周承伝―剣鬼が往く― 作:風雅
時は後漢末期。あらゆる地も荒れ果て、いたるところで賊が出没するそんな時代。官は金銭によって売買され、有力な豪族はその地の太守に賄賂を送り、己の地位を守ろうとする。
そのための金を民たちから搾取しすると言う外道のような真似をするやつらは、宮廷における賊とも言い換えられる。これが宮廷は魑魅魍魎の跋扈する場所と言われる所以である。
民は搾取されることで飢えていく。奪われていくものは金銭だけではない。食料である所の米や大豆などの穀物はもちろん、それ以外では家族であったり家においてあった家具であったりと様々だ。
家具がなくなれば、人は人としての生活ができなくなっていく。ある意味では、家畜よりもひどい存在ともいえる。
やがて人は食べることすらままならなくなり、飢え始めて行く。飢えた彼らは自身の飢えを癒すために、もしくは家族を奪っていった官吏に復讐する為に武器を取る。
そう―――― 賊の誕生である。
彼らにも、最初のうちは何かしらの大儀があるのだ。税を毟り取っていく悪徳官吏を討ち取るだとか、家族を殺された恨みを晴らすためにだとか、その理由は様々だが、何かしらの拍子に奪うことの愉しみを知ってしまうのである。そして、彼らは人の道から外れていく。
やがて、彼らは勢力を伸ばし、着実に大きくなっていく。大陸は麻のように乱れ、内乱が起こる。
己の縄張りを形成し、その場所を通るものには容赦なく襲い掛かり、獲物から容赦なく力を持って奪い取る。まさに弱肉強食、自然の摂理である。
自然の摂理とは言うものの、それは獣の中でのみ適応されるものだ。本来、人には理性があり、獣にはない。これが人と獣の差なのだから。
砂埃の舞う荒野の中を、ゆっくりと二頭の馬が荷駄を引き進んでゆく。馬車の御者は周囲を注意深く見渡しながら、馬を丁寧に操り歩みを進める。周囲を警戒するようにあたりを見渡したかと思えば、体を震わせて何かに怯えている様は、まるで捕食者に睨まれた羊のような様子を連想させる。それほどまでに大事に運ばれている荷駄の中身は商人が商いをするのに使う諸々の雑具と、肝心要の商品である。
荷駄の中身は商人の命と言ってもいい。これがなければ彼らは生きていくことも、これからの暮らしを確保することもできず、そして商売相手からの信用さえも失うのである。
荒野の中を馬に荷駄を引かせ進んでいく。このように町から町へと移動する商人の一団を商隊と呼ぶが、この商隊には些かおかしな点があった。そう、護衛が居ないのである。
商隊が護衛なしで荒野を歩こうものならば、必ず賊に襲われる。それが、今の時代の常識とも言える事となってしまっていた。
では何故、彼らは護衛を雇っていないのか。簡単なことだ、荒野を進んでいくこの商隊は護衛を雇う金がないのだ。
護衛を雇うと言っても、ただその辺にいた力のありそうなやつを雇えばいいというものではない。もしそいつらが襲ってきた賊を目の前にして、逃げ出せば荷物は奪われてしまってお終いである。しかも、その手の連中は往々にして、ろくでもないやつらばかりで、法外な護衛金を要求してくるのである。
商人たちはそんな役に立たないようなやつにくれてやるような金はない。もちろん、きちんとした仕事をしてくれるのであれば、正しい値段できちんとしたお金を支払うだろう。
彼らが最後に立ち寄った村にも、法外な値段で、護衛の仕事を申し出てくる護衛団がいた。こんなのを雇っても本当に役に立つのかわからない。それだけの信用がその護衛団にはなかったのだ。
故に仕方なく、護衛団を雇うことなく賊の数が少ないと言われている渓谷の険しい道を進んでいた。
しかし、運命とは皮肉なものでこういう時にこそ賊というものは現れるのである。
おそらくは渓谷の上に賊の見張りがいたのだろう。上手く崖の影に隠れていた賊達は久しぶりの獲物だと言わんばかりに、獣の如く商隊を追いかけ始める。
