『始まり』   作:アイリスさん

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その手を

 

暫く‥‥‥とは言っても2週間程。漣と吹雪は休暇を貰えた。大本営は深海棲艦の動向を見てから今後の活動を再考するらしい。

大本営は自身の生み出した怪物を真実が明るみになる前に討伐したうえ、漣、吹雪という二人の艦娘をまんまと手に入れた。漁船よりも遥かに小さい人間サイズの為に発見は困難、深海棲艦同様に人類の作り出した兵器の一切を退け、核兵器さえも効かない兵器としての艦娘を。そう考えると、犠牲は大きかったものの大本営は目的を達成したのだ。彼等は今頃高笑いしている事だろう。

 

当然ながら、休暇と言っても二人に自由がある訳ではない。基本的に基地内での行動となるし、外出するともなれば政府の要人かのように何人もの護衛(実際は監視だが)が付く。息苦しくて堪らない。だから、休暇を貰えたからと言っておいそれと足木にも会いに行けない。やはり深夜にこっそりと会うしかない訳だ。

とは言っても本当に久しぶりの休暇。最後に休んだのは何時の事だったか。

 

「私、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会ってくるね」

 

吹雪は海軍の将校二人に付き添われ、久し振りの実家へと戻っていった。彼女の故郷がお祭り騒ぎになるであろう事は想像に難くない。例え遠目の出撃中の写真でも『吹雪がユキ』だと分かる人には分かるし、実家の銭湯には海軍が毎日不自然に出入りしている。地元の人間からしても吹雪は誇るべき英雄の筈だ。当の本人はそんな雰囲気は歓迎出来ないだろうが。

 

レン‥‥‥漣はと言えば。一日部屋に籠って両膝を抱え、頭から毛布を被って落ち込んでいた。親友が特攻を行ったのを目の当たりにしたし無理もない。それも、漣達を生かす為だったのだから尚更だった。

食欲も湧かず、その日はそのまま過ぎた。一日落ち込んでいて、漣の脳裏にやっとある事が浮かぶ。雷‥‥‥ナツの行動は作戦の内だったのかどうか。もしそうだとしたら、橋本大佐は実の娘にどんな思いでそれを命令したのか。

 

(聞こう)

 

力無くヨロヨロと立上がり、まだ虚ろな瞳を扉に向けた。そこでやっと風呂に入っていない事に気が付き、先に入浴へ。

 

入浴を済ませ、身体を拭いて髪を乾かして。少しだけ身なりを整えて。執務室の扉をノック。「漣です」と一言だけ告げると「入れ」とあっさり入室を許可された。

 

「司令官。雷‥‥‥ナツの事、聞いてもいいでしょうか?」

 

大佐は振り向かなかった。ずっと窓の外の方を向いたまま。聞けた答えは「あの子自身の意思だ」だけ。つまりは、雷自らが特攻を選択したという事だけ。大佐は作戦がどうだったのかまでは言及していなかった。

 

ただ、漣には分かった。雰囲気で何となくだったが、橋本大佐が娘を失って悲しみに暮れている事。橋本自身はそれを隠そうとしてはいるようだったが。

 

よくよく考えてみれば、普通の親なら実の娘に死んで欲しい等と思う筈が無い。橋本は当に死の間際だったナツを救いたい一心で、深海棲艦と戦う運命になるのを覚悟してまで艦娘にさせたのだ。

そう思ったら、もう橋本を責める気も失せてしまった。そんな、辛さをぶつける先を失って呆然と佇む漣の背中の扉が突然勢いよく開かれた。入ってきたのは若い海軍軍人。

 

「報告します。東京湾沖に深海棲艦を発見。イ級が4、ロ級が2です」

 

その報告に、漣はまるで後頭部を鈍器で強烈に殴られたような衝撃を受けた。南方棲戦姫を倒して終わりだと思っていたのだ。これから自分と吹雪はどうなるのか、なぜまだ海軍から解放されないのかという疑問も有ったが、これがその答えだとは。

 

「漣、出撃しろ。残党狩りが終わっていないようだ」

 

橋本大佐の方は極めて冷静。想定はしていたのだろう。何かのゲームの物語のように、ボス敵を倒したら即平和が訪れる、というようにうまくは行かないのが当然らしい。

 

