人間性とは、まさに『人間』の性質をあらわすものである。
人は時に人を蝕み、喰らい尽くすものだ。けだものと呼んでも差し支えない所業、醜き争い。
人をして『善』と呼ぶか、『悪』と呼ぶか、はたまた『混沌』と呼ぶか。
「大いに議論の余地があるよなぁ」
名もない少女は呟き、大きく伸びをした。
「どうされましたか、英雄よ」
その様子に目を丸くし(たような気がする)、エリザベスが訊ねてくる。
ウーラシールの宵闇姫の従者エリザベスはキノコだ。本人も不思議がる、紛れも無きキノコである。
柔らかな陽光降り注ぐ霊廟にて、少女はのんびり休息をとっていた。
壁から生えるエリザベスの横に陣取り、ひんやりとした草に身を預ける。
年の頃は十代半ば。雑に整えられた黒髪に、美しい緑の目の少女だ。ほっそりとした体に擦り切れたローブを纏っている。
「や、人間性って何かなって……。ほら、私とか……不死になったら、人間性の使い途を得たじゃない。枯れた体が潤って人間に戻る。でも、向こうの方の敵は……頭を人間性にやられてしまってる。良いことばかりじゃないんだ、って」
「そうですね……」
エリザベスは困ったような声を出すと、うーんと押し黙った。キノコに人間について聞く、というのも中々ない経験だな、と少女はひっそり笑う。
「下の方なんか、人間性のでっかいのがいた。触れると痛いんだ。ああいうのにアルトリウスはやられたのかな」
深淵と契約し、深淵歩きの称号を得た騎士。だが人間性の闇は彼を蝕み、とうとう騎士は闇に堕ちた。それは彼が神族だからで、人間である少女には「痛い痛い痛い!」くらいで済んだのだ。
「有り体な答えを考えると、人の汚さに神は耐えられない……みたいな?」
でもそれも違うような、と少女は思う。主観によるが、神は汚くないなどあまり想像出来ない。人間とは違うだろうが、それでも相応に汚点や短所があるはずだ。
だから、
「人間性って、なんなのかなって」
最初の疑問に戻るのだ。
少女は名を持たない娘だ。気が付いたら不死院にいて、あれよあれよという間に外へ出た。魔術を知っていたため、元は何処かの魔術師だったのかもしれない。
その彼女が宵闇姫と出会ったのはひとつの必然だろう。光の魔術を操る姫は、しかし突然過去へと連れ去られた。それを追いかけて過去へ飛んだ少女は、様々な出来事に直面したのだった。
「こんなにのんびり出来る場所は少ないわ。ここにも篝火あって良かった」
少女は微笑んで言う。少女が安寧を得られる場所と言えば、後は火防女の存在する篝火くらいなのだ。
「では、ごゆるりと休憩なさいませ。……そして、先程のお話ですが」
「ん?」
「貴方様は、どう感じるのです? 実際に人間性に、闇の魔術に触れて」
「……」
今度は少女が押し黙る。得られる感覚は茫洋とし過ぎて分かり辛いものだ。だがその中から懸命に拾い出し、ぽつぽつと語り始める。
「本当に……色々だよ。人間性は色々なものを含んでる。闇の魔術はそれを具現化した感じ。人を喰い破るような恐ろしさも感じるし、逆に人への思慕も感じる。マヌスのソウルは、少しだけ暖かくて……なんだか、優しかった」
マヌスの名を出した時、エリザベスのつぶらな目が一瞬だけ曇る。しかしそれには気付かず、少女は拙いなりに続けた。
「なんかね、漠然と人間性は人間になくてはならないものって考えてたから、人の善い所を凝縮したものって思ってたの。でもそれだけで人間になるはずないよね。今人間性を得た私は、善人な訳じゃないから。だから、人間性は全ての源……みたいなのかなって思ってる。神様は何かひとつの性質を強く持つから、人間性に弱かったりするのかな?」
話し終え、少女は一息つく。エリザベスは肯定も否定もせず、「わたくしは真実を知るものではありません。ただ貴方が話したことを、覚えていましょう」と頷く。
「む。エリザベスはいつもそれだよね。前もそう言ってた」
少女が口を尖らせると、
「ええ。私は何も語りません。ただ貴方という偉大な英雄について覚えておくだけです」
飄々と返すのだった。
少女は文句を言おうと思うが、ふと遠くを見つめるような目で黙った。
「……いや、私も同じことをした。姫は何も知らなくて良い。私だけ知っていれば良いこと……」
時の狭間でたゆたう麗しき姫。その陽だまりのような笑みを思いだし、少女は少しだけ口元を綻ばせる。
「じゃあ、帰る。ありがとう、エリザベス」
「ええ、またいつでも」
いつも通りの挨拶をし、少女は再び篝火へ歩み寄った。また血濡れの世界に戻るために。