賊に見つかってしまった商隊はすぐさまきた道を引き返し逃げようとした。だが、賊のほうが機動力では上であったようで、先ほどまで四里はあっただろう距離はすぐにあと二里といったところにまで近づかれていた。
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先ほどの賊の集団と少し離れた場所にある崖の上。そこには背中に己の身長の半分はあろうかという黒塗りの鞘に収められた剣を背負い、黒い外套をその身に纏った男が、賊と商隊の様子を見下ろしていた。
最初は逃げることに精一杯だった商隊も、賊が少しずつ追いついてくるにつれ、その勢いは薄れ、少しずつ距離が狭まっていく。
彼らは気づいていない。賊の機動力が高いのではなく、自分たちが逃げる勢いそのものが、少しずつ落ちているのだということを。
「やれやれ……。どうしてこうもまぁ暇な人間が多いのかね」
眼下に並ぶ賊の集団を眺めながら男は溜息をつく。
商隊を追いかけるその様は、まさに獲物を見つけた猛獣が如く、諦めを知らず、暴力的に獲物を追いかけ続ける。
「しかしまぁ、それだけ国が乱れているということなのかね」
およそ五丈はあろうかという高さの崖を己の足で飛び交いながら下っていくその様は、さながら鹿のようで怪我ひとつなく着地する。
地に着いた後、すぐさま駆け出して賊から逃げる商隊の先頭の男の下へと駆け寄る。
男は商隊の先頭の男の耳元で告げた。
「このまままっすぐ走り続けろ。アイツらは俺が足止めする」
商隊の男は驚き、そのまま賊のところへ走り去っていこうとする男を引きとめようとするが、男は止まらなかった。商隊の荷馬車の脇を走り抜け、男は賊の集団の前に立ちはだかった。
賊たちは男が商隊の後ろから出てきたのを確認すると、下卑た笑みを浮かべる。
男のことを観察するかのように見ていた賊の頭の様な男は口を開き男に向かって言い放った。
「兄ちゃんよ、俺たちはあの商隊を追ってんだ。そこをどいて有り金全部よこせば命だけは助けてやるぜ?」
嗚呼、やはり賊等というモノはは所詮こんなものか。
賊の言葉を聞いた男は背中に背負っている剣を抜きながら目の前の賊に答える。
「脅すことしかできないような雑魚にくれてやるような物は持ちあわせていないな」
その言葉を聞いた賊の頭は顔を怒りで真っ赤に染める。
男の言葉に怒りを感じているのだろう。頭は声を荒げて叫ぶ。
「言わせておけば……。野郎共、俺たちの怖さを知らない青二才に目にもの見せてやれ!」
男は、何を言っているのやら、と言わんばかりの呆れ顔を見せた後、静かに、しかし重い響きを持った声音で賊に向かって口を開く。
「我が名は周承。国の乱れに踊らされし哀れな者共よ。我が魂切を持ってお前たちに安らかなる眠りを与えてやろう」
男は抜き放った剣を構え、賊の集団にむかって駆け出した。
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商隊の男は賊の集団に向かていった男の方を立ち止まって見ていた。
それは賊の集団に一人で向かわせてしまった後悔のせいなのか、それとも人としての自責の念があったのかはわからない。
だが彼は他の商隊の仲間が逃げていく中で一人立ち止まっていた。
無謀にも賊の集団に向かっていった男の事が彼は気になって仕方なかった。
少なく見ても二百は居るであろう賊の集団に臆することなく立ち向かっていった彼に尊敬の念と共に申し訳なさが胸にあふれていた。
だが彼には賊の集団の暴力に抗う術はなく、何かしらの力があるわけでもない。
何も出来ない彼は拳を握りしめ唇を噛み締めていた。
ギリッ、とどこかで音がした後、口の中で鉄の味がした。
自分には見ていることしかできない、彼はそんなことを思いながら賊の集団に向かっていった男を見ていた。
賊の集団に突撃した周承は向かってくる賊を斬り続けた。腕を、脚を、首を斬り、人間としての機能と命を尽く奪い去っていく。
