに広まっていく。
もう取り消すことなんてできない状態だ。
「いいではないか。お互いの実力だけでなく、より強い大勢の支持者を得られるかどうか──その資質も試された上での決着がつけられる」
唖然とするセリスさんの前に、リーシャ様がすっと立ちはだかる。
「わたしはもちろんルクスたちにつくが、自信がないのか? 公爵令嬢」
挑発されたセリスさんは、ほんの少し逡巡し、
「──わかりました」
と、静かに目を閉じて、首肯した。
「仕方のないこととはいえ、長く学園を留守にしていた私にも責任がありますから。本意ではありませんが、受けて立とうと思います。……ですが」
真剣な口調で呟いたセリスさんの気配が、ふいに変わった。
落ち着いた年長者の雰囲気から、超然とした支配者のものへと。
「私に勝てると本気で思っているのなら、大変な見込み違いです」
「……!?」
鋭い威圧感を湛えた笑みに、ルクスさんとリーシャ様がたじろぐ。
セリスさんが踵を返し、学園長室を出て行こうとしたとき、
「でも──、セリスさんはルクス君に何か思うところが、あったんじゃないかしら?」
「え……? それって、どういう──!?」
「それは──ッ!?」
学園長が呟いた言葉に、セリスさんが焦った様子で振り返る。
同時に、ルクスさんも学園長に歩み寄ったその瞬間、二人の足が絡まり──
「うわっ!」
豪奢な赤絨毯の上で倒れた。
「いたたた……──って、あれ?」
転んだ拍子に、ルクスさんはセリスさんに組み敷かれるような格好になっていた。
二人の身体が密着して、セリスさんの大きな胸がルクスさんの胸で潰れて形を変えている。
「あ、あの……!?」
慌てるルクスさんに対し、セリスさんはカーッと顔を赤くしてルクスさんの顔を見つめたまま固まってしまった。
「お、おい二人とも、何をやっている!?」
「失礼しました……。でもやはり、似ています」
頬を赤くしながら立ち上がったセリスさんは、ルクスさんに手を差し伸べかけ、引っ込める。
そして学園長に小声で何かを囁いて、セリスさんは立ち去った。
「全く、お前たち二人が乗り込んでくるとは、どうなることかと思ったぞ。当事者のお前たちが、あまり無茶をするな」
「すみません。でも、やっぱり僕も今回は自分から言わなくちゃって……僕も、リーシャ様やみんなと一緒に、ここで戦いたいですから」
「そうですよ。当事者だからこそ自分たちが動かないと。誰かに任せっきりにするなんて、それこそ学園にいる資格、ありませんよ」
「ルクス、ヨシノ……。大丈夫だ。わたしたちなら勝てるさ。その──お前たちの味方も大勢いるし、その、何より、このわたしがいるのだからな!」
そう言ってリーシャ様が差し出した手を俺とルクスさんが取ると、少し照れくさそうに頬を赤らめて、リーシャ様が微笑む。
「あなたたち、仲がいいのは結構だけど、もう次の授業の時間になるわよ?」
直後に学園長が呟いて、俺たちは急いでそれぞれの教室へ走った。
†
夜、俺は放課後になって突然部屋にやってきたノクトに、王都に帰ってた三日分の授業内容を写させてもらっていた。
と言っても、この範囲は─今までの授業もそうだが─城にいたころに勉強して既に理解済みだし、正直暇なんだよな。
復習ってことで一応ちゃんと写すけど。
ちなみにノクトとアイリの相部屋は現在、アーカディア兄妹が秘密のお話をしていて、ノクトは席を外すついでに俺の部屋に来たらしい。
手を動かしながら、さっき先生から届いた手紙をチラッと見る。
昨晩王都で、投獄されていたバルゼリッド・クロイツァーと反乱軍の部隊長ベルベット・バルトが幻神獣の襲撃によって死亡したらしい。
出現した幻神獣は倒したそうだが……妙だ。
遺跡から王都の間には防衛拠点が複数存在する。
幻神獣がその存在を確認されずに王都に辿り着くことは基本的に不可能なのだ。
例外的にそれを可能にするのは、以前ベルベットが所持していた角笛。
あれで幻神獣を操れば、防衛拠点を迂回するなりして王都に連れてくることができる。
ベルベットが所有していたものは現在学園長が管理しているので、複数存在するものと考えるべきだろう。
取り調べでは二人とも、最近各国で暗躍していると噂の『闇商人』という人物との関与を証言していたらしい。
そして、闇商人と言えば、もうひとつ。
近年、ヘイブルグ共和国の執政院が軍拡を推し進め、更に同盟二国の協力を得て、軍とは別の傭兵部隊も作っているらしい。
闇商人がそこに機竜なんかの武力を流している可能性があるって話を、この前王都で先生から聞いた。
各国に兵器などを売りつけ、世界で暗躍する闇商人。
今のところ、明確な目的は不明だが各国で危険視されている人物だ。
……と、やっと授業内容を全て写し終えた。
そう言えばノクトはずっと無言だったな。
たぶん俺が集中できるようにと思って静かにしてくれたんだろう。
……正直あんまり集中してなかったけど。
「ノクト、終わっ──何やってんの……?」
振り返ると、ノクトがベッドに座って……何故か俺の枕を抱えて顔をうずめてる。
「No. 大したことではありません。お気になさらず」
と少しくぐもった声の後に「すぅ…はぁ…」と深い呼吸音が聞こえ──
「ちょっ、何嗅いでんの!?」
静かだったのは俺の集中状態に気を使ってたんじゃなくて、枕の匂いを堪能してたからかよ。
(……まぁ、別にイヤじゃないけど)
……いや、やっぱり恥ずかしいから離して貰おう。
俺は椅子から立ち上がり、ノクトから枕を取り上げる。
「──い゙っくぉっ!?」
──つもりが、椅子の脚に左足の小指をぶつけてバランスを崩し──
ボフッ─ドサ……!
