「無理だよ‥‥‥一度帰ろうよ」
戦意をほぼ喪失してしまっている漣。雷は黙って南方棲戦姫を睨んだまま。状況は悪化している。相手の度重なる猛攻を凌ぐだけで手一杯。雷が前に出て、気絶したままの吹雪を抱える漣を庇いながらの回避。そんな状態で何時までも持ち堪えられる筈もなく、徐々に傷が増えていく。これでもまだ直撃を受けていないだけマシだ。今の状態でまともに被弾しようものなら‥‥‥。
「駄目よ。次は相手ももっと強くなってるかも知れないわ。それに‥‥‥撤退は命令違反よ」
そうなのだ。『撤退』の2文字は作戦に含まれていない。大本営からは『国の威信にかけて、命に代えても撃沈すべし』とまで言われている。尤も、『命に代えても』の部分は三人には伏せられているが。
勿論、やられているばかりではなく反撃もしてはいる。ただ、漣達の砲撃では南方棲戦姫の装甲を破れず牽制くらいにしかならない。雷撃も放ってはいるが、上手く当たらない。此方の方が船速は速いのだが‥‥‥如何せん、漣達自身の練度が足りない。夜の闇に紛れてなら兎も角、昼間のこの明るさの元では避けてくれと言っているようなものだ。
(このままじゃ‥‥‥漣も、吹雪も、みんなやられちゃう)
弾薬は無駄に減る一方。魚雷もあと何回撃てるか。吹雪は動けず、漣は心が折れてしまっている。雷の手持ちの魚雷は、残り三発。もう、一発たりとも無駄には出来ない。
チラリ、と漣に視線を向けた雷の瞳に映ったのは、今にも泣きそうな漣。
(やっぱり、やるしかないわ)
後方の漣達の元まで引いた雷。南方棲戦姫から視線を外さずに、漣に静かに問う。
「ねぇ、漣。魚雷、あと何発残ってる?」
残っていた魚雷は、漣が二発、吹雪のが一発。雷のものと合わせても計6発。これを、何とかして全弾命中させねばならない。雷の選択は、たったの一つだった。
「私が必ずやってみせるから。お願い、魚雷を、私に」
避けられてしまうのなら、避けられない距離まで詰めるのみ。覚悟は既に出来ている。
(大丈夫。だって、魂は存在するんだから。此処で私が死んでも、私の本質はきっと消えない)
軍艦の魂が存在するのだから、きっと人間にだって魂は存在する。だから‥‥‥大丈夫。そう必死に自分に言い聞かせ、雷は前を向く。
漣から魚雷を受け取り、自分の艤装に装填。これで、失敗は許されない。是が非でも南方棲戦姫の元まで辿り着き、魚雷を浴びせなくてはならない‥‥‥自らの命に代えても。
(そうよ。一度漣や妖精さん達に助けてもらった命だもの。今度は私がみんなを助ける番)
不安そうな漣を背に、雷は密かに自分の艤装を駆る妖精達に告げた。『南方棲戦姫に接触する直前に全員脱出して』と。
「ごめんね、妖精さん達。けど、これが最初で最後の私のお願いだから。‥‥‥漣と吹雪の事、宜しくね」
雷は走り出した。舵が損傷しているため、避ける事はかなわない。背中の艤装の推進機関以外と砲を盾に最大船速で真っ直ぐに走る。当然ながら南方棲戦姫からの砲撃が降り注いでくる。
『雷!!』
通信。漣からだ。どうやら雷の意図に気付いたようだ。‥‥‥よかった。もう、漣には助けには来れない距離まで来ている。
「来ちゃ駄目!大丈夫よ、絶対に当たってやらないから!」
言葉とは裏腹に、雷の声は震える。幾ら理屈で納得はしても、死への恐怖は絶望的に増していくばかり。それでも、止まれない。親友達を死なせる訳にはいかないし、母親を止めなくてはならない。
と、雷の真っ正面に砲撃が飛んできた。これは流石に避けられない。魚雷に誘爆されては困る。左手に艤装の装甲を持ち、砲を払い除けるように手を伸ばす。それで無事やり過ごせる筈は無く、雷の左手は吹き飛ぶ。しかし、何とかそれだけで済んだ。血は止まらないが、もう後には引けない。あと少し。あと少しで、自分の身体ごと魚雷をブチ込める。
ああ、もう会えないんだ‥‥‥と思うと、涙が溢れて止まらない。もう直撃まで幾ばくもないタイミングで、雷は通信を繋ぐ。
「漣‥‥‥‥‥‥二人に逢えて、二人と友達になれて、凄く嬉しかったよ。凄く、楽しかった」
泣いてしまっているのは伝わっているだろう。『やめて‥‥‥』とか細い声の漣に、雷は最後の言葉を続ける。
「今まで、ありがとう。私の事‥‥‥忘れないでね」
『止めて‥‥‥雷ぃぃ!!』
悲痛な漣の叫びの聞こえる通信を切り、艤装の妖精達にも退避を促す。渋る妖精達を無理矢理脱出させて、雷は南方棲戦姫‥‥‥自らの母親に咆哮をあげた。
「さあ、ママ、今楽にしてあげるわ。大丈夫よ、私も一緒に逝くから!」
直後、轟音と閃光。その中にうっすらと揺れる大小二つの影は、ゆっくりと水底に沈んでいった。
「雷ぃぃぃぃい!!!」という漣の声を残して。
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吹雪が目を覚ましたのは、その30分後。全てが終わった後だった。漣はその吹雪を抱えたままで、その場で呆然として立ち尽くしていた。
「漣‥‥‥ちゃん?」
漣は答えない。南方棲戦姫の姿が無い事に気付いた吹雪の「南方棲戦姫は?やっつけたの?」という言葉に僅かに反応し、小さく首を縦に振る。ただ、吹雪が明るい表情を見せたのは一瞬だけ。雷の姿が無い事に直ぐに気付いたからだ。
「雷ちゃんは‥‥‥?ねえ?」
またしても漣は答えない。泣き疲れて、既に涙も枯れてしまっている。その頬にある涙の跡を見付けた吹雪は、漣の掌にある物が乗せられている事に気付く。微かな皮膚の肌色と、赤い色に染まった小さな肉片。それは、奇跡を信じて必死に漣が探し回った末に漸く見付けた、残酷な現実‥‥‥雷の身体の一部だったモノだった。
「うそ‥‥‥でしょ?」
吹雪にも理解出来た。二人が雷に助けられたのだと。雷は命と引き換えに、全人類を守ったのだと。
「うそ‥‥‥嘘だって言ってよ!ねえ!漣ちゃん!!」
漣は答えない。まるで魂が抜けてしまったが如く。何とか自力で海面に降りた吹雪が最初にしたことは、兎も角通信が可能な位置まで移動する事。
「司令官っ!!」
普段は怒った所を見せた事の無い吹雪が、通信機の向こうに居るであろう橋本大佐を烈火の如く怒鳴り散らす。
「人でなしっ!最っ低!!」
橋本も、覚悟はしていたのだろうか。黙ったまま答える様子は無い。
確かに南方棲戦姫は倒した。けれど、こんな結末があっていいものか。やりきれなさと悔しさ、何より親友を喪った悲しみ。未だ焦点の合っていない漣を引っ張りながら、吹雪はぶつける先の無い感情を暫くの間吐き出し続けた。橋本は、何も答えずにそれを聞いていた。
誰ですか、四作同時進行とかやってるのは。お陰で月1更新ですよ。‥‥‥申し訳ありません。
before storyももうすぐ完結ですね。