「ねえ‥‥‥カメラ増えてない?」
気付いたのは雷。艤装を背負い出撃から戻ってくる途中の海の上。遠くに見える海岸にはカメラのレンズの反射光。流石にどうにかして欲しいレベル。『スパッツは制服と違って艤装ではない』と言えば察しがつくだろう。彼等の狙いは言うまでもなく、漣の中破以上での帰投。深海棲艦からの攻撃を受ければ、只のスパッツなど穿いている意味はなくなる。
(だから目立ちたくなかったのに‥‥‥)と考えてみてももう遅い。週刊誌の足木記者のせいで漣は良い意味でも(本人にとって)悪い意味でも有名人になってしまった。『自称親戚』なるものまで現れる始末。深海棲艦を倒して海を取り戻さなければならないのは確かだが、もしも今の世間の反応のままで南方棲戦姫を倒しでもしたら‥‥‥少し怖い。
「ほら、行くわよ。考えても仕方無いでしょ?」
雷にそう促され、「うん‥‥‥」と項垂れながら頷いた漣。気を取り直して進もうと水面を蹴ってすぐ、前方に何かが浮いているのが見えた。
「ちょっと!?釣り船!?危ないじゃない!行くわよ、漣!」
有ったのは小型のヨットだ。デッキには誰も見えない。ともあれ、いつ深海棲艦が現れるか分からない以上放ってはおけない。慌てて近付いた漣と雷が保護しようと横付けして中を確認しようとした瞬間、パシャ、というシャッター音とフラッシュ。
「はぁい、御二人さん」
中に居たのは女性だった。固定式のカメラのシャッターから右手を離した女性。長い髪、長身でスレンダーだが女性として主張する部分は確りと主張している。顔も何処か勝ち気ではあるが美人といえる。ただ‥‥‥左手に持つ巨大なカツサンド(食べ掛け)のせいで全て台無しになっている。
「あっ‥‥‥やっぱりか。貴女、橋本大佐の娘よね?確か中学生だった筈だけど‥‥‥ふぅん‥‥‥」
女性はまじまじと雷を眺めている。素性がバレているあたり、一般人では無さそうだ。
「こんな所にヨットなんて危ないですよ、早く港に戻って‥‥‥」
漣が言い終える前に、女性は軽い感じで二人に「はい、これ」と名刺を差し出してきた。突然過ぎて思わず受け取ってしまった漣が名刺を確認すると、そこには足木、と記者の名前が書かれていた。
「‥‥‥‥‥‥あーっ!!」
漣の顔が羞恥で真っ赤に染まる。足木と言えば例の『苺パンツ激写』記事の犯人その人だ。同時に無意識に12.7㎝連装砲を足木に向けていた。向けられた足木の方はたまったものではない。顔を引き攣らせながら「ちょっとぉ!?落ち着きなさいよ、ね?ね?」と漣を宥めようと必死。
「その記者さんが何の用?港まで随行してあげるから帰りなさいよ」
間に割って入り漣を押さえる雷の口調も、平時と違い少し棘がある。そんな様子をみせる珍しい雷に、足木が営業スマイルを向ける。
「貴女までそんな顔しないでよ。私は只ね、話を聞きたいだけなの。ね、ナっちゃん?」
「私はそんな名前じゃありません。それから記者さん、この子に謝って下さい」
海軍大佐の娘である雷は、機密保持についても理解している。この後も漣が余計な事を言う前に逐一口を挟み、自分達のコードネームを含む一切の情報を渡そうとしない。
港まで並走している漣達と足木のヨット。勿論撮影した映像は没収している。
「ねえ、二人とも。それってどうやって浮いてるのよ?その靴?何でそれで浮けるの?ねぇ?」
雷に促され、漣も足木の質問はスルー。尤も、漣自身も浮いてる理由はハッキリとは説明できない。分かる事と言ったら『駆逐艦漣の力が有るから』という曖昧なものだけ。
「そろそろ着きますよ」