工廠で暇をもて余していた妖精さんと合流。漣は再び艤装を背負い、連装砲を手に取った。もう実戦で使う事も無いと思っていた兵器。両手で握り締め、瞳に涙を溜めて天井を見上げた。

 

(見てて、ナツ。貴女の行動は絶対無駄になんてしないよ)

 

******

 

南方棲戦姫と比べれば何の事は無い。イ級とロ級はあっさり片付ける事が出来た。休暇は中止となり、その翌日から漣と吹雪は残党狩りに取り掛かった。深海棲艦の目撃情報が入り次第現場へ急行し、殲滅する。その繰り返しの日々。

そんな中で、最初に違和感を覚えたのは漣の妖精さんだった。どうもおかしいのだ。

 

『深海棲艦の出現が増えているのはおかしいと思いませんか?』

 

そうなのだ。南方棲戦姫、つまり敵の大将を討ち取ったのだから、普通なら減っていく筈の深海棲艦達。それが、南方棲戦姫討伐後のここ2ヶ月の内になだらかではあるが増加してきている。まるで、嘗ての勢いを取り戻しているかのように。

 

「確かに変‥‥‥だよね」

 

イ級の群れを片付け帰路を走る漣。不覚にも中破。ずり落ちてしまいそうなセーラー服を、ヌイグルミを着た妖精さんを抱いてどうにか押さえている。何時かのように下着が見えてしまっているものの、それを気にしている余裕はない。

妖精さんの言葉が頭を巡っている。嫌な予感がしてならない。きっと吹雪も感じているであろう不安。漣の中の軍艦の魂が警鈴をならしているように感じる。

そのあられもない状態で帰投。艤装を降ろして真っ直ぐに入渠施設へと歩く。

 

「漣ちゃん!」

 

施設まであと数メートルという所で、吹雪に後ろから呼び止められた。

 

「新たな深海棲艦が見つかったって!」

 

不安は的中。吹雪の話では、新たな人型の深海棲艦が現れた、らしい。それも、南方棲戦姫を沈めた海域で。

高くない身長の、真っ白な肌の深海棲艦。フードのようなものを被り、白くて長く大きな尾を持つ少女、のような姿らしい。

 

「深海棲艦が居なくならないのって」

 

「うん、多分その子が原因だろうって。行こうよ、漣ちゃん!」

 

折角。折角ナツが命を懸けてまで守った海の平穏。それを壊されていい筈が無い。漣は決意した。その新たな敵を何としても止める。ナツの意志を継ぐと。

 

漣が出撃直後のため、討伐は改めて明日となった。幸いというべきか、その新たな深海棲艦は、その海域から動く様子はまだ見られないらしい。

ただ、司令官である橋本の表情が暗い。どうしてかはその時は漣達には分からなかったが‥‥‥。

 

******

 

どうも附に落ちないままに出撃した二人。橋本が何時にも増して言葉少なだったのが妙に引っ掛かる。髪を靡かせスカートをはためかせながら海上を走り悩む漣。

 

「妖精さん?」

 

『何でもありません』

 

抱いている胸の中の妖精さんも悩んでいるようだった。と言っても、漣とは違い確信に近いもの。故に漣には言い難かった。出来るなら、漣達には気付かせずに終えたい。その思いが強かった。

 

『見えてきたよ、アレだよ!』

 

吹雪からの通信。遂にその敵の姿を視界に捉えた。ここからではまだ遠く、白い尾と黒いフードが見えるのみ。

 

 

 

 

「‥‥‥テタョ」

 

 

 

 

何か。何かが聞こえた。背筋が凍るような声で、確かに。その声が聞こえたのは、恐らく前方から。心の奥底に響くような、重く冷たい声。

 

「え?」と声に出した漣。思わず胸の中の妖精さんに視線を向けた。その肝心の妖精さんの表情は‥‥‥予感が当たってしまった絶望にも似た表情をしていた。

 

『漣ちゃん、今、何か‥‥‥』

 

吹雪からの通信。彼女にも確かに聞こえたようだ。やはり空耳等ではない。発したのはあの深海棲艦だろう。

 

『漣ちゃん、前!!』

 

