「あの‥‥‥妖精さん?」
川の、真ん中。確かにレンは水面に立っている。それは間違いない。ただ、前に進む気配が全く無い。確か妖精さんは先程『駆逐艦漣と同じ速度が出せる』と言っていたと記憶している。だが、現実はこうして止まったまま。確かに水面に立てる事は凄い事なのだが‥‥‥。
「なんか、話が違うような‥‥‥」
『すみません。動力機関までは出来なくて‥‥‥私だけでは』
つまり、エンジンが無いから浮いているだけ、らしい。何というか、拍子抜けだ。もっとこう、スキーで上級者コースを滑るように高速で動き回れるものだと思っていた。
「じゃあ、やっぱり他の妖精さんを見付けないと‥‥‥ん?」
思い付いた。推進機関が無くても、スキーやスケートのように滑ればいいのではないか。もしかするとそれなりに速度が出て、地上を移動するより早く動けるかも知れない。
‥‥‥が。やはり動いてくれない。妖精さんによると、『そもそも漣は軍艦だから』。軍艦は川は航行しない。というか、出来ない。今レンが川に浮いているのは、レンの駆逐艦漣としての覚醒が不完全だからだそうで、本来なら座礁して危険なレベルなのだそうだ。
「早く言ってくれたら嬉しかったんだけど」
『すみません、まさか航行しようとするとは思わなくて』
落胆し、川からあがる。ただ、この不便な仕様は人類にとっては不幸中の幸いなのだという。海に現れたあの異形達も、いわば軍艦の化身のようなもので、軍艦故に川や陸には侵入出来ない。海しか動き回れない為に、陸地へ侵略には来ないのだそうだ。
「それってさ、私も本格的に覚醒したら海から出られないって事?」
『いえ。貴女は『駆逐艦漣』であると同時に『レン』という人間です。覚醒しても陸地で普通に生活出来ますよ』
妖精さんの言葉にホッと一息。この先一生陸に揚がれないなんて冗談ではない。レンだってまだ15歳な訳で、やりたい事も沢山ある。それが、生活圏が海だけになるなんて勘弁な所だった。
『それなら完全に覚醒させましょう。今のままでは恐らく艤装を手に入れてもまともに運用出来ませんし』
完全に覚醒させないと、軍艦としての力が殆んど振るえないらしい。それならば駆逐艦漣として本格的に覚醒しようと提案したレン。それには、先程妖精さんがレンの頭の上でやっていたアレを20分程続ける必要があるらしい。それも、レンは動いてはいけないという制約付き。
「えぇ‥‥‥そんなの聞いてない‥‥‥」
『すみません』
先程から謝ってばかりの妖精さん。ここまで来ると流石に悪いと思えてきて、仕方無くだがレンは頷いた。
「私の身体、光っちゃうんだよね?う~ん‥‥‥」
覚醒の儀式をしている間、レンの身体は先程のように仄かに輝いてしまう。その辺でやれば目立つ、というか間違いなく通報される。何処か静かに隠れられる場所を‥‥‥と考えていたレンの頭に、ある場所が浮かんだ。父親の予備の船内。
「父さんの漁船の中なら大丈夫だよ、きっと」
『船を所有してるんですか!』
妖精さんが突然話に食い付いた。レンは思わずビクッと狼狽して目を丸くする。驚かせてしまった事に気付いた妖精さんは、興奮を少し落ち着けて改めた。
『漁船を解体すれば武器位は作れるかも知れません。武器さえ有れば、異形達とも戦えますよ!』
「‥‥‥解体?」
幾ら小型とはいえ漁船だ。それを解体するとなると、レンと妖精さんの二人掛りで一体何日かかるのか‥‥‥頭が痛くなってくる。
「解体‥‥‥はひとまず置いておこう?先ずは船まで案内するね?」
そうして、海に碇泊させてある漁船に到着。漁業仲間の漁船も碇泊している。あれからは漁には出ていないらしい‥‥‥。レンが両手拳を強く握り締めた。悔しさが込み上げてきて、奥歯を噛み締める。
「妖精さん、早く‥‥‥早くあの怪物をやっつけようよ。またみんなが海に出られるようにしよう」
『そうですね』
レンと妖精が船室に入り、約20分。その間微かに光が洩れてはいたが、離れれば気付かれない程度。
『完了しました』
