「―――――、――――――!―――――!」
誰かの声が微かに聴こえ、うっすらと右目を開いたレン。そのぼやけた視界にはユキと、老人の姿が映っていた。
「ユキ‥‥‥と‥‥‥‥‥‥砲‥‥‥台長‥‥‥さん」
レンのその弱々しい言葉に、老人‥‥‥ユキの祖父が目を見開き驚きの表情をみせた。砲台長と呼ばれたせいだろうか。
そのままレンは再び瞳を閉じた。幾ら軍艦の魂の力で身体が強化されていると言っても、レン本人の精神は限界。本来ならば左腕切断になってもおかしくない程の怪我なのだ。薄れ行く意識の中で、ユキの祖父に抱き上げられる感覚。(助かる‥‥‥のかな)とぼんやりと考えている途中で、レンの意識は途絶える。
ユキの祖父は、レンの事を病院へは連れて行かず、ユキに話を仲介してもらった妖精さんに言われた通り銭湯へと運んでくれた。時々ユキが担いで運んでいる連装砲や、レンの履いている靴の艤装に視線を向けながら。
祖父が嘘のようなユキの話を信じたのにはちゃんと根拠がある。一つは、ユキがそんな珍妙な嘘をつく訳がないという、孫に対する信頼。現に、レンは大怪我をしてこうして倒れていた。それと、妖精が見えない祖父の為に、ユキが思案して妖精さんに兎のヌイグルミを着せた事。声までは聞こえないが、目の前でまるで魔法のようにヌイグルミが動いていれば、妖精の存在も信じざるを得ない。それと、もう一つ‥‥‥レンの艤装。
*********
『漣!何処よ!?‥‥‥嘘でしょ‥‥‥漣!!』
海面から、自分を呼ぶ声が聞こえる。初めて聞く筈の声なのに、誰のものなのか分かる。不思議な感覚。
(ここ‥‥‥ここだよ‥‥‥助けて、ボノ‥‥‥)
自分が沈み行く水中には、潜水艦が3隻見えた。身体は動かない。ただ重力に任せ、水底へと落ちていく。微かにだが、水の上から声が響く‥‥‥と、二隻の駆逐艦が近付いてくるのが見えた。僚艦の援軍か‥‥‥どちらにしても、もう遅い。漣は、此処までだ。
『曙!助けに来たよ!』
『‥‥‥バカ島風ッ!!遅いわよっ!漣が‥‥‥漣が‥‥‥全部アンタ等のせいよっ!返して‥‥‥漣を返してよ!!』
水を通して、濁った声だけが聞こえる。曙が涙を堪え必死に叫んでいる声が。
(やだよ‥‥‥助けて‥‥‥死にたくない‥‥‥)
*********
レンが気が付いたのは、ユキの家の浴槽。銭湯の隣の部屋にある、家族が入れる小さめの物だ。
(夢か‥‥‥あれ?)
先程迄は確か海辺に居た筈‥‥‥と思って湯槽から上がろうと両手を突いたところで、左腕の違和感に気が付いた。あれほどの大怪我だったにも関わらず、跡形もなく治っている。
(え?)
風呂から上がり扉を開けると、更衣室にはバスタオルと着替え。それと、先程の兎のヌイグルミを着ている妖精さんが居た。
「妖精さん?どうしてヌイグルミ着てるの?」
『レンさんを助ける為です。ここのお風呂には、軍艦を治癒する力があるみたいです』
そこで、漸く思い出した。ユキ、それとお爺さんに助けてもらったのだ。という事は、左腕の傷もこのお風呂のお陰で治ったという事だろう。
「でも、どうやって私の事を?」
ヌイグルミは着る事が出来ても、言葉が通じなくては文字通り話にならない。それで驚きつつも理解した。お爺さんの方は見えないが、ユキには妖精さんが見える事を。
つまり、ユキもレンと同じ‥‥‥軍艦の魂の力を持っているという事だ。
『それでですね、お爺さんがレンさんと話をしたいみたいです』
レンは一先ず身体を拭いて、髪を乾かし服を着た。脱がせてお風呂に入れてくれたのはユキらしい。あんな痛々しい傷を見せてしまった上にお風呂にまでと申し訳ない気持ちを抱えながら、レンは銭湯の裏、ユキ達家族の生活スペースへと回る。
ユキは席を外し、ユキの祖母は番台の仕事。待っていたのは祖父だけだった。祖父がユキと妖精を信じ、レンを自宅まで連れて来た理由は、レンの履いていた靴の艤装と、持っていた連装砲。彼は、嘗ての大戦での漣の乗組員だったそうだ。それも、砲台長。家族には大戦での事は多くは語っておらず、駆逐艦漣に乗っていた事すら話していないらしい。にも関わらず自分の事を『砲台長』と呼び、嘗て自分が担当していた12.7㎝連装砲と同じ型の武器を持ち、漣のそれを彷彿とさせる脚の艤装。それだけで話を信じるに足りた、と。
