Past Colors 作:下書き
「おい、起きろ。
いつまで寝てるつもりだ」
既に日が昇って1時間ほどがたつのに起きる気配すらみせない少女に声をかける。
こちらは夜通し起きていたが、終始こいつは起きることもなく幸せそうに寝ているだけであった。しかし、さすがに俺もそろそろ動き始めたいのだ。
「んむぅ…なんでしょうか…」
半開きの目と半開きの口という、いかにもな寝ぼけ顔を晒す少女はふらふらとこちらに視線を合わせてきた。
本当になんなんだ、この平和ぼけした生き物は…
「既に朝だ。
俺はもう動き始めるし、置いて行かれたくなければさっさと目を覚ませ」
「置いて行かれ……?
ま、待ってください!起きます!起きますから!」
寝ぼけ顔から一変、頬を両手で叩いた少女はふるふると顔を振り立ち上がった。
「お前、本当によく顔を変えるな…」
「そうですか?
貴方は少し笑ったほうがいいと思いますけど…」
「今までで笑える状況あったか?」
「それはそうですけど、貴方ずぅーと難しい顔してるじゃないですか」
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「あの状況下の後で、ここまで気楽になれるお前のほうがおかしいんだよ…
まぁ、いい。今日中に森を抜けるからさっさとついてこい」
「ま、待ってくださいよ!」
歳も5歳以上は離れているであろう少女と押し問答をしていても仕方がないため、歩き始めた俺の横に並ぶようについてくる少女。
この平和ぼけした生き物から見たら俺は常に難しい顔をしているのであろう。
それが生きる世界の違い。普通と普通じゃない奴の違いだ。
「……まて、なんでついてきてるんだ」
「え…なんでと言われましても、先程ついて来いと貴方が…」
約2秒立ち止まり考える。
『今日中に森を抜けるからさっさとついてこい』
たしかに言っていた…
今朝までって昨晩考えたはずなのに、なにを口走っているんだ俺は…
「言いました…よね?」
「あぁー、たしかに言ったよ。
言ったとも。もうこうなりゃ、目的地まで連れてってやるから今のうちに教えろって」
半ば自暴自棄である。
なぜ自分でもあんなことを口走ってしまったのかわからないが、今になって撤回するわけにもいかない。
いや、撤回自体は容易いのだが、よくよく考えて見ればこいつが朝だとはいえ森を抜けれるはずがないのだ。
だから、あれは俺のミスじゃなくて合理的な判断。そのついでに目的地まで送り届けてやるだけなのだ。
「目的地は……ないんです…」
「なにを言っているんだ?
目的地がないのに、こんな危険な森の中をわざわざ歩いていたわけでもあるまいし」
「その通りなんです…
とにかく遠くに…遠くに行きたくて……」
俯いて語る少女には先程までの明るさは微塵も感じられない。
だが、そこまで言われれば誰だってわかる。
ボロボロ服しか着せてもらえない環境。
この森に最も近い帝都ニブルハイムには貴族に連なるものか、商人しか住んでいない。
つまりこの少女は奴隷、またはいいとこ女中をやらされていたのだろう。
それも、かなり劣悪な環境で…
「わかった。
心配するな。だったら、俺がなんとかしてやるから」
自分でも似合わないと苦笑するくらいに朗らかな声とともに、うつむく少女の頭を優しく撫でる。
同情と偽善。
相反するそれは、どちらも正しく俺の中で存在していた。
事実、この少女の境遇は同情すべきものである。
一般的な人権すら保証されないニブルハイムは貴族以外にとっては無法地帯も同然なのだ。
そんな場所にいた彼女がどのような待遇を受けていたかは容易に想像でき、かつ筆舌に尽くしがたいものでもあるだろう。
だが、そんな少女を助けるというのは偽善にすぎない。
普通の世界に住まない…数えることすら億劫になるほどの貴族を屠ってきた俺が与えてやれるのは、決して普通が望む平穏ではないのだ。
より正確に言うならば、俺は普通の平穏という感覚がわからない。自分の感覚が麻痺していることを自覚できる程度には普通に対する理解はあるが、所詮それはそこまでのもの。
普通を理解するに足らないのだ。だからこそ、俺の先程の発言は偽善、体の良い言葉でしかない。
「むむむぅー
また難しい顔してますよ」
「もう俺の顔のことはいいだろ…」
そんな俺の心中を知る由もない少女は口をとがらせながら無邪気に俺を見上げる。
こいつはなにを持って短時間でここまで俺に信頼を寄せているのか。
それを理解することこそが[普通]なのかもしれないのだが……
「ほれ、これなら食べれるから食っとけ」
「あわわわわ…あ、ありがとうございます!」
あれから歩き始めて数刻。
森の開けた位置にたどり着いた俺は、近くの木に生えているアップリアの実を少女にトスする。
まぁ、なんとなく予想していたことだが、どうも鈍くさいらしくそれをお手玉していたのだが…
だが、そんな予想通りの光景に自然と笑みが漏れてしまっていた。
戦闘経験における先読みと変わらない、予想通りの光景にすぎないそれのなにが面白いのか…
自分で自分がわからない。ただ、なんとなくこの光景こそが少女の住んでいる世界であり、自分の住んでいる殺風景で色のない世界とは違うのではないかということは理解できた。
「あむんぐんぐむぐ…
こ、これすごく美味しいですね!なんという食べ物なんですか?」
「アップリアの実をしらないのか?
市場とかでも普通に出回ってるだろ…」
「アップリアの実…ですか。
あむあむんぐ…なんと美味しいものでしょう…」
目を輝かせ夢中でアップリアの実をかじる少女を見ていると流石に不安になってきた。
アップリアの実というのは、この森に限らずそこらかしこに自生している果実である。
そのため市場価格も比較的安価であり、余程不便な暮らしをしていないかぎり一度は食べたことがある人が大半だろう。
そんなアップリアの実を夢中でかじる少女…
諸所の言動が彼女の生活の悲惨さを物語っており、着の身着のまま逃げ出してきた気持ちもわかるというものだ。
「そういえば、あなたの名前ってなんなんでしょうか?」
「今更その話か…
まぁ、隠しとく必要もないから言うがガルシア。ガルシア・ガロンダイトだ」
「ガルシアさんですね。
私はカシューナと言います。遅くなりましたが、よろしくお願いします」
そう言いペコリとお辞儀をする少女、元いいカシューナ。
環境が環境だけにか礼儀正しいその仕草を見てこれからのことに一抹の不安を覚えないでもない。
レジスタンス街であるラージュは帝都ニブルハイムと違い、基本的な人権および自主制を尊重する街だが、同時に少々気が荒い者も多数在住してのだ。
そんな中で名前も言動もどこか抜けている少女が、生き残っていけるだろうか…
もちろん、血の気の多い輩ばかりというわけではないし、そういった者を集めたレジスタンス本部と、移り住んできた人々が暮らす住宅街は地区が離れてはいるのだ。
だから一般的な移民ならば問題ない。
「お前…自炊できるのか?」
「むむむぅー
自己紹介したそばからなんで呼んでくれないんですか」
まさかの予想外な返答である。
むしろ、返答にすらなっていないのだが、あからさまに口を尖らせて不満の色を醸し出しているのだ。
「まったく…わかった、わかった。
カシューナは自炊できるのか?」
「……頑張ります」
つまりはできないということだ。
若干遠回りになった挙句、ある程度予想していた返答に頭を委託するが今悩んでいても仕方がないだろう。
とりあえずは、ラージュに帰らなければならない。話はそれからなのだから。