周承伝―剣鬼が往く― 作:風雅
四肢や頭を失った、体の一部が足りていない置物。遠くから見ればただただ、周囲が赤く染まっているようにしか見えないだろうその場所には、醜い置物と化した賊の死体がいたるところに転がっていた。 辺り一帯が朱色に染められた荒野で、明らかに場違いな場所で、二人の男女がいた。
長い黒髪を靡かせ、背中に黒塗りの鞘に収められた長剣を背負う長身だが体は細い男と、これまた同じく、長い黒髪靡かせる小さな少女。
少女が男に抱きつき涙を流している中で、男は少女の頭を撫で続ける。
「兄上! 兄上! 兄上!」
少女は泣きながら男に抱きつき叫び続ける。自身の積もらせていた寂しさを晴らすかのように。
男は、たださせるがままにし、時折少女の背中を撫でる。今はここにいるから心配するな、そう言わんとするかのように、優しく、何度も。
やがて落ち着いてきたのか、少女は抱きつく為に腰にしがみついていた腕を外し、男を真正面に捕らえながら涙で濡らした目を腕でこする。
「久しいな、明命。一年振りになるが、息災だったか?」
「……はい! 兄上に言われたとおりに日々の鍛錬も怠らずに、しっかりと村を守ってきました!」
「そうか……。がんばったな、明命」
褒められた事が嬉しかったのか、それとも兄の声を聞いて安心したからなのか、少女は再び目から大粒の雫を零す。
もうしばらくは動けそうにないな―――― そう男は思いつつも、思うがままにさせていた。
「落ち着いたか、明命」
泣き止んだ妹に向かって声をかける。コクリと頷いたのを確認した俺は頭の上に置いていた手を退け、声ををかけた。
「はい。久しぶりに兄上にお会いしましたので、つい涙が出てしまいました。でも、もう大丈夫です!」
元気に、そしてにこやかな笑顔で俺に笑いかける明命。息災のようで、安心した。流石にいままでずっと一緒いたのに、一年も離れ離れになると心配で仕方なかった。だからこそ一年と言う短い時間で興味のあった太守の所に向かってきたのだが。
明命は元気が取り柄なのだということは、兄である俺自身がよくわかっている。だが、やはり気になってしまうものは仕方ない。今では彼女が唯一の家族と呼べる存在なのだから。
「さぁ、村に帰ろう。旅から帰る途中でのあれだ。今日は流石に疲れた」
「はい、兄上!」
明命の元気のいい返事を聞きながら、俺は旅で疲れた体を癒したくてたまらなかった。とにもかくにも、早く横になりたいものだ。
俺は明命の手を握り、そのまま村に向かって歩き始めた。
村に帰りついた俺達が最初に目にしたものは、宴の準備で忙しそうにしている村の皆だった。
確かに、俺が村に向かって来ていた賊を切り殺したとはいえ、それでここまで大きい宴を開く必要があるのだろうか。
「なぁ幼平。賊から村が守られたと言っても、この宴の準備は流石にやりすぎじゃないのか?」
流石に気になったので、明命に尋ねる。俺が村を出て行った頃は、秋口の収穫が終わった頃だったと覚えているが、さして豊作だったと言う記憶もなく、宴に準備できるほどの食料など残っていなかったと思うのだが。
「今年は豊作だったんですよ! それで賊から村が守られましたし、何より兄上が帰ってこられたのですから、宴の準備もされて当然と言うべきです!」
今年が豊作だった。その一言だけで、俺はよかったと思えた。今まで何度も苦しい生活をして来たのだから。豊作と言う一言だけでも、村としてはどれだけありがたいことか。
だが同時に、明命の言葉の後半の部分が気にかかった。
「俺はそんなに大した人間ではないのだが……」
俺が旅から帰ってきた所で、何を祝う必要があるのだろう。俺が賊を斬り殺して、村が守られたことに対する宴ならわからなくもない。旅からの帰参などで宴を開いていては食料庫が持たんぞ。
自分のことを多少下に見たような物言いに、明命が何か思うところがあったのだろうか。急に表情が変わる。
「いいですか、兄上。襲ってくる賊から村を守り続けてきた兄上が村でつまらない人間であるわけないでしょう!」