レンの頭から飛び降りた妖精さん。これで駆逐艦漣の力を充分に発揮出来るらしいのだが‥‥‥イマイチ変わったような感じがしない。
「えっと、何か変わったの?」
『はい。燃料を消費しますけど、今は微々たるものなので試してみましょうか』
言われるままに海面に立つ。燃料を身体全体に巡らせるイメージ。身体の周りが微かに揺らめき、身体全体を薄い空気の膜のようなものが覆う。その状態を維持したまま、右足に力を込めて回し蹴り。
「‥‥‥ちぇいさー!」
バコンッと音をたてて、蹴られた船腹に穴が空いた。信じられずに目を丸くして思わず「うっそ‥‥‥」と呟く。
『もう軍艦の力がありますから、何もしない状態でもレンさんの装甲は遥かに人を凌駕しています。攻撃に関しては艤装さえ出来れば、今の数倍の力が発揮できます』
妖精さんの話だと、艤装が揃えば装甲、火力共に大幅に上がるそうだ。それと、ベースの装甲は燃料を使わなくてもある程度は硬い。火力の方は今のように攻撃するには燃料を使う必要がある、と。
『漣は駆逐艦ですから、連装砲や魚雷といった所でしょうか?』
「レンソウホウ?ギョライって?」
何度も言うようだが、レンは軍艦に関してはドの付く素人。当然魚雷や連装砲といった装備の種類など知らない。それどころか、武器の類は持ったことすらない。強いて言うならば、料理に使用している包丁‥‥‥位だろうか。
仕方無く、駆逐艦の使えるであろう武器について話す妖精さん。妖精さんが海で仲間と移動していた時に異形達と戦うために使っていたのが、この連装砲だったらしい。
「あの‥‥‥それ、私が使うの?」
『中に私が乗り込みますから、レンさんは砲撃の指示と方向づけだけお願いします』
急に怖くなってきた。相手が異形とは言え、使うのは兵器。それも、国連軍の最新兵器すら凌駕するもの。そんな恐ろしいものを、自分が使うと思ったら、足がガクガクと震えた。
『先ずはこの船を解体します。12.7㎝連装砲一基なら出来ると思います』
折角家を出てきたレンだが、その家に逆戻り。三時間程待たされた。その三時間で、妖精さんたった一人で解体、連装砲の開発をこなすらしい。
確か、靴の装備を作るのが精一杯と言っていた気がしたのだが。もしこれで本当に一人でこなしてしまっていたら、あの説明は一体何だったのか。妖精というものは、全くよく分からない。
特にやることもなく、三時間。(そろそろ、かなぁ)と船へと向かう。
すると。在った筈の船が、綺麗サッパリ消えてしまっていた。代わりに、妖精さんがサッカーボール程の大きさの金属製の箱のようなものに座っていた。その箱の前方には砲身が二つ。12.7㎝連装砲だ。
『撃ってみますか?』
燃料は解体した船から。弾薬は‥‥‥何と妖精さんが作り出した、らしい。そもそも妖精さんには弾薬やボーキサイト等の船に必要な資材を海中の成分から抽出、作り出す力があるそうだ。但し、それは妖精さん一人一人だとかなり微々たるもの。レンが貰った靴の装備も、その抽出した今までの資材をかき集めてどうにか作れた代物らしい。
「うっ‥‥‥でも‥‥‥うん」
躊躇しながらも、やってみる事にした。怪物と戦わなくてはならないのなら、どのみち撃つ事にはなるのだ。仕方無く連装砲を手に取り、海に浮かぶ。足で水面を蹴ってスケートの要領で少しだけ沖へと走り、連装砲を構えてみる。
「こう?」
『そうです。あと少しだけ、砲を上に』
少しだけ箱を上に向ける「えっと、それじゃあ‥‥‥」と連装砲に乗り込んでいる妖精さんに発射の合図を送ろうとした時、更に沖で砲撃音が聞こえた。
「‥‥‥え?」
音のした方へと視線を向ける。かなり遠くだが、船が二つ。一つはどうやら漁船。これは間違いない。もう1つは‥‥‥黒い影。嫌な予感がしてならない。
『『ヤツら』です!』
妖精さんも気付いたらしい。つまり、あの怪物に漁船が襲われているのだ。この町の漁師は出ていないとなると、隣の県の漁船か。まだこの辺りが安全と思ってしまっていたのだろうか?
