Past Colors 作:下書き
「ちっ…
予想以上にはやく手が回ってたか…」
帝都ニブルハイムとレジスタンス街ラージュを結ぶ道が帝国騎士団により封鎖されていたのだ。
しかし、ゴーマンを殺したのはついさっきのこと。屋敷内の警備は全員重症を負っているのだから、警備が敷かれるのはあまりも早過ぎる。
事実、この7年間のうちでこのようなことは一度もなかったのだから…
この場合、策としては二通りある。
警備の目を盗んでつっきるか、迂回する形となる森を進んでいくかだ。
まぁ、森には魔物がでるが警備をつっきることを考えれば容易いだろうと即決し、森へと足を踏み入れる。
聞いた話によれば15年前までは、ニブルハイムとラージュを行き来するにはこの森を通るしかなく、魔物に襲われる人が跡を絶たなかったらしい。
力のある者、戦う術を持っている者にとっては森に住まう魔物はさほどの脅威にならないが、そうでないものは最悪死に至ることすらある。
しかし、どうしてもニブルハイムやラージュを行き来しなければならない者がいるのも事実。
その自体を重く見たレジスタンスの初代首領、グレゴリア・ガロンダイトが仲間とともに今の道を切り開いたとされている。
その後、ニブルハイムとラージュの交流はたしかに盛んにはなった。
しかし、それは貴族社会に反発して自治を始めたレジスタンスと、貴族間にとっては必ずしもいい結果をもたらすものではなかったのだ。
なぜあいつが…グレゴリアがそのようなことをしたのか、俺にはわからない。互いに許容できず、住む場所をわけたというのに、なぜまた繋げたのか…
「------」
「------」
そんな物思いに耽りながら歩いていると、なにやら人の声のようなものが聞こえてくる。
時として人は魔物以上に恐ろしいものだ。警戒しながらも声のする方を茂みから覗くと、そこには身なりもガラもわるい山賊と、ボロボロの服を着た赤髪の少女がいた。
暗い夜の森でその組みあわせときたら、どのような状況かは推して知るべしだろう。
「おいおい、こんな真夜中の森のなかでなんて随分と盛ってんな」
「誰だてめぇ!?」
茂みから出て行くと、二人が同時に俺へと目線を向ける。
少女の目には当然のように恐怖の色が映しだされ、山賊は不快さを隠しもせずに手入れもろくにされていない斧を肩に担ぎこちらへと向かってきた。
「警告だ。
今すぐここを立ち去れ。これ以上、俺に近づくかその娘にきが---「うるせぇ!」
先程まで俺の首があった場所が斧によって空を裂かれる。
そこへ下からの一閃。鉤爪の内の一本を斧の柄に刺し先端を分断した。
ずしんと地面に落ちる斧と、ただの棒きれとなった柄を呆然と見つめる山賊。
「お前が望むってなら、このままやり返してやってもいいぞ?」
そう言いながら下から山賊を睨みつける。
どんなに単細胞な生き物といえども、ここまで彼我の差がはっきりとしていれば首を縦に振ることもないだろう。
「し、失礼しましたぁぁぁぁぁ!!」
予想に反せず、山賊は冷や汗をかきながら一目散に逃げ出していった。
残ったのは、こちらを不安そうに見つめている少女と人殺しが一人。
まだ夜は始まったばかりだ。
なぜこの少女が一人でこんな所にいるのかは分からないが、日が昇るくらいまでは辺りを見張っててやってもいいだろう。どうせ帰路を急ぐ必要もないのだから…
そう考えると、その場に座り込み少女の様子を眺める。
別に会ったばかりの少女に肩入れしているわけではない。
ただ、単純に女子供が夜一人でこんな場所にいるべきではないということと、自分自身が戦い慣れていることによる合理的合致にすぎない。
『お前さんは筋がいい。
だからこそ、これから身に着けていく力に溺れちゃいけねぇよ。
後悔しない力の使い方をしな』
遠い昔の言葉をふと思い出す。
もう二度と聞けないその言葉、その声。
その言葉に俺は一度も反していない。今も過去も、そして未来も…俺にとって大切な言葉の数々……
「あ、あのぉ…」
夜の静寂をやぶる控えめな声。
顔を上げれば先程の少女が怯えた目でこちらを見ていた。
「どうした?」
「えっと…その……」
「用がないなら大人しくしてろ。
下手げに動くと今度は魔物が寄ってくるかもしれんぞ」
「は、はい……」
あまりにもか細く消え入るような声…
俺とは生きる世界が違う普通の人にとって夜とは恐怖の対象である。
そこで山賊に襲われ、更には山賊を追い払ったより危険な人物が目の前にいるのだ。それを怖がらないわけがない。
「なにか…あるのか?」
未だに俺の前に立っている少女に、できうる限り優しく声をかける。
別に気を遣ってるわけではなく、この状況で目の前に立ち続けられるのも、ましてや怖がって泣かれるのも迷惑なだけにすぎないからだ。
「そ、その………」
言いよどむ少女は一度目を瞑り深呼吸をすると、ふさっと短く赤色の髪が浮くほどの早さで頭を下げた。
「あ、ありがとうございました!」
「……はぁ?」
先程までのか細さを感じさせないハリのある声でお礼を言う少女に思わず面食らい、間の抜けた用な声を出してしまう。
「私…なにか変なこと言いましたか…?」
「いや、気にするな。
それに礼を言われるほどのことをしたわけでもない」
「そ、そんなことありませんよ。
私を助けてくれましたし、今だってこうして見守っててくれてるじゃないですか」
そう言いながら嬉しそうに微笑む少女に対し、バツが悪くなった俺は目線をそらす。
「助ける助けないじゃないだろ。
戦える奴は戦う、料理ができるやつは料理をする。みんなできることをやってるだけだ」
「できることをやってるだけ……」
ぽつりと少女が俺の言葉を反芻する。
だが、それを聞こえていないふりをして自分の横の地面を叩いて座るように合図をする。
「いつまでも立ってたら疲れるだろ?
座るなり眠りなり好きにしておけ」
「では、お言葉に甘えてっ」
やけに嬉しそうにする少女は近すぎるくらい俺の横に座ってきた。
なるほど、こいつは底抜けに人懐っこいだけなのだろう。
今までそういった人間と関わってこなかったため、少々やりづらいがそれも翌朝までの辛抱だ。
「そういえば、お前の名前……」
そこまで言いかけて少女が既に眠りについていることに気づく。
正に緊張の糸がほぐれたということだろう。座ってから数秒で寝息を立てているその寝顔は、先程までの怯えもハリのある声も感じさせない安らかなものだった。
「隣りにいるのがヒトゴロシだってわかってんのかね…」
一人、そうつぶやくと視線を少女から離す。
もちろん、この無害な少女を殺す気など毛頭ない。
ただ、自分の手はとっくに汚れており、この普通に暮らしてきたであろう少女が隣で寝息をたてているのがおかしく感じただけなのだ。
視線の先にある森は、夜の静けさを取り戻し夜風に葉が揺れているだけのもの。
ヒトゴロシとよくわからない少女がいること以外は、何一つ変わらないいつも通りの森だった。