開いた口から発せられた言葉は、俺に対する叱責のような言葉。自分自身を卑下するような見方をした俺に対して放たれたその言葉は、俺の心を貫く。
俺は、襲ってくる賊から村を守っている。それは自分が生まれ育った村だからと言うのもあるが、何より、自分が暮らしていく場所が奪われるのが嫌だからと言う、己の為のようなものなのだ。人に感謝されるほどのことではないと思っている。
最初は何気ないことだった。まだ生きていた父親に、剣を教えてやる、と言われた俺はただ教わるがままに剣の腕を鍛えるべく、鍛錬に励んでいた。
切欠がなんだったか覚えていない。いつの間にかただ教わるだけではつまらないと感じ始めた。
どうせ習うのならば最強を。頂に到達できるのならばそこに行ってみたい。そこから見える風景を眺めてみたい。そう思うようになった。
やがて、俺は父親の剣を超えた。それはもうあっさりと。父親と共に賊を追い払うごとに剣の腕は上がっていった。
いつしか村の皆は俺の力を恐れるかのように近寄らなくなった。元々、話をするのが苦手で、村の中でも浮いているとは思っていた。いずれどこかの城の太守に仕官して、村から居なくなるのだろうと思われていたのもあったのだろう。さして人徳のようなものはなかった。
ある日、村に官吏が来た。身なりからしても、相当に豪遊していそうな煌びやかな服装をしたそいつが、長と父親と話しているのを見かけた。いつものように税を取り立てに来たのだろう、と思ってそのときは大して気にしていなかった。
それからしばらくして、季節が春から夏に変わろうかという日差しが強くなり始めたある日、この前と同じ官吏が、今度は騎馬兵を率いてやってきた。税を取り立てるにしては多すぎる騎馬兵に少しばかり疑問を覚えた俺は長の下へ向かった。
話を聞けばこういうことだった。
やはり父親はどこかの城で武官をやっていたらしい。だがその太守に嫌気がさし、母親共に城を出て行ったのだという。その際に、いくらかの金子を盗んでいったという。
この話の裏を、幼いながらも俺はなんとなく悟っていた。
そこの太守は暗愚の類だったのだろう。金子を盗んで村にまいてやるという、明らかに父親が嫌いそうな嫌がらせをするぐらいには。
そして、逃げてきた先が今俺も住んでいるこの村だそうだ。
後で長に聞いた話だが、父親は長に盗んできた金子を渡すことで、逃げてきた事をきちんと話した上で住むことになったらしい。身を隠すために農民に身を窶した。
ここに逃げてきてから一年ほどで、母親が俺を身篭ったそうだ。それから俺を産んで、そのまま亡くなった。元々からだが弱い人だったらしい。父親が昔、話していた。
話がそれたが、太守の元を離れておよそ二十年。そこの太守は未だに変わっていないと言う。そして、父親がこの村に住んでいることを偶然にも知ってしまった。この間の官吏が、父親と同期の悪徳官吏だったようだ。
太守は長に父親を引き渡すように言ったそうだ。たまたま、そのときには俺が居なかったので、俺の存在はばれなかった。ばれていれば、一族郎党に罰が与えられるこの時代、間違いなく俺も処断されていただろう。
結果から言えば、父親は長に言われ、おとなしく官吏について行った。村と父親を天秤にかければ、必然的に村を取らなければならない立場にあった長からしてみれば、この決定は当然だった。
そして、父親が処断されたという話が何処からか流れてきた。もちろん、天に弓引く奸賊として。
悔しい、という感情は不思議と沸いてこなかった。それが仕方がないことだと、どこかで達観していたかのような意識で、他人事のようにさえ感じられた。
長は父親から俺のことを託されていたらしい。俺は長に引き取られ、新しい姓を貰った。それが周という姓だった。
身寄りがない俺はこのことを感謝してはいる。だからこそ、この人を守るために剣を振るうと決めた。だがそれは、ある種の使命のようなもので、自分の意思のようなものはあまりなかった。