血にまみれながらも、剣を振り続ける彼は至って冷静だった。彼に焦りや興奮の兆しはなく、ただただ一つの作業の様に、そして自分の手足の様に剣を振るい続ける。
その姿は宛ら鬼のようで、どんな厳つい男も一刀のもとに斬り捨て続けた。
一振りすれば腕が飛び、二振りすれば脚が飛び、三振りすれば首が飛び、彼の通ったあとには血溜まりと血の噴水が残るばかりだった。
赤、紅、朱―――――。辺り一面は体の一部を失った、もはや人と呼ぶことのできないそれらから流れ出た液体で溢れていた。
所詮は賊の集団。周承の前では赤子の集団であるかのように斬り続けられ遂には二百はいたであろう集団もわずか十人ほどになってしまっていた。
「た、助けてくれ!!」
その言葉を最初に発したのは誰だったのか。
それを皮切りに賊の集団はすぐさま周承の目の前にひれ伏し命乞いを始めた。
ある者は自分が持っている金銀を渡すから、助けてくれ。
またある者は、己がどの様な境遇で生まれ、今に至るのかを切々と同情を引くように語り続ける。
嗚呼――――― なんと醜いのだろうか。今まで相当な数の命を奪ってきたはずだというのに、そのことは棚に上げて自分たちの命だけは助けてくれという。
人の本性などというのはこうも醜く、そして情けないものなのだろうか。
己の境遇。それは確かに仕方ない。彼らも賊とはいえ元は人間。そのような境遇になれば賊に身を落としたくもなるだろう。
金銀で命を助けてくれと望む。それも相手が求めるものであれば、有効だったかもしれない。
だが、彼は違った。何を示したところで、己の行為に反省の色を持つことができない者を許してやれるほど、彼は善人でも聖人君主でもない。
どんなに辛くても、その日を生き抜く為に努力を惜しまない者も、未だ存在するのだから。
彼らにも、それ相応に努力するべきなのだ。賊などと言うものに落ちる前に。
しかし、それも仕方なきこと。
本来、彼らの殆どは食べることに困り飢えた農民である。それが日々の糧を賄賂などによって得られた、汚職にまみれた官に奪い取られ、普通に暮らすことができなくなった為に仕方なく行っていることなのだから。
だが、一方で人の命を奪っていることもまた事実。
それは決して許されることの無い行為であり、人としての尊厳を失い畜生道に堕ちたことと同義である。
人が一度畜生に堕ちてしまえば、そこから立ち直ることは難しい。
戻れぬならばいっその事……。彼はそう考えていた。
故に命乞いをしようとも、彼は剣を振るうことを止めない。止めることはできない。
「お前達がどんな金銀を対価に払おうとも、どんなに辛い境遇であったとしても、それは免罪符には成り得ない」
だから、と彼は言葉を続ける。
「お前達の死を俺が背負おう。お前達が殺した業を俺が背負うおう。すべては―――――――-」
一閃。彼が放った僅かな、しかし確かなその閃きは、賊達の首を渡り継ぐかのように走った。
そして、数瞬の後に賊の胴体と頭が離れる。族達は己が斬られたと意識することなく、地に頭を落とし、己の体の全貌を見ることとなる。
やがて、切断面から留処なく紅い体液が流れ、辺り一帯をより紅く染め上げた。
「――――俺の信念の為に」
そして、最後にその場に立っていたのは剣についた血を拭いながら、もはや人と呼ぶには少々部位が足りないソレを見下ろす周承、ただ一人だった。
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大陸の南東に位置する場所、揚州。そのとある村に彼は住んでいた。
決して裕福とまでは行かないが、日々の糧に困ることはなく人々は平穏に過ごしていた。
当然、平穏と言っても、賊が来ないというわけではない。
こんな時代に平穏に過ごせているのには当然、理由がある。
この村には賊から人々を守れるだけの武力をもった者がいるからに他ならない。