吹雪の声に驚き顔をあげると、そのフードの深海棲艦がすぐ目の前に居た。驚き声も出ない漣をニヘラと笑い見つめる深海棲艦。黒いフードがハラリと後ろに外れて、白髪ではあるがボブヘアーの側頭部から房が伸びる独特な髪型が現れた。その顔も、忘れる事の出来ないあの彼女の‥‥‥。

 

「マッテタョ、サザナミ」

 

狂喜を湛えた瞳で漣をあざ笑い見つめるその顔は‥‥‥。驚愕と恐怖で脚がすくみ、漣はその場でしゃがみ動けなくなってしまった。涙をポロポロと流しながら絞り出した言葉は一言だけ。

 

「嘘‥‥‥だよ‥‥‥」

 

その深海棲艦‥‥‥後に『戦艦レ級』と名付けられる彼女は、ただ海域から動かなかった訳ではなかった。文字通り待っていたのだ。漣と吹雪が彼女の元に来てくれるのを。

 

涙は止まらない。辛い、苦しい、悲しい、何にも増して恐い。体の震えが止まらない。

レ級が漣の胸に砲を押し付ける。ニタァ、と不気味に笑いながら、「ダイジョウブヨ」と囁いてくる。

 

(止めて‥‥‥止めて、ナツ‥‥‥)

 

見間違いようが無い。そのレ級の顔は、紛れもなくナツ‥‥‥雷そのものだったのだ。目の前のそれの身体の大きさも、雷と全く同じ。感じる雰囲気も、その声も、全て。

 

殺される。親友だった筈のナツに殺される。その恐怖のみが漣の思考を支配し、指一本動かせない。

 

「漣ちゃん!!」

 

その声に反応し、砲を漣の胸から放して吹雪の方へとゆっくり海面を移動し始めたレ級。吹雪が間髪入れずに砲撃。全弾命中しレ級は煙に包まれる。

 

肩で息をしながら煙を睨んでいた吹雪が、突然左舷方向に吹き飛ばされた。涙で滲む漣の視界に映ったのは、右腕を押さえ震えながら立ち上がった吹雪の姿。血がボタボタと落ちる右腕は、肘から先が吹き飛ばされて失われている。

 

「ふぶ‥‥‥き‥‥‥?」

 

吹雪が痛みで溢れてくる涙を必死に堪え、残った左手で連装砲を構える。諦める様子は無い。漣の方へと移動し、レ級の視界から漣を遮る位置に立った。

 

「逃げて、漣ちゃん‥‥‥逃げて!」

 

吹雪は振り向かない。その身体は微かに震えていた。レ級との力の差は歴然だ。吹雪だって恐いに決まっている。それなのに、逃げ出さずに漣を庇い声を張っている。

 

「早く!漣ちゃん!」

 

呆気に取られ動かなかった漣が返せたのは「でも‥‥‥」という戸惑いの言葉だけ。また逃げるのか?また自分だけ逃げ出すのか?親友を見捨てて、その死と引き換えに自分だけ?それだけが頭をぐるぐると堂々巡りし、漣は動く気配すら見せない。

 

幸いというべきか、レ級の興味は今は吹雪に向いている。無反応の漣の相手はつまらないらしい。

業を煮やした吹雪が、横目で見ながら漣に砲を向けた。ビクッと身体を震わせ目を見開いて、漣はやっと今の状況を飲み込んだ。

 

 

 

――――――――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

 

 

 

心の中で何度も何度も繰り返し、漣は背を向けて走り出した。振り向いたら駄目だ。振り向いたら‥‥‥振り向いたら、走れなくなってしまう。親友がまたしても目の前で沈む光景を見てしまったら、二度と立てなくなってしまう。逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ‥‥‥‥‥‥。

 

*********

 

振り向かずに我武者羅に走った。涙で顔は酷い事になっていたが、気にする程の余裕は無い。肩を震わせ嗚咽を洩らしながら、逃げた。

 

吹雪の懸命の足留めのお蔭か、レ級が追ってくる様子は無かった。夕暮れ、やっと見えてきた灯りの点り始めた横須賀の港。妖精さんが帰投の合図を送ってくれていた事もあり、漣の回収は早かった。状況は最悪。漣は完全に戦意喪失、吹雪は轟沈。これではレ級に対抗する術が無い。