長には孫が居た。その孫こそが明命のことだ。俺は長の息子ということになっていたので、息子と孫では伯父と姪の関係になるが、明命は俺のことを兄と慕った。何故かは知らないが、そう思ったらしい。
使命のようなもの村を守っている俺からすれば、村の皆の為に戦うことに異議はないが、それを賞賛されるようなことだと思ったことはなかった。
現に、村の皆も何も思わなかった。最初の頃はむしろ俺を見ては視線をそらしていたやつらばかりだったのだから。
けれど、俺は村の為に戦うことをやめなかった。むしろ当然のことのように戦い続けた。
やがて、村の中でも俺に歳が近いやつがこう言った。
村を守ってくれてありがとう――――と。
俺は自己満足の為に戦ってきた。それは間違いない。そしてその行為を感謝されるとも思っていなかった。
だが、実際にはその行為で救われる命があるのだ。現に今では村の皆に感謝されている。ならば、それは素晴らしいことなのだろう。
考えたこともなかったことを明命に言われ、俺はふと、心のどこかで報われたような気がした。
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「やれやれ、一年とはいえ、久しぶりに帰ってきてみても、何も変わってないな」
家に戻った俺は旅用の服から着替え、今では何処にでも居そう若者の格好をしている。
「特に何かあったわけじゃないですから。何も変わってないことはいいことです!」
何も変わっていない。言い換えれば、何事も起きず、平和だったということ。まぁ家の内装ぐらい変えればいいのだろうが、質素なこの家には家具といえば服をしまって置く箪笥と食器をしまっておく棚。そして、二人分の寝台といった所だ。実に物がない、別に金がないというわけではなく、純粋に必要としないのだ。俺も明命も。
「模様替えするほどの家具があるわけでもないしなぁ。まぁ気にするほどのことでもないか」
特に気にするほどでもない。模様替えをした所で何が変わるというわけでもないのだから。
「旅の方はどうでしたか?」
寝台に腰掛けた俺の隣に座りながら、明命が尋ねる。
今回の旅は、簡単に言えば士官先を探しに行ったのだ。このままでは自分の生きていく意味が見出せないような気がしたから。
だが、村を離れて仕官すれば俺が感じている使命感のようなものはどうなるのだろうか。
長に育ててもらった恩だって返せていないのだ。このまま村を離れていいものかという葛藤もある。
「一年足らずだったからな、そこまで色々とまわれたわけではないが主に北の方を廻ってきた。青州、幽州、并州、冀州、司州、豫州と廻ってみたがやはり豫州の陳留は治めている太守がいいのだろう。他の地とは見違えるほどに豊かだった」
陳留太守、曹孟徳。騎都尉から出世し、今の地位に付いた実力者。
実際に訪れた陳留の街は目を疑うほどに栄えていた。それはもう、ほかのボンクラ太守と比較してはいけないのだろうというほどに。それほどまでに圧倒的に栄えていたのだ。
「では、その太守に仕えるのですか?」
「どうだろう。その土地の太守に客将として雇ってもらいはしたが今ひとつ心を打たれなかった」
実際に会って話を、雇ってもらって働いてみたものの、心には響かなかった。何かが違う。俺の求めているものと合致しないのだ。それはもう、自身のことだからよくわかる。
「そうですか・・・。ですが、兄上にならきっと素晴らしい主君が見つかるはずです!」
「……あぁ、そうだな」
明命の言葉に生返事で答える。本当はきちんと答えてやりたいのだが、体が限界らしい。今はとにかく体を休めたかった。
「明命、俺は今から日没までの間、寝ることにする。どうせ宴は日が落ちてからになるだろう」
「そうですね。ゆっくり休んでさい。……起こしにきたほうがいいですか?」
確かに疲れているので、もしかしたら夜明け前で目を覚まさないかもしれないが……。
「気にするな。どうせ、宴が始まれば騒がしくなって寝ていられなくなるさ。それに今から日没まで二時(四時間)程度はあるだろう。それだけ寝れれば十分だ」