そんな足木からの一方的なやり取りをしているうちに、港に着いた。渋々ヨットを停泊し降りる足木と、それを海から見送る二人。
「今回は引き下がってあげるわ。次は情報を貰う迄帰らないから、そのつもりで」
やけに大人しく引いた足木に違和感を感じながらも沖へと戻る二人。まさか足木が別のカメラで隠し撮りしていたとは、漣も雷も知る由もなかった。
***
(うん、バッチリね)
編集部で足木が確認しているものは、先程隠し撮りした漣と雷の写真。今後は監視が一層厳しくなって同じ手はもう使えないだろうが、これで他社を出し抜けたのは確か。ついでに名刺も渡してこれたし、捨てられないのを祈るだけ。
(さーて、次はどうやって近付こうかしら。大佐の娘が厄介だけど‥‥‥ピンクの髪のあの子なら何とかなりそうね)
***
その一週間後。漣と雷は執務室に呼び出された。橋本大佐の手に握られていたものは週刊誌。
「‥‥‥やってくれたな」
溜め息混じりに吐き捨てた大佐。「でも、パパ!」と思わず叫んだ雷に鋭い視線を向ける。
「『司令官』だ、雷。いいか、二人とも。あの足木とかいう記者にはこれ以上近付くな」
流石に今回は不味かったらしい。雷が橋本大佐の娘だという事は週刊誌に載った写真から判別可能。そのくらい、今回撮られた写真はハッキリ写っている。故に、現在も横須賀基地には問い合わせが来ている。内容は殆んどが『自分の娘を危険に晒すとは何事か』という橋本大佐に対する抗議だ。現状、漣、雷、吹雪の三人以外に深海棲艦に対抗できる戦力が存在しない以上、ある程度真実を公表して収める他無い。つまり、『艦娘は軍艦の魂を宿した限られた人間にしかなれなくて、艦娘以外に深海棲艦に対抗できるものは無い』という事をだ。
とは言え、やってしまった事は仕方無い。それに、大本営の目論みも今回の騒動に合わせて変更されている。つまり‥‥‥大本営が真の犯人である事を闇に葬り、『人類の敵である深海棲艦と戦う正義の大本営』という姿とその崇拝の対象としての『英雄・艦娘としての漣、雷、吹雪』というイメージ戦略だ。
そしてそれは近い将来、漣の精神を追い詰めていくことになるのだが‥‥‥。その時漣が頼れるものは、海軍でも、吹雪でも、雷でも、勿論橋本でもない。そう、天涯孤独な漣が頼れるのは軍や政府とは全くの無関係な、貰った名刺の人物のみ‥‥‥。
「次は無い。二人とも肝に命じておけ。それと、上から『南方棲戦姫を早く討伐しろ』と急かされている。奴の根城が分かり次第出撃となる手筈だ‥‥‥何時でも出れる準備だけはしておけ」
執務室から出た漣と雷。大佐が何かを隠しているであろう事は娘である雷には何となくは分かるが、それが何かは分からない。
「ねえ、漣。パパはきっと苦しんでる。核心は分からないけど、きっと大本営には都合の悪い真実なんだと思う」
「でも‥‥‥何を?」
それは雷にも、漣にも想像は出来なかった。只、妖精さんにはもしかしたらという思いはあった。だがそれは、目の前の二人には決して言えない真実。そう、艦娘も深海棲艦も等しく軍艦の魂を宿しているという事から導き出される結果だった。
『今は練度を少しでも向上出来るように頑張りましょう。来るべき南方棲戦姫との決戦に向けて』
妖精さんには、そう言って誤魔化すのが精一杯だった。コクリ、と頷いた漣と雷から視線を逸らして、妖精さんは兎のヌイグルミを被った。
(『すみません、駆逐艦漣、駆逐艦雷。きっと‥‥‥きっと南方棲戦姫は‥‥‥』)
情報操作と不都合な真実。全てを知った時、漣は‥‥‥。
あと数回で終えられそうです。月1~2回ペースで何とか。