 

艤装を降ろした漣が真っ先に向かったのは執務室。その手に握り締めているのは、さっきの戦闘中に妖精さんが写したレ級の写真。

 

「司令官」

 

「やはり来たか、漣」

 

橋本の態度が全てを物語っていた。知っていたのだ。初めから、全てを。

 

「答えて、司令官‥‥‥雷なんでしょ?この深海棲艦はナツなんでしょ!」

 

レ級の写真をバンッ、とテーブルに叩き付けた。肌と髪の色こそ真っ白だが、何処からどう見てもレ級はナツにしか見えない。

 

「母親なんだ」

 

突然の橋本の告白に「‥‥‥え?」とだけ反応し、思考停止した漣。橋本は続けた。その彼の焦点は写真にも漣にも合っていない。遠い何処かを見ているような目だった。

 

橋本の告白は衝撃だった。漣達が苦戦し、雷の特攻でどうにか倒した南方棲戦姫。彼女は元々、その雷‥‥‥ナツの母親だというのだ。狂喜の実験により大本営が産み出した怪物、それが南方棲戦姫だと。つまり、味方だと思っていたモノは諸悪の根源だったのだ。

それから。レ級は確かにナツだという事も認めた。南方棲戦姫が元は人だったように、レ級も当然元は人。つまりは漣のような艦娘‥‥‥軍艦の魂を持つ人間が人の魂を失った時、深海棲艦の王(この場合は姫か)が生まれるのだろう、と。

 

「そんな‥‥‥そんなのって‥‥‥」

 

漣‥‥‥レンはその場に崩れ落ちた。涙が再び溢れてきて止まらない。親友を失っただけでは済まされない。きっと吹雪もまた深海棲艦になる。そして、自分も何時かそうなる。自分も人類の敵となる日が来る‥‥‥。

 

信じていた筈のモノを打ち崩された挙げ句、自分の未来さえも失い。レンの瞳は光を失ってしまった。フラフラと力無く立ち上り、執務室をゆっくりと出ていく。

 

一人トボトボと部屋へと入り、鍵を掛けた。

 

(あんな怪物になんて、なりたくない‥‥‥なりたくないよ‥‥‥)

 

ポタリ、ポタリ、と涙が床に零れ落ちる。漣‥‥‥レンの心は‥‥‥折れてしまった。音をたてて崩れてしまった。

 

(もうやだよ‥‥‥もう‥‥‥)

 

もう、疲れた。レンは天井を見上げる。レン自身の背丈の二倍程の高さ。棚を足場にすれば何とか届きそうだ。

 

縄なら有る。棚に足を掛けて天井の突起に縄を掛けて降りる。改めて椅子に登り少し高めの位置で縄を縛って輪を作った。ちょうど頭が通る位の大きさの輪‥‥‥。

 

(ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい)

 

その輪に自分の首を通した。足を乗せている椅子に視線を落とし‥‥‥。

 

(父さん、私も‥‥‥そっちに行くから)

 

レンはそのまま椅子を‥‥‥‥‥‥蹴った。

 

*********

 

それから程なく。他の国の情報もあって戦艦レ級の存在は隠す事は出来ず、大本営はやむ無く会見。その席で吹雪が轟沈した事を報告。漣は‥‥‥『病気療養中』であると発表、現在全力で治療中であると嘘をついた。

 

勿論、日本はおろか世界中で動揺が起きたのは言うまでもない。何せ、唯一深海棲艦に対抗できる筈の艦娘が不在となったのだ。

 

だが、そんな情報に納得しない人物が一人居た。足木だ。

 

(病気‥‥‥ねぇ)

 

彼女は大本営を信じてはいなかった。雷の特攻も隠した大本営の事。今度も必ず裏がある。そう睨んで情報を掻き集める事半年‥‥‥。

 

(何よこれ‥‥‥!)

 

足木が手に入れたのは、マル秘と書かれた内部文書。流した犯人は、橋本大佐だ。

 

(自殺!?あの子自殺したの!?何で!何でよ!!)