村のある一角に少しばかり大きな家がある。荘厳と言うほどに大きいわけでも、立派なわけでもないが、その家は見れば立派なものだと気付かされる様な威厳のようなものがあった。
その家の近くにほかに家は立っておらず、家の裏手には木が覆い茂った大きな山があった。
この家の家主の名は周承といい、村の平和を守るのに一役買っている男である。
そんな彼だが、現在は旅に出ておりこの家には彼の妹である周泰が住んでいた。
彼女もまた、周承と同じく村を守る者の一人である。
彼女自身はそこまで力があるわけではないが、彼女には得意なことがあった。
彼女の背は低いがその分小回りが効く。それを有効に利用し、賊の撹乱を行うのに適していた。つまりは工作である。
たかが工作とは言うが、その工作一つで賊などというものは軽く潰せてしまう。
例えば賊たちが村の近くで襲う前に野営をしたとしよう。かれらは訓練を受けた精兵などでなく唯の賊であるから、軍規のような規律はなく、見張りは立てても酒宴を開き、夜も遅くまで騒ぎ立てる。
そこに兵糧に火をつけ、官軍が来たなどと吹聴し、何人かの兵を殺してしまえば賊の士気は大いに沈み、混乱の果てには裏切り者が居るなどして同士討ちである。
少数の賊であれば、彼女自身の武をもってすればたやすいことである。
周承がいたときには工作などせずに彼女と二人で賊を全てなぎ払っていたそうだが、それは余談である。
兎も角、これだけの功績を上げている周兄妹は村の周囲では【剣の周承・乱の周泰】と呼ばれ、賊共も最近では全く襲ってこなくなった。なお、周泰の乱というのは、相手を撹乱するというところから来ているらしい。
そんな噂を聞いてきたのか彼らのもとには様々な太守が仕官を求めてやってきた。
だが、彼らの目に叶うような太守は居らず、その全てを断り続けていた。
それから数年立って、突如周承は旅に出た。理由は簡単なことで、仕える主を探しに行くのだと言う。周泰は当然付いて行くと言ったが、彼はそれを認めなかった。
曰く、自分たちが二人共村から出たら誰がこの村を守るというのか。今はいいかも知れないが自分たちが旅をしている間に賊が村に攻め込み、この村が滅んでしまえば、自分たちは故郷を失い、さまよい歩くことしかできないのだぞ、と。
周泰はその言葉を聞き、仕方なく付いて行くことを諦め村に残った。
周承も周泰には自分しか家族が居ないということを理解していたらから、なるべく早く戻ると告げて旅に出た。
かくして、周泰は今も一人でこの村を守っているのである。
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兄上が旅に出てから、早いものでもうすぐ一年になります。
私は兄上が言われたとおりにこの村を守り続けてきました。物心付いたときには既に両親はおらず、二人だけで暮らしてきた私たちは何時も一緒でした。
生き抜くための糧を得る為に働き、時代の暴力から身を守る為に武を磨き、生きて行くために人を殺す覚悟を決めました。
私が迷ったときには、兄上が先へと導いてくれました。
私が道を誤った時には、兄上が正してくれました。
私が兄上に依存しているのは事実だと思います。実際のところ、今も不安で仕方がありません。
だけど、兄上の信頼を裏切らない為にも、私は今日も村を守るために鍛錬をします。日々の鍛錬によって培われた武は決して自分を裏切ることなど無いからだ、とは兄上の言葉です。
さぁ、今日も一日がんばろう。そんなことを考えていると、村の男の人が叫びながらやってきました。
血相を変えてやってくる様は何度も見たことがあります。おそらくは賊が来たのでしょう。だけど、いつもより焦っている様に見えるのは何故でしょう。
「ぞ・・・賊がきたぞー!! もう、村の直ぐ近く、二里の所まで迫っている!!」
二里、ですって!どうしてこんなに近くまで来ていたのに、誰も気が付かなかったんですか!