「どうしよう‥‥‥」
助けないといけないのは、分かる。そして、レンにその力が有るのも。しかし、怖い。どうしようもなく怖い。練習も無しに、いきなりの実戦。しかも、此方の攻撃が効くかどうかまだ分からない。
『行きましょう、『駆逐艦漣』!』
‥‥‥何故だろう。軍艦のその名を呼ばれた瞬間、胸の奥から込み上げて来るものがある。人としてのレンは、恐怖を感じているのは間違いない。だが、駆逐艦漣の魂が、レンを後押しする。『逃げるな、責務を果たせ』と。
「分かった。行くよ」
艤装は満足ではないし、推進機関も不十分。武器は連装砲のみ。だが、目の前の漁船を見殺しには出来ない。自分と同じ思いをする人を‥‥‥これ以上増やす訳にはいかない。
レンは両足に力を込め、全身に燃料を巡らせる。水面を蹴って、怪物に向かって滑り出した。
「‥‥‥駆逐艦漣、出るっ!」
******
『絶対に当たらないでくださいよ!』
「分かってる!って、キャアア!」
真っ黒な鯨のような怪物が口を開けて放ってきた砲撃を、バランスを崩しながらもなんとか避けた。そのまま水面を転がっていって、最後に前転して起き上がって体勢を整える。
装甲が不十分な為、一発でも被弾すれば致命傷になりかねない。此方は初戦闘の素人なのだが、少しのミスも許されない。ゲームで言うならベリーハードモードか。
「ああっもうっ!発射!」
苦し紛れに放った砲撃は、怪物の右15メートル程を通過。止まっている的でさえ当たるか分からないのに、動いている敵に当てなくてはならないのだ。
「もうやだ‥‥‥無理だよぅ‥‥‥キャッ」
レンの左の腰のすぐ脇を、砲弾が掠めた。ギリギリセーフ。危うくまともに被弾する所でだった。
「危なかったぁ‥‥‥もうっ!!あんまり調子に乗ると‥‥‥っ!」
半ばヤケクソに放った連撃が、まぐれ当たりで両方ともヒット。怪物から煙が上がって、爆発。その残骸が水底へと沈んでいく。
『やりましたね!』という妖精さん。それに、離れた位置からだが歓声をあげる漁師達。
それよりも何よりも当てたレン本人が一番驚いている。
「‥‥‥やった‥‥‥やった!これが漣の本気なのです!」
思わず両手を挙げてガッツポーズ。暫し勝利の余韻に浸っていたレンだったが、我に返ってその場を逃げるように離れ始めた。
今更、本当に今更なのだが、ニュースに出るとか新聞に載るとか、非常に恥ずかしい。出来る事ならひっそりと、目立つ事無く影から世界を救いたい。
(逃げよう。うん、逃げよう)
一目散に、逃げるようにその場を離脱。港には行かずに大きく山の方へと迂回。地形の入りくんだ砂浜から身を隠すように陸へと上がった。
そーっと後ろを見ると、どうやら追っては来ていない。ホッと胸を撫で下ろす。
「はぁ‥‥‥怖かったぁ」
安心したら腰が抜けた。その場にへたり込んで動けなくなったレン。怪物達を一掃するのは、まだまだ先になりそうだ。
*********
二日後。東京某所にある編集部。
「足木、仕事だ」
中年小肥りの編集長に呼ばれた新人の記者。ロングヘアに白いカチューシャ。美人と言える整った顔立ち。ただ、少しダルそうにデスクに突っ伏している姿のせいで全て台無しになっている。
「何よぅ、編集長。スクープ?」
「それを茨城まで確かめてこい。茨城の漁船が、あの怪物を少女が倒したのを目撃した、って情報があってな」
足木は突っ伏したままで顔を顰めた。アメリカやロシア、その他先進国が総力を結集した国連軍ですら歯が立たなかった海の怪物。それを少女が倒した等という情報、デマに決まっている。
「はぁ?何それ?」
つまり、だらけてヤル気の無い(ように見える)足木記者に、そのいい加減な嘘かも知れない情報を確かめてこい、という事らしい。
「イヤよ。そんな嘘よりもっとこう、これだっ!ていうスクープを‥‥‥」
「行ってこい。スクープなんぞ自分で探してこい」
編集長の額に血管が浮いている。これ以上駄々を捏ねるのは得策とは言えない。仕方無く足木は身体を起こした。
「行けばいいんでしょ、行けば。足木妙(たえ)、取材行ってきま~す」
適当に返事をして、足木記者は編集部を出た。これが、足木が英雄『駆逐艦漣』を追い掛け回す切っ掛けになるとは、足木本人も想像もしていなかった。そしてその後の事も‥‥‥。
レンちゃん強運を掴んで初勝利。残念ながら(?)服は無事です。
妙高型3番艦?足柄?さあ、なんの事やら。記者の名前は足木妙(たえ)ですよ?何を言ってるのか分かりませんねぇ