「そう‥‥‥だったんですか。何て言うか‥‥‥ごめんなさい」
ユキの祖父達乗組員の力に答えられず、敵の潜水艦に沈められていった駆逐艦漣。その力不足が申し訳ない。そういえば先程の夢は轟沈時のものだったのだろう。
「お嬢ちゃんのせいじゃないさ」
ユキの祖父は、うっすらと笑みをみせながらも遠い目をしていた。嘗ての大戦を起こした事自体が無謀だったからだろう。戦争する事を煽ったマスコミも、決定した上層部も、それに踊らされていた国民も。
そのあと。レンはユキと共に裏庭へと案内された。祖父が大きな岩を幾つか避けると、地面にはマンホール位の大きさの扉があった。
「漣が沈んだ後だ。生き残った仲間と、此処で機会を待っとった」
祖父が言うには、漣が沈んだ後、残った雄志で資材を少しずつ集め、来るべき本土決戦に備えていたらしい。その時集めたものが、まだ地面の下に保管されているのだそうだ。
「お嬢ちゃんなら、あの海の怪物と戦えるんだろう?あれを是非使って欲しい。それと、ユキ」
祖父に手招きされ、ユキが近付く。祖父はユキの頭を優しく撫で、笑顔で諭すように話した。『レンを助けて、共に戦え』と。
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「ユキ、本当に良いの?私みたいに大怪我するかも知れないんだよ?」
縁側に並んで座り、お茶を啜るレンとユキ。ユキも妖精さんに軍艦の力を解放してもらった。ユキに宿っていたのは吹雪型駆逐艦のネームシップ『特型駆逐艦吹雪』だ。
地面の隠し部屋には、驚く程の資材が眠っていた。大戦後にアメリカに接収されなかったのは奇跡だ。お陰で吹雪と漣の完全な艤装、それと3連装魚雷と吹雪用の12.7㎝連装砲を用意できた。
「勿論怖いけど‥‥‥でも、私達がやらなきゃ。みんなが困ってるのに見ないフリなんて出来ないよ。それに」
ユキがレンに、ニッコリと純粋な笑顔を向ける。「二人なら、大丈夫」と。
正直、怪物達から海を取り戻せるのかは分からない。もしかしたら、先程の夢のように、志半ばで死んでしまうかも知れない。けれど、決めたのだ。駆逐艦漣は、ユキ‥‥‥駆逐艦吹雪と共に、みんなの為に戦うと。
翌日。荷物を背負い、レンとユキは妖精さんを連れて車に乗った。艤装はトランクの中。運転は祖父。目指すのは首都東京。今朝の新聞に乗っていた写真に、妖精の姿が写り込んでいた為だ。祖父にはその写真ですら妖精は見えなかったようだが。
「東京ってやっぱり凄い都会なんだよね?緊張するなぁ」
住んだ町から出た事が無いらしいユキは、緊張の余りカチカチになっている。レンはその姿を苦笑いで見つめながら、妖精さんを胸に抱いている。妖精さんは気に入ったのか、ユキから貰った兎のヌイグルミを着ている。祖父に居場所が見えるようにとの考えもあるのだろうが。
こうして四人(?)は、一路東京都へ。
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「嘘でしょ‥‥‥」
ユキ達が東京へと向かっている頃。ユキの町の海岸で聞き込みをしているのは、足木。一日遅かったようだ。
聞き込み相手は昨日の巡視船の乗組員。レンが怪物達と交戦しているのを目撃した一人だ。
「‥‥‥待ってください、それじゃあ、この辺の病院に入院してる可能性もあるって事ですね?」
怪物を撃退はしたものの、少女は左腕に大怪我をしたらしい。それなら、近くの病院に入院している筈。「まだ運はあるわね」と足木は近隣の病院を虱潰しに当たる。当然ながら何処にも入院してはいないのだが。
(怪物を倒せるっていうのは間違い無い‥‥‥待ってなさいよ、救世主さん‥‥‥必ず私が尻尾を掴んでやるわ)
吹雪が仲間に加わりました。これで、あとは雷です。
早波は艦これ未実装の為セリフ無し。残念ながら島風と曙の出番はこれで終わりです。