二時も寝れれば十分すぎる。それだけあれば体は十分に休まる。
「わかりました。それでは、私は宴の準備を手伝ってきますね!」
「あぁ。村の皆によろしく言っといてくれ」
「はい!」
元気よく返事をして家から駆け出していく明命を見送ったあと、睡魔に耐えられなくなった俺は、寝台に横になって意識が暗闇に落ちるのを待った。
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賊が出没するという報告を受けた為、その討伐の為に儂は兵五百を率いて建業から会稽へとやってきた。
確認された賊の数はおよそ二百。大した数でもないから五百も兵をつれて来んでもいいと思うのじゃが、軍師である公瑾の言葉だから、とりあえず連れて来た。
賊よりも多くの兵を連れて行けば、大概の賊ならば士気が下がり、こちらの兵の損傷を抑えることができるのじゃそうな。兵の損害が減るのならば文句を言う筋合いはないのぅ。
しかし、実際に討伐に街に着てみればどうじゃ。賊の噂など何処でも聞かん。むしろ聞く噂といえば【剣と乱】の噂ばかりじゃった。
建業から南東に位置する街、会稽の近くある村は、【剣と乱】と称される二人が守っておる、そういう噂じゃ。
しかし、所詮は二人。二人で守ることができる物などたかが知れておる。噂には尾鰭がつくもじゃから仕方ないことだが。おそらくは少数の賊が来たときに戦って守ったというだけだろう、と思っておる。勿論、少数とはいえ賊の襲撃から村を守れるほどの人材であれば、鍛えることで一廉の将となることもできるじゃろう。
もし、合う機会があるのならば仕官を進めてみるのもよいかも知れぬ。儂はそんなことを考えておった。無論、賊を討伐した後の話じゃがな。
会稽に到着したは儂らは確認されておる賊の情報を集めることにした。いくら報告で賊がいたと確認されたところで、堅殿が建業に来てまだまだ日が浅い。賊の居場所がきちんと確認できておらぬ。
賊の居場所がわからねば討伐も何もない。兎にも角にも情報が欲しかったわけじゃ。
「そこの者、少し良いかの?」
儂は道行く男を引き止めて賊の情報を聞くことにした。三十程度に見えるその男は儂の声に気付き脚を止めると、こちらを向いて返事をした。
「どうかしましたかな?」
丁寧な言葉遣いじゃな。おそらくは儂がどこかの武官じゃと思ったのじゃろう。
「ここらを荒らしまわっておる賊のことを聞きたいのじゃが、何かしらぬか?」
男は儂の方を見て驚いたような表情をする。
儂は何か変なことを行ったのじゃろうか。
「賊なら、先ほど商隊を襲っている最中に討伐されたと聞きましたが」
「…………は?」
儂はこの男が言っておる事を理解するのに時間がかかった。商隊を襲っておる最中に討伐された。二百は居たであろう賊が何者かに討伐されたわけじゃな。今の会稽には太守もおらんと言うのに。
こうなってくると予定が変わってくる。本当に討伐されたのかを確認せねばならぬし。
「何処で討伐されたかわかるかの?」
「たしか、街から一番近い村の近くだったと聞いております。私もついさっき知ったのですよ」
はっはっは、と笑いながら答える男を無視して、儂は連れてきた伝令に耳元で命令を出す。
「斥候に伝令をだして事の確認をして参れ。本当に討伐されておるのなら予定を変えねばならん」
「御意」
伝令兵はすぐさま駆け出して、街の外の陣に向かっていった。
さて、儂はもう少しこの男に話を聞くことにするかのぅ。
「二百はいたと聞いておるが・・・本当に討伐されたのか?」
「えぇ。街中でこの名を聞いたことはあるのでは? 【剣の承・乱の泰】という名前を」
ここで、その名前が出るか。
確かに気になってはおった。もしかしたらその者達が討伐したのかもしれぬと。だが、宛にはしておらなんだ。賊とはいえ二百という数は馬鹿にできぬからな。
「しかし、その噂は本当なのか? 如何せん、儂らは最近赴任して来たものでな。こっちの噂には疎くてな」