ノクトへ向かって勢いよく倒れてしまった。
…………
……
顔を包み込む柔らかい感触……枕か。
ノクトがたまにつけてる香水の匂いがするな。
衝突時の衝撃が思ったより小さかったから、枕がクッションになったんだろう。
後ろがベッドだったこともラッキーだったな。
小指はまだ痛いが、お互い怪我はなさそうだ。
だが、コッチはアンラッキーだったかな。
俺はノクトに覆い被さった状態になっている。
端から見たら俺がノクトをベッドに押し倒したように見えるぞ。
いやまあ、実際そうなんだけど。
……というか昼間にも似た光景を見たな。
アレとは男女が上下逆だけど。
ノクトの身体の両側に手をついて、ゆっくり身体を起こすと、顔を真っ赤にしたノクトと目があった。
それにつられたのか、たぶん俺も真っ赤になってるな。
顔がかなり熱い。
「…………」
「…………」
お互い無言で見つめ合ったまま、どれくらいたっただろうか。
「……ヨ、ヨシノ」
「あっ、ご、ごめん」
恥ずかしそうに目をそらしたノクトの声で我に返った俺は、素早く立ち上がり、再び椅子に座る。
「その……だ、大丈夫か?」
「……Yes. 問題ありません」
「そうか。……なら、よかった」
「…………」
「…………」
(き、気まずい……)
とりあえず何か話そう。
何か、何か話題を…………そうだ。
「……あ、あの──」
コンコンッ
緊張しながら出した俺の声は、部屋の扉をノックする音に遮られた。
なんとまぁタイミングの悪い……
「……はい……」
こんな時間に俺の部屋にノクトがいることが知られたら誤解を招きかねないので、少しだけ扉を開いて対応する。
「ヨシノ。あれ? なんか機嫌わるい?」
なんだ、ルクスさんじゃん。
「そんなことないですよ。どうぞ」
「ありがとう。ノクトは……いた。ノクト、もう話は終わったから部屋に戻っていいよ」
ああ、それを伝えに来たのか。
「そうですか。……では、私はこれで失礼します」
そう言ってノクトは素早く荷物を片付けて自分の部屋に戻ってしまった。
言いたいこと、あったのにな……。
「はぁ……」
思わず深いため息が出る。
それを見たルクスさんが、
「ノクトと何かあったの?」
と訊いてきた。
確かにあったけど、ルクスさんに言ったところでどうにかなるとは思えない。
というか、ルクスさんが来るのがもう少し遅ければ、あのこと、ちゃんと言えたのに……。
……別にルクスさんが悪いわけじゃないけど、なんかだんだん腹立ってきた。
「……てやっ」
「イタッ、なんで蹴るの!? 僕何かした?」
「いえ別に、ただのやつあたりです」
「ひどっ……それじゃあ、僕も部屋に戻るよ」
「はい。おやすみなさい」
ルクスさんが部屋を出てから、ベッドに横になる。
そして、微かなラベンダーの匂いに包まれて眠りに落ちた。
中盤、ヨシノのセリフ少ないなーと思って次の話の頭に持ってくるつもりだったところを終盤に持ってきたら、思ったより長くなっちゃいました。
でも結果的に、コッチのほうがキリがいいんで、むしろ良かったです。