私は、すぐに向かってきた男の人に叫びます。
「見張りはどうしたんですか!」
「わからない。どうやら最近襲撃がなかったから怠けていたみたいだ」
なんてことを。今の時代、何時いかなる時であっても、見張りの人が気を抜いていいはずがないと言うのに。
「……。すぐに戦える人を集めて下さい。私は先に出て足止めをしてきます!」
「けど、相手は今までの数なんてものじゃない! 二百は居るんだぞ!」
「だからといって何もせずに村を襲わせると言うんですか! 抵抗しなければ殺されないなどと言うことはありえません。戦わなければ奪われる、それが今の時代なんです!」
私はそう叫ぶとすぐさまかけ出しました。幸い、鍛錬をしようと思っていたので武器は手に持っていました。
質素な、何の飾りもないですが、兄上の魂切に似せて作られている長剣。銘はありませんが、それ相応の切れ味と、頑丈さはあります。
いくら私が工作が得意とはいっても、徒手空拳で複数の賊を相手取るには鍛錬が足りませんし、不可能です。だから、それなりの武器を兄上が探してきてくれました。
村の入口からすぐさま外に出てみると、そこには今までとは明らかに違う数の賊たちが向かってきていました。よく見てみると商隊を追ってきているようです。商隊は私たちの村に逃げ込む腹づもりのようでした。
巫山戯るな。なぜ、お前たちの尻拭いを私たちの村がしなければならない。そう思いましたが、そんなことは今はどうでもいいです。とにかく今は賊の足止めをしなくてはなりません。
私は覚悟を決めて賊に向かって走って行こうとしましたが、商隊のすぐ近くの崖から誰かが飛び降りて商隊の脇を走ってきます。
黒塗りの何の飾り気もない、極めて質素に見える長剣。外套をで体を覆い、腰まで届きそうなほどに伸ばしてある黒髪。
私は気付きました。いや、気付かないはずがないです。今まで、何度となくその後姿を見ていたのだから。長剣を抜き放ち、賊の前に立ちはだかっているその姿を見て、私は確信しました。
嗚呼―――― 兄上が帰って来られた、と。
抜き身となった魂切を振り払い、向かってくる賊のあらゆる部位を一振りで断ち切るその姿は、さながら剣舞のようで、賊が斬られた跡に流す血飛沫でさえ、兄上の剣舞の前では、一つの芸術のようにさえ見えました。
やがて、二百はいたはずの賊が、あっという間にその数を減らし、残りはおよそ十人といったところ。その数まで減った所で、賊の一人が兄上の前に跪き何かを言い出したのだと言うことに気付いたのは、兄上が剣を振るうのを止めたからでした。
兄上は人の話を聞かずに斬り捨てるような方ではありません。それが、兄上の美徳なのですから。だが、それを逆手にとって襲おうとすれば、容赦はされない。
以前、いまのあいつらのように命乞いをしてきた賊たちもいました。そいつらは、命乞いをしつつ兄上の注意を引き、ひそかに隠れていた賊の一人が背後を取って、兄上を殺そうとしたことがありました。
結果から言えば、兄上はその気配を最初から読んでいたらしく、すぐさま魂切で首を切り、残った命乞いをしていた奴等の首も切り落としました。
だから、兄上がこうやって話を聞くのは温情であって、隙を見せているわけではない。賊だって元は人間なんだ、と言うのは兄上の言葉です。
賊達の言い分を聞き終えたのでしょう。そして、兄上はそのまま賊達の首を切り落としました。
斬り落とした魂切についた血を賊の布で拭うとそのまま鞘に収め、私の方へ向かって歩いて来られました。
兄上は、私の姿を見つけると、柔らかな表情で私に微笑みかけます。そして、一言
「ただいま、明命」
懐かしい兄上の声を聞いて、私の目は少しずつ世界を滲ませてゆきます。
私ってこんなに涙もろかったのかな……。
今はただ、兄上の腕の中に行きたい。そう思った私の体は、すぐさま、兄上の下へと駆け寄っていました。
そして、腕の中に抱かれた私は、こう告げるのです。
「おかえりなさい、兄上!」