「そうでしたか。【剣の承・乱の泰】と言えば、このあたりでは知らぬ者は居ないでしょう。ここから南東に凡そ十里ほど行けば、彼らの住む村につけるはずです。そこに行けば確認が取れるかと」
まさかこんな近くに噂の者達がおるとはな。儂は驚きながらも同時に期待に胸が膨らんだ。今の堅殿には少しでも多くの人材が必要なのだ。たとえその噂が偽りであって、賊が討伐されていないとしてもその時は儂らが討伐すればよい。確認の為の斥候は放ったわけじゃしの。
それに、火のない所に煙は立たぬ。彼らもおそらくはそれなりの実力があると見て間違いないはずじゃ。
もし本当に、二人で賊を討ったのならば必ずや連れ帰らねばならぬ。そのような英傑こそが今後の我らには必要なのじゃから。
「そうか、感謝するぞ若いの」
「いえいえ。道中、お気をつけて」
そう言って男は礼をしながら儂の前から立ち去った。しかしまぁ、ずいぶんと礼儀正しい男じゃったな。どこかで文官でもしておったのじゃろうか。
さてと、街で聞き込みをしておる兵をまとめねばならんな。件の二人の噂も集まっておるか知れぬし。その後は入り口で分かれた策殿を探さねば……。
まったく、街に入ったとたんにどこかに行かれるのじゃから、護衛の兵も追いかけるのは大変じゃろうなぁ。まぁそれも兵の仕事なのじゃからしっかりとやってもらわねば困るのじゃが。
聞き込みをしていた兵を集めた後は情報を纏めるわけじゃが、予想通り件の二人の情報がごろごろと転がってきおった。
剣のほうは一騎当千ともいえそうなほどの剣の腕をしているじゃとか。
乱のほうの工作で、賊の陣営を瓦解せしめたじゃとか。
なかなか有益な情報が集まったものじゃのぅ。この調子ならば推挙するに足る戦功を集められそうじゃの。
戻ってきた斥候からも、荒野に四肢を失った賊と思しき者達の死体が転がっておったとか。数もおよそ二百と間違いなさそうな報告じゃった。
これならば推挙できよう。あとは本人たち次第といった所かのぅ。できれば仕官してくれれば言うことなしなのじゃが……。
兎も角、策殿を探して合流せねば。大方、酒家で酒でも飲んでおるのじゃろう。儂でさえ我慢しておるというのにまったく、策殿には困ったものじゃわい。
今頃酒を飲んでいい気分になっているじゃろう策殿を恨めしく思いながらも、儂は酒家に向かうことにした。
べ、別に儂も酒が呑めるとかそういう魂胆じゃないんじゃよ!? 違うんじゃよ!?
酒家に向かう途中に、なにやら人だかりができておった。やけに騒がしいものじゃから儂は喧嘩か何かかと思い、遠巻きに様子を伺おうかと思っておったら、その人だかりの中心におったのはなんと……
「その老人を放しなさい!!」
老人を抱き寄せ、その首元に剣を突きつけておる賊のような風貌の男が追った。そして、それに対峙するかのような位置に立って、今まさに啖呵を切った人物こそ、儂が探しておった、孫策伯符その人じゃった。
何故、策殿が人だかりの中心におったのか、それはこの際問題ではない。儂は多幻双弓を構え、人質を取っている賊の頭を狙う。じゃが、賊の男を老人の頭が横切ったりしておるものじゃから狙いをつけることができん。狙ってやっとるんじゃなかろうな、あの賊め。
どうしようもない硬直状態で、策殿がなにやら賊と話をしておった。金と馬を寄越せといっておるようじゃな、逃走用に使うのじゃろう。策殿もそれがわかっておるのじゃろう、上手く話をして、隙を突いてばっさりと斬る気じゃな、あれは。
じゃが、賊の男はどうやら策殿を事を知っておるらしい。良くも悪くも太守の娘というのは目立ってしまうものじゃな。こうなってくるとなかなかに厳しくなってくる。
儂がどうしたものかと悩んでおると、なにやら、小さな人影が賊の後ろを取っておった。気付かれずに背後に立つその気配の消し方。明らかに只者ではなかろう。
その人影は賊の首元に手刀を叩き込むと、賊を気絶させ、老人を救い出した。
……もしや、あれが件の二人の片割れじゃろうか。
気になった儂は、すぐさま人だかりの中心へと向かう。
これは、噂は本物じゃったようじゃな!!