 

それは、漣の自殺の実況見聞調書。怒りもあったが、それ以上にあったのは後悔。あの時漣にもっと何かできていたら死なせずに済んだかも知れないという、自身の不甲斐なさに対する。

 

(せめてアンタの無念、私が晴らすわ。大本営に全て認めさせてやるんだから)

 

‥‥‥そうして足木が記事を書き始めて、3日目の事。自宅で休憩がてらに珈琲を淹れようと立ち上がった時だった。

コンコン、と扉を叩く音。疲れもあってか「はいはい」と不用意に開けてしまった。

瞬間、数人の男がなだれ込んできた。憲兵隊だった。足木は呆気なくその場で押し倒されて拘束された。

 

「足木 妙だな?」

 

憲兵隊を率いていたのは女性だった。褐色の肌、筋肉で引き締まった身体、髪は白髪で、眼鏡を掛けた威圧感のある女性。

 

「憲兵隊のアンタ等が何の用よ?不当逮捕よ!」

 

無論、足木には心当たりしかない。原因は恐らく、今書いている記事。下手をすれば国家反逆罪に問われる可能性のあるそれだ。

 

「連れていけ」

 

憲兵の女性の支持で、足木は連行された。ただ、足木の視界に不可解なものが見えた。その憲兵の女性の肩に、申し訳なさそうにこちらを見ている小人の姿が見えたのだ。一瞬だが目も合った。

 

拘置所か取調室にでも連れていかれるのかと思っていた足木だが、実際は違った。連れて行かれたのは海軍の施設‥‥‥横須賀基地だった。

 

「どういうつもり?言っとくけど何年掛かってもアンタ達の罪は‥‥‥」

 

言い掛けた足木の言葉を遮ったのはまたしてもさっきの女性の憲兵。突然足木の前に肩に乗せていた小人‥‥‥妖精を突き出し睨み話す。

 

「コイツが見えているだろう?私と来い。共に戦え」

 

足木にも、漣達と同じ才能があったのだ。彼女に眠っていた魂は、妙高型重巡洋艦三番艦・足柄。

 

女性の憲兵の方は、大和型戦艦二番艦の武蔵。

 

「どうせ私に選択権なんて無いんでしょ?分かった。やるわ。あの子の分まで‥‥‥」

 

************

 

それから。どれくらいの年月が流れたか。成仏できずに海を彷徨っていたレンの魂は、ある艦隊の姿を見ていた。

荒れ狂う洋上を走る、ボロボロの6人。駆逐艦が二人、重巡が一人、その重巡洋艦に支えられている空母が一人。戦艦が二人。

 

その戦艦の一人が、嵐に紛れ接近してきた魚雷から僚艦を庇い轟沈。泣き叫ぶもう一人の戦艦の女性。格好からして同型の戦艦、姉妹だろうか?

 

海中に目を向けると、戦艦の女性は当に沈みゆく最中だった。下半身は吹き飛び既に無く、左腕は肩から抉れて喪失。見るも無惨な姿だった。

その戦艦の女性と、目があった。有り得ない。レンは魂。その女性はまだ死んではいない。生者に死者が見える筈は‥‥‥。

 

戦艦の女性が、苦しそうにではあるが右手を伸ばしてきた。間違いなく、レンを見ている。

 

『助けて‥‥‥下サイ‥‥‥』

 

心に直接。その女性の声が響いてきた。

 

『お願いデス‥‥‥力を‥‥‥貸して下サイ‥‥‥』

 

戸惑った。どう足掻いても、その女性は助からない。それに、もう艦娘には関わりたく無い。自身や親友の命を奪った艦娘には。

 

『ワタシは‥‥‥まだ死ねナイ‥‥‥約束、シマシタ』

 

瞬間。女性の思いと記憶が流れ込んできた。妹の笑顔を守りたい、泣かせたくない、と。

 

心が揺らいだ。これが、最後。彼女を助けるのが関わる最後だ。そう納得して、右手を伸ばした。

 

『掴まって!』

 

レンは必死に手を伸ばして‥‥‥彼女のその手を掴んだ。

 

『Thank You‥‥‥漣』

 

『ええっと、金剛‥‥‥さん?』

 

 




という訳で。before storyでした。これにて完結。

大本営に脚色された英雄・漣の真実。

レンちゃんに幸